ARIA A SECRET SCHOOL DAYS 作:真夜中のミネルヴァ
昨夜、アップしたかったのですが時間が取れずに今夜に持ち越してしまいました。
相変わらずのホームドラマです
ヒロインがアリシアさんじゃなければスラップスティックにしたいんですけど
さすがにそれはできません(笑)
選りにも選って子供を相手にっ、あなたいったいどういうつもりなのッ――!
アナスタシアは叱りつけるつもりでいたのだが、娘の顔を見てすぐにその言葉を呑みこんだ。
幼くして父親を亡くして以来、たとえ笑顔であってもどこか淋しげな翳を感じていたものが今はそうした曇りがすっきりと晴れて、重大事件の直後だというのにとても幸せそうに見えたからだった。
実際、この少し前までアリシアは妻としての務めを果たしていて、愛情深い夫の愛撫に泣きだしたくなるくらい身も心も感動していたのだった。
縁側にアキトと並んで罪のない顔をして座っていたのは、たとえ短い間であったとしても情を通じたことによって纏った艶めいた雰囲気を払う意味もあったのである。
それゆえ何気ない風を装ってはいても、恋人の胸に抱きついて甘えたいのを我慢しているアリシアが、母親の目には普段とは違って映るのは当然だった。
この子がこんな顔をするようになるなんて……。
「お久しぶりです、お母さま……いろいろとご心配をおかけしました……」
アリシアは事後らしからぬしおらしさで頭を下げ、それから、
「こちらがアキトさんです……柊、アキトさん、といいます……アキトさん、これが私の母です――」
母親とアキトのそれぞれに相手を紹介する。
アナスタシアはアキトに対してはまずは儀礼的に手を差し出し、アキトもそれに合わせて手を取るが二人が視線を交えたのはほんの一瞬で、少年は腰を深く折って頭を下げるや
「柊アキトと申します。お嬢さまのアリシアさんにはいつでも大変お世話になっております。今日までお母さまへのご挨拶ができずにいたこと、真に申し訳ありませんでした」
言葉の選択も妥当、語調には老成した気配さえもが漂い、予想を超えたまともな挨拶が返ってきた驚きに、まずは機先を制せられていた。
アナスタシアにとって初対面の人物との握手とは親交を求めて距離感を縮めるといった意味の他、この場合のように相手を推し測るためのごくごく軽微な干戈の色あいまでも含むのだが、その試みをあっさり躱されてしまっていた上に、
「こちらこそ、不束な娘ですが、どうぞよろしくお願いいたします」
お辞儀を返しつつ自然に婚姻を承諾するような言葉まで発してしまっていて、心中では“あたしっ、なにを云っちゃってるのっ”と、自分を詰っていた。
当初の意に反して完全に相手のペースにはまってしまう形になったが、娘のアリシアの安堵した嬉しげな顔を見てしまうともう引き下がるしかなかった。
「それにしても随分、お若い旦那さまね……」
アリシアに漏らしつつ
「アキトさんと言ったかしら? あなた、お幾つになるのかしら?」
問いを向ける。
「まだ十五ですが、この秋には十六歳になります」
見かけの印象ではもっと若いと思っていたが、幸いなことにそこまで非常識なことにはなってはいないようで、奥手で内気な娘が相手をするのにはむしろこのぐらいの方が扱い易くて良いのかもしれないとも感じ始めている。
ただ、結婚するとなると、やはり若すぎる――と、思うのだ。
「高校生?」
「いえ、まだミッドスクールの三年です。半年ほど帰省していたので卒業は年明けになるそうで」
「ご実家はどちら?」
「チバシティです、マンホームの」
「あら、私もポスドク時代にセントラルで夫と半年ほど暮らしていたことがあったのよ、この子が生まれる前のことだけど。チバシティはお隣ね」
「隣と云われましても……チバの田舎者にはセントラルはとても遠いところなのですが……」
「同じメガロポリスじゃない?」
「江戸川を挟んでその先は何かにつけて別世界なので……ウチの界隈には修学旅行先がセントラルになる公立中もあるぐらいですから」
アキトは軽いジョークのジャブを放って自分との立場の違いをはっきりとさせる。
「まぁ東京はとても大きな
「マンホームの東京ってそんなに大きいんですか!?……三百キロっていったら、ここから首都のあるアクアポリスの方まで……」
「そうよ、ずーっと高層ビルが立ち並んでいるの……学生時代を過ごしたボストンにはそれほどこっちとの違いを感じなかったけれど、やっぱり本家の
