ARIA A SECRET SCHOOL DAYS 作:真夜中のミネルヴァ
6月は、まるでドサ回りの役者のような塩梅で、スローダウンの合間もとても集中できず一行どころか一文字も書き進めることができなくて
遺憾だ――と、イカン砲をぶっ放したくなります
ようやく先週末、やっとPCの前に向き合うことが叶い、とは言っても
アリシアさんがfleshな魅力を放つまでには、まだいま少しお時間をいただきたく
今週と次話を使って原作最大の謎にちょっとだけ味付けして送り出したいと思っております
台所で昼食の支度をしていた天地秋乃は、傍でじゃがいもの皮を剥いているアリシアに
「せっかくだから庭のとうきびも用意しておこうかしら、アナスタシアさん、うちに来るのは初めてでしょ? もちきびはあまりスーパーなどではみかけないから、きっと珍しいわって喜んでいただけると思うの」
と、微笑みかけながら言った。
「あの……」
アリシアは申し訳なさそうな顔をして、こくんと頷く。
パステル調、明るい色合いの素朴なコットンの上下にエプロン姿も甲斐甲斐しい。
自分に関する騒ぎの所為で、親娘ともどもグランマ秋乃に面倒をかけることになるのが心苦しいのだった。
「あなたはそこでお惣菜の下拵えをお願いね」
昼までにはまだ三時間近くもあって、客人をもてなすための準備には十分だった。煮物にもしっかり味を含ませることができるだろうと思う。
秋乃はアリシアに肉じゃがの用意を任せると、
「食べごろのものをいくつか捥いできたらすぐに戻るわ。もう旬は過ぎてしまっているから良いのがみつかるといいのだけれど」
例年通りであれば晩夏から初秋を迎える季節の変わり目になっても、まだ頃合いのものが幾らか実をつけているはずだった。
秋乃のとうきび畑は農地と呼ぶには慎ましかったが、さりとて家庭菜園と呼ぶには些か規模のあるもので、ハイシーズンには一人では到底食べきれないほどの量の実をつけて、その多くは近所――といっても周辺はみな農家で、視界の遥か先に隣家の母屋が見えるばかりである――や、仕事仲間の水先案内業者、あるいはゴンドラ協会の職員たちに配っているのだった。
スーパーなどでよく見かける黄色いスイートコーンなどとは違って、色白の粒のもっちりとした食感は珍しく、たいそう評判が良くて、アリシアたちも大好きだったのである。
塩茹でにして良し、バーベキューで鉄板焼きにしても良し、サラダにしても良かったし、ご飯に混ぜて炊いたり、また裏漉ししてスープにするのも素敵なのだった。
甘みを強く主張しない分、クセがなくて淡白な魚介類の料理のお供にも良く合うのだ。一方、晃が好むようにグレービーソースをたっぷりと含ませて炭火で繰り返し焼くとさながら肉料理のような野趣も現れて、また格別だった。
しかし、どんな調理法をもってしても捥ぎたての風味には敵わない。
秋乃はそんなとっておきを、じきに訪れるアナスタシア――アリシアの母、アナスタシア・スターリング――に振る舞うつもりでいたのだった。
今回の一件は、アリシアをあずかる身――アリシアはとうの昔に自立して秋乃の
奇跡――がなければいったいどうなっていたものか――。
想うだけでも恐ろしかった。
その上で、アリシアの身の上について今後はどのようにしたら良いものかを母親を交えて膝詰めでじっくり相談するつもりでいたのだ。
果たしてアリシアに、これまで通りの一人暮らしを許してしまってもいいものかどうか、場合によっては姫屋かオレンジぷらねっとあずかりにしてもらい、いつでもなるべく多くの人たちの目の届くところで仕事や勉強を続けさせるのも必要なのかも知れない、とさえ考えている。
「ちょっと過保護すぎるかしら……」
独言て頭を振る。
「でもね……」
今、後ろで台所に立つアリシアの可憐――というには煌びやかすぎる後ろ姿を愛でながら、あんなに心胆を寒からしめる事態は二度と許すまじと胸に期しているのだった。
アリシア……あなたは特別な子だったのよ……。
八年前、プライマリースクールの制服を着た美少女が、ARIAカンパニーを訪れた日のことを、まるで昨日のことのように思いだしていた。
アリシアと初めて会った時の驚きと喜び。
その時、天地秋乃はひと目で自分の前にいる少女が、とても大きなものを背負って生まれてきたということに気がついたのだ。
だから、きっと誰よりも光り輝く素晴らしいウンディーネになるに違いないって判ったの――。
しかし、そんな秋乃の想像すらも少女は軽々と超えて更に美しく羽ばたいていた。
今ではスノーホワイトという二つ名でさえ、アリシアを表すには物足りなく思えてくるほどに。
だから、心配もまた膨らんでくる。
素直さ、優しい心は、悪意をもつ相手には隙になるもの。
かねてから懸念していたセックス絡みのトラブルに巻き込まれて、今回は無事に済んだけれど、次にそうなるとは限らない。
いったい、あの子のフィアンセだという男はこんなときに何をしているのかしら――?
