ARIA A SECRET SCHOOL DAYS 作:真夜中のミネルヴァ
A.C. 0075年 24月24日、AQUAの裏のクリスマス・イヴ――。
その日の午後、ゴンドラ協会でのミーティングを終えたアリシアは秘かに恋人との待ち合わせ場所である温泉宿へと急いだ。
ひと目を忍んでのつかの間の、そして別れの逢瀬。
というのも夜の便で彼がマンホームへと帰ってしまうからだった。この次に会えるのは翌年の春以降、半年以上も先のことになる。
限られた時間を惜しむように自分を求める恋人、それにたじろぎながらもついには応えてしまうアリシア。
彼が――、
こんなにも激しい情熱を秘めていたなんて……。
当惑しながらもアリシアの若い体が開花していく。
経験したことのない大胆な性戯に白い肌が赤く萌え、豊満な柔肉が姿を変える。
「好きだよ……キミの匂いが……」
「いわないで……」
聖夜を前に、スノーホワイトの時間がゆっくりと動き始めた。
【挿絵表示】
ネオ・ヴェネツィア、24月24日、午後1時半。
温泉郷――。
「あ、あの、何を……してるんですか?」
どこからとり出してきたのか乳房の先に生クリームをのせられて、アリシアはやさしい眉に憂いの翳をつくるとすっかり途惑い顔になって
「動かないで下さい、美味しいクリスマスケーキにデコレーションしているんですから……」
彼――は「ボクのすることにはおかまいなく」という雰囲気を漂わせながら、さらにもう一方の女の頂にもホイップした生クリームをチューブの先から搾り出す。
その冷たさに目覚めかけていた尖りはたちまち身を竦め、初桜色の広めの乳暈の中に半身を埋めてしまった。
「だって今夜はクリスマス・イヴだから」
アリシアの当惑をよそに屈託なく微笑む。だがこれがたいそうなクセ者なのだ。
(用心しないと……)
アリシアは自分に言いきかせた。
こういうときの彼は自分の覚悟のずっと先を行って、いつでもひとりぼっちにとり残されてしまう。
今もそう。
お湯に浸かる前のささやかなリクエスト、戯れのはずが、いきなり変なことをし始める。
求められるままにアリシアは、湯面から顔をのぞかせている平べったい隠れ石の上に仰向けに身を長らえていた。
タオルで体を隠すことを許されずに。
午後の日差しの下、異性の視線にすっかり裸身をさらすというのはとても抵抗感のあること。それでも応じたのは、今日が特別の日と、そう思うから。
「寒くないですか?」
傍らでひとり半身浴でくつろぎながらアリシアの柔らかいお腹の上に片手をのせ、ご機嫌伺いをするように優しくさすりながら訊く。
アリシアは小さくかぶりをふった。とりようによっては、イヤ――と、言っているようにもみえる曖昧な、もの問いたげな顔で。
まだ日は高いとはいえそこは冬のアクアである。外気は冷え込むという以上に冷えきっている、はず。が、海に続く露天風呂、囲繞する豊かな暖気と背にした置き石が温かくて、ちょうど岩盤浴をしている形になっていてさほど寒さを意識することはなかった。
気がかりはときおり空気が動いて肌に冷たくあたることよりも、彼が何をしようとしているのかわからないこと……。
そう思ってからアリシアは不安に揺れる碧い瞳を
本当はいま乳先にクリームを載せられた瞬間にはっきり判ったのだ。何を求められるかを。
でも……。
お腹の上に置かれていた手がつつっと這い下りていく。温かい手、やさしい手、そしていじわるな憎らしい手。
今度はお臍。
中に冷たいものが入れられる感覚に、きゃっ、と小さく悲鳴をあげて半身を起こしてしまった。
見るとお臍の中に樹脂製のしぼり器の口金が寄せられていて、愛くるしい羞恥のくぼみがクリームのシェルできれいに蓋い隠されている。
「ダメですよ動いちゃ、せっかくのデコレーションが台無しになっちゃいます」
まるで幼稚園の保父さんが子供をたしなめるように言った。
