ARIA A SECRET SCHOOL DAYS 作:真夜中のミネルヴァ
第八節 水の惑星の秘密 その1
祠の奥にはさらにスペースがあるらしく、壁の模様に巧みにカモフラージュされた扉があったのだ。
両腕で全裸の体を庇いながら、中に入るとそこには寝所の半分ほどの広さの空間があった。
寝所とのしきりの石壁が、裏に回ると小さな孔が数多く穿たれて半透性をもたせてあって、蝋燭の灯が届いてほの明るい。
中央にある台座の上に横たわるものが目に飛び込んできてアリシアは息をのんだ。
「これを見たらミケランジェロだって嫉妬するかもしれません」
台座の上には神々の裸像と思われる見事な純白の彫像が置かれていた。
だが近寄ったアリシアは別の意味で大きな目をさらに丸くするのだった。
これがもしも私蔵品の類いだとしたら即座に悪趣味な冗談、職人が手遊びに作った悪ふざけの類いと思って眉宇を翳らせたことだろう。
けれども像の完成度の高さがそうした予断を排していた。
髪の毛の一本一本、肌の質感と、まるで生きているような肉感の柔らかさが、芸術における巨人の手並みを寸毫も疑わせない。
ただ、驚くべきは像の完成度ではなかった。
むしろ、彼ら――が取っていたポーズの方。
像は一組の若い男女が演じる恋の歓びをモチーフにしていたからだ。
それもとりわけ猥褻な体位での。
逆向きに添い寝をした男と女が互いの股間に顔を寄せていた。
俗にいうシックスティナイン、側臥での。
女は片手で流れるような長い髪を耳にかけ、一方の手に屹立する男性のシンボルを握っていた。恥じらいと歓びの微笑みを浮かべてその膨らんだ先端に美しい唇を寄せている。
男の方は、優雅に片足を持ち上げた女の秘処に顔を密着させていて、女のふっくらと柔らかな尻の合わせ目に額だけが覗いていて表情は窺えない。けれども女の柔らかな腰肉に食い込む指に男の思いがのせられていた。
あたかも愛し合う二人が歓びの瞬間に、そのまま石に姿を変えられてしまったような生々しさ。
「すごいですよね」
「え、ええ……」
アキトが身を寄せてきて体に腕をまわしてくる。そのまま背後から胸のふくらみを支えるように包んでアリシアは愉悦の翳りを含んだ目を細めた。
肌着をつけていない乳房は重く体の動きにゆっさり遅れていたいたしい。少年の手はさながらブラジャーの代わりとなっている。
乳先をなぞられてアリシアは表情をせつなくした。
「アキトさん……」
「愛し合っているんですよね」
「ええ……」
アキトは悪戯っぽく微笑んだ。
「ボクが言ったのはこの二人のことですよ、アリシアさん」
「え?……そうね……でも、誰がつくったのかしら……あ……」
誤解してちょっときまりの悪いアリシアの心の機微に反応して、敏感な少年は指先の動きに気持ちをのせてきて体を慰めてくれるのだった。
「実はその質問、とても重要なものかもしれないんです」
「どこかに作者の署名かなにかをみつけたの?」
指の腹で撫でられて、乳先を健気に固くしながら言った。
「それよりももっと不思議なことが……ほら、ここを見てください」
くすぐったい脇腹をぺろっとひと舐りされて、ひっ、と息を忍ぶ。
何食わぬ顔のアキトが指し示したあたりに目を凝らすと、まるでベッドのような四角い台座の根元に色合いをわずかに異にする部分があるのが目にとまった。
「わかりますか?」
聞きながらアリシアの気持ちを散らそうと悪戯を仕掛けてきて、会話は表面上は平静さを装いながら水面下ではまた男と女の鬩ぎあいが始まっていた。
「そんなことって……ンっ……」
「おかしいですよね」
かよわい部分を捉えようとするアキトの手を逃れて身をもがかせながら、台座根元あたりの色あいの変化が鍾乳石のものだと気づいて、アキトが何を言わんとしていたかアリシアにも判ったのだった。
もしも像が見たとおりに鍾乳石に埋まっているのだとしたら、置かれたのは石筍形成期かそれ以前ということになる。
見あげても祠の天井があるばかりだった。
アリシアは赤らめた顔を怪訝そうにして像と台座とを見回した。次第に不穏な動きをはじめるアキトの掌の感触を気にしながら。
アキトの指は深追いこそしなかったが、隙を見せれば襲いかかろうと遠巻きにしている。
少年が何をしたがるかを知っている女の身には少しも気が抜けないのだ。
「ボクもどこかに継ぎ目が隠れてるのかと思ってさっきから探していたんですけど、どこにも見当たらなくて……像と台座は根元まで一枚岩から彫りあげているみたいなんです……彫ったとすればですけど……」
「そんなはずが……だってこの鍾乳洞、規模からするときっと始めは地下水系だったはずよ、いまは水脈自体が移動していて殆ど石筍の成長自体が止まっているわ。だから再石灰化があったのは……」
水脈があったとしても、テラフォーミング以前は氷結していたはずである。地熱によって仮にこの地下がそうでなかっとしても、これほどの広大な空洞を穿つには巨大な流量と地質学的な時間を要するに違いなかった。
要するに火星が冷えきってしまう以前。
百万年とか千万年単位どころか、はるかな太古――。
