ARIA A SECRET SCHOOL DAYS 作:真夜中のミネルヴァ
第九節 スノー・ホワイト その2
「……んっ……あ……」
半ばひらかれた唇から熱くせつない吐息があふれる。白皙の美貌は全身、朱をさしたように見事なまでに色づいている。
アリシアは羞恥に上気した顔でうつろな視線をさまよわせた。
薄く開いた碧い瞳にはもう何も映ってはいないのだった。いま彼女の意識は自分の体の一点にむけられている。
ほんの少しでも気をゆるめると、しどけない声をあげて乱れてしまいそう。一線を越えれば、もう女としてどこまでも堕ちていくしかない、それが怖くてアリシアは堪えていた、懸命に。
音もなく繰り広げられている情熱のディープキス。
「ああ……アキトさんっ……」
わななく喉許を長く反らしてあえぐ。解かれた金髪が背中でサラサラと踊っている。
それまで、この上なくひどいこと、と思っていたことさえアキトは手加減していたとわかる執拗さ。少年はいよいよ女の肉への欲望をあらわに、さらにその先にいっそう
何をされるか知らされているだけにいっそう悩ましい。
じっくりと味をたしかめるように深く探られ、尖った舌が刮ぐように蠢く。
――っ?!
不意に初めての感覚がして、アリシアは哀しいまなざしを瞬かせた。長い睫が濡れている。
「ああっ――そんな……」
あいせつな愛撫に堪えかねたアリシアが腰を浮かせて、淫らな口づけから逃れようとする気配をみせると、すかさず少年の手は腰骨のあたりをしっかりとつかんで引き戻しにかかるのだった。
のがれられない、罠――。
いきなりではなく一歩ずつ間合いを詰めて逃げ道を塞ぎ、そしてハードルをあげていく。
周到なたくらみでアリシアを性の深淵へと誘っていく少年。
もしもいきなりこんなことを求められたら、きっと彼の正気を疑ってとても応じてはいなかったにちがいない。
でも今は――。
上質な筋肉を窺わせる腰のえくぼに緊張感がみなぎった、大きく割った両脚。
堕ちるわ……わたし……。
堕ちていく……。
◇ ◇ ◇ ◇
「このあたりでいいかしらね……」
グランキャナルの外れ、行き交う船影も遠い静かな中海にまで出たところでゴンドラを停めるように言われ、アリシアは怪訝な面持ちのままオールを上げた。
中天にかかる初冬の陽射しは頼りなく水面に淡い影を落としている。
「あなたにとても大切なお話があるのよ」
グランマのいつになく真剣な語り口に、アリシアは
利発な美少女は碧く澄んだつぶらな瞳で敬愛する老女を仰いだ。
端正な顔立ち。
しかし気品のある鼻筋はおよそ猛々しさとは無縁で、まろやかな性格を窺わせる。
ときに顔から微笑みが消えると、愛くるしい美貌に翳がさして清潔感のある大人の女の愁いと奥行きを漂わせるのだった。
今まさに輝きを放とうとしている類稀なる名花。
「ねぇアリシア、あなたは卒業後の進路、もう決めているの?」
アリシアはこっくりうなづいた。もちろん自分の将来については心に期するものがある。
「協会の中にはあなたに進学の機会を与えてはどうかという声も少なからずあるの。もし希望があれば力になるわ」
美少女は少し驚いて小首を傾げてグランマの言葉を待った。
「練習はこれまでどおり学校に通いながらでもできるし」
ウンディーネの修行が片手間で続けられるとは思えなかった。単にゴンドラを操ること以外にも学ばなければならないことは山のようにある。
プリマともなれば基礎学力の語学だけでも最低三ヶ国語をネイティブ並に操れるのが普通なのだ。それ以外にも地誌、歴史、文学、芸術、文化などの教養は多ければ多いほど実際面で融通がききやすい。さらには発声トレーニング、バレエや舞踊などのレッスン等、身につけなければならないものはいくらでもあるのだった。
「……来年もアリアカンパニーで……グランマのご指導を……わたしにその資格があればですが……」
「あなたならどこでも引っ張りだこよ。姫屋だろうとオレンジプラネットだろうと」
