ARIA A SECRET SCHOOL DAYS 作:真夜中のミネルヴァ
6
アリシアのベッドで一緒に寝るのは初めてだった。前に添い寝をしたのは、この部屋に越してきたばかりの頃、まだあまり馴れない自分のベッドで。
その時といちばん違うのは……。
アリシアさんのにおいに包まれている安心感かな……?
少女は思う。
新二年生の春休み、学園長室に呼ばれて、新任の若い先生とルームシェアすることを勧められた。その時、アリシアと引きあわされたのだった。
初めてあったとき、あんまりきれいで、お人形さんみたいだって思った……。
でも、もっと素敵だなって思ったのは、心根のやさしさ。
いつもほんとうのお姉さんみたいに接してくれた。
素敵な先生で、大切なお友達で……。
でも――。
こうして枕を列べて向き合っていると、まるで恋人同士みたい……。
「ごめんなさいね……びっくりさせてしまって……」
照明の消えた部屋で、おもむろにそう言うアリシアのシルエットがはにかんでいる。
「わたし……」
灯里も偽らずに自分が覗き見をしていたことをすなおに謝罪した。
「そんなところから……こまったわ、どうしましょう……」
行為の殆どを見られていたことを知って、アリシアの体がぽっと熱をはなった。体臭がほっこらと濃さを増したように感じて、少女はそのふくよかな胸に顔を寄せる。
無言の抱擁。アリシアの鼓動が少し速くなっているのが感じられる。
トックン、トックン……。
妖精――と、言われている人の、血の通った体の温もり。
「アキトさんも……知っているんですね……」
「え?」
「アリシアさんのおふとんのにおい……」
衒いをみせずにアリシアの影がコックリする。
「ええ……そうね……」
この同じベッドで、生徒と関係を結んだことがある、という意味の同意だった。
いつのこと、と不思議に思いながら、
「くやしいな……あたしだけだと思っていたのに……」
灯里は鼻を鳴らせてアリシアのにおいを嗅いだ。甘えるように。
「いいにおい……あたし、アリシアさんのにおい、大好きです」
「わたしも灯里ちゃんのにおいが大好きよ……すなおで心のやさしい女の子のにおいがするわ」
髪をくしゃくしゃに撫でて匂いをたたせると、整った鼻先を寄せて言った。
「あたし……」
今度は灯里がきまりの悪い思いをする番。さっきまでふしだらなひとり遊びに耽っていたばかり、もしもアリシアさんがそのことに気づいていたら、と。
が、それは気のまわしすぎだったらしい。
「灯里ちゃんのボーイフレンドになる男の子は幸せね……」
そう言ってからアリシアは言葉を詰まらせた。
「ごめんなさい……」
アリシアはまだ、そのこと――を気にかけているようだった。
「そんな、あたし本当にうれしかったんですよ……アリシアさんがアキトさんのこと好きになって……」
背中にまわされていた腕に力がそえられる。薄い夜着を通してふっくらとした肉感を伝えるあたたかな体が迫って、少女を包みこんだ。
「だって、わたしのいちばんの人が、わたしのいちばん大好きな男の人を好きになるなんて、こんなに素敵なこと……」
「灯里ちゃん……」
「アキトさんがうらやましいです」
「そんなこと言って……でも、うれしいわ、ありがとう……」
「だからアキトさんが、もしもアリシアさんのことを哀しませるようなことをしたら、あたし、絶対にゆるしませんから」
「ええ、そのときはおねがいね……たーんと叱ってあげて……」
「はい……」
灯里もアリシアの体にしっかりと抱きついた。
この人のことが好き――。
そう胸の中で何度もうったえながら。
少女には異性を好きになることと同性を好きになることの違いが、まだはっきりしていないのだった。
ただその違いをもうアリシアが知っているのは、わかる。
「だけど、少しだけでいいですから、わたしの場所も残しておいてください……アリシアさんの心の中に……」
「何を言いだすの? 灯里ちゃんはわたしにとって誰よりも大切な、妹みたいな子よ……いつだって……」
「うれしいです……」
少女はアリシアの胸に顔を半ば埋めるようにして、アリシアの顔を見上げた。暗さに馴れた目に表情がうかがえる。
妹を見まもる姉の顔をしたアリシア。その同じ人が、アキトの前では従順な女の顔で啼いていた。
こんなにやさしくてきれいな女の人でも、恋に身を焦がすことがあると知った驚き。
自分の腕の中に息づいているすてきに柔媚な体が、もうアリシアひとりのものではないことも、少なからずショックだった。
「わかってますから……お二人にはとてもかなわないって……」
「そんなこと……」
夜着を通して触れるアリシアの肌のなめらかな温もり。
ミルクのように白い肌にじかに触れてみたいと思っても、やっぱりためらいがあった。
かわりに少女は、目の前にあるたわわな果実のひとつに手をのばしてみる。
おずおずと。
薄い木綿の生地の上から愛しい突起をさぐった。指先に感じるお豆さんの可愛らしさに胸をときめかせながら。
こんなに小さいんだ……。
周りをなぞって戯れながら、少しずつかたさを増して大きくなる、摩訶不思議。
もっと……。
「ダメよ……灯里ちゃん……」
耳許でアリシアがささやいた。かすかに熱を感じる吐息で。でもしっかりとした拒絶の。
なごり惜しくても、灯里はすごすご手をひっこめる。
「……アキトさんにも……ダメって言うんですか……?」
精いっぱいの反抗をしてみる。
「……だって……灯里ちゃんは女の子……」
男の子にはよくて、女の子はいけないの――?
