※この作品はR-18です。

ARIA A SECRET SCHOOL DAYS   作:真夜中のミネルヴァ

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海との結婚~夜の儀~その4

 第三節  バッロット その1

 

 

 アリシアのパートナーを選ぶくじ引き会場は客席数が百ほどの小規模な半円形劇場のような広間だった。

 天井からの照明によって煌煌と照らし出された舞台の中ほどに、立ち仕事用の足の長い紫檀のスタンディングテーブルが一つが置かれていて、その横には大きな黒板があった。またテーブルの上には簡単な筆記具の他に七色に塗り分けられた土器製の瓶が伏せ置かれている。

 舞台のそでからアイリーンに連れられてアリシアが現れると、観客席からはどよめきとも呻きともつかない、おおっという嘆声があがるのだった。

 すり鉢の底のアリシアがおそるおそる客席を仰ぐと、侍女たちによって引率された候補者たちがすでにいくつかのグループになって階段席に着席しているのが目に入った。 

 みな頭からすっぽりと黒装束に身をつつんだ異形の観客たちである。

 もっとも舞台に立つアリシアの方も制服の上から黒いフードつきのマントをかぶって全身を覆っていて、顔も仮面で隠していたので正体不明という意味では同じだったが。

 互いに相見えるまでは相手の素性はわからない、というルールがここでも徹底されていた。

 ただ本来の籤引きでは、不正の立ち入る可能性を排除する意味もあってウンディーネ候補であるアリシアもアイリーンや他の侍女たちと同様、身に何も纏うことなく仮面をつけるだけで臨まなければならないのが決まりだったが、アクアで既に十分すぎるほど著名な彼女の場合、たとえ全裸であっても個人が特定されてしまうおそれがあるとの配慮からこうした段取りの変更になったのではないかということである。

 そのせいで侍女による視診や内診といった心理的に負担の多い過程を免除されたものの、沐浴、すなわち入浴の機会を失っていて、そのことがアリシアを後になってほとほと当惑させることになるのだが、今のアリシアにはリアリティをもって先を想うゆとりなどなく、ただ粛々と進行するセレモニーに諾々、従うしかなかったのだった。

 チリリーン――。

 傍らでアイリーンがハンドベルを鳴らした。細やかな音色がホールに響く。

 アリシアの運命を決めるエントリーカードの回収が始まった。

 恐らくそれぞれに受け持ちがあるのだろうコンパニオンのように観客席で佇立していた七名の侍女たちが、一人一人両手でトレーを差しあげたままアリシアの前にやってくると軽く膝を折って恭しく一礼しながら通り過ぎていく。終始無言。だがトレーの上には予め何も載っていないことを確認させられているのだとすぐに気がついた。

 カードは来館時に候補者の男性一人一人に一枚ずつ配布されていて、くじ引きにおけるキーアイテムであるとともに顔合わせの際には相手を確認するための割り符となる大切なものだった。同時に意図的な操作をうける危険がもっとも大きい仕掛けであり過程でもある。

 黒装束、白いカード、全裸の侍女たち――。

 この状況でカードに不審な動きなどがあればたちどころに発覚してしまうだろう。視覚に印象的でありながら実用面でも不正防止に向けた工夫がなされた舞台設計といえるものだ。

 そのうえセレモニーとしても洗練されている。

 演じ手となる侍女たちは肌の色、髪の色こそ違えども全員がすばらしいプロポーションの持ち主なのだ。豊かで形よく実った胸、ムダな肉のついていないひきしまった胴のくびれ、ぷりっと張り切ったヒップの丸み――。

 きっと歴代のウンディーネさんたち……。

 アリシアは思う。

 年齢は二十代から三十代前半くらい、まさに女盛りの全裸の美女たちが劇場を優雅に泳ぐさまはエロティックというよりも非日常的で、夢幻を演出する前衛芸術のような厳かな品があるのだった。

 一切が無言、無音で行われていることもそうした趣きに色をそえている。

 作法に則っているのか彼女たちの動きにも統一感があって、とくに素足のために殆ど足音を立てないのもアリシアにはまるで妖精たちが自分の周りで祝福の舞を踊っているように感じられてくる。

 ウンディーネによる仲間入りの儀式のように。

 侍女たちは観客席に還ると黒装束の候補者たちの間をまわって各々から白いカードを集め、カードののったトレーを持って再びアリシアの前に戻ってきた。今度は順番にトレーをテーブルの上に置くとそのまま舞台の一方のそでへと去っていく。

 舞台中央でひとり残されたアリシアはそれらのカード――実際は白い封筒――をひとつの束にまとめて、指示どおりによく混ぜてからおのおののカードにペンで番号を付けていった。

 たとえ簡易な作業でもいったんペンを取るとそこは習い性で、明瞭な筆致を心がけてしまう。そうしていると不思議なもので次第に自分の気持ちにも整理がついてくるようだった。どうにでもなればいいという投げやりなものではなく、これから開かれる新しい未来に賭けてみようという積極的な気持ちに。

 怖れや不安といった盲目的で原始的な感情が新鮮でより洗練された意思によって上書きされていく、あの感じが蘇っている。落ち込んだりしたあとの立ち直るときにも似た。

 それは人が生きていく上でもっとも重要な能力の一つ、希望、の目覚めだった。

 アリシアは番号を書き込みながら、きっとセレモニーの効用とはそうした部分にもあるのだろうと思うのだった。このいささか大仰で時代がかかった演出も、かかわることでたしかに気持ちを前向きにしてくれている。

 きっと性を疎んじるような生き方をしていたのがいけなかったのね……。

 人として女として生を受けた以上、すなおに自然の摂理に従うのもやぶさかではない。

 せっかく神さまが機会を与えてくれたのだから……。

 結局、番号は五十八までつけることができた。アイリーンが黒板に白墨で五十八、と大書きして、候補者総数五十八名、遺漏無しを確認してから再びハンドベルを鳴らして合図を送った。

 するといったんは下手に退場した侍女たちが今度は上手から、一人一人が透明な瓶を抱えてあらわれたのだ。

 瓶の中には撞球玉のようなカラフルな珠がいっぱい詰まっていて、それぞれが中味をテーブルの上にあった土瓶ひとつひとつに丁寧に分注しはじめた。ゴトリ、と音をたてて土瓶の中に落ちていく珠の一つ一つは一見してかなりの重量感があるのだが、重力石でできているのか侍女たちは一連の作業を軽々とこなしている。

 侍女たちが七つの透明な瓶の中味を七色に塗り分けられた土瓶にすっかり注ぎ終え、こうして一切の準備が整ったところでアリシア当人がバッロッティーノとなってくじ引きの開始となった。

 やり方は、はじめに二つのサイコロをふり、あらかじめ出た目に応じて割りふらられたカラーチャートにしたがって指定された色のカメの中から珠をひとつとりあげる。珠にはそれぞれ零から九十九までの数字が印字されているが、試行六回目までは数字にではなく珠の色だけが意味を持ち、色に応じたカメの中から珠をとりだすことができる。この操作を六回繰り返し、最後の七回目にとりだされた珠の数字が有意であれば当選番号として黒板に記載され、五十九以上のハイナンバーで該当者のない場合には有意の番号をひきあてるまで同じ操作を最初からやりなおす、という具合である。 

 当選番号を二つ引き当てるのが抽選係となったアリシアの役目だった。

 いにしえの総督選挙にも比せられる演出過剰ともいえる方法ではあるが、無作為の二重盲検法によって公平公正に選ばれた二通のカードを持ってアリシアが舞台を下りたときには時刻は既に午前一時をまわっていた。

 

 

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