ARIA A SECRET SCHOOL DAYS 作:真夜中のミネルヴァ
このところホームドラマが続いていて、まだもうちょっとかかりそうなので、お叱りをいただく前にそろそろこの辺りで濃いめのお話をと、前後編の二回に分けて、特に後半は18禁のお話にします。
時系列的には現在進行の城ヶ崎村の節から、かなり以前(十ヶ月ほど遡るみたいです)のイベント、ということで、原作では当然のことながら主人公の灯里ちゃんに焦点があてられていましたが、こちらでは当然、俄然、断然、アリシアさんのエピソードになります。
「ARIA社長、灯里ちゃん、もうあと半分くらいだから頑張ってくださいね。神社に着いたらお参りして、それから買ったばかりのお稲荷さんと持ってきたお弁当でお昼にしましょ」
「ハイ――」
「ぷいっ、ぷいぷいぷいっ――!」
「あらあら、ARIA社長は元気いっぱいですね、うふふっ」
稲荷山島の中腹にある本殿へと続く長い千本鳥居の参道を軽やかに上っていきながら、アリシアは“二人”を振り返って言った。
息も乱さずに、額に汗すら滲ませていない涼しげな顔をして。
そしてもっとご機嫌なのがARIA社長である。
“彼”は好奇心の赴くままあちらこちらで足を止めたり、或いは右往左往しながらもしっかりと二人の間のあたりをキープし続けているのだった。
ここの稲荷神社は京都の伏見に倣ったとされるが、本殿までの参道の勾配は本家のものよりもずっと急で、踏み石も段状になっていて、若い男性でも少し歩くと息が乱れてくるのだ。
しかしこのぐらいの上り坂であればアリシアにしてみれば仕事前の準備運動にはちょうどよく、それほど苦にもならなかった。
プリマ・ウンディーネは文化人であるとともにアスリートでもあるからだ。
一方、灯里は少し遅れて、そしてとっくに、はぁはぁ、と呼吸を乱している。
まだ十分に体が出来上がっているとはいえない灯里にはアリシアの後ろをついていくので精一杯なのである。
「ちょっとペースが速かったかしら? 大丈夫、灯里ちゃん? せっかくお参りするのだからもっとゆっくりの方がいい? 上の
「だっ、大丈っ、夫っ、ですっ……はひっ……」
「どうしましょう、この先の小社で一休みしましょうか?」
「いっ、いえ、あたし、まだいけますっ……でも、アリシアさんはやっぱりスゴいですっ……」
灯里は後ろを振り返り、自分たちが上って来し方を確かめながら言った。幻想的な赤い道がどこまでも続いていて、遠く先の方はもう見えなくなっている。
そして行く末もまだ先が見えない。
まるで異世界に迷い込んでしまったような不思議な気持ちになってくるのだ。
「そんなにたいしたことではないわ、あなたよりも少し年上である分、体の扱い方にほんのちょっとぴり慣れているだけだから。あたしは狡くて横着だからなるべく疲れないようにしてるのっ」
「はひっ、アリシアさんがズルいだなんて、そんなぁ……」
「あらあら、灯里ちゃんもじきにそうなるのよ、うふふっ」
「はへー……」
後輩から憧れの眼差しを向けられて気恥ずかしくなりながらも、アリシアの目から見ても灯里は体の使い方がまだ上手ではなく、無駄な動きが多いためにロスが多くて呼吸の仕方も正しておく必要があるように感じるのだった。
気分転換を理由にしてこの島に案内してきて良かったと思うのだ。
プリマに昇格するためには体づくりも欠かせない。
心技体が揃ってこその一人前のウンディーネ、たとえ精霊の加護、重力石の支援があるとは云え、それを活かすも殺すも石の保有者次第なのだ。
わが身を満足に扱えないものが、体の延長ともいえるゴンドラやオールを自在に扱える筈もない。
アリシアは丁度いいきっかけになったわと、後輩に体重移動のコツや、呼吸のリズムの取り方などを軽く伝授することにした。