それに、たとえ女の子でも、アキトさんがしたことと同じことを、自分だってできるのに……。
口にはできなかった。
代わりに、
「あたしずっと、からかわれてるって思っていたんです……」
ぽつん、とうったえる。
「からかう……?」
「クラスの女の子たちから……」
そう言うと急にアリシアが心配そうになるのだった。
「なにか学校で、困り事でも……あるの……?」
灯里は首を振る。アリシアの深い胸につつまれて、庇護を感じながら。
「あたし……そういうのって特別な人たちのすることだとばかり……」
「そういうの……?」
「その……男の人が女の人の……あの、言えませんっ……あそこに、キスを……」
少女の言ったことがわかって、突然アリシアの体がピクリと反応した。
たちまち体に熱がはしるのが感じられる。
「そんなこと……」
「だから、びっくりで……だって、アリシアさんが」
「いわないで……とっても、恥ずかしいんだから……」
「恥ずかしいだなんて、すごくきれいでした」
「灯里ちゃん……そのお話は……かんにん……」
暗くてもアリシアがみごとに赤面しているのがわかった。
きっと裸になれば、全身が桜色にもえあがっているのにちがいない。
「だって、愛しあう姿が素敵じゃないはずがないです……」
恥ずかし紛れに、アリシアから縫いぐるみのようにギュッと抱きすくめられて、言葉を奪われてから、ようやく解放される。
「生意気言って……」
「アキトさん、とっても幸せそうでしたよ……あんなにやさしい目をしているのを見たのははじめてですから……」
「ああ、そんなところまで見ていたのね……ひどい……」
「やっぱり……ひどいこと、されたんですか?」
「えっ? ううん、ちがうの、ただアキトさんは……とってもいけない人だから、わるいこといっぱい知ってて……ああ、あたし、なにをおかしなこと言ってるのかしら……」
アリシアがとりみだすのを見るのも初めてで、灯里は興味深げに美しい友人の変わりようを見つめた。
「はじめてです……」
「?」
「アリシアさんがそんな顔をするの……アキトさんといるときのような……」
「もう、灯里ちゃんっ」
「大好きです……かわいいアリシアさんも……でも、ずるいなアキトさんばっかり……アリシアさんの素敵をいっぱい知っていて……あたし、ぜんぜん気がつきませんでした……」
アリシアは困り果てたというように、せつないため息をついた。
「いつからなのかしら……灯里ちゃんがそんないじわるを言うようになったのは……」
「はえっ? あたし、いじわる、しましたか?」
「ええ……キライになりそうよ……」
「ええーっ、そんなぁっ」
灯里は離れまいとして、しがみつく手に力をこめる。
「じょうだんよ……」
アリシアは灯里の前髪をかきあげると、ひろいおでこにキスをひとつ。
「いけない子ね……」
灯里の頭を撫でながら、得心がいったようにうなずいた。
「そう……灯里ちゃんが知りたいのは……きっとセックスのことね……興味があるのはわかるけれど……」
アリシアの口から、セックス――という生々しい響きの単語が紡ぎだされたことにスリルを覚えながら、少女は次にアリシアが何を言うのか固唾をのんだ。教室で授業を聞いているときよりも真剣に。
「でも、あんなところ見られちゃったらもう、灯里ちゃんに隠し事なんて何もできないわね……こまったわ……」
アリシアは困り笑顔を向けていて灯里は安心した。
もう何を訊いても大丈夫……。
「アリシアさんは……アキトさんが……その、はじめての……」
少女が知りたいことをうやむやにせずに、アリシアは仕方なさそうにうなずいた。
「おかしい? おかしいわよね、だって学校の先生が、六つも年下の生徒となんて……」
「そんなことありません、人を好きになるのに年齢は関係ないって……でもきっと男の子たちが知ったら、大騒ぎになりますね」
「絶対にナイショよ」
「はい、藍華ちゃんたちにも言いませんっ、約束します」
「ホントによ」
念を押すアリシアに、恋する女の懸命さが伝わってくる。
「だって、もしみんなに知られたら、アリシアさんたち、デートだってできなくなってしまうかもしれないですから」
「そうね……きっと誰も許してはくれないでしょうね……こんなわるい先生を……」
