ARIA A SECRET SCHOOL DAYS 作:真夜中のミネルヴァ
第十一節 朝、夜の儀の終わり その3
「また逢いたいな、アキトさんに……」
切なげに呟くといったんは肌着のことは諦めて、仕方なく素肌に直にレギンスとニットを身につけてワンピースの制服を纏う。
そうすると表面的にはいつもと同じミス・パーフェクト、白き妖精のアリシアに戻っているよう。だが、潤んで輝きを増したつぶらな瞳は恋する女のままなのだった。
愛と性の歓びを知って、いけない火遊びに心を奪われた秘密を抱える乙女の表情。
化粧っ気のない清楚な美貌がセックスの匂いのする翳りを纏うことで生まれる清艶さ。アリシア自身は意識していなくても女の本能が男を惹きつける魅力を放っている。
恋人の目を楽しませずにはおかない可愛らしさを。
事後の物憂げな仕草で長い髪を漉いて身だしなみを整えると、寝所に使われた祠の中の後始末に取り掛かった。
寝乱れたままの藁をなるべく汚れが目立たなくなるように祠の隅へと寄せる。と、はらんでいた空気が動いて藁から女の異臭が立ち上ってくるのを感じて、愛らしい顔に当惑の色が泛かぶのだった。
汗と体液と分泌物の
アリシアはこれまで自分自身の体臭をこんなにも強く意識させられたことはなかったと思う。性的な経験をするのが初めてで当然と言えば当然だったが、ほぼ一晩中、時を惜しんで睦み合った証としての饐えた臭いにはやはり後ろめたさを覚えてしまうのだ。
入浴もできずに汗ばんだ肌を彼に投げ出してしまったことへの悔いは、なまじアキトがスキニーで清潔な男の子だっただけに自身の汚穢さをより強く意識させられていた。
「あの子にみんな……知られてしまったのね……あたしの恥ずかしいところ……」
哀しい事実だったが、一方では素の自分をすっかりさらけて妙にサバサバしている部分もあるのだった。
もしかするとこれが少女から大人の女になる、ということなのかもしれないとも思う。
潔癖さへの拘りはきっと幼さゆえの無知から――。
恋という他人との、それも異性という異質な存在との最も親密な接触をはかるには、ある程度の鷹揚さも備えていなければならなかった。
それに番った相手がすごく思いやりのある男の子で、傷つけられるようなことをけしてされなかったことにも助けられている。
「やさしい人……」
彼の仕草を思い出すと、常に自分への気配りと愛情に溢れていた。それは出逢ってから最後まで変わらなかったのだ。
どんなに大切に思っているか愛しているか、彼は言葉でも行為でもそれを示すことを少しも躊躇わず惜しまなかった。それにはアリシアの方が気臆れを感じてしまうほど。
ひどい姿になって情けない自分を晒してしまっているのに、自分へ向けられる彼の瞳はいつでも敬意と憧れに輝いていた。
「あたしは女神なんかじゃないのに……普通の女よ……欠点ばっかりのただの十九歳の女……」
時に優れた女性に見られる自己評価の低さは周りの目線がいかに自身の日常とかけ離れているかを感じていることからくる、そのギャップの大きさ故。
ミス・パーフェクト、史上最も美しいウンディーネ、汚れを知らない白き妖精、永遠のスノーホワイト――。
アリシアが思うにどれも過ぎた評価なのだった。
本当の自分はそんな大そうなものではないことを自身がいちばんよくわきまえていると思う。
特別なところなんてどこにもないのだから……と。
それなのにアキトは、まるで本当に女神か何かのように恭しく扱って、かえって気づまりで身の置き所がなかったのだ。
思春期の男の子によくある年上の女へ向ける憧れが誇張されたものだと判ってはいても、
「……きっと、あなたの夢を壊してしまったわね、ごめんなさい……でも、あなたはどこまでも優しくしてくれたわ……すごく嬉しかった……」
年下なのに――。
まだ十四歳の男の子なのに……。
彼女に向けられるギャラントリーは既に紳士然としていた。
それに……。
彼の胸の中で甘えている時の安らぎ。
愛された後、歓びに誘われた満ち足りた思いと初めての褥で感じる女の哀しみを、あの子は……彼はちゃんと受け止めてくれた……。
「好きよ、アキトさん……大好き……」
こんなにも思いを寄せられる相手に巡り逢えたなんて……。