動いた拍子に両の乳房がゆっさりたれて、頂きにのせた白いキスチョコの形をしたクリームのひとつが崩れてツノの先が丸まってしまったのだ。
「つめたいわ……」
「仕方ないですね」
またやりなおし――とばかりに彼は屈みこむと崩れた方のクリームを舐めとりはじめる。肌が覚えている舌の感触は甘く、くすぐったい。
クリームがあとかたもなく舐りとられてもデコレーションの土台を固めるからと言って、舌と唇で丁寧に整地をはじめるのだ。
敏感なところを舌で舐られ、せせられて、アリシアの頭のなかにたちまちピンクの靄がたちこめてくる。
今度の口づけは本気モード、官能を目覚めさせようというときのやり方。唇を丸めてしっかりとらえると舌先で感じやすい先端をペロペロされる。
ちゅっ――。
(あぁン……ッ♥)
無事でいた方もお口の中にふくまれて、抑えきれずに鼻を鳴らしてしまった。
幾度も交互に往復して、結局どちらもかたくくっきりと目覚めさせられてしまう。といってもアリシアのそれは背伸びをしてもせいぜい大豆よりも少し大きいくらい。
量感たっぷりの肉房にふさわしい官能的なひろがり方の乳暈にくらべると、尖りの方はとても控えめ。まだ愛されることを知ったばかりで恋人のキスを受けとめるのが精一杯の肉の蕾だった。
「キミは胸がおおきいから、ちょっと動くとすぐにクリームがタレちゃう……じっとしていてくれないと……」
アリシアは両手を頭の上に導かれそこで動けないようにふくめられてしまった。
こうして有無を言わせずにボディデコレーションは進められていく。
かわいい乳首を中心にロゼットの飾りを
添加物が何も加えられていないのか甘味は感じなかった。ピュアな生クリームの味。
そして腋の下の半月のくぼみには絞り器の代わりにペイントナイフで厚く盛りつけられてしまう。パンにチーズクリームを塗りつけるようにして。
その間、アリシアは大人しくされるままになっているしかなかった。
イケナイこと――と、思いながら。
食べ物でおイタをするのはとても罰あたりなこと。その上いけないことをするのはもっともっとイケナイわるいこと。
けれどもそんなふうに考えるとよけいに気持ちがあやしくなってきてしまうのだ。
脇腹をチョンチョンと
彼は作品のできばえを確かめるようにアリシアの体の上に視線を走らせると、芸術家にもどって思案顔。
ふー、とため息をひとつ。
「あと、一カ所……ココは、キミの協力がいりますね……」
なめらかな肌のキャンバスにはすでに白薔薇と貝殻が合わせて六つ飾られている。
悪戯な指先はさらに、ココ、という部分をコチョコチョとくすぐってアリシアに譲歩を促していて、予期してはいてもやはり、さすがにそれは、と思わずにはいられないのだった。
「脚を広げてください、ちゃんと盛りつけがしたいから」
「そんな……」
ためらっていると不意に膝の裏に腕が差し入れられ、次の瞬間、下半身を持ち上げられたアリシアはたじろぐ間もなく、石の上にあがってきた彼に逆さ向きに抱き取られてしまった。
「ちょっと! イヤぁっ!」
クリームまみれの口で悲鳴をあげる。ぱっちりと無垢な瞳に泛くのは驚きと羞じらい。
端然としたスノーホワイトの時とは違う動揺ぶりで、慌てて両手を股間に伸ばすといじらしく秘所をかばった。
「ダメだよ、手は頭の上にって言ったでしょう? ホラ、せっかく塗ったワキの下のクリームがめちゃくちゃになっちゃったじゃないですか」
いいながらアリシアの腰に手をそえると骨盤を裏がえそうと力をいれてくるのだ。
やめてっ! と、あらがう間もなく両膝が肩につくくらいまで体を折り畳まれてしまった。
窮屈でも彼の膝が腰のくびれにはまりこみ、腰骨をしっかり掴まえられていては体を伸ばすことも返すこともかなわない。
「ああ……こういうのは……イヤよ……イヤぁ……」
股に両手をあてがったしどけない姿で、せつない声になってうったえた。
「憶えていますか? この体位のこと、マングリ返しっていうんですけど……」