分けても足さばきが重要で、体幹を意識して腰の上に頭がしっかりと乗るようにすることが正しく歩くためのポイントだった。
そうすると呼吸が深くなって疲れにくくなり、歩行姿勢も美しく見えるようになる。
火星猫を抱っこするウンディーネは居ても、“猫を背負った”ウンディーネは未だかつて一人として居ないのだ。
「はえー……」
灯里は未だ要領を得ない顔をしていたが、
「習うより慣れろよ、ねっ、うふふっ」
「ハイ、やってみます」
素直にアリシアに倣い、
「とりあえず試してみて、上の拝殿まではまだ少しあると思うけれど……」
と――指導した矢先、
「あら、雨――?」
立ち止まって話をするうちに、ポツリポツリと雨粒が落ちてくるようになっていた。
空には青空も見えるのに、やがて周囲はサーサーと雨音が聞こえるようになって、三人は慌ててまた石段を駆け上り始める。
「お天気雨ね――」
「お天気雨、ですか?」
「ええ」
「はわー、青空なのに雨が降るなんて……摩訶不思議っ♡……」
「あらあら、マンホームでは気象管理がされているそうだから、灯里ちゃんには
初体験――。
と、うっかり口にしてから、自分もある意味ではまだ済ませてはいないこと、そして灯里が本当の意味で無垢であることを意識してしまう。
少女と、少女時代を終えた自分との違いを。
「あそこのお
少し先に鬱蒼とした樹々に囲まれて小さな社殿があって、その周りにはこぢんまりとした前庭も見えていた。
アリシアは少し脚を速めたが、灯里を置いてけぼりにしてはいけないと振り返ると、何故かそこにはもう美少女の姿は無く、麓まで続く赤い路が見えるばかりだったのだ。
狐につままれたような気分で、
「灯里ちゃん?……ARIA社長っ……」
呼びかけた。
「おかしいわねぇ……」
自分を追い越して先へ行ってしまったのかと社へと足をむける。
しかしそこにも少女たちの姿はどこにも見えないのだった。
「どうしちゃったのかしら……」
摂社に向けて帽子を取って一礼すると、簡素な向拝を借りて雨宿りをしながら辺りを見回す。
すると――。
「あの、そこに居られるのはもしかしてアリシアさん、ですか……?」
聞き慣れた声が背中にして、後ろを見ると小社殿の裏から彼――が、現れたのだ。
「あらっ――!?」
少年は靴を方手に縁側をやってくると
「こんなところで、あのスノー・ホワイトのアリシアさんにお目にかかれるなんて、今日のボクはサイコーにツイてるなぁっ」
微笑んだ。
よそよそしく敬語で話しかけられているので、アリシアもそれに倣って距離を取った話し方にする。
近くには自分たちの他には参拝者や観光客の姿はなかったが、やはりここは屋外である、言葉遣いには注意をしないといけなかった。
何より灯里たちと一緒に来ているのだ。
「あなたは……アキトくん、だったかしら? 画学校の――」
「はい――」
少年は階段脇の浜縁に腰掛けて靴を履きながら、
「アリシアさんも雨宿りをされてるんですか?」
尋ねた。
「そうなの、急に雨が降ってきちゃったから……」
アリシアにも掛けるように促しているのか、アキトは身をずらして木板の縁側にスペースを作っていた。
「おかけになりませんか?」
勧められて、
「あら、ありがとう、じゃああたしもそうさせていただこうかしら……でもいいのかしら? お社さまにお尻を向けるなんて……」
「雨降りですし、お参りをして断った後なら許していただけるんじゃありませんか? ボクもそうしましたから」
「まぁ、随分、要領がいいのね、うふふっ」
アリシアはまた社殿に向けて拝礼すると、アキトの横に腰を下ろした。
「今日は、会社、お休みだったのですか?」
「ええ、そうなの」
「日曜日なのにですか!?」
「うん――」
マンホームから戻ってきた彼と最後にデートをしたのは先月末、それ以降は互いの予定が合わずに、もうかれこれ半月以上もの間、なかなか逢えずにいたのだ。