それはきっと――。
アリシアは、ようやく今になって合点がいったように視線を上げるのだった。
神さまからの贈りもの……。
そう思うと胸にまた希望が膨らんでくるのだ。
感謝の眼差しで祠の奥の透かし壁の向こうを窺った。台座の上で愛し合っている男女の神々の像を。
腰を折って深々と
像の置かれた奥の小部屋へと足を踏み入れることは神々の寝所を侵すようで憚られたので、壁越しに拝礼するに留めることにして。
整理整頓を終えて祠を後にするときも、彼女は出口の前で今一度、背後を振り返ると、暗い祠の中へ向けて腰を折って深く一礼をするのだった。
するとその時、顔を上げた彼女の視界に明るく若い男女の姿が映ったのだ。
一体、どこから入ってきたものか、正面の透かし壁の前に全裸の男女が立っていて、互いの背中に片腕を回して仲睦まじげに身を寄せ合ってこちらを見ていた。
誰も居ないはずの地の底でたった一人、突然、見知らぬ男女と対峙することになっても、アリシアが少しも不安や恐れを感じることはなかったのは、二人が纏っていた和やかな気配から。
すぐにあの像の神が幻影となって顕現されたのだと思ったからだった。
神――の二人は共に黒い髪、黒い瞳をして、年齢はアリシアと同じぐらいか彼女よりも少し若いかもしれない。
十代後半の初々しさの、とても美しい男女が親しげに微笑みかけている。
何も言葉を発してはいなかったが、慈悲と感謝の気持ちが自然に伝わってくるのだ。加えてさらに謝意のようなものを感じてアリシアはもどかしげに小首を傾げた。
それを受けてということなのか、二人はおもむろに恋人同士の親密な口づけを交わしだして思わず魅入ってしまう。
像の主の神々は自分たちと殆ど変わらない、本当に若い恋人たちだった。もしも僅かに違いがあるとしたら、二人の股間にはどちらも性毛が生えていなかったことぐらいだろうか。
女神の方はくっきりとした唇の筋があらわになっていたし、男神の方も屹立した性器を飾る立て髪のようなヘアが全く無かった。
それに男性器もアキトのものに比べるとこじんまりとした印象。
でも、人類にとてもよく似た姿をしていた……否、人類だった。
何百万年も、何千万年も昔から、ことによるとそれよりももっと遥か遠い以前からずっと、人の姿をした神々が人と同じようにして愛を紡いでいるのだとしたら、それはなんて素敵な奇跡だろうと思うのだ。
目の前で愛の行為にいそしみ始めた二人に、アリシアは目を瞠りながら、その振る舞いのとても人間くさいようすに心を動かされている。
他人のセックスに無遠慮な視線を送るのはマナーに反すると思いつつも目を離せずに。
女神の小ぶりな乳房を包む男神の手つきの、なんて優しい動きをするのだろうと温かく見まもる。けして強く揉んだり握ったりせずに、刺戟を加える時には指のはらを使って感じやすい場所を軽くくすぐるようにするやり方。
アキトも自分に同じようにしてくれたのを覚えていた。それどころかそっくりなのだった。
可愛らしい乳先の尖りがなぞられて目覚めていくのを固唾をのんで成り行きを見つめ続ける。二の腕をとってあらわにした腋の下に顔を寄せていく男神と、頬を染めて恥じらいながらもそれを許している女神。
まさか――。
儀式で自分たちが演じたいとなみを真似ている!?
そんなことって……。
仰向けになった男神に招かれて、顔の上に女神が恐る恐るしゃがむのを目のあたりにした時、それは確信に変わるのだった。
デリケートな部分を丹念に舐められて女神は背中を優雅にしならせている。彼女はさらなる高みを目指してお尻を蠢かして愛撫を求めているようだった。
恋のいとなみにいそしむ最中、振り返った黒い瞳がアリシアを見つめていた。すっかり上気した顔、潤んだ瞳のどこか焦点の定まらない眼差しで。
時に何かに驚いたのか大きな目を見開き、反対にとても辛そうに視線を伏せる。頬に浮かぶ繊細な微笑みはアリシアにも覚えのあるもの、きっと極度の歓びを堪えているためだった。
泣きたいくらい嬉しくて哀しい、必死に愛の物語を紡いでいるときの女の顔だ。
アリシアもまた、今夜はじめてそれを経験して虜にされていた。
どうしてこんな姿をわたしに見せるんだろう――?
