ARIA A SECRET SCHOOL DAYS 作:真夜中のミネルヴァ
5
窓からのそよ風がほてった体に気持ちよかった。
少年の肩にのせていた顎をあげると、上気した顔を不思議そうにして周囲を見まわした。まるで午睡から目覚めたばかりのような、くつろいだまなざしと重なって頬笑みを交わしあう。
「寝てたの? 起こしちゃった?」
アリシアは少し幼くみえるしぐさでかぶりをふった。
心地よい疲労感に、束の間、眠りに堕ちていたのかもしれない。
けれど……。
胡座の上に抱かれたアリシアは、少年の腰に両脚をまわして体をひとつにしている。
バニラとカフェオレのミックスソフトクリームのようになって、床の上で二つの肉体が融けあっていた。
「アキトさんは……?」
「ボクはぐっすり……それとも、まだ夢の中にいるのかな? 雲の上だったりして」
少年は軽い冗談を言って、
「寝ぼけているみたいね、うふふ……」
アリシアも、つとめて普通の笑顔を返して見つめあう。
いつでも穏やかな光をたたえている少年の黒瞳。それがわずかに細められて、やさしい眼差しに変わって、アリシアはまた自分の顔が赤く染まっていくのを意識するのだった。
真顔になったアキトから口づけを求められ、片手で前髪を耳に掛け、自分から顔を傾けて唇をさしだした。
ソフトなキス。
舌をからめたり、唇を貪りあったりしない、初恋の少年と少女のする清らかな口づけ。ふいに目頭が熱くなって接吻から逃れると、アキトの薄い肩に甘えて頬をのせた。
実習棟は高台にあるため、床に座ると三階の窓から見えるのは青空だけだった。
身を焦がしていた肉欲の熱は
アキトの手が、また背中をいたわるように撫でていた。
アリシアはアキトからていねいに愛されるのも嬉しかったが、こんなふうに静かに結ばれているのも同じくらい好きなのだった。
体だけでなく心もひとつになっているような気がして。
口にしなくても、きっと思いは伝わっている、アキトの安らぎが接した肌を通して感じられる。
大好き……。
窓枠の遠く、生まれたての夏雲がひとつ、ぽっかり浮かんでいるのが見えて目を細めた。
以前にもこんなことがあったような……。
アキトの肩越しに空を眺めていた。
深く愛された後、幸せな気持ちを抱きしめたまま、眩しい空を仰いでいた。
嬉しくて、哀しくて、懐かしくて、いろんな感情が胸の中であふれそうになっている。
どこでだったかしら……?
もちろん、そんな経験が他にあるはずはなかった。
寝室の外で昼間から愛し合うなんてことが……。
それでも女の体には、たしかに結ばれたまま、たなびく雲を追っていた記憶があってアリシアを不思議な気持ちにさせている。
おかしいわね……夢を見ているのはあたしの方かしら……うふふっ……。
偽りの記憶と戯れているうちに、白雲のつくるコントラストが、こころなしか翳ってきているのに気づいて、「今、何時……?」と抱きしめた耳許に囁きかけた。
「そろそろ三時になるころかな、じき六限終了の鐘が聞こえてくると思うよ」
「もう、そんな……?」
とぎれとぎれの時間は、長いような短いようなおかしな具合なのだった。
「あら、アキトさん、授業はっ?」
恋の熱にボウっとしていたが、いきなり心のベルが鳴ったように、はっ、として尋ねた。
少年は「五限の晃先生の体育と、六限の地理をサボっちゃった」と、目を細めて微笑むばかり。
「まぁ、こまったわ……あたし……」
教師が未成年の生徒と関係を持つだけでも許されないなのに、学内で愛欲に興じた挙句、授業のサボタージュにまで加担したとなると、禁忌を重ねすぎてその罪深さにはめまいがしてくる。
でも、最愛の恋人と体をひとつにしていることは、何にも増して抗いがたい魅力があるのだった。
セックス――。
女にとってなにより大切な、人にとってもいちばん重要なこと、愛を育む命のいとなみ。
愛する人とのセックス……。
それを教えてくれたのは、この子だった……。
「どうしたの? なにか予定でもあった?」