嬉しさ半分の途惑いの視線で彼の顔を見やる。
それから、ちょっぴり努力して微笑みを作った。
アキトと居る時の彼女は、普段の温和な大人びた表情の代わりに瞳のつぶらさが際立って、いとけない雰囲気を纏うようになっている。
心許なげな仕草も、映えある超一流のプリマ・ウンディーネから年相応の女の子のものになっていた。
もしも見る人が見れば、ひとめでアリシアの異変に気がつき、彼女が恋をしていると察してしまったかも知れない。
「灯里ちゃんとARIA社長と来ていたんだけど、はぐれてしまって……」
アリシアはまた周囲にさっと目をやった。だが、自分たちの他には人の気配を感じられずに不安そうにして、アキトの前では心根を隠さずにいる。
「まるで神隠しにでもあったみたいで、ちょっと心配……」
「神隠しだなんて、まさか――」
「だって、ほんのつい今さっきまで一緒だったのよ、それなのに振り返った時にはもう二人とも姿が見えなくなっていて……」
実に不可解なのだ。
「きっと、ARIA社長とどこかの木陰で雨宿りをしているんですよ。雨が止めば、すぐにまたひょっこり現れますから」
「そうね……そうだと、いいんだけれど……」
「この参道は一本道でどこにも抜け道はないですし、崖や谷のような危険なところもないですから、むしろ迷子になる方が大変ですよ」
「うん……」
確かにガイドブックにも脇道の表記はなかった。
「ただ本殿の奥は道がいくつかに分かれていて地図なしに歩くのは少し頼りないですけれど、上まではまだ結構ありますし、さすがにこの雨の中を突っ切っていくというのは……」
「そうよね……」
アリシアも自分を納得させるように大きく頷いた。
何よりアキトが言うのであれば、きっとそうなのだろうとも思うのだ。
その所為で少し気が楽になってくる。
「それより掻き入れ時に会社でお稲荷さん参りだなんて、さすがARIAカンパニーですね」
「うふふ、いつもなら週末はお仕事なんだけど、予約がみんなキャンセルになってしまったの、それでよ」
「へー、アリシアさんでもそういうことがあるんですか、ボクにはそっちの方がビックリかな、灯里さん風にいうと、摩訶不思議っ」
あざとく真似をしてアリシアから朗らかな笑顔をプレゼントされる。
しかし実際、ダイヤモンドチケットともプラチナチケットとも言われるアリシアのゴンドラをキャンセルするなど、正気の沙汰とも思えないというのは本当だった。
「あら、偶にあるのよ、太陽フレアの影響で航路変更を迫られたとかで大型クルーズ船の到着が遅れたりして、ウチだけではなく多くのお店で一度に大勢のキャンセルが入ったりするようなことが」
「なるほど、そうなるとお客さんは悔しいだろうなぁ、せっかくアリシアさんのゴンドラの予約が取れたというのに、遅延で逃してしまったのだとしたら」
「こちらでも可能な限り、予約を入れて下さった方々には繰延べたり時間を変更したりして対応しているのだけれど」
「じゃあ、アフターフォローも大変なんですね」
「そうね、そういう時は早朝と夕方、夜間にも入るようにしているから」
「わー、それは大変な時間外勤務になりますね、大丈夫なんですか?」
「ええ、今のところはなんとかなっているわ」
「社長さんに残業手当をたっぷり請求しないといけませんね」
アキトがジョークを言って、またアリシアを微笑ませる。
「もちろん、たーんといただくわ、うふふっ」
「でも、みんなアリシアさんがお目当てでしょうから、もしもこの先、灯里さんが昇格するなどしてARIAカンパニーにプリマ・ウンディーネが増えたとしても、直ちにアリシアさんの負担軽減に繋がるかどうかはわかりませんね」
「さぁ、それはどうなのかしら? いつまでも私が現役でいられるわけではないから」