「そんな、わたしは応援しています……アリシアさんの幸せを……」
少女はまたアリシアの胸の谷間に顔を伏せた。石鹸のフローラルな香りに混じって、かすかに感じる甘酸っぱい汗のにおい。
アリシアさん、ホントはこんなにかわいい人だったんだ……。
いいなぁ、アキトさん……。
「だからもう、学校であんなことしないでください。どんなにアキトさんが誘っても……本当に危ないところだったんですよ」
「うん……ありがとう。あそこに居てくれたのが灯里ちゃんで良かったって、心から思うわ……」
「もしお二人のデートにおじゃまなら、あたし、藍華ちゃんのところにお泊まりに行くことだってできますから」
意外にもアリシアは首をふった。
「それはいいの……」
「でも……」
「アキトさんとは、あまり逢わないようにしているから……」
「どうしてですか? まさかケンカを?」
「ちがうわ……」
ニッコリ、でもどこか寂しげだった。
「逢うと、また逢いたくてたまらなくなって……眠れなくなっちゃうから……いまみたいに……うふふっ」
「アリシアさん……」
アリシアがまわした腕に力をのせてくる。
「アキトさんのこと愛しているわ、心が壊れてしまいそうなくらい……でも、私はあなたたちの先生でもあるの……これ以上彼のことを好きになって、もしも公平な目で見られなくなってしまったら、それはきっと私たちにとっても不幸なことだと思うわ……」
「だからって、愛し合う二人が一緒に居られないなんてひどすぎます。アリシアさんがかわいそう……それに、アキトさんは納得してくれたんですか?」
「もともと彼が言いだしたことなのよ……その方がいいからって」
「アキトさんが、そんなことを……どうして……?」
アキトがアリシアのことをどんなに愛しく思っているのか、その姿は目にやきついている。肌に触れる手のやさしさ、口づけにこめられた思いの深さを。
灯里が深刻そうにしていると、
「大丈夫よ、彼とは毎日どこかで顔を合わせているから。学校に行けば会えるんだから」
アリシアから逆に励まされる形になった。
「アキトさんが言ってたの、スカイツリーって、わざわざ行かなくても、遠くから見てるだけでも上った気になるからって」
あまりにも無神経で、ドライなものいいに少女は唖然とする。
「にくらしい……」
「ひどいわよねぇ……うふふっ」
アリシアにつられて灯里も声をあげて笑っていた。
「でも、アキトさんらしいな……」
「でしょう? だから平気……」
灯里も納得してうなずいた。
奇蹟のような女性が、ひっそりとひたむきに、教え子とのつらい恋をしている。
自分と同じ、女、を生きていることを知って、灯里のなかにあったそれまでのアリシアのステレオタイプのイメージは書き換えられていた。けれども、そのことで少し身近に思えるようにもなっている。
好き、という気持ちの骨格に血と肉がついた感じに。
「なんだか気持ちが軽くなったわ、灯里ちゃんとお話ししているうちに」
「あたしもです……今日はずっとショックだったんですから……アリシアさんたちがエッチしているのを見て」
「いけません、そんな言葉をつかっては」
長姉の顔にもどったアリシアの腕を逃れ、灯里はころん、と身を返すと、ベッドの端に腰掛けた。
「アリシアさん、あたし、ベッドに戻りますね」
「え、ええ……そうね、その方がお互いによく眠れるわね……」
「わたし、負けませんから……」
きっぱり宣言した。
「……?……」
「アキトさんには……アリシアさんのことが好きっていう気持ち……」
そう言うと少女は屈み込んで、肩肘をついて半身を起こしていたアリシアにいきなり口づけをする。
アリシアへの初めての、そして少女にとっては二度目となるキス。
「あ、灯里ちゃんっ」
男の子の唇とはちがう、柔らかい感触、芳しいにおいのする。
初めは逡巡していたアリシアが、アキトをまねて唇を食べるように愛撫しているうちに、応えてくれるようになっていった。
はぁ、と、熱い息をつぐ。細い銀糸が二つの口の間にきらめく。
「キスが、上手なのね、灯里ちゃん……わるい子……」
「大好きです、アリシアさん……」
少女はアリシアの首に腕をまわすと、愛しい顔を胸にをぎゅっと抱きしめた。