「わたしはグランマから……」
「あなたにそう言われてとてもうれしいわ。でも先々のことを考えると、うちのような小さなところに居るよりも老舗の姫屋さんや大手のオレンジプラネットに所属している方が何かと都合が良かったりもするの……お給料だってうちではそんなに出せないし。それに、来年はわたしも経営の一線からは退くつもりなのよ。いつまでもおばあちゃんがしがみついていたら若い子たちが自由に羽ばたけないでしょう?」
「そんな、グランマが……アリアカンパニーを……」
実際にはアリアカンパニーは唯一のプリマ・ウンディーネであるアンナ一人の売り上げでやりくりしていると言って良かった。
いかにアンナが売れっ子のプリマでも、アリシアが正式に入社するとなれば経営はさらに圧迫されるだろうことは少し考えれば誰でも判る。
遠回しに不採用を通知されている、そう思ってアリシアは気持ちが沈んだ。なによりグランマが引退を仄めかしているのが寂しかった。
「そんな顔しないでアリシア。あなたには笑顔が似合うわ。わたし、あなたの朗らかな笑顔を見るのが大好きなの」
秋乃は両手でアリシアの頬を包むと、笑顔を促して指先で優しく突ついた。
「それでね、大切なお話というのはここからなの、うふふ」
グランマは嬉しそうにまなじりをさらに下げた。
「今日、わたしが何をしていたか、誰と会っていたか、あなたはひと言も聞かなかったわね。わたしに言われるままにすなおにゴンドラを操っていたわ……とてもあなたらしいと思って感心していたのよ……」
グランマは知らなければならないことはいつでも必要なときに過不足なく話してくれる、アリシアにとってはそれだけのことだった。
「わたしが会っていた人たちはね、かつての偉大なプリマ・ウンディーネさんだった人たち。中にはもうじき古稀を迎える大先輩も居るわ。みんな現役を引退して協会の理事も辞して暢気な隠居生活を楽しんでいるおばあちゃんたちよ。でもね、協会にはいまだにとても顔が利くの。だって中には今の理事長のおしめを取り替えた人だっているんだから。だから何か大切な話を通すにはまずこの人たちを説き伏せるのがいちばん手っ取り早いのよ、うふふ」
してやったりの顔をして、秋乃は手提げ袋の中から一通の封書をとりだしてアリシアに差し出した。
「これは今日、わたしがその人たちに持っていったものよ、開けてごらんなさい」
アリシアは怪訝な面持ちのまま、糊付けされていない封筒の中味をとりだした。
あらわれたのは手書きの手紙が一通。
すぐに分る流麗な筆跡の文面に目をやったアリシアは、はっと目を見開くとすぐにグランマの顔をみやった。
「発効は来年の四月一日、あなたが卒業してどこかの会社と本契約をしてからになるけれど。だからまだ内定というだけで正式なものではないから、ここだけの話にしてね」
「グランマ……そんな……わたし、まだ……」
私信の体裁をとっていたが、それはまぎれもなくゴンドラ協会宛のプリマ・ウンディーネ昇格申請書なのだった。
申請者名には
アリシア・フローレンス
とある。
その下に、後見人として秋乃を筆頭に七名のサインがなされていた。
「今日はあなたの昇格試験を兼ねていたの。でもあなたにその資格があるのはわかっていたから、わたしの用事ばかりを優先させてしまったわ」
「グランマ……グランマ……」
アリシアの華奢な肩がこきざみにふるえる。
「……お受けできません……とても荷が重過ぎます……」
「もしそう思うのなら春になるまでのこれからの数ヶ月を大切になさい。でも、あなたをプリマにすると決めたのはわたしよ。アリシア、あなたはわたしの見立てを信じてはくれないの?」
「……わたし……」
あふれた涙が白い頬を伝って流れ落ちた。
「わたしのアリシア」
秋乃の腕に抱かれる。
「ありがとう」
「グランマ……」
