※この作品はR-18です。

ARIA A SECRET SCHOOL DAYS   作:真夜中のミネルヴァ

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その 妖精さんの温もりは…

 

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 すきっとリフレッシュした少女が照明(あか)りの消えたリビングに戻ると、アリシアの部屋のドアの隙間から光が洩れているのがわかった。

 アリシアさん、まだ起きてる――?

 規則正しい生活を送るアリシアにしては珍しいことだった。

 灯里よりもいつも十五分ほど先、6時前には起床しているアリシアは、夜更かしをすることなど滅多になくて、たいてい12時前には消灯していた。

 テレビの下のHDDの前面グリルの表示は、じき2時になろうとしている。

 どうしようかと迷ったが、結局、灯里はドアをノックしていた。

 はい――。

 部屋の中から涼しげな声。

「アリシアさん……?」

 ドアをゆっくり開きながら、灯里は呼びかけた。

 覗くと、白いコットンのネグリジェ姿で、読書中らしいアリシアが眼鏡の顔を向けている。姿勢良くデスクに座って。

「どうしたの灯里ちゃん……眠れないの?」

 灯里はこっくり。

「アリシアさんは?」

「あたしは……昨日、図書室に届いた本を読んでいたの……少し前に灯里ちゃんが注文しておいてくれた本よ。読み始めたら止められなくなって……」

 開いた本に目を落としながら、ちょっと淋しそうに頬笑んだ。アリシアが小さな嘘をついたときのくせ。

「あのぉ……入ってもいいですか?」

 灯里が尋くと、眉をあげ、わずかに驚いた顔をしたが、うなずく。

 デスクの上にはステイシー・ポールソンの『残照 おくれ毛』の分厚い邦訳ものが置かれてあった。

 ずっと以前にアリシアが図書室に収蔵希望を出していたもの。

 原著の方がいいのでは、と尋いた灯里に、

「だって、みんなに読んでほしいから……とってもステキなお話なのよ」

 そう言って、わざわざ翻訳版を指定されていたのだった。

 実際にはそちらの方が二十年以上も前に絶版になっていて、手配するまで二ヶ月以上もかかってしまったのだが。

「どんな、お話なんですか?」

「そうねぇ……灯里ちゃんと同じくらいの十五歳の女の子が主人公のお話よ。著者の分身とも言われる……」

 ポールソンはウルフの現代的な後継者と目される南アフリカの作家で、代表作である本書は著者の少女時代をモチーフにした自伝的小説だという。多感な少女のビビッドな心情描写が秀逸ということだった。

「……中でもわたしのいちばんのお気に入りは、真ん中あたりにある中編小説の『窓』かしら……昔、あたしがまだ少女の頃、はじめて読んだときには一行ごとに、うん、うん、わかる、わかるって思いながらページをめくったものよ、懐かしいわ……」

「そうだったんですか。あたしも借りてみようかな、アリシアさんの次に……」

「ぜひっ」

「でも、こんなに分厚い本、期限までに読み切れるかな……?」

「短編や中編を集めたものだから、長さは少しも気にならないわ、大丈夫」

「はぁ……」

「きっと思春期まっただ中の灯里ちゃんの方が、今のわたしよりもずっと共感できる部分が多いんじゃないかしら」

 何気なく使った、思春期――という言葉に反応して灯里が複雑な表情をすると、笑顔を向けていたアリシアの顔にもまた翳りがさしてくる。

 今日は帰宅してからもずっとこんな具合なのだった。

 いつものように会話が長続きしない、女の子同士のおしゃべりができなかった。

 学校でのこと、教室でのこと、クラスメートのこと、お友達のこと。

 図書室での一件以来、どれも微妙な話題になってしまっている。

 けれども避けることで、かえって余計に意識してしまう。お互いに差し障りなく、普段通りをよそおっているのを感じてしまうのだった。

 沈黙が気まずさに変わる前に、アリシアはぱたん、と本を閉じた。眼鏡を外して丁寧にたたむとデスクの上に置く。灯里には横顔を向けたままで。

「もう二時を過ぎたわ……寝ないと……」

 椅子から立ち上がってネグリジェの背を向けた。

 コットンの柔らかい白さと競い合う、袖口から覗く腕の白さ、氷壁を落ちる黄金の滝のような長い髪。

 自分がいちばん好きな人が誰なのかを教える、美しい姉の、後ろ姿。

 少女が憧れをもって見つめた、いつも見なれているハズの。それを少し遠くに感じて灯里は寂しくなってくる。

 長い指先の両手がふわっと髪に空気をはらませると、夜着の乱れを整える。そんな、女の子だったら誰でもする日常のささいなしぐさですら、とてもマネができないと思うのだった。所作のひとつひとつに心地よい神秘のリズムと旋律があるようで、目と心を惹きつけられてしまう。

 あるべき位置に置かれ、もっとも好ましい軌跡を描いていた手。それが、何かを思い出したように腰紐を結ぶ動きが止まった。

「灯里、ちゃん……」

「はい……」

「……………」

 こちらを向いたアリシアは、もの言いたげな顔をしていたが、灯里と目が合うと碧い瞳が揺れる。気持ちをそのままうつして。

 それでも、視線はそらさなかった。

「灯里ちゃんには、ちゃんとお話ししないといけないわね……」

「あたしも……アリシアさんにお話ししたいことが……」

 灯里がそういうと、アリシアの顔にいつもの笑顔がもどった。

「枕を、持っていらっしゃい……」

 

 

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