ARIAカンパニー独特の内規では、社のプリマ・ウンディーネは常に一人で、灯里の昇格とともにアリシアは他社へ移るか、暖簾分けをして独立するかしか無かったのだが、どちらにするかは彼女はまだ決めかねていた。
さらにグランマからは内々に来季からの協会の理事就任を打診されていて、そうなると事実上、引退を選択するしかなくなるかもしれないと、身の振り方については悩ましいのだ。
「えーっ、ボクはアリシアさんにはずっとスノー・ホワイトのままでいて欲しいですっ、大ファンの一人として」
「まぁっ――」
“恋人”から“ファン”だと言われ、びっくりした容子になってアリシアは目を瞠る。
「ありがとう」
「どういたしまして――」
が、少年が含み笑いをしているように見えて、
「あらなぁに、そのお顔は?」
訊く。
「オタ芸の推しダンスでも披露しようかなと思って――」
ぬけぬけと全く似合わないことを言うのだ。挙句、
「おっとイケナイ、今日はペンライト、持ってきていなかったです、アハハ」
オチをつけた。
揶揄われていると判って、お返しにアリシアはツン、と横を向いて拗ねて見せた。
それからアキトが「ごめんなさい」と、平謝りするまでがお約束の流れ。
彼女が勿体つけながらそれを受け容れてあげて、そしてそのあとは……。
恋人と二人だけになると、アリシアも自然に女の顔が表に出てきてしまう。
彼に逢えてとても嬉しいのと、ちょっとだけ警戒するのと……。
どうしても恋人、男の人であること――を意識してしまい、もしもまた体を求められたらどうしよう、と、そんなふうにも想ってしまうのだった。
だから沈黙は、やっぱり怖い――。
「あなたは、今日はどうしてここに?」
話の接ぎ穂を求めてしまう。
「休みなので、朝からこの島に来てスケッチをしていたんです。ここは日本文化村のようなところだと聞いていたので、前からちょっと気になっていて……」
小脇にしたスケッチブックを示して言った。
「ボクは“近所のくせ”にまだ京都には一度も行ったことがないのですが、こちらの千本鳥居は本家に迫る規模らしいですね、実際には数千基もあるそうで万本鳥居と言った方がいいくらいなのだそうですから……島をぐるりとしてきましたけれど確かに見事なものでしたよ……」
「それだけたくさんの人の願い事があって、叶えられた、ということなのかしら……この島にはきっとみんなの思いがこめられているのね……」
「ハイ、恥ずかしいセリフ、禁止!」
今度は藍華の声真似をして、それが上手だったのでまた笑わせられる。
「おかしいっ、それ藍華ちゃんの前ではやっちゃダメよっ、きっと怒るわ、うふふっ」
「ですよねー、藍華さん怖いから。さすが晃さんの正当な後継者で――」
「晃ちゃんの後継者かぁ……うん、そうね、あたしもそう思うわ……藍華ちゃんには晃ちゃん譲りのところがたくさんあるから……」
二人に共通する男性的で思い切りのいいオール捌きは、引っ込み思案の自分にはとても真似のできないものなのだった。
つい後先を考えて躊躇った挙句にタイミングを逸してしまう。
そしてあの時こうしておけば――と、会社に戻ってからいつも自身が残している業務日誌に反省文を書くことになるのだ。
「スケッチブック、拝見してもいい?」
「ええ、いいですよ、どうぞ」
差し出されたスケッチブックには、大社の本殿や大鳥居、楼門、参道などのほか、樹木、山間からの眺望など、既に十数枚のしっかりと描き込まれた鉛筆画と、その他にも数十カットにも及ぶ大小さまざまなクロッキーやエスキースがあってアリシアを驚かせていた。
「朝からこれを……?」
「単純に、ここを往復するヴァポレットが朝夕の一便ずつしかなかったので、仕方なくです」
少年はこともなげに笑うが、デッサン力だけをとっても素人目にも判る質の高さだった。
彼は自分の能力を人並み、十人並みだと、とんでもない過小評価をするが、そんなことがあろう筈もない。