「わたしね、自分の人生でいちばん素敵な奇蹟って、きっとあなたに巡り合えたことじゃないかと思うのよ……アリシア、あなたはわたしにとって本当の孫娘のように愛しいわ……あなたと出会ってあなたの成長をそばで見守ることができて、毎日がどんなに幸せであったことか……」
胸をふるわせる少女の背中を慰め、指先で涙に濡れた頬をやさしく拭う。
「笑顔をみせて、アリシア」
アリシアは泣き出しそうになりながら、口の端を上げて笑顔を作ろうとした。けれどもすぐに視界が涙で潤んでしまうのだった。
「だって、これからわたしにしかできないとっておきの専権を行使するんですもの。うれしくて笑いがとまらなくなりそうよ」
そう言うグランマの細めた目にも涙が滲んでいるのがわかるのだった。
「あなたの通り名、名付け親になるのは指導者たるものの最後のお務めなの……」
「通り、名……」
通り名というのは個人に与えられた一代かぎりの敬称で、ときに実名よりも値打ちをもつことがあるという。ウンディーネを目指すものにとってプリマのみが名のることを許される通り名は憧れ以上のものだった。
「ずっと前から決めていたのよ。あなたの白く美しい、愛らしい姿に相応しい名前を考えて……」
スノー・ホワイト――。
「深い森の奥にひっそりと積もる白雪のように、どこまでも清らかな穢れを知らない乙女の妖精……わたしだけでなく、この町に暮らすすべての人たちの夢と希望、永遠の白き妖精……」
アリシアはそのしっとりと涼やかな、またどこかはかなげな響きを胸の中で諳んじた。
奇しくも童話のヒロインと同じ名前、幼い頃に幾度も耳にしたなじみのある名前だった。それがなぜか今に限って心に深くしみていく。
少女の胸を甘くせつなくときめかせている。
「これがわたしからのあなたへの誕生祝いのプレゼント、受けとってくれるわね?」
「わたし……」
目頭が熱くなり、また双眸から大粒の涙があふれて頬を伝った。濡れた睫をしばたたかせて当惑した瞳が師匠の顔とゴンドラの床板の間を幾度も往復する。
アリシアが躊躇ったのは、あまりにも分不相応な通り名であるように思えたからだった。
「やがてあなたのことを誰もが深い尊敬と憧れをこめて、スノー・ホワイト、そう呼ぶようになるわ……覚悟はいい? アリシア」
「グランマのお気持ちは謹んでお受け致します……でも、しばらく考えさせてください……気持ちの整理がつくまで……」
「そうなさい、時間は十分にあるから。プレゼントの包みをいつ開けるかは受けとった人が決めることだわ……うふふ」
秋乃は相好をくずした。まるでアリシアの反応のすべてが予想通りというように満足げに愛弟子をみつめる。
日に日に輝きをましていく美しい少女を。
出逢ったばかりの頃はまだほんの子供で、あどけない仕草に目と心を奪われて、狭い会社の事務室でかいがいしく自分やアンナの手伝いをする姿によく魅入っていたものだった。
それからAQUA歴で一年あまり――。
恵まれた、という表現があまりにも控えめな玲瓏な容姿、才能、それに甘えない自己抑制とすなおで温和な性格、とかく起伏のある人生という旅を明朗に生きようとする健康な意思。
どれもが駆け出しの頃の自分には欠けていて長い時間をかけて身に摺り込んできたものだった。それを弱冠十五歳の少女はあたりまえのように既に備えている。
導いているつもりが、逆に教えられているような気持ちにさせられることもたびたびだった。
たったひとつ――。
もしもこの子に欠点と呼べるものがあるとしたら、それは自分の生まれ持った長所への自覚が乏しいこと。
持たざるものが持てるものへ向ける視線は厳しくなりがちなのが人の世の常。
それはAQUAも例外ではない。マンホームほど苛烈な競争社会ではなくても、表になりにくいぶん人の心の屈折はより深く沈潜する。
でもこの子は……。
秋乃はアリシアのくりくりとした瞳の豊かに変化をする表情を眺めながら、それこそが老婆心というものかしら思うのだった。
こんなにも心やさしい子をどうして疎んだりなんてできるかしら?