涼しい顔で訊かれてもアリシアには知る由もない。
けれども以前に彼から見せられた性愛図譜の中にその絵柄があって、ひどく驚いたのをどこか投げやりな諦めにも似た気持ちの中で思い返していた。
実際に演じて思い知らされるのは、それがイラストから受けた印象以上に女にとっては堪えがたいはずかしめであること。
この形になると人体の構造上、否応もなく自然に脚を大きく開いてしまう。赤ちゃんがおしめを替えるときの格好、大人の女が他人に見せてはならない姿に。
そればかりか、もっと微妙なゾーンまで緩んで締まりのなくなった感じになって、だらしなくほころんでしまいそうだった。
たとえ身も心も許した人にでも隠し抜きたい女のプライバシーが、相手の顔前にことごとくさらけ出されてしまうのだ。
白日の下で――。
悩ましげに息づく密やかな合わせ目を護っているのは両手だけ。
長く整った指先の白い繊手が届く限りの部分を被い、好奇心いっぱいの視線から遮っている。
その手を無情にも退けるようにと彼は言った。
「両手を頭の上にあげて。キミの秘密を何もかもボクに見せて。恥ずかしがらないで」
「ああ、そんな……あなたに、みじめな姿……見られたくない……」
「みじめだなんて、キミは誰よりもステキなのに」
「おねがい……」
献身的でありたいと思うけなげな恋人としての気持ちと、それだけは避けたいという本能との間で板挟みのアリシアは、どうしたらいいのかわからなくなってしまった。
端正な小鼻をしくしくさせて女の思考を巡らすのだった。
いつもは一緒にお湯に浸かってお話するだけなのに、身を寄せ合っているだけでとても幸せなのに……。
どうしてそれではいけないの――?
二人がここでデートをするのは初めてではなかった。
湯宿は
男湯からはさらに険しい難所があるそうで容易なことでは立ち入れないという。
そのため他の利用者が迷い込む心配などなくて、ひっそりと逢うにはとても都合が良かったのだ。
ネオ・ヴェネツィアに何カ所かある二人だけのデートスポット。
ここでお気に入りの置石に並んで腰をおろし、潮騒に耳を傾けながら時に口づけをかわして逢えずにいた間のことを語りあう。
仕事のこと、課題のこと、身のまわりの他愛もない出来事の交換、たとえば今放送されている連続ドラマや、最近読んだ本の感想、気になる通販商品のこと、それと……チバシティ・ブロードキャストの明け方の人気番組、ブルーモーメントの大澤サエカは選曲もステキだけど語りの方はもっと良くて、いつだってサイコーにクールだっていう、おきまりの彼のお国自慢……それから……、
大切なお友達のこと……。
そして時がくればそれぞれの世界に戻っていく。
つかの間の逢瀬、身も心もあたたかな安らぎに満ちたひととき。
なのに……。
いまは二人っきりの閨でも経験したことのないハードな要求をつきつけられている。
今日のデートはいつもとは違って会う前からいくつか奇妙なリクエストをされていたこともあって、きっと愛されることになる、と、うすうす感じてはいたけれど。そのときには彼の気持ちを受け容れようと覚悟していたつもりだったけれど。豹変した彼の容赦のなさには途惑うばかりだった。
和んだ親しみのかわりに疑心と畏怖の念さえわいてくる。
「手をどけて」
命じられ、手を払いのけようとされたアリシアは身を頑なに庇い手に力を入れてあらがった。
「どうしても嫌なんだね……」
「…………」
「仕方ないなぁ……」
どこか楽しげに言う彼を怪しんでいると、不意に背中にあたっていた膝のつっかえが取りのぞかれた。
股関節も柔らかく、きれいに折り返されていた体が再び自由を取り戻す。が、安堵の間もなく脚の間に割り込んだ彼が動いて、肌に塗られたクリームのヌルリと妖しい肌触りで自分の上を這いのぼってきた。
まるで大きな舌で全身をひと舐りされたような奇妙な感覚。エロティックなじゃれあいに目覚めていた体は、ささくれかけた心を置き去りにして、待ちかまえていたように真あらしい刺戟にとびついてしまう。意思とは別に長い両腕を伸ばして彼の体を求めていた。