「まぁ、こちらとは全然違うんですね……時速七百キロというと、マンホームだとネオ・ヴェネチアからここまで、ほんの五分余りで着いてしまう、お隣の駅みたい」
「そうよ、それに街の上空には無数の無人機が飛び交っていて物流を担っていて……人は家に居ながらにして何でもできるの、便利で快適な暮らしを――」
アナスタシアの話を聞いていたアキトは困った顔をして笑みを作ると、
「……遠くから見ると高層ビル群がどこまでもズラッと並んでいるように見えますけれど、実はビルの合間には昔ながらの街並みもあちこち残っていますし、ボクの育った千葉の中山地区は舞浜や船橋あたりとは全然違って、今でもエレベーターのない低層の建物やらちっちゃな民家がひしめいて、最も開発が遅れているようなところですから……通学なんかの移動も専らチャリンコだったりして、だからこちらともそんなに違わないんです。それにドローンなんてブンブン唸って鬱陶しいばかりで、こっちの蝉みたいに可愛げもないし――」
「そうなの? でもあんな生活を目の当たりにしたら、若い人なら誰でも憧れると思うんだけれど。あなたのような子なら、きっとどんな未来だって手にできそうに思うから」
アキトはアナスタシアのリップサービスに首を振って応えながら、
「先生のようなAQUAの方がそのように言われるとは意外です。地球での生活が真っ平だと思った人たちがこの地へと移り住んできたという歴史を思うと……」
「まぁ、そうなのかも知れないけど、でもアキトくんは若いし、可能性だってあるのに、わざわざ豊かな未来を投げ捨てて、どうしてこんな辺境の惑星に来ようだなんて思ったのかしら?」
世間知らずの田舎娘を拐かしに――?
と、つい余計なことを口走りそうになって、アナスタシアは笑いの発作に吹き出すのを堪えていた。
「ボクは地球での生活を豊かだとは思いません。それをいうのならAQUAの方がよほど豊かだと思うのですが……それに便利で快適というのを別の言葉では堕落と退廃と云うのかもしれません……ありあまるお金と時間を持って生存に余裕ができると、大概の人間はろくなことを考えなくなるものですから……一昨日の事件の関係者だってほとんどが地球人だったって云いますし……同郷の身としてはお恥ずかしい限りで……」
この真っ当な返しにはアナスタシアも頷くしかなかった。
「まぁまぁ積もるお話はそのぐらいにして、みなさん奥へお上がりください」
会話が途切れたところで秋乃に促されて庭での立ち話はいったん水入りとなり、アナスタシアは家の玄関へと案内されて、アリシアとアキトは縁側から居間へと引き返すのだった。
アリシアとアキトは居間の襖の脇に並んで、正座をして母親を迎えていた。
そのためアナスタシアも仕方なく畳の上に正座をすると、再び今度は和式で正式な挨拶を交わすことになる。
こうした場での畏まった儀礼、言葉遣いをミドルティーンの少年がそつ無く難なくやってのけることに、改めて舌を巻く思いを抱きながら。
傍らの秋乃に半ば諦観の笑みを向けて、予め告げられていたことの意味が判りましたと伝えたつもりだったのだが、秋乃はなぜか首を細かく横に振っていてなお含みのある顔をしているので、アナスタシアはまた訝しげに問いかけるような面持ちになるのだった。
若い二人が並んで頭を垂れている間に、シニアの二人は目線だけで会話を重ねている。
娘とそのフィアンセだという小柄な少年を前に、さていったい何から切り出したものかと言葉を探すうちに座を沈黙が占めていた。
見かけに騙されないこと――。
確かにその通りだった。
十五歳という年齢以上に、少年からは今やはっきり大人――を感じている。
年齢は若いのかもしれないが、知性の成熟というものを。
何より驚かされたのは、二人を見ていて判るのは、むしろ歳が上のアリシアの方が彼に凭れかかっているように映ることだった。
心を許して、そして信頼を寄せているのが窺えるのだ。
奥手で内気、人見知りな一人娘が、今では女として自分を委ねていた。
娘が恋をしている――。
そこに微かな痛みを覚えるのは、アリシアがいよいよ自分の元を離れていってしまうように感じるからなのかもしれなかった。
そう思ってから、何を今更、と戒める。
これまで碌に親らしいことをしてこなかった自分に、何を云う資格があるのだろうかと。
「……もういいわ……二人とも顔を上げて、膝を崩して、あたしもそうするから……先生、失礼しても宜しいでしょうか? 恥ずかしながら正座は苦手で……」
申し訳なさげに微笑んだ。
「ご無理をなさらないで下さい」
秋乃もアナスタシアに配慮して膝を崩した。
