ARIA A SECRET SCHOOL DAYS 作:真夜中のミネルヴァ
第六節 アキト その4
「ボク、自然な汗のにおいのするアリシアさんが、いちばんステキだと思うから……」
アキトのストレートなものいいにアリシアは言葉をうしなった。
男の子がこんなことを考えているなんて……。
汗がういてべたつく肌は女にとって他人には知られたくない秘密のひとつ。穢れたニオイをまとっているとしたら恥ずかしくてたまらない。
それなのに――。
にわかには信じられなくて、アリシアは背を向けたまま肩越しにアキトをうかがった。けれどもアキトは本気らしいのだ。
「そんな……」
少年が間合いを詰めて背後に迫って、アリシアは身をまもろうとさらに体を丸くした。
「アキトくん……だめ……」
「そのままの、いちばんきれいなアリシアさんが……欲しい……」
「あ……」
アキトが背中にそっと顔を寄せてきた。髪のヴェールごしに男の子の熱い吐息が背中をくすぐっている。
「アリシアさんのにおい……やさしいにおい……大好き……」
アキトはためらわずに腕をまわしてきた。アリシアの細いくびれをうやうやしく包むようにして。
初めて知る異性に抱かれる感覚。体がドキドキと警戒しながら素肌にふれる相手の温もりを探っている。
(あたたかい……こんなにあたたかいものなのね……男の子の体って……)
馴染んでくるにつれて体のこわばりがほぐれてくる。隠れていたいろんな感情があふれてきてアリシアは目を瞑った。なぜだか目頭が熱くなってくるのだった。
「アキトくん……あなたのことが、わからないわ……」
感情のうねりをやり過ごして、アリシアは抱かれたまま背にしたアキトに話しかけた。アキトも落ち着きを取り戻しているのか、もう呼吸の乱れは感じられない。
「ボク……アリシアさんのこと……」
「ほんとうに……わたしで、いいの……?」
アリシアは腰にまわされていた腕を、拒絶にとられないように両手でやんわりほどくと身を返した。ほんの刹那、アキトが自分の体を盗み見たのを意識しながら。それでも少年らしい
「さっき好きな女の子がいるって……」
「それは……片思いだったから……ボクが好きになっていただけで……」
だった――?
(まさか亡くなられたの? それとも気持ちの整理がついたっていうこと……?)
自分を見つめる少年のはりつめたような物憂い表情を見て、アリシアは軽いめまいにも似たショックを覚えた。今夜すでに何度も目にしていたものだった。その都度アリシアの心をかき乱した、おとなびた葛藤を窺わせる哀しげな眼差し。
「アキトくんの好きな女の子って……」
アリシアは自分が誤解をしていたことにようやく気がついた。
「……ボクがこの惑星に着いて……はじめてネオ・ヴェネツィアの街を歩いた時から……ずっと……」
「そう、だったの……」
自分だけがひとり先走って、すれ違って、勝手にうろたえていたことを悟ったのだった。その間中ずっとアキトはそばに居て気持ちに気がつくのを待っていてくれたことを。
そう考えてから、
ちがうわ――。
アリシアは自分の考え違いを認めた。
……この子が待っていたのは……わたしの……気持ち……。
体に触れようとしなかったのは少年なりのけじめであり思いやり。アキトは強引に振る舞うこともできたのにそうしなかった。
薄暗い洞内を歩いているときと同じで、お姉さんぶって男の子をリードしているつもりが空回りしていたのは自分の方だった。
アキトがときおりひどく大人びてみえたのも当然のこと。成熟した男性のマナーや意識を身に備えていたのだとしたら……。
常にアキトの方が先まわりして、こちらの気持ちを察してくれていたのに……。
それなのに自分は相手の年齢と見かけにこだわっていた。
「……アキトくん……」
アリシアはかがみ込んで口づける。キスは自然に想いのこもったものになった。アキトも気持ちをのせてきて体がここちよく痺れたようになる。
これが、キス、なのね……。
男と女の……。
「マンホームの男の子って、みんなあなたみたいなの……?」
長い接吻に乱れた息を整えながら聞く。
「よく、わかりません……」
「そうね……人はひとりひとり、みんな違うから……でも……」
少年の方から口づけを求められて、アリシアはすなおに応えた。
自然に腕をまわして初めて抱擁になった。
「……女のプライバシーを盗み見するのはエチケット違反よ……」
間近で見つめ合い、たしなめる。弟にするように。
「ごめんなさい、アリシアさん……」
「うん……」
アキトが嬉しそうに、やわらかく微笑みかけている。
「?」
「いま、『うん』って……アリシアさん……」
うっかりアリシアは気のおけない友人にするようないたいけな返事をしていたのだ。それが利発な少年の興味を惹いてしまったらしい。
「やっぱり……アリシアさんは……可愛い……」
「――!?」
ずっと年下の男の子からそんな言われようをするとは予想外だった。
だって、かわいい男の子なのはあなたの方よ――。
そう思ってから、また相手を子供扱いをしている自分をたしなめた。
「からかわないで……」
「そんなつもりボクには……アリシアさんが可愛いのは本当のことだから……」