かいなにたぐりよせようと。
目を開くとやさしい頬笑みが見おろしていた。困ったような、ちょっと心配そうな容子で。
抑制のきいた利発な面差し。彼のスケッチブックを背中からそっと覗き見しているのに気づいて、こちらを振り返ったときの表情。
大好きな彼――の、いつもの顔。
「イヤ……」
自分でもしなをつくっているとわかる甘えた声音が自然に口をついてでてきた。
恋のかけひきではいろいろなNOを使い分けることをアリシアは既にいくつかの経験を通して学んでいた。
今度のイヤ――は、限りなく同意に近い否定。
顔が寄せられて唇の周りのクリームが丁寧に舐めとられる……キス、はにかんだ笑みの中で交わされる初々しい口づけ。
けれども、ごめんなさい――の、接吻は長続きしない。すぐにディープキスになってしまう。
ん……。
元気な舌が奥まで差しこまれてしかたなく口をひらいた。
親鳥が子に餌を口うつしするように彼の望むままに……と。
そんなアリシアの感傷的な思いはすぐにかすかな悔いへとおきかわる。
んん……うふぅ……?
息つく間もなく貪欲な舌に口腔を舐めまわされて、アリシアはたちまちくぐもった喘ぎ声をもらすようになるのだった。
押し入ってきたならず者は、おびえて奥で身をすくめている舌を見つけるや強引に身をもぐらせて逃げ場を奪うと唇ではさみつけて吸い出そうとする。
ぢゅっと、しどけない音をたててあふれた唾液をすすりあげる。
キスというよりも食べられている、という感じのする接吻。実際アリシアの舌はただもてあそばれるばかり。けれども舌と舌とを絡めていると、ソフトに唇を重ねているときとは別の気持ちの高まりも感じてしまう。
もう友人同士の親愛のキスでも、初心な恋人たちのためらいがちのキスでもなかった。情欲の口吸い。
彼が自分をセックスの対象とすると決めたときの濃厚なベーゼ、親密な関係にある男と女の大人のキスだ。
それはそっくりそのままより淫靡な性戯のデモンストレーションになっていた。
ボクはキミにこんなことをするよ、もっとひどいことだって平気だよ、という言葉以上に雄弁な意思表示。
彼の舌と唇による詮索からようやく解きはなたれたアリシアは、ハァハァと乱れた息を整えながら、私をどうするの――? と聞くように恋人の名を呼んだ。
黒い瞳がぴたりとすえられる。情熱に燃えたひたむきなまなざし。
思いののった見つめあいから先に目を伏せてしまったのは、やっぱりここでもアリシアの方。
一旦は譲歩したようにみせてその実、彼には少しも容赦するつもりのないのがわかって。
前髪のほつれを撫でつけてくれる手の動きに、その思いやりのこもったやさしさに胸が熱くときめく。けれどもだからといって何もしないワケではないのをアリシアは知っていた。
彼がひとたび自分をこのようにすると決めたら、どうすることもできないことを。
横に置かれたビニールチューブの中には恨めしいほどクリームがまだたっぷり残っている。日はまだ傾きはじめたばかり。
「かわいいひと……キミが、好きだよ……」
耳元でささやきながら背中にまわしていたアリシアの腕を拒んで彼女にバンザイをさせると、両腕を頭の上に押さえつけた。いくぶん荒々しいやり方で。
「なんてきれいな、カラダ……」
アリシアの全身、上下に目をやりながら賞賛のため息をつく。
すんなり長い二の腕の普段あまりひと目にふれることのない、内側のなめらかな肌が今は表になっていた。腋の下や乳首、乳暈のところどころにクリームが残っているのがかえって淫らっぽく凄艶にみえている。非のうちどころのない裸身がなま身であることの証であるように。
「こんなにきれいな女のひと……どこにもいない……マンホームにだって……」
顔が近づいてきてアリシアは目を閉じた。細っこいおとがいをあげて従順に唇をさしだす。リップグロスを結んでいない清楚な口許を。