芸術家としての確かな眼差しは天与のものだと思う。
そしてたゆまぬ努力――。
右手中指のペン胼胝はとうてい十五歳の子供のものではなかった。さながら何十年もペンを持ち続けてきた男の手だ。
彼にそれを言うと、ただ絵の具を買うお金がなかったから、と笑う。
普通、筆を使う時には鉛筆のように握ったりはしないのだと、色の違いをペンだけで表現しようと悪戦苦闘した挙句のことだと言って。
その結果としての胼胝は技を磨き鍛え抜かれた証としての勲章だった。
そして――。
彼女にしてみれば時に自分を泣かせ、悩ませる憎らしいものでもある。
アリシアは思わず、ゴクリ――と、喉を鳴らしていた。
たとえどんなに年が離れていても、男の手指は女のそれとは違って、いつでも女の肌には違和感と恐れを醸すものでもあったのだった。
それゆえに好奇を刺戟もする。
強い力を秘めていながら優しく触れられる時のスリルは官能への期待をいやましにするのだ。
体の奥の方で何かが目覚めて、息を潜めて成り行きを窺っているのを感じるとアリシアは努めて明るい声を出して言った。
「じゃあ、帰りは送るわよ、あたしのゴンドラで」
「ああ、それはとても嬉しいですけれど、さすがに不味いですよね。もしも仲間の誰かに見つかったりしたら、きっと人民法廷に引き据えられて、下手をすると獄門、良くても仮釈なしの終身刑、ゼッタイに無事では済まなくなりますから」
「まぁ、大げさねぇ、そんなコトある筈がないのに、うふふっ」
少年も笑顔を向けるが、すぐに真顔になると声を潜めて
「それに灯里さんにバレちゃうかもしれないですしね……灯里さん、のんびり屋さんのようでいて、スゴく勘の働く人ですから」
その代わり身ぶりには胸を突かれながらも、アキトの見立てはアリシアも同感なのだった。
時に変わった歎声を発する不思議系の美少女だが、芯はしっかりしていて、おっとりとした見かけからすると意外に感じるほどのみこみも速く明敏なところを持っていた。
藍華、アリスはそれぞれタイプの異なる豊かな才能を有しているが、灯里もそれに優るとも劣らない。
まだまだ荒削りだが、ゆくゆくは業界を先導する名ウンディーネになるに違いないと思う。
「ボクはこの雨が止んだら、また島をたっぷりスケッチして回るつもりでいるので、どうかお構いなく」
「わかったわ――」
フラれてしまった形のアリシアは、ちょっと残念とは思いつつも、ホッとしてもいる。
どうやら無事、差し障りなく過ごせそうだと思って。
「でも“山や谷間”の探訪というのであれば、是非お付き合いしてくれませんか? 灯里さんたちが戻って来るまでの間――」
「え? ええ、いいわよ……でも山や谷って、ガイドには載ってなかったように思うんだけれど……」
「ええ、ありますよ、とても綺麗なところが――」
そう言うと少年はスッと、立ち上がり、
「じゃあ、裏へまわりましょう」
誘われる。
「あら、この近くなの?」
「ええ、とても素敵なものがあるんです。きっとアリシアさんにも気に入っていただけると思いますから――」
「でも、お社に勝手に上がったりしてもいいのかしら――?」
「本当はダメですけれどね、だけどちゃんとお賽銭を入れてお参りした後なら拝殿料を払った、ということできっと許してもらえると思いますよ」
「うーん、そうなのかしら……でもまぁいいわ、いいことにしましょ、うふふっ」
片手で口許を抑えて肩を竦めて笑う。
アリシアにしてみると、アキトと一緒に違反行為をするのは共通の秘密を持てるようで、ちょっと楽しいのだ。
「アリシアさんは食べ物を粗末にしたりしますか?」
「いいえ、そんなことしないわよ」
「ですよね、なら大丈夫です。お稲荷さんは元々は稲穂の、食べるものの神様だから、粗末にする人は叱られますけれど、ボクも“食べもの”はいつも大切にしてるので――」