アリシアは床に置かれた腕時計に、プロポーションの美しい白い腕を伸ばして、長針が数字の十の辺りを指しているのを確かめると、屈折を映すようにやさしいかたちの眉を寄せた。
授業のおりに二年生の生徒と約束をしていたのを思い出して。
それなのに、またアキトの首に長い二の腕をまきつけると、ふくよかな胸に抱き寄せてしまう。罪の意識を覚えながら。
「いいの……なんでもないわ……」
散らかった周囲に諦めの視線を送った。
細長い資料室の床の上には、二人が脱ぎ捨てた衣服がそのままになっていた。
古びていて、ところどころ欠け落ち、剥がれて黒いコンクリートの地肌が剥きだしになったリノリウムのタイルの床に、肌着やスクールソックスの白さが生々しい。
男と女が時を惜しんで、命を燃やして睦んだあかし。
「でも先生は、なんだかうかない顔してるね」
胸許に馴染んだ感触の唇を這わせて、ポツポツと浮いた汗の滴を丹念に吸いながら少年が自分を仰いでいた。
「そんなこと、ないわ……」
笑顔をつくったが、いくぶん愁いをふくんだものになっていたようである。
心細そうな顔をしてドアをノックする、男子生徒の顔が頭の隅にチラついてしまっている。
「アキトさんはいいの……?」
「うん、ボクももうちょっとしたら行かないと。でも、キミがそんな顔してたら帰れないよ」
「そんな顔?」
やっぱりアキトには、心の裡を見透かされているらしい。
「じゃあ、ずっと“そんな顔”していようかしら……」
アリシアは今度は本当に、クスッとはにかんだ笑顔になっておどけてみせた。
「ならボクも、バイト、サボっちゃおうかな」
「ダメよ……お店の人が困るわ……だって……だまって休んだりしたら……」
アキトは下宿先の食堂でアルバイトをしていて、灯里が言うには夕飯時には注文取りや配膳、時には調理の補助までやって、大活躍しているということだった。
学則ではアルバイトは禁止されているが、家の手伝い、ということにして大目に見られているらしい。
「ボクだってキミと、ずっと一緒に居たいから」
体の中でなじんでいた恋人の体が、不意にビクッと硬度を増して、深く奥の方までくっきりと輪郭を描いた。
“存在”を思い知らされて、アリシアの瞳が瞬間、懊悩の陰を濃くする。
軽く突かれてあたる疼くような感覚に、腕は本能的にアキトの体を求めてしがみついた。それを拒んだ少年とイニシアチブをめぐって、少しの間じゃれ合いになる。
が、結局ここでも負けて、アリシアは両腕を背中にいましめられて胸を無防備にされてしまうのだった。
アキトはからめた腕を
動物の飼育員が、馴れた生き物を扱うのにも似た手慣れた動きで。
空いている方の手でアリシアの乱れた髪を丁寧に整えると、陰になって隠れていた顔をおもてにして、瞳の奥をじっと見据えるようにした。
「キミは本当にかわいいな……心も、からだも……ステキな先生なのに……凄くきれいなお姉さんなのに……」
間近にある黒瞳がゆれていて、情熱が甦っているのを感じるのだ。
アリシアの裸の胸に手を這わせながら、アキトがまたゆっくりと腰をゆすりはじめた。
せつない色の瞳をけんめいにして、アリシアは若い恋人の顔をみつめた。
わたしをどうするの、と言いたげに。
「ねぇ、先生……」
「なぁに……」
「このつづき、明日もしない?」
「……ダメよ……こんなこと……もう、これっきりにしないと……」
だが生徒との約束も投げ出して、結ばれたままで居ることを選んだ今となっては、その決意も鈍りがちになっていた。
「だって明日は特別な日だよ」
「特別な、日……?」
「忘れたの? 去年の、五月二十二日……」
「……そう……そうだったわね……」
もちろん覚えていた。細かいところまで今も鮮明に。
灯里がボーイフレンドを初めて部屋に連れてきた日のことを。
「だから……しよう。明日は水曜だから中等部は五限までなんだ」
甘い誘いにアリシアは首を横に振った。長い髪がせつなげに揺れる。
「どうして?」
「どうしてって、きまってるでしょ……それに、午後は会議もあるから……」
逢えない理由を言ったつもりが、そうすることでかえって拒絶の意思が曖昧になっていた。