けれども口づけが落ちてきたのは別のところ。
開いた腋の下に顔がよせられて、不意打ちされたアリシアは驚きに息をのんだ。
「あぁ……だめ……いけない……そんなこと……」
「どうして、いけないの……?」
無邪気さをよそおった問が返ってくる。
「だって……こういうことは……」
ストレートに訊かれてアリシアは口ごもる。ワケは女の口からは言いにくい。
デリケートな肌を舌と唇とでなぞられるのは、たとえ初めてではなくてもとても抵抗があるのだった。
腋の下の密やかな香りを知られるのは乳房を口にふくまれるよりもずっとタブーを犯している気がして。
それにこの奇妙な口づけが、より淫らな愛撫の前戯であるのを意識してしまう。
身も心もとろけてしまいそうなあの恥ずかしい接吻の。
もしこのまま求められたりしたら……。
アリシアは不安になった。
だめだわ――。
それだけはだめ……聞き入れてもらわないと……。
彼が好んだことから二人の間でも未経験というのではなかったが、いまもアリシアはたとえ寝室でも、できればそれを避けてとおりたかった。
今も彼には言えずにいる或る理由――も、あって。
それに……。
たまらなく恥ずかしい男と女のとりわけ密やかな秘めごと、睦みごとを、このような明るく開けたところでどうして応じられよう。
容赦なく身に降り注ぐ太陽の下で彼にひっそりした女の素肌をすべてさらしてしまうのが怖かった。
なによりまだ体を清めていないのだ。
ここに来るまではなるべく体を濡らさずにいるようにと命じられていて。
だから――。
「あっ――!」
舌先を尖らせて腋の下から二の腕までをながくツーッと辿られて、アリシアは見知らぬ感覚に身をもがかせた。
「待ってッ!……それっ……」
けれども上から抑えつけられていては腕を閉じたくても閉じられなかった。
くすぐったいという以上のゾクゾクする快美感は拷問といってもいいほど。
開いた腋に顔を伏せ、なめらかな肌を探る舌はとてもイヤらしい動き方をする。レロレロと悩ましく蠢めかせていたかと思うとペロッと舐めあげてしゃぶりつく。
密やかな肌にういた繊細な皺を広げるようにしてしつこく舌をのばして……。
彼らしいともらしくないともいえる女の肌への執着ぶり。すこし年寄り臭く感じる、やりかた。
まるで――と、想って、アリシアはすぐにひらきかけた記憶の扉を閉ざした。
「やめて……ねぇ、もういいでしょう……おねがい……」
塗りつけていたクリームがすっかりなくなっても彼の舌は剥きだしになった二の腕のつけ根の敏感なトライアングルゾーンをしきりに動きまわっている。
通り名に恥じない雪白の身体にあってとりわけ蒼白く薄い秘密の肌を。
「どうして……」
アリシアはせつなげに視線を流しながらひとりごちた。
少し前からキスがおかしな感じで、チュッ、と落ちてくるたびに、そこにビリっと微弱な電気がはしるような気がする。錯覚かもしれない。けれどただくすぐったいというのとは違う不思議な感覚。
「……どうして……そんなこと……するんですか……?」
「そんなの、きまってるじゃないですか……」
彼は鼻の頭にクリームをくっつけてくつろいだ雰囲気の顔をあげた。
「アリシアさんだから」
「あたしの、せい……?」
「うん……」
そのまま答えにならずにまた摂理に背を向けたような不自然な愛撫に戻ってしまう。右がすむと今度はまだクリームがべっとりとついたままの左の腋の下へ。
ペロペロ、ねぶりねぶり……。
あいまに彼が奇妙な節まわしの詩を口づさみはじめた。
私はこのまちいちばんの
おいしいおいしいケーキ屋さん
名前はアリシア・フローレンス
甘酸っぱくて芳醇な
ワインの香りのサヴァランは
ボクにはちょっと早いかな
かわいい坊やのあなたには
ミルクプディングをあげましょう
チェリーの飾りも忘れずに
おとくいさまにはお好みの
わたしのスペシャルいかがです?