「うん、そうねっ」
そもそも優等生のアキトはいつもきちんとしていて折り目正しく、他人に迷惑をかけたり、道徳や規範を無視するような不良じみたところなど全くと云っていいほど無いのだ。
その彼が、ちょっとした逸脱する――というのはむしろ興味深くもある。
「ボク、さっき参拝を済ませているので、そこの手水で手を良く洗ってきますね」
そう云うとアキトはそぼ降る雨の中、ウキウキとご機嫌な様子でさっさと庇を飛び出して行ってしまい、独り残ったアリシアは仕方なくお財布の中を探ると、先ほど麓の茶店でお稲荷さんを買った時のお釣りの小銭をみんな賽銭箱にお供えしてから、作法に則り柏手を打って丁寧に拝礼するのだった。
「じゃあ、履き物を持って、またお邪魔させていただきましょうか」
戻ってきたアキトは脱いだ靴を手に、ところどころ傷みのある木の階段を踏み外さないように注意をしながらトントントンと縁側に駆け上がると、アリシアに手を差し伸べて、自分が確かめた足もとを辿るように彼女をリードする。
「ありがとう……」
アリシアはいま一度、後ろを振り返り灯里たちの姿を探したが、見つからないので雨が止むまでアキトの誘いに従うことにするのだった。
「お邪魔いたします……」
社殿の奥へと今一度、腰を折り頭を垂れて礼をしてから、アキトに追いて幅三尺ほどの浜縁を進んで古びた社の裏側へと向かう。
一歩踏み出すごとにミシッ、ミシッと足音をたてながら。
裏手に回るとそこは山の斜面に面していて、すぐ目の前にまで鬱蒼とした樹々が迫っているばかり。
カシやスダジイの大木の枝葉がせり出してきていて、社の庇に遮られて雨粒を避けるのには具合が良かったが、高欄――手摺り――のある三メートルほどの廊下があるだけでめぼしいものは何もない。
その回廊の真ん中あたりを遮る形で結界柵が前後に二つ見えていて、山の上から降りてくる神さまの為の設えなのだろうか二尺ほどの間合いを作って、そこだけ手前からも奥からも人が無闇に立ち入れないようにされている。
「とても静かですよね?」
「ええ、そうね……素敵……」
「特に何かあるというわけではないですけれど――」
さっき言ってたことと違うわ――と、思うが、
「でも、雨宿りをするのにはちょうどいいわ」
高欄に手をついて少し前へ身を乗り出すようにしながらあたりの様子を窺う。
一面、山肌を覆う深い杜があるばかりで、やはり何も見えなかった。
聞こえてくるのは風にそよぐサワサワという葉ずれの音と、瓦屋根をしとしとと叩く雨音。
鎮まりかえっていて人の気配はどこにもない。
「早く止まないかしら……お天気雨だから、すぐに止みそうに思っていたんだけれど、なんだか本降りになってしまったみたい……」
「そうですね……」
不意にアキトの声のトーンが下がっていて、さっきまでとは違って胸に響いた。
その刹那、彼女は察した――のだ。
彼がここに自分を招いた意味を。
「遣らずの雨、なのかな――」
ドキリとする緊張感の中、背中で彼の声を聞く。胸の鼓動が俄かに高鳴り始めている。
確かにそこは、表からも参道からも隔てられた、屋外ではありながらも誰にも見咎められずに済むプライベートな空間だった。
「そうね……そうかも知れないわね……」
振り返った時、アキトはもう男の子の顔ではなく、既に幾度も褥を共にした恋人の顔をしているのだった。
後半はバッチリ18禁になります(笑)
どうでもいいことですが、昔のラブホにはなんでこんなものがここに置いてある?
なんてこともありましたが――。
そんなひどいものを使ってのようなプレイをアリシアさんはしっかり経験させられたりします。
よくもそんな酷いことを、このクソガキがっ!
アリシアさんもアリシアさんです、毎度毎度同じ手に引っかかって!
でも、たとえ何があってもアリシアさんはイチ推し
ここは譲れません(キリっ)