しかしアリシアとアキトは居住まいを正したままだった。ただ微笑ましいのは仲良く手を繋いでいること。
「お行儀のいい坊やね……あら、ごめんなさい、坊やだなんて失礼なことを言って……」
「いいえ、事実ですから……大切なお嬢さまであるアリシアさんを、ボクのような若輩者が……」
「お母さま、グランマ……」
アリシアは唇を結んで真剣な顔になって二人の顔を交互に見やる。
やがて――。
「あなたがそうしたいんでしょ? それなら好きになさい」
アナスタシアからすると譲歩したつもりだったが、アリシアは満足してはいないようで、まだ母親の言葉を待って口を閉ざしたままでいる。
仕方なく言葉を続けた。
「好きなのね? アキトく、アキトさんのことが……?」
「はい」
「あなたは、男の人を好きになるということが、どういうことか判っているの? 男性を愛するということを」
「……わかっている……つもりです……」
躊躇いながらもきっぱりと首肯したアリシアが頬を赫らめて、それを目の当たりにした母親たちは、愛娘が既に自分たちが知っている少女ではなくなっていることを察したのだった。
「アキトさん、でも、結婚は早いのではなくて? あなたの年齢だと、法的には無理ではないのかもしれないけれど、まだまだ社会的な制約が色々あって……」
「おっしゃられる通りです。ですから正式な婚姻はボクがハイスクールを卒業する三年後以降を考えています……その頃になれば、きっと今ほど風当たりも強くはないと思うので……」
「あなたはそれでいいの?」
母に詰め寄られたアリシアはコックリ、傍の夫となる相手に愛おしげな顔になって流し目を送る。
娘のこんなにも艶っぽい表情を見るのもアナスタシアには衝撃だった。
「意地悪なことを言うようだけれど、若い男女にとって三年は長いわ……それぞれに別の好きな人が現れるかもしれないし……」
「その心配は……していません……だって、あたしたちはもう……結婚の契りを交わしているので――」
その言葉にはさしもの臈長けた美女二人も、ギョッとして息を呑む。
自身の言葉が誤解を生んだと察してアリシアは真っ赤になるが、アキトにしっかり手を握られて自分を取り戻すと、
「二人だけの……結婚式を……済ませているんです……」
告げた。
今度は母親たちの視線がアキトに向かった。
「式といっても二人だけの……あくまでも二人だけできめた、つとめて私的、個人的なものですから……でも、ボクたちお互いにとってはとても大切な、けじめとなる“儀式”です」
夜の儀――こそ、婚姻の儀式そのものではあったが、二人を結びつけ繋いでいるのはそればかりではなかった。
身も心も寄り添い、命と魂とを一つにして、その上で互いを生涯の伴侶とする誓いを既に立てていたのだった。
そこには誰の承認も保証も必要なく、自分自身と目の前にいる最愛の人こそが証人だった。
それ以上の何を必要とするのか、二人にとっては既に自明のことだったのだ。
ただ一つの懸念は、いつでも一緒に居られるわけではないこと、生活を共にできないこと――。
落ち着いた環境で二人の新生活を始めるまでには、まだ暫くの猶予が必要なのだった。
「……確かに、今、あなたたちが新婚生活を始めるのは難しそうだわね……」
アリシアは既にあまりにも有名になりすぎていた。
それによる弊害をアナスタシアもよく理解している。
娘のプライバシーが常に危険に晒されていることも。
「何か考えがあるのかしら?」
秋乃に問われて、アキトは首を横に振ると、
「今は時間をかけるしかないと思っています……」
「アリシア、あなたは?」
「私は……アキトさんが考える通りにするだけです……そうするのがいちばん私たちにとって良いことだと信じているので……」
アリシアは決意を訴え、それを受けてアキトが続ける。
「どのみち、ハードランディングは避けられそうにないのですが……それを少しでもソフトな方に寄せていけるように……」
「こればかりは賢いあなたでも、なかなか大変そうね……でも、それなら尚更、私たち大人をもっと頼りにしてちょうだい。今は思いつかなくても、やがてはいい知恵が浮かぶかもしれないでしょ?」
秋乃の申し出に二人は頭を下げて応えた。
「「どこまでも未熟な私たちですが、どうぞよろしくお願いいたします」」
「及ばずながらあたしも何ができそうかを考えるわ」
アナスタシアからも強い支援の言葉を受けて、二人の母親からの承諾を取り付けて、アリシアとアキトはまた安堵の笑みを交わし合うのだった。