事件があったことを知らないはずがないのに、アリシアと連絡を取り合っているような気配は窺えないのだった。
いちばん大事な時に大切な恋人を独りにして放っておくなど、どういうつもりなのかと、もどかしさとともに詰りたくもなってくる。
そんな胸にわだかまるものを抱えたまま秋乃は麦わら帽子を被ると、縁側からサンダル履きで庭に出て、石垣の下に広がるトウモロコシ畑へと足をむける。
午前も早い内から日差しが強く今日も暑くなりそうで、来客をもてなすために涼しげな水菓子の用意をしておかなければ、と思いながら十段ばかりの石段を降りていった。
「さすがに今の時期にスイカはないから……そうね、後で梅酒をつかって冷たいゼリーでも作っておこうかしら……それなら食後のデザートにも、ウエルカムスイーツにもなるし……」
アナスタシアとの久しぶりの再会を心待ちにしている。
と――。
自宅前の坂道まで降りたところで、なだらかな斜面をこちらに向かってくる人影に気がついて、見覚えのある制服姿であることから、それが男子中学生らしいことに気がつくと軽い当惑に眉を顰めるのだった。
「あらあら、とうとうあたしの家にまでやってくるようになったのかしら……困ったものだわ……」
つい諦め混じりの言葉が口をついて出てきてしまう。
近頃では水先案内業を就職先に選ぼうとする男子も現れているとのことで、秋乃は内心そうした動きに対しては抵抗感を覚えているのだった。
確かにウンディーネには制度上は男子禁制の縛りはないものの、しかし彼女は保守的で水先案内はどこまでも女性ならではのものだと今も信じていた。
そしてこれも不文律ではあるが、ウンディーネのお務めに携わる誰もが共有している感覚として、端麗な容姿、というのも外せない。
要するに若く美しい乙女たちの聖域、それがウンディーネという現代に蘇った可憐な妖精たちの立ち位置だった。
ただ、ノームもシルフもサラマンダーも男女の隔てなく役目を担っている中で、時代の流れとしてウンディーネだけがひとりいつまでもこうした伝統を貫けるかどうかは分からない。
それゆえ、もしもそういった類のことでの相談であるなら無碍に門前払いをするわけにもいかず、一応、話だけ承ることは吝かではなかったのだ。
しかし採用されるか否かはなべて各社の判断によるもの。
現役を退いて幾星霜、現場からも離れてこうして田舎で土いじりをしているような老女に、建前上も力になれることなどそんなに多くはない。
故に狭き門である現実を説いて考え直すように促す、というのが自分にできる精一杯なのだと思う。
憧れだけで成れるほど容易な道ではないことを知ってもらえれば――。
毎年、どれほどの数の少女たちが、見習い――の段階で自発的に進路修正をはかるか、さらに仮採用になったとしても本採用までには厳しい関門があり、その上のプリマ・ウンディーネともなると実際に辿り着けるのは見習い時代からを含めると、百人、数百人に一人という、ほんのひとにぎりであることも教えて。
その中で男子が這い上がるのはさらに至難の業であることが判れば、若い貴重な時間を浪費せずとも済むかもしれない。自分の言葉が相談者にとってより適正のある職業を選択するきっかけとなるのであれば……。
困ったご時世ね――。
秋乃の視線に気がついたのか、相手はその場で足を止めると深く一礼をする。
やはりどうやらただの迷子というのではなさそうである。
さて、どう説き伏せたものかしら――?