「じゃあ二限と三限の間の長休みに、図書室でっていうのはどう?」
「図書室……?」
「うん、奥の本棚の後ろで」
「冗談言わないで……」
「ボクは本気だよ。きっとあそこなら大丈夫。前からデートに使えるかもって思ってたんだ。だって、あのあたりにある本って、古い美術書ばかりで誰も寄りつかないから」
「そんなこと……」
鍵のかかる部屋ならまだしも、図書室のような公然の場で、というのは行き過ぎも甚だしかった。
「二限と三限の間は二十五分もあるし。人が来たら本を探してるフリをすればすむし……ねぇ、先に行って待っててくれないかな。ボク、授業がすんだらすぐに行くから」
どんなに声を甘くしてねだられても、応じられることには限度があった。
「本当にダメ。おねがいよ、聞きわけて……」
「そんなに心配しないで。あそこでは、こんなことまでするつもりないから」
こんなこと、と言いながら腰を二、三度突いてアリシアに小さく声をあげさせると、アキトはワケ知り顔をしている。
アリシアは潤んだ瞳でアキトを睨んだ。でも、できるのはそれだけ。体を開いて結ばれている。そのうえ上半身の自由も奪われていては、抗うのもままならない。
「ボクはただ、脚立を試してみたいだけなんだから」
「……きゃたつ?……きゃたつって、あの脚立のこと……?」
「五段くらいのけっこう大きいのがあったでしょ? 前からあれのステキな使い方を考えてたんだ」
「……?……」
「きっとすごいと思うな。脚のキレイなきみなら、バレリーナや新体操の選手みたいに、それよりもずっとステキに」
「わからないわ……あなたの言っていることが……」
ただ、予感めいたものがあって、碧い瞳に宿っていた翳りをいっそう深くする。
「だから、会いたい、明日も……」
ねっ、と、念押しされて、アリシアは口を閉ざした。
アキトがこんなふうに自分の思いを通そうとするときは、必ずといっていいほどイヤとはいえない状況をつくりだすからだ。
譲歩を促そうとして、アキトは首や肩口に軽いキスをのせてくる。
くすぐったくて甘い感覚。
でも気になるのは、にわかに不穏な動きを見せはじめた彼の手の動き。
なだめるように背中をさすっていたのが、折り返し点を越えてそのまま下っていった。
感じやすい腰のくびれをなぞって、羽をひろげた腰骨のかたちを確かめるようにして。
やがて、ふっくら張りきった尻の輪郭をなで始める。ときに指をひらめかせて、無防備にひらいた谷あいを窺うそぶりもみせていた。
「会うだけ……それならいいでしょ?」
拒めば次にアキトが何をしかけてくるか、もうアリシアにはわかっているのだ。自分がそれに抗えないことも。
「本当に会うだけよ……会うだけ……あっ♥……イヤっ……アキトさんっ……それっ……」
指先が肛を捉えて、指の腹でそこを優しく、でもとてもいやらしいタッチで撫で始める。繊細な皺を伸ばすようにしてじっくりと円を描く動きを追って、アリシアは身をこわばらせて、追い詰められた気持ちで意識をそこに集中させていた。
貫かれたままの状態で肛を弄られると、あいせつな粘膜の表面ばかりでなく内部に秘められた女性特有の器官のすべてが一気にいけない感じにされてしまうのだ。
時をおかずに抵抗感がぐずぐずになって是も非もなくなる。
性の場面では、自分が弱者であることを思い知らせる男の強い指――。
そればかりか少年の指は中を侵すことも厭わずに求めてくることがあるのだった。すでにヌルヌルとぬかるみ始めた我が身が恨めしかった。
だから、折れるしかなくなってしまうのだ。
「うん――」
アリシアは仕方なく首を縦に振った。嫌悪に目を細めて、長い睫毛に憂いが宿っている。
「良かった……嬉しいな、明日も先生と逢えるなんて……」
「会うだけよ……」
「うん、ちょっとキスするだけ――」
「キス……?」
少年が顔を寄せてきて、約束の口づけを交わしながら、
会うだけ――。
その言葉にいったい何度だまされたかしら、とアリシアは思うのだった。
その 図書室の奥の戯れは…
の前日譚です