「変ですよね。移民してきた誰かがご神体としてここに安置したんじゃなくて、大昔からここにあったなんて」
「もしもそれが事実なら大変なことよ」
「きっと人類史どころか自然史そのものを書き換える必要に迫られるでしょうね」
「だから封印したのかしら?」
「それもあるのかもしれません。でもAQUAの先人たちが隠匿を決めた理由はそれではないみたいですね」
「――?」
アリシアはあらためて少年の顔をまんじりと見つめた。ややクセのあるストレートのざんばら髪の、チョコレート色の顔を。
「これが万人受けするモチーフじゃないってのもあるかもしれないですけど……子供にはとても見せられないですから……」
アキトはゆとりのある笑みを向けている。
「でもそれは些末な理由で、本当のところは、これがAQUAのもうひとつのとても重要な秘密と密接に絡んでいるからだと思います」
「重要な、秘密……?」
「少なくともこの像が発見された当時は重要な秘密だった筈です。公然としにくいセックスがらみの儀式、というヴェールに包んでAQUAの人々の目から隠し、そして連邦からの関心を完全に封じ込めることに成功した……」
連邦――。
アクエリアンにとってはどこか郷愁をさそうポジティブな響きをもつマンホーム、という言葉のかわりに、アキトがあえて旧呼称を使ったことで少年が持つ母星への複雑な感情が窺えた。
「この像の素材……かりに普通の白い大理石だとしたら……?」
ここでもアキトはアリシアの一歩前を歩いていて、少年の明るさに舌をまく。
そういうことだったのね……。
もしもこれが普通の石から彫られたのであれば、深遠な時を経てなお輝きをとどめていられる筈がなかった。
「さわってみますか?」
もしも示唆されたとおりなら、像は今なお温もりをたたえているのにちがいない。
さながら人肌のような温もりを……。
「あたたかいわ……」
白い像の女の腰の当たりに触れてみてアリシアは納得した。少年の言葉の正しさを。
「重力石、ね……」
「たぶん……まちがいなく……」
重力石は地の精霊たる
起源はロストテクノロジーとも言われるが、その謎については一切が明かされることなく一族相伝の秘術としてAQUAの地の底に封印されている。
そのノームたちでさえ持てる知恵と能力を注ぎ込んで、絞り出すようにして小さな球状の重力石を産み出しているにすぎず、人型の精巧な像など形にしようもなかった。
もしいま目にしている裸像が重力石で造られているとしたなら、それこそ神の御手によるものにちがいない奇蹟の産物である。
重力石――。
そして精霊と呼ばれる人たちは重力石によって、その力のごく一部を借りることを許された古えより石とつながりのある人たちの
だから精霊になるものはたとえ地の果てにいても石が呼び、招き寄せるのだとも……。
本当かどうかはわからない。
自分が石に選ばれたのかどうかも……。
ただ幼き日、アリアカンパニーを
グランマとの出会いも約束のように。
「AQUAでは、石が招くって言うのよ……」
「石が招く?」
「人が幸せを願うときに……」
人と人との縁を語る際、しばしば口の端にのぼる言葉だった。
カフェの片隅で、他愛もない宴席で、旅先で……。
人々は偶然の出会いをよろこんで、そう言う。
「賢明だったとおもいますよ、AQUAの先人は……」
アリシアが思ったのはアキトとの出逢いのわけ、少女のようなロマンチシズム。
この夜の儀も、彼女が最後にすがったのは神の御手に身をゆだねることだった。
けれども少年には別の関心があるらしい。
「……ネオ・ヴェネツィアという極めつきの世界遺産をこの地に置いたのも、精霊と呼ばれる人たちを配して重力石の管理に当たらせたのも……」
「………」
「……きっとこの付近一帯のどこかに重力石の元となる鉱床があったか、重力石そのものが豊富に見つかったかしたんでしょう。その働きに驚いた初期の移民が連邦にその存在を気取られる前に上に街をつくり、そして科学の代わりに魔術の言葉をつかうことで全てを覆い隠してしまった」
「アキトさん……何を……いいだすの……?」
「二百年前の連邦ならきっと放ってはおかなかった筈ですから……偉大なる連邦、輝ける連邦、統一を果たした人類が熱にうかされていたあの時代。闇を切り開く英知、無限の富を求めて広大な宇宙へ押し出していくための力の源として火星はけしてAQUAになることなく、いまも荒れ果て凍えた惑星のままで連邦の繁栄のために搾り取られていたにちがいありません……」
発見の驚きについて語る熱気をはらんだアキトの容子には、それまで抱いていた印象とはまた別のものを感じさせられている。
「ごめんなさい……つまらないことを言ってしまったみたいで……」
「うん……」
時に見せる大人の表情は、やっぱり男の人なんだ、とアリシアに思わせずにはおかない肌合いの異なるもの。
女を不安にさせ、また興味と関心をかきたてる男性そのものの猛々しさ、性向。
「でも……AQUAのどんな秘密よりも……重力石なんかよりもはるかに神聖で尊い秘密に……ボクは触れているから……」
「あ、アキトさんっ……」
少年の指がアリシアの隙をついてまた、そこ、をとらえていた。