ARIA A SECRET SCHOOL DAYS 作:真夜中のミネルヴァ
マルコポーロ宇宙港、搭乗ゲートの手荷物検査口、24月24日、午後6時半ごろ――。
「……荷物は船内持ち込みのショルダーひとつだけ……若いのに随分、旅慣れているのね」
ディスプレイに映し出されたファイルに目を遣りながら、まだ四十前と思しき検査官の女性は事務的な笑顔を向けている。
「帰省するだけで、来年の春には必ず戻って来るので」
色黒の小柄な少年は答えた。
検査官はスキャンを終えたショルダーの中を改めてチェックしながら、
「その黒いポシェットの中身は何?」と、訊く。
「えっと、あの、これは友だちからのクリスマスプレゼントです。他は、AQUA土産のガラス工芸品や記念品が合わせて四つほどと、あとは
問われた少年は、一瞬、たじろいだが正直に答えた上で、他に関心を向けてもらおうというのかショルダーバッグの中身を
「そうね、それでそのポシェットには何が入ってるのかしら?」
「たぶん、衣類だと思います。特に危険な物ではないと思いますけど。もちろん禁止薬物の類でもありません」
「それは分かるわ、でも一応、規則だから、鍵を開けて中を見せてもらえる?」
「あの、どうしても見せないといけませんか?」
「鍵を壊されたり、没収されたりするのはイヤでしょ?」
「はい……」
「こっちもそういう手荒なことをしたくないからお願いしているのよ、協力してくれると助かるわ」
少年は仕方なくポシェットのチャックのダイヤルキーを回して解錠すると、
「……取り上げたりしないでください……とても大切なものなので……」
小声で、真剣な面持ちになってうったえた。白手袋の手がポシェットの中に差し入れられるのを固唾をのんで見守る。
検査官はそこにあったものを取り出して、カウンターの上に並べながらびっくりした様子で眉を吊り上げた。
現れたのは透明な密閉式のビニール袋に入ったものが三点。
ひとめ見て、それが女性ものの肌着だと分かるものが二点あり、トップスとアンダーがそれぞれ丁寧にたたまれて別々に入れられていた。生地の湿り気を含んでいるようなしんなりした感じから、どちらも着用後、脱いでからそれほど時間が経っていないものであることを窺わせている。
残る一つのビニール袋には透明なプラスチックの小型のボトルが入っていて、中にはそれが使用済みだとすぐに分かる女性用の筒状の生理具が入っていた。
彼女は目の前で顔を赤くして畏まっている少年を見遣ると、何も言わずにそれらを元のポシェットの中に戻すのだった。
「いいわ……」
「……ありがとう……ございます……」
少年は消え入りそうな声で言うと頭を下げた。
「それと……」
彼女はカウンターの下から検査確認済みのタグを取り出し、
「これをポシェットに付けておくわね……船内では開けたりはしないでしょ?」
少年は意外そうな面持ちでこっくり頷く。
「こうしてワイヤーを掛けてファスナーが開かないようにしておけば……」
「……!?……」
「軌道に上がってから乗船の際の手荷物検査もこのままパスするし、マンホームに着いてからもいちいち中を開けられずにすむわ」
「あっ、ありがとうございますっ……ボク、取り上げられたらどうしようかと思って……」
少年は赤面しつつも顔を綻ばせていた。
「そんなことしないわ、するはずがないでしょ」
「だって盗んだものって思われるかもしれないし……」
「そうは見えないから――」
検査官の女性はカウンターに肘をついて身を乗り出すようにすると小声になって
「……肌着のたたみ方は明らかに女の手並みだし……第一、使用したばかりの生理具なんてどうやって盗んだりできるの? キワドイものだけど彼女からのクリスマスプレゼントってことを疑う理由はないわ」
少年は頷いた。
「でも凄いのね、あなたの“お友達”って、こんなに大胆なことができるなんて、よっぽど自信があるのかしら?」
「……それは……ボクがしつこくおねだりしたからです……恥ずかしがって嫌だって拒まれたんですけど、無理を言って……」
「あら、見かけによらず、ずいぶんおマセさんなんだ……じゃあ、そんな変なわがまままで聞いてくれるなんて、やさしいお姉さんなのね」
「ええ……え?! でも、どうして年上だって――?」
「そりゃブラのカップサイズを見れば分かるわよ、ダブルDなんてあなたぐらいの年の子に、めったに居るもんじゃないから」
「………」
「来年の春って言ってたけど、ちゃんと戻ってきなさいよ……マンホームに帰って、あっちで好きな子ができちゃって、こっちの彼女のことを忘れちゃったりしたら可哀想でしょ」
「そんなこと、絶対にありえませんっ……彼女よりもステキな女の人は他に居ませんから……」
「そう、ならいいわ」
「ボクだって帰りたくないんです……半年も会えないなんて……」
「クリスマスイブだから本当は一緒に過ごしたいわよね……きっと彼女もそう思ってるはずだわ」
少年は決然とした顔で首肯する。
「だけどあまりお金に余裕がなくて……格安便のキャンセル待ちで取れたのがこの便なので仕方ないです……」
「そう、じゃあ、しょうがないわ、気をつけて“行って”らっしゃい」
「ありがとうございますっ、いろいろお心配り、感謝いたします」