少年は秋乃のところから数メートル離れたところまでやってくると、また足を止めて深々と頭を下げた。
オリーブ色の肌、クセのある黒髪をやや長めにした甘いマスクは容姿だけで言えばギリギリ及第点、と相手を値踏みする。
でも男の子はすぐに男――に、なってしまうから。
少年らしい優雅さは、瞬く間に失われて男性特有の猛々しさに取って代わってしまうもの。
やっぱりウンディーネには相応しくはないわね――。
「道に迷ってしまったのかしら? それとも何かあたしにご用?」
声をかけると、件の少年は一瞬、ギョッとした様子になって顔を上げ、
「あの……こちらは天地先生のご自宅でよろしいのでしょうか……?」
躊躇いがちな声が返ってきた。
トーンからすると、まだ十分に声変わりのしていない中性的な声音の、けれどもしっとりと穏やかで知的な落ち着きを感じさせるもの。
初めの印象ではプライマリースクールの最終学年か、ミッドスクールの初学年ぐらいかしらと思った秋乃であったが、第一印象に微修正をかけた。
「ええ、そうですけど、何かご用?」
「あの、ボク、柊アキトと申しますが……お母さまにお取次をお願いできないでしょうか?」
「は――!?」
「ボク、先生にお話があって、お目にかかりたいのですが……」
「母はいないけど……」
そう返すと、少年の表情に困惑が泛く。視線を泳がせて返事を考えているようである。
ややあってから――。
「それじゃあ、ボク……また出直すことにします……ちゃんと連絡を入れて許可を取ってからお伺いするべきでした……確かに突然ではあまりにも不躾でした……」
今度は軽く頭を下げると踵を返して駅の方へと歩み去ろうとするのだ。
「僕、お待ちなさい、私に用事があるんでしょ、なぁに? なんのご用?」
「はい――!?」
振り返った少年は不思議そうに首を少し傾げていて、逆に秋乃は笑いの衝動を抑えるのに苦労していた。
きっと少年は秋乃に関することで誰かにかつがれていたのだろう、と感じて。
それにしても、あたしの母に会いたいだなんて、天地秋乃はどれだけおばあちゃんだと吹き込まれてきたのだろうかと、ちょっと物悲しくもなってくる。
「今、先生はご不在だと言われたように思いましたけれど――」
「だって天地秋乃に用事があるんでしょ?」
「はい」
「私がそうよ、天地秋乃」
「えーと、ボクがお目通りをお願いしたいとおもっているのは、多分、お母さまの方の天地秋乃さんなのですが……以前、水の大妖精と言われていた元プリマ・ウンディーネの……」
「天地秋乃は二人も居ないし、天地秋乃に娘も居ないわ」
少年は当惑した様子でもじゃもじゃ頭をカリカリ掻いて視線を彷徨わせている。
「あの……ボク、察しが悪かったりするんでしょうか……?」
「そのようね……うふふっ」
すると少年は表情を変えて真顔になると、
「……やっぱり、そうだったんですね……そんなことがある筈がないから……」
自らを説き伏せるように独言ると
「貴女が天地秋乃先生だったんですね」
顔を上げて秋乃を見つめた。
「ええそうよ、ようやく判っていただけて?」
言いながら今度は怪訝な顔になるのは秋乃の方だった。
少年は表情ばかりか雰囲気も一変させていて、神秘的なまでの黒い瞳が穏やかに笑みを湛えているように思えて背筋がゾクリとする。しかし、それはけして嫌な感じを受けたからではなかった。
なにか心の深いところ、か弱いところに触れられたような感覚。
どこか懐かしさを覚えるもの――。
「ボク、ずっとおかしいと思っていましたから……これではっきりしました――」
「あなた……何を言っているの?」
「貴女が、
子供だとばかり思っていた相手に、一瞬、気圧されるような気分になったのは、相手に底知れぬ思慮深さを感じたからなのかもしれなかった。
「伝説のウンディーネ、天地秋乃先生……想っていたとおりです……」
少年は安堵したかのように繰り返すと、にっこりと白い歯を覗かせる。自分を見つめる黒い瞳と視線が絡み合い、そこから先に逃れたのは秋乃の方だった。
そして――。
胸を突かれるようなショックと共に、
「そう……そういうことだったのね……」
ようやく秋乃は全てを察して、いまいちど少年の顔をよく見つめる。
「柊……アキトさん、だったかしら……」
「はい――」
「いらっしゃい……きっとあの子がお待ちかねよ……」
コーンもスイカもなくていいから夏はさっさと終わって欲しいのですが、
汗ばむ若い肌を接して睦みあう二人には、やっぱり欠かせない季節で
そりゃアリシアさんだって汗、かきますしね
というわけで、夏の夜、蚊帳の中で互いの気持ちをしっかり確かめ合う
そんなシーンを魅せてくれると楽しいのですけれど
そうそう、今夜は七夕、でしたね
恋人たちのリスタートにちょうど良かった