ARIA A SECRET SCHOOL DAYS 作:真夜中のミネルヴァ
「――母の迎えにはあたくしが参りますっ、わざわざグランマに御足労をおかけするなんて」
「何を云ってるのアリシア、あなたがここに居るのは秘密なのよ、他人目につかないようにおとなしくしていないといけないでしょ」
「でも……」
「あたしに任せて、それにあたしもアナスタシアさんと二人だけでお話しをしたいことがあるのよ……」
秋乃はアリシアを説き伏せると、アキトには
「アリシアのことをお願いね、あなたがどうなろうとあたしは少しも構わないけれど、アリシアのことだけはしっかり守ってちょうだい、うふふ」
言い残すと母屋の玄関を出ていく。
「先生は手厳しいなぁ……」
アキトは苦笑して頭をかきながらボヤいた。
「あたしもあんなにはっちゃけたグランマを見るのは初めてよ、うふふっ、アキトさんに会えたことがよほど嬉しかったのね」
「そうかなぁ、ボクは違うと思うんだけどなぁ……」
「あらあら、うふふっ」
少年は得心のいかない顔をしているものの、こちらも特に気にかけてなどいないのが窺えるのだ。
広く開けた縁側から日傘を差して遠ざかっていく秋乃が見えていた。照りつける眩い日差しにくっきりとした影を作る麦色の農地の間を歩く後ろ姿が。
その様子がアリシアの目には、昨日までとは打って変わって生き生きと輝いているように映るのだ。
スラリとした背中で踊る長い髪も楽しげに。
アキトと出逢ったことで自分が変えられていったように、師の秋乃もまた彼から影響を受けていた。
彼女にはそれが実に自然なことのように思えるのだった。
だって、アキトさん、とっても素敵な人だから――。
あたしのことはいろいろ言うくせに、自分自身の美質について全く頓着しないのは、むしろアキトの方だと思う。
知的なのに如才なく映るのは思慮が深いからだ。
グランマに起きていた異変について、自分たちは傍に居ながら少しも気がつかなかった。
あのグランマが屈折を抱えていたなんて、誰もが想ってもいないことだったから。
それなのにアキトは遠く離れて真実にたどり着き、そして見事に解決してみせた。
優れた観察力と洞察力で――。
そして、グランマのスケッチでも明かされた、画家としての才能。
誰が見ても目を瞠るほど飛び抜けたものなのに、本人はそれをどこにでもあるもの、十人並みと言って憚らない。
常に自己抑制が働いていて、そのうえバランス感覚にも秀でていて――。
大事をやってのけても、少しも押しつけがましくしたりしないのだ。
身に備わったものとして作らず飾ることがないから、いつでも自然な態度になって現れる。
グランマが一見、辛辣とも思えることを口にするのも、そんなアキトの性格を見抜いたからに他ならないのだと思うのだった。
そしてアキトとの出逢いを喜んでいるからだ、とも。
だから、わたしの行き過ぎた行動も許してくださった――。
十五歳の中学生の男の子をフィアンセにするようなことを……。
「アキトさん……」
アリシアはアキトの手を握ると呼びかけた。
言葉に思いをのせて。
事件以来、初めて二人だけになって、互いを見つめ合う。
アリシアは口づけを求めて、少し屈んで顔を寄せようとする。
が、少年は素直にそれを受ける代わりに、唇の間に舌を覗かせて意味ありげな微笑みを向けてくるのだ。
もちろん何を求められているのかは直ぐに判って、アリシアの頬がたちまちバラ色に染まっていく。
恥じらいながら
「もう、すぐにアキトさんは……そういうことを言うんだから……」
「ボク、何も言ってませんよ。アリシアさん、変な誤解をしてませんか?」
「いじわる――」
アリシアがちょっぴり拗ねた顔をすると、少年はアリシアの腰に腕を回してきて、逆にひしっと抱き寄せられる。
彼の顔が迫り、背中を撫でる手の動きに体に馴染んだ感覚が呼び覚まされていった。
「あんな無茶をして、イケナイ子……何もなかったから良かったけど……もし、あのままキミが……」
アキトはまるで子供のおイタを諭すような口調になって言う。
「だって……あの時は、ああするしかないって思ったから……」
「怖かったね……」
アリシアは素直に大きく頷いた。どこか幼気なしぐさになって。
「うん……とっても……」
今度は自然に唇を重ねた。
「でも、いちばん怖かったのは……もう二度とアキトさんに逢えなくなってしまうこと……」
アリシアの両目に涙が滲んでくる。
男たちに慰みものにされて、自分が自分でなくされてしまうというのがどれほど恐ろしいことか、今こうして体を合わせていると、身に沁みて感じられるのだった。
穢された自分には、もう彼の腕に甘えることなど許されないと思うからだった。
「でも、もう、あんなことはしないって約束ですよ、ニュースの映像を見た時、心臓が止まるかと思いましたから――」
「…………」
返事をためらっていると、
「約束……してくれないのですか?」
問いを重ねられる。
彼に話すべきかと迷うのは、自分に暴行を企てていた男たちが、それぞれ肉体を改造をしていて、人の性を冒涜する悍ましい姿をしていたこと。
そして自分たちの身代わりとなっていた複製の女性たちの悲しい運命について――。