「どういたしまして――」
少年はペコリと頭をさげると軌道往還シャトルの搭乗口へと向かうのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
「どうしたの灯里?」
利用客で賑わうコンコースの遥か先に目を凝らすようにしている友人の様子を訝しんで、藍華は訊いた。
「えーと、いま、知ってる人が見えたような気がして……」
「誰――?」
「たぶん柊くん……」
「柊くん? ああ、よく広場で観光客相手にスケッチして小銭稼ぎをしてるスコラダルテの子ね」
藍華にすると当該の人物は、ちょっと小柄で色黒の絵が上手いという以外にはとりたてて印象のない、ごく普通の平々凡々たる男子生徒だった。
ただ何故か灯里が気にかけているようなので、街で見かけると軽口を言ってちょっかいをかけたり、からかったりすることもある。学校は違うが年下ということもあって、勝手に弟分のようにもみなしていた。
視線を向けると、数十メートルほど先の手荷物検査口で引っかかっているらしい少年の姿が映った。検査官にしきりに頭を下げているのが窺えて、
「アイツなにやってるのかねー、よっぽどヤバイもんでも持ち込もうとしてたのかな」
「彼、クリスマスなのに帰っちゃうんだ……」
なぜか灯里が沈んだ声を出すのを怪しみながら
「なのにってナニよ、あんたやっぱりアイツが気になるの? クリスマスデートに誘われなくてガッカリしたとか?」
と、問い詰める。
「はひっ、そんなんじゃないよー」
「あやしー」
藍華はおろおろする友人の容子をじっくり堪能してから、してやったりとニカっと笑った。もとより灯里の気持ちが少年に向けられてはいないことを感じていた藍華には、深刻にもならずに弄りやすいネタなのだった。
ただ何故、友人がそこまで気にしているのかがわからずにいる。
「見送りに行く?」
「ううん、いいよ、もう間に合わないし」
「まあ、どうせ年明けには戻ってくるんだからさ、コクるチャンスなんていくらでもあるっしょ」
「だからちがうってばぁ……」
「それにしても後輩ちゃん、遅いな……こりゃ帰ったらまた晃さんに叱られるな、オマエらおせーぞって」
藍華は気忙しげに周囲を見回しているとほどなく、
「先輩がたー、でっかいおそくなりました」
二人の元へ両手に紙袋を下げたアリスが小走りになってやってくると、年上の二人に倣ってコンコースの先へと視線を向けながら訊いた。
「どうされたんですか?」
「ん? あそこのゲートに灯里の気になってる男の子が居て、マンホームに帰っちゃうみたいで、それでしょんぼりしてるのを慰めてるところ」
「あ、あれは柊くんです」
たちまち色黒の少年の横顔を発見して目を瞠り、
「でっかい意外です、あーいう年下が灯里先輩のタイプだったとは、灯里先輩っ! 失恋、でっかいお気の毒さまですっ」
「はへー、アリスちゃんまでぇ」
「それより時間よ、時間っ、いま何時?」
アリスは掲示板に目をやり、
「六時半になるところです」と、即答する。
「灯里、名残惜しいのはわかるけど、今日のところは引きあげよう。アリシアさんたちをあまり待たせるわけにはいかないからさ」
「うん……」
件の少年が検査口を抜けて通路の先に見えなくなるのを見届けると、藍華は灯里を促した。
「あの子、けっこういい子だよ……人あたりは良いし、素直だし、優しそうだし」
励ますつもりでリップサービスをする。
「うん……そうだよね……」
「灯里先輩、頑張って下さい、でっかい高倍率男子みたいですけど」
「高倍率?」
藍華は片眉を吊り上げた。
「ハイ、うちのクラスの女子たちもときどき話題にしてますから。サン・マルコ広場でスケッチしてる可愛い男の子が居るって……彼、でっかい大人気です」
「え、そうなの? ちょっと意外。アイツ、イケメンってわけでもないし、そんなにモテるタイプには見えないけど」
「それは藍華先輩のストライクゾーンがでっかいビーンボールだからですっ」
「いや、アルくんはビーンボールなんかじゃないわよっ!」
と、口にしてから真っ赤になった。
アリスの投げた釣り糸に見事に引っかかって口を滑らせてしまっていたのだ。
藍華から一本取ったアリスは、どうです、と言わんばかりに胸を張る。
「はえ、なんのこと?」
事情に疎い灯里が二人の会話に追いつこうとするのだが、
「アンタはいいのっ、もういいでしょっ、行くわよっ」
藍華はさっさと先に立って歩き出してしまうのだった。
「はへー」
「灯里先輩、帰りは潮の流れが逆になります、一層の奮励努力が必要です。でっかい重労働です」
「ほへー、帰りもあたしが漕ぐんだぁ」
「ボヤかない、ボヤかない、スピードだけならアンタがいちばんなんだから、しょうがないっしょ。代わりと言っちゃなんだけど、晃さんからの叱られ役はあたしが引き受けるからサ」
「わたしも、全力で潮を読んで最適なルートとなるようにお手伝いします」
「うん、任せるね、アリスちゃん」
「よぉーし、突貫するわよー、なにがなんでも七時までには戻らないとだから」
宇宙港の広いコンコースを制服姿の三人の美少女たちが急ぎ足になって通り過ぎていくのを、折りよく訪れた観光客たちは目を丸くして見送っていた。