自然にそう思っただけだったが、
#とても気に入ったから――#
それに応えてすぐに頭の中に女神の声が聞こえたようだった。
#今まででいちばん素敵だったわ……#
「神さま……」
不意に始まった神との対話にアリシアも驚きに大きな目を丸くしている。
#人間は面白いわ……心と体がくっついたり離れたりしているのね……だから互いを知ろうとするのね……#
#それが繁殖のための行為にもなっているなんて興味深いよ#
#アンギュラス、それは違うわ、あの子たちはしなかったじゃない#
#それは、生殖の仕方に幾通りかあるのかもしれない……個体差があるのかも――#
#最初のアヤコからアトラまで、みんな同じだったのにこの子だけが違うというの? それはおかしいわ#
#うーん、興味深いね……ボクも彼女で試してみようかな……#
#あら、それはどういうこと? アヤコとの失敗で懲りたはずなのに、また過ちを重ねるつもり――?#
男神の穏やかな声も混じり、二人の会話になっている。ただ、言葉の奥にもっと遥かに多くの情報が行き交っているような、そんな不思議な感じがしているのだった。
見かけの二人は懸命に性行為に励みながら、落ち着いた理性を感じるやり取り。その交換のスピードがどんどん速くなっていって、ついには何が話されているか聴き取れなくなってしまう。
やがて女神が歓びを迎え入れたのか、ぐったりとなって体を前に倒した。股間から溢れる体液を少年の姿をした神が大切に舐りとっていた。愛撫の余韻に優美な白い尻がヒクヒクと痙攣している。そのままコロン、と今度は女神が仰向けになって両脚を抱えるような大胆なポーズになる。開いた股間に割れた女陰がくっきりと窺えた。人の女性のものと寸分違わぬ形をした女神の性器。
男根を勃たせた男神が覆いかぶさるが、ここでも交接とはならずに女神の股間に顔を伏せていた。
まるで自分たちが演じていた行為を、そっくりそのままなぞるような神々の性のいとなみを前にして、アリシアは驚きと当惑に目を逸らすこともできないままに言葉を失って立ちつくしていた。
陰部を舐らせて、快感に酔う虚ろな眼差しで女神が微笑みかけている。
#素敵だったわ、アリシア……また会いましょう――#
その言葉を最後に美しくも淫らに睦み合う二人の姿は忽然と消えて、祠の中は再び薄闇に包まれていた。
神々との邂逅は何の前触れもなく始まり、そして終わったのだった。
これが、啓示――?
アリシアは自分がいま目にしたものを思い返しながらその意味を考えようとしていた。
AQUAの人々の信仰心の拠り所となる、神――。
それが自分たちのような若い男女の姿をしていたなんて……。
悠久の時を超えて今も愛を紡いでいるような美しい神像の存在と、顕現した神々からまるで人間の性行為に関心があるかのような神託を受けたこと。
あの像を最初に発見した大昔の人たちも、もしも同じようなメッセージを受け取っていたのだとしたら夜の儀の意義も窺えるように思うのだった。
けれど、自分たちのいとなみまで真似ようとされていたことは、やはりショックなのだ。
それに……。
啓示の最中に、聞き覚えのある名を耳にしていたようにも思う。
アトラ?
もしや、アトラ・モンテヴェルディさんのこと?
そんな――。
しばし考えてから、胸に燻るさまざまなわだかまりをそのままに解き放つことにする。
神の深慮を、ただの人間にすぎない自分が推し量ろうとするのは不相応、不敬だと思って。
この星では誰彼ともなく常日頃から多かれ少なかれ啓示というものを意識して暮らしていて、その中で瞑想と祈りも日常の中に自然に溶け込んでいた。
特に信心深いというわけではなくても、アリシアも一日の始まりの朝食の前などに、あるいは仕事に出かける際のゴンドラに乗る時など、たとえ毎日ではなくても手を合わせて瞑目することがあったのだ。
みなが特に定まった宗教を信じているわけではなく、また出身や出自に合わせて各人が思う神の姿にも違いがあるのだが、ことさらに相違が問題になることもなくそれぞれが無理のない範囲で節度のある生活を送っていた。
奔放に性を愉しむ享楽的な神、というのはこれまでアリシアが抱いていた神のイメージとは違うが、きっとそれにも意味があるのだろう。
啓示の現れ方はさまざまで、人によって受ける内容も密度も全然違うのだという。
アリシアはこれまで、耳に届く囁きのようなほんのささやかな啓示でさえも一度として得たことはなかったが、それは自分があまり敬虔な生活をしていない所為で感受性が鈍いからだろうと思っていたのだった。
一方でマンホームからやってきて、AQUAでまだそれほど長く暮らしているわけではない灯里は既に何度か啓示に浴しているらしく、彼女の場合はその都度、ケット・シーの姿をとってやってくるらしい。
もしかすると神々は、時と場面に応じてその人に似つかわしい姿を取って顕れるのかもしれなかった。
純粋で愛らしい灯里には彼女が受け入れやすい伝説の妖精の姿をして。
そして、わたしには――。
アリシアは大きくため息を吐いた。
背後を窺いながら、
「あたし……そんなにいけない女の子なのですか……?」
問いかけてみる。
まだ子供のような年若い男の子と淫らな性戯を演じた手前、身に覚えも後ろめたいところもたくさんあった。
が、神が再び顕現することはなかったのだった。
昨日まとまり切らなかったBパート分になります