少年を抱いているつもりがいつのまにか抱かれている感じになっている。
アキトの手が丹念にアリシアの髪を撫でていて、アリシアの胸は甘く疼くようにときめくのだった。頭の後ろから背中にそって腰の上のあたりまで、ゆっくりと上下している少年の手。
なんてやさしい――。
アリシアは他人から髪を褒められることはあっても触れられることはなかった。
同じように他人の髪に触れることもめったにない。晃のような幼なじみのごくごく親しい間柄に限っても、相手の髪に軽々しく触れるのにはやはり遠慮があった。
洗い髪の手入れを手伝う時や、髪を編むなどの理由がなければ。
それだけ髪は女にとって大切なもの、プライバシー。
だから髪を撫でられるのが好きというのは新しい発見でもあるのだった。
異性に体を触れられることも――。
髪への愛撫はそのまま髪を通してのボディタッチにもなっている。
「きれい……アリシアさんのからだ……」
「あんまり、みないで……」
視線に気づいてアリシアは身をまもろうとした。けれどもアキトは女の庇い手を無慈悲に払うと、腕を絡めて背中に縛めるようにする。さいぜんまでの少年らしい控えめなジェントリーの代わりに、今はパートナーとしてしっかりアリシアをリードしていた。
出逢ってからほんの僅かの間にアリシアが変わっていったように少年も瞬く間に変貌を遂げている。
男の目をしたアキトに見つめられているとアリシアは体が麻痺したように甘い脱力感につつまれてしまった。
諦めと、未知の世界への好奇心、それに、初めて感じるときめきに。
「こんなにきれいな女の人が居るなんて……」
剥き出しにされた裸の胸は、常の楚々としたスノーホワイトのイメージからすると思いがけない量感があった。
骨細の優美な体つきにはいたいたしいくらいゆっさり重く実って華奢な鎖骨の線を浮き上がらせている。ふくらみに相応しい大きめの乳暈は白い裸身にひときわ目を惹く彩りとなって、いただきに愛くるしいつぼみをのせている。
「はずかしい……」
アキトの視線を下腹部に感じてアリシアはせつない声を出した。伸びやかな太腿をもじもじとさせて辱めから逃れようとする。
「いいでしょう、もう……」
「もう少しだけ」
「アキトくん……」
少年はさらに身を屈めてアリシアの股間を覗き込むようにする。
「……だめ……」
こんなふうにして男性から秘所をあらためられるというのは、やはりアリシアには辛かった。
「小さな生き物みたい……かわいい……」
アキトがその姿を素朴に喩える。
ふんわりと自然に繁るブロンドのくさむらはアリシアの清浄さと純潔の証ともいえるもの。長い毛足がゆるくウェーブして中央に密にこんもりまぁるく秘密の唇を隠している。ナチュラルな、それはそれは優雅な愛の巣なのだ。
その密やかなくさむらを暴くものがあるなら、たとえなん人であろうともきっと陵辱者の責めを免れないだろう、欠点なんてどこにもない女神の秘密。
けれどもアリシアは、これからその完全な姿に傷を負い、血の涙をながすという運命にあった。
少年と体をひとつにして――。
「ボク、もうおかしくなりそう……アリシアさんが可愛くて……」
アキトが乾いた声音になって囁くようにうったえた。アリシアを寝所となる藁敷の方へと誘おうとする。
アリシアは身をかたくなに拒んだ。
「だめ……」
アキトが戸惑いもあらわにアリシアを見上げる。
「だって、わたし……夕べからずっとシャワーを浴びてないから……」
「だから、こんなにステキなにおいがするんですね」
アキトはアリシアの首筋から頤をくぐって胸のあたりの体臭をあからさまに嗅いでみせた。頬を染めて嬉しそうにニッコリする。
「しないで、そんなこと……おねがいよアキトくん、体を……汗をぬぐってからに……それからにして……」
「大丈夫です、アリシアさんの体のにおいは祭壇にある薔薇の香りよりももっとずっとステキですから」
「アキトくん……」
「ボクがそうして欲しいんです。本当のアリシアさんの姿を知りたいから。飾りのない生まれたままのアリシアさんを」
「そんな……」
儀式においてはどのようなことも全て、愛――の名の下に許容されていた。
男性はウンディーネとなる女性に対して、良かれ、と信じるあらゆることが許されている。一方、ウンディーネは恋人である男性を信頼することで、自らの愛を示さなければならない。
もちろん何をしてもいいからといって、女性に対していたずらに苦痛を与えたり性交で生じる以外の傷を負わせるのは法度。また薬物や道具類の使用も厳禁されている。
けれども互いの肉体をつかってなされる行為であれば、大抵のことはむしろ奨励されていた。二人の結びつきが深まるほど、儀式、は成功したと看做されていたからだ。
だから過度に貶められたり、穢されたり、というような余程の場合を除いて女性の側にもある程度の認容が期待されている。
ある程度――が、どの程度であるかについてはオリエンテーションでアイリーンは具体的に説明はしなかったが、少なくともアキトの要求が、余程――に該当するとは思えなかった。
「わかったわ……」
しかたなく同意する。
アリシアは自分にはもう逃れるすべはないことを受け容れるしかなかった。
次節のタイトルは 性の世界 です
明日の深夜に