それにたとえどんな逆風に晒されたとしても、自分とは違ってアリシアならきっとやすやすと乗り越えていくに違いない。
もう何も伝えることはないわ。
やっぱり今が引き時ね。
ゴンドラを漕がないウンディーネはウンディーネじゃないから。
もう一年、経営が落ちつくまで見届けようかと思っていたけど、あとのことはアンナに任せて……。
秋乃の温顔がわずかにくもった。
アンナはこのところ妙に浮ついた様子をみせる時があったのだ。
経営のバトンをゆだねて以来、表向き順調に業績を重ねていたアリアカンパニーに予期せずあらわれた小さな綻びだった。
客を乗せたアンナがどこか醒めたような顔をしている場面になんどもぶつかっている。
ウンディーネが客を魅了しているか居ないかは遠く離れてみていてもわかるもの。
漕ぎ手の気持ちののったゴンドラはどんなに大勢の客を乗せていても吃水浅く、水面を滑るように澪も軽やかにくっきりと立てて楽しげに朗らかにすすんでいく。
けれどもペアやシングルの初心者の手並みではゴンドラの方がウンディーネの意思を
初めての教え子であるアンナは漕ぎ手の技量としてはAQUAでも一、二を争う。
その当代きってのプリマ・ウンディーネの一人があろうことかゴンドラに引き摺られるなど、ふつうならありえないことだった。
主を気遣って、ゴンドラがしきりに促しているのに漕ぎ手はそれに気がつかない、あるいはたとえ気がついても思いが追いつかずに逆に漕ぎ手とゴンドラの心が離れていく悪循環。
自分にも経験のあるスランプといえる状態だった。長くウンディーネをしていればそういう状態になることもままあった。
気がかりなのはアンナにそれを正そうという意思を感じないこと。
芸熱心で人一倍努力家のアンナには少し前まではけしてみられなかった、なげやりともとれる不可解な態度だった。
そこに居るだけで、常にまわりをうきうきとさせ気持ちを湧き立たせてくれる明るいウンディーネのいつにない翳り。
若いウンディーネがこんなふうに落ちつかなくなるのは――。
思い当たるとしたら、やはり異性関係。
あの子ももうじき二十一、恋のひとつやふたつ経験していてもおかしくはない年頃。
けれど、アンナはそういうことを上手にやりくりできる子だと思っていたのに……。
アリシアが心配そうな顔をしていて我に返った。折悪しく懸念をのぞかせてしまい、秋乃は誤解されないように晴れ晴れとした笑みを少女に送った。
アリシアが笑顔をとりもどすまで。
「なんでもないの、ちょっと考え事してただけよ。それよりアリシア、おなかが空いたわ、お昼にしましょう」
問いを返すこともなく、アリシアはすぐに漕ぎ座にもどるとオールを水に差した。完璧なフォーム、無理も無駄もない一連の動きで。
たちまちゴンドラが目を覚まし、ウンディーネの意識が端々にまで及ぶのがわかる。
「ではウンディーネさん、わたしを――」
秋乃は目的の地番を伝えると、ゴンドラが伸びやかに初冬の澄んだ水面を滑りはじめた。
◇ ◇ ◇ ◇
「すごい……アリシアさんがこんなことまでするなんて……」
「………」
「片膝を立てるともっとバランスがとりやすくなるかもしれません」
「あっ――」
すっかり展いたそこに、軽いタッチの悪戯をされて腰をぴくっとひきつらせる。
アリシアはイヤ、というように口を半ば開いたまま哀しい眼差しを股間に落とした。かき乱れされた黄金色のヘアに隠れて、その下にアキトの顔の鼻から上だけがみえている。好気の瞳を妖しく光らせて。
「アリシアさんなのに……白き妖精のアリシアさんなのに……」
「だって、アキトさんがっ……アキトさんが……」
望んでしているのではもちろんない。もとめられて仕方なく。
それなのに――。
こんなにひどいこと……いけないこと……。
腰を下ろすときの陰部がひろがっていく感覚は泣きたくなるくらい恥ずかしかった。
それまでのようにアキトから一方的にされるのではなくて、自分の方からすすんでするというのはまるで意味が違っていたのだ。
が、それに気がついた時はもう遅かった。アリシアは強く後悔したが
慎ましく接して、ぴったりを身を寄せ合っていなければならない粘膜の谷間がお尻の方までぐいっとひろがって、すっかり剥き出しになっていく頼りなさ、心細さ。
あられもない姿を少年の顔前にさらけだす、それも思いつくかぎりのもっとも淫らな禁忌の姿での。
少年が顔を寄せ、はうっ、と息をのんだアリシアの腰が落ちる。
「……アキトさん……」
少年は女のしっとり汗の滲んだ内ももに手を添え、さらに大きく開こうとしながら、伸びやかな
結局アリシアは大切な卵をあたためる親鳥のように、アキトの顔の上にしゃがんで下半身で包むかたちになっている。
たちまち吐息に熱がこもった。
女のもっとも敏感な肌で相手の顔の起伏を感じる驚きと諦め。
少年のチョコレート色をした顎のアーチがアリシアの白いお尻の谷間にぴったりと密着してひとつになっている。陵辱者の舌に舐られ、せせられるのを健気に受け止めているかわいい裏のお口が、少年の両手に尻の肉を掴まれて谷間をひろげられ、わななく腰の動きに合わせて見え隠れしていた。
「……おいしいよ、キミのお尻の穴……それににおいもとってもステキ……」
意地のわるい舌がまた分け入ってきて、悩ましい襞の合間を前後になぞりはじめて、アリシアは唇をかたく結んでめくるめく感覚の辱めに堪えるのだった。
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