秘密の蜜がたっぷりと
しっとり生地にしみこんだ
チーズケーキはあとわずか
まだまだ、おすすめありますよ
マロニエの香りも濃厚な
一口サイズのシュークリーム
ビターな風味が大人向き
ムースはマーブルチョコレート
私はまちで、いちばんの
おいしいおいしいケーキ屋さん
さあさあ、どうぞめしあがれ
本日開店アリシアです
一日限りのお店です
詞は自分をモチーフにしているらしい。けれども執拗な舌と唇の動きが気になってアリシアにはこだわる余裕もなかった。
巧みな舌技で磨かれ唾液の下塗りが済んだ腋の下は、サワっと指で軽くなぞられただけで全身が痺れるような感じやすい肌につくり変えられている。
乳先にしかなかった甘くせつない感覚が二の腕の方までいっぱい散りばめられたように。
両腋を指でコソコソと探られながら乳首を舌の上で転がされ、アリシアは身をのけぞらせて喘いだ。
「あっ……ん……んん……」
まるで体に配置されていた隠しボタンが探り当てられてしまったよう。
おっとり和やかな美貌からはゆとりのある表情はすっかり消えている。
悩ましげに寄せられた眉、罠にとらえられた獣のような哀しい諦めのまなざし。
歓びにたゆたうというよりも情欲にのみこまれそうになるのを何とか踏み堪えている状態。
なにより困惑するのは、自分の体が主の意思をいとも簡単に裏切ってしまうこと、男の愛撫になびいてしまうこと。
用心しなければならなかったのは彼のふるまいよりも自分の体の方なのかもしれなかった。気づいた時には既に全身あちこちに火がつけられた後なのだった。
なしくずし的にはじまったボディキスはすでに後戻りのきかないペッティング、濃厚な前戯になっている。
生クリームをボディローションにして広くマッサージされるように肌にぬりこまれると、ヌルヌル感がいたずらするのか、もう自分が何をされているのか、どこをどのように虐められているのかわからなくなってくるのだった。
アリシアは唇の一撃、指で肌をひと探りされるごとに、あん、と喘ぎながら身をよじって逃れようとしている。
体の柔媚さもあらわに白く豊満な肉をうちふるわせて。
舌と唇による度重なる凌虐に堪えた胸の尖りがかなしく膨らんで肉体の感動をかくしようもなく伝えていた。
たとえアリシア自身が意識していなくても、それは清楚な水の妖精が恋人だけにみせる素朴な発情のサインに他ならない。
異性の目を惹きつけずにはおかない愛くるしいセックスアピール。
「ステキだよ、アリシアさんの、からだ」
唇を重ねる。今度はいきなり舌をからめてのディープキス。息が止まるほどの長いキスのあとで、
「キス、したいな……」
彼が言った。
乱れた呼吸を整えながらアリシアは長い睫をしばたたかせてせつなく目を伏せた。
求められているのがただのキスではないことはわかっている。
「……お湯に……浸からせてください……おねがい……」
「寒い?」
「…………」
「少しの間だけガマンしてくれないかな、先にキスさせて。だって洗うとにおいが薄まってしまうから」
自分が欲しているものを隠さずに言葉にして、アリシアの上気した頬がまたぱあっと朱を差したように赤みを増していく。
それは今のアリシアがいちばん与えたくないものだった。
「言わないで……そういうこと……」
激しい羞恥に消え入りそうな声で必死にうったえる。
今朝、会社を出る前にビデを使ってからはシャワーはおろか、外では衛生ナプキンさえ使えずにいた。そのため汚れやすい部分がいやらしくネバついた感じになっていて、とても恥ずかしい臭いをさせているにちがいなかった。
恋人に醜い自分をさらすのは、相手を好きだからこそよけいに抵抗がある。
しかし彼は悩ましい翳りを深めるアリシアにかえって惹かれたようになって、さらに答えにくいことを訊いて追いつめるてくるのだ。
「クンニリングスは、きらいですか?」
好奇心いっぱいの黒瞳をキラキラさせてバラ色に染まるアリシアの顔色をうかがっていた。