人のいとなみの中で、愛をたしかめあうという最も崇高で美しい行為が、醜い欲望によって貶められていた。
それは女にとって死よりも辛いことなのだった。
「キミがこの世から居なくなってしまったら……ボクだってもう生きては居られないから……」
「……わたしだってそうよ……」
「うん――」
「……でも……」
「でも――?」
「……もし、同じことが起きたら……あたし、きっとまた同じことをすると思う……」
揺れる瞳で互いを見つめ合う中、
「……どうして……?」
と、問われてアリシアの表情がまた翳りを濃くする。
「だって……あたしが……あたしでなくなってしまうように思うから……」
それを聞いた少年は、まるでそんなことか、とでも云うように顔を綻ばせると、
「心優しいキミに暴力を振るおうとするような頭のおかしな連中に、キミを変えることなんかできっこないですし、けしてキミを穢すことなんてできやしないのに――」
抱きすくめられて、耳もとに囁きかけられる。
「……いつでも、なにがあってもキミはキミなんだから……そんなつまらないことで思い煩わなくてもいいんですよ……」
「つまらないって……」
「ごめんなさい、それはちょっと言い過ぎましたね、女の子にとってはとても大切なことだから……でも命はもっと大切です……だから、あんなことは二度としないって約束して欲しいんです……何があってもボクはキミの傍にいますから……キミに拒まれたら死にたくなりますけど……」
「…………」
「ボクの言うことが信じられませんか?」
アリシアは首を横に振る。
「……アキトさんは、きっとそうしてくれると思うわ……」
恋人の手の温もり、背中を広く愛撫するやさしい感触には胸が詰まるのだ。
こみあげてくるものを堪えながら、
「でも、あたしが嫌なの……自分を許せない……」
穢されて、アキトの前に立つのが怖いのだった。
彼から憐れまれるのもイヤだ――。
今の二人の関係がすっかり変わってしまうことには、やっぱり堪えられないと思う。
「じゃあ、こうしませんか?……もしもその時は、一人で勝手に決めてしまわないで一緒に考えるってことにするのでは?」
「一緒に、考える?」
「ええ、その後どうするかを二人で一緒によーく考えるんですよ……何をするにしても二人で決めるんです。続けられそうだと思うなら留まるも良し、あるいはこんな碌でもない世界、願い下げだっ、こっちから見限ってやるっ!って笑いながら一緒に帰るってのも楽しそうですし」
「そんな……一緒に帰るだなんて――」
心中――という古めかしい言葉が脳裏に泛ぶが、アキトはすぐにそれを否定する。
「もっと特別な、ボクたちにしかできないやり方で――」
「何を、するんですか……?」
「それはその時になったら教えてあげます。でも、今は考える必要はないでしょ?」
「…………」
「ボクはキミの居ない世界になんて留まりたくない……だからボクが譲れるのはここまでです、どうですか、この辺りでお互い手打ちにしませんか?」
重たい話を他愛もない掛け合いにして、アリシアに笑みを誘っていた。
「手打ちだなんて……うふふっ」
泣き笑いになる。濡れたまつ毛を瞬かせながら、恋人の顔をまんじりと見つめた。
アキトは屈託のない笑顔を向けていて、それはアリシアの大好きな彼の表情なのだった。
胸に寄せていた不安の雲を優しく吹き払う、爽やかなそよ風のよう。
「やっぱりキミは笑顔が可愛いな……沈んだ表情の時もたしかに素敵なんだけど……とても官能的だから……」
しんみりしていたところに、いきなりまたセックスを仄めかされて、アリシアは努めて表情を固くする。
「もう、すぐにまぜっかえすんだからっ」
「だって、あんまり時間がないでしょ?」
「時間――?!」
「先生たちが戻ってくるまで――」
秋乃の家から駅までは徒歩で十分足らず、列車の待ち時間を合わせても、せいぜいあと三十分もすればアナスタシアを伴って戻ってくるのだった。
「その間、ボクたち、ナニをして過ごしましょうか?」
そう言いながら、少年はまた唇の間に舌を覗かせていて、アリシアはパッと頬を染めると
「アキトさんのバカっ」
拳をつくって恋人の胸のあたりを甘叩きする。
「だって、ボクはずっとキミにけしかけられてるんだから……そんな薄着だと、目のやり場に困りますよ」
言いながら相手は鼻先をヒクヒクさせていて、アリシアは男の腕を逃れると、身を守るように両腕を胸の前で交差させるのだった。
自身の体臭が濃いことを意識させられて、
「エッチ――」
非礼を詰る。
けれどもかえってそれは逆効果になってしまうのだ。
ノースリーブの剥き出しにされた長い腕に押さえられて、ピンクのサマーニットの下の胸の膨らみをいっそう強調することになっていたからだった。
そして少年は素敵なケーキを前にした子供のように顔を輝かせている。
「ダメ……お母さまが、来るから……」
「うん……だから時間を大切に使わないと――」
それからほどなくアリシアは、恋人の見守る前でスカートの中に両手を差し入れると、長い脚を露わに肌着に指をかけ、ゆっくりと下ろしていくのだった。
ホットパートにはなりません
済みません。