※この作品はR-18です。

ARIA A SECRET SCHOOL DAYS   作:真夜中のミネルヴァ

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海との結婚~夜の儀~その26

 

第十二節  ウンディーネたちの宴 その2

 

 

 銀髪を精悍なショートにした背の高い美女とブルネットのロングヘアーも豊かな全裸の美女二人が、テーブルの隅で額を寄せ合うようにして小声で話をしていた。

 ともに美貌には憂慮が窺える。

「アルティア姉さん、来週もまたマンホームに行くんでしょ?」

「まぁ、当分は行ったり来たりすることになりそうね……」

「とんだとばっちりですよね……AQUAからの全輸入品に対しての24%の包括関税なんて……」

「まったくだわ……」

「それに、通商ルートの安全保障のただ乗りを見直すって、いったいいつの時代の話よって……思いつきでいきなり通行税を取るって言い出した大昔の暴君じゃあるまいし……」

「向こうは重力石までよこせって言ってきてるの……」

「ワオ……」

「正確には重力石生産プラント移築事業への協力についての打診なんだけど――」

 アルティアは唇の端をキリリとさせて渋い顔をしている。

 アルキオナが呆れ果てたと言わんばかりに、大きく瞠った碧い瞳をぐるりとさせた。

「あれって何度やったってマンホームじゃ上手くいかないってのを判ってるはずなのに……あいつら、本当にバカなのっ?」

 

 

 重力石の生産はAQUAの地で地の精霊(ノーム)たちの手によってのみ生産が可能で、全く同じ構造の生産プラントをマンホームに持って行き、全く同じ原料を使ってもけして再現できないのだった。

 それどころかAQUAで駆動中のプラントでさえ地球の人間が操作すると、どういうわけかただの石の塊になってしまう。

 この著しく奇妙な物質である重力石――GOもしくはGCと略記される――の発見に当初の二十二世紀前半、地球の科学界は大いに興奮し、期待に色めきたった。

 何しろ初期の見積もりでは数百年はかかるとみられていた火星テラフォーミング計画が、わずか十数年で成し遂げたられたのも重力石による未知の効果ではないかとの推測がなされたからだった。

 少なくとも火星における地球型の大気組成の安定には、重力石による効果が不可欠であると考えられていた。

 そしてもう一つ――。

 火星テラフォーミングの完了を間近にした最終局面で発生した驚くべき異変。

 恐らくこちらの方が、より多くの人々にとっての衝撃となったであろう、あの準惑星――小惑星帯にあったケレスである――が、あろうことか突如軌道を変えて火星への接近を始めたのだ。

 直径千キロにもなる巨大な質量が相対速度にして音速の七十倍もの超高速で衝突すれば火星もまた消滅する。その影響は太陽系全体にも少なからず及ぶ事になるだろう、とりわけ最も近い軌道を取る地球への衝撃は見過ごせないものとなる。

 場合によっては大災害にもなりかねない。

 専門家たちは必死にシミュレーションを重ね、ケレスの破壊を含めた軌道変更が計画されたが、当時の人類にはそれを実現するための資金も物量も十分なものではなく、結果、静観を選択する他なかったのだった。

 しかし、事態は最悪の結末を迎えることなく、人類をさらに驚嘆させる形で収束した。

 なんとケレスは火星への周回軌道を取るようになったのだ。

 しかも火星から見える太陽とほぼ同じ視直径を保つ位置に、自転周期と公転周期を同調させるという、人為的とも思われる異様な軌道変更を行って――。

 かくして火星もまた地球同様に身にそぐわぬサイズの巨大な衛星を得て、それは生まれたての海に潮汐作用をもたらすことにつながっていた。

 人類が新たに見上げることになったケレスは、火星が本来備えていたみすぼらしい石くれのような二つの衛星に較べると、あまりにも丸く美しく、天空に明るく輝いて、それはまさに人類が出会った二つ目の月なのだった。

 これがルナツーの誕生である。

 自分たちの目の前で演じられたこの新たな天地創造に、当時の人類は自分たちよりも遥かに進んだ科学力を持つ異文明、異星人の来襲を想い、あるものは歓喜し、そしてあるものは震え上がったものだった。

 とりわけ誕生間もない連邦政府は自らの威信をかけてこの不可解な現象についての調査に乗り出し、数度にわたってケレスに調査隊を派遣して原因の解明に当たらせたが、彼らにとっては幸いなことに懸念されていた異星人との遭遇はなかったばかりか、いかなる人為的な構造物の発見にも至らず、痕跡さえも見つからなかったことをもって、これが奇跡的偶然の産物、単なる自然現象であったとの自信を深めたのだった。こうした中で調査にあたった科学者たちは、ついに一つの結論を得た。

 ケレスの軌道変更の最中に、持続的に火星から異常な重力波が放出されていたと思われる、その痕跡を突き止めたのだ。否、突き止めたというよりも、縋りついた、という方が正確だったのかもしれない。

 火星には未知の重力源がある――。

 全ての因はそれ以外には考えられない、と。

 それはこの壮大な天文現象の完全な解明にはほど遠いものだったが、政府としての統一見解として報告書に纏められ、火星における天地創造の奇跡は、全て合理的に説明のつく純粋な自然現象であるとして落着させたのだった。

 幸い、火星に重力石という奇妙な物質が発見されたことも、その結論の後押しをしていた。

 こうして2154年に始まったGOプロジェクトには、投じられた総額八兆五千億Cd(クレジット)にも上る巨大な研究費――最盛時には当時の連邦の会計年度支出の実に一割にも達し、ひとつの科学研究プロジェクトとしては過去に例の無い大規模なものになっていた――と約三十年余に渡る年月、優秀な科学者たちの懸命な努力が注ぎ込まれたのだ。

 地球を中心とした新たな惑星圏文明への飛躍と無限に拡大する人類の生存圏の獲得というバラ色の夢の実現に、GOの効果の解明と利用は絶対に必要なものに思われたのだった。

 文字通り人類は総力を上げて、その叡智をふりしぼって石の謎の解明に立ち向かっていった。

 星の数ほど多くの著名な科学者が加わり、各分野から研究者、専門家が集められて、研究開始当初は楽観的な空気が支配的だったのだ。

 携わるもの誰もがみな人類の更なる発展を信じていた。

 雨後の筍のように次から次へと夥しい数の学会が立ち上がり、各方面からの膨大な研究成果が積み上げられていった。有望と思われる仮説が次々と打ち立てられて……。

 そして――。

 そのどれもが夏の夜空を彩る花火のように儚く消え去っていったのだ。

 やがて数十年の歳月を経て、何ひとつ目ぼしい成果を上げることのないままに、重力石に関する研究はその殆どが幕を下ろすことになっていた。

 前途ある多くの優秀な科学者、研究者たちの運命を狂わせて――。

 これは人類が最初に経験した科学的合理主義の完膚なきまでの敗北であり、理性の挫折だった。

 GOについては、今日では地球圏においては科学が触れてはならないタブー、忘れたい過去になっている。

 

 

「……それが無理だってことは……さすがに彼も分かってる筈よ……だと思いたいわ……そうだといいんだけどね……」

 アルティアは悩ましげにため息を吐く。

「でも私ね、実はあのおじいちゃんのこと、そんなに嫌ってはいないのよ」

「えー、あのブリッジストーン大統領をですか?」

「やっぱりおかしいかしら? でも彼の掲げる、伝統を取り戻そう、地域コミュニティを建て直そうっていう考え方は、このAQUAの価値観にも通じるものがあると思うの……それに新興する自由コロニー連合公国の封じ込めは、やっぱり必要だわ。体制も価値観もあそこと我々とでは根本的に異なるから……ただ、ブリッジ大統領の今のやり方だと、結果として連邦全体の紐帯が弱まって、その反動として公国の力の増大を招く可能性を捨てきれないのよ……上手く行けばいいけど、そうならない目も相当程度あるし……もし彼の改革が失敗するとなるとかえって事態が不安定化するから心配よね……」

「公国はねぇ……あそこは連邦よりもっとワケがわかんないから……蘇った帝国主義の亡霊……いいえ、◯ダ〇人の選民思想のリターンマッチね……」

「その公国なんだけど……あそこもここへきてちょっと怪しくなってきているみたいなの……かりそめにも比較的穏健な政策を取ってる今の政権が倒れて、万が一にも過激な急進派による軍政が敷かれるようなことになれば、連邦と公国との間で月の利権をめぐって一触即発、スーパーパワー同士の取っ組み合いが始まるかもしれない……そうなったら私たちみたいな弱小国は、たとえ離れていても無事では済まなくなるわ……」

 アルティアは、彼女の傍をそっと足を忍ばせて通り過ぎていくアンナに手をかざしてサインを送り、アルキオナもそれに倣った。

「だっから男が政治をやると困るのよねぇ……常にどっちがマウントとるかで、つまんないことで突っ張り合って……どっちだっていいでしょ、そんなのってことにまで、すーぐムキムキしちゃって……一個しかなかったら半分コにすりゃいいだけじゃないのっ」

「あら、まさか、社会経済学者のあなたの口からそんなセリフが出てくるとは思わなかったわ、まるで幼稚園の先生みたいよ」

「ええ、男なんて幾つになっても手のかかる子供と一緒ですって、特にこの仕事をしていると『喧嘩なら他所行ってやんなさい』って、昔、母がヤンチャな弟たちによく言ってたのを思い出します。あんたら気が済むまで永遠に殴り合ってなさいって言ってやれたらどんなに気が楽か」

 アルキオナがそう言って憤懣やる方ないという顔をすると、アルティアも大きく口を開いてカラカラと快活な笑い声を上げるのだった。

「ねぇアルキィ、あなたも専門家会議のメンバーとして政府案の取りまとめに大変だと思うけど、こちら側として譲れるところで何か見通しはついていて?」

「それをお伺いしたいのは私の方です、連邦の本当の狙いというか、何が求められているかで委員の間でも考え方に隔たりがあって……さすがに重力石ってのは荒唐無稽すぎて無かったですけどね……目下のところ、いまウチらがやってるのは精査前の洗い出しの為のリストを作っている段階で……」

「そう……」

「あっち側に何か感触はあるんですか? ブリッジストーンの派手なアドバルーンはともかくとして……」 

「まぁ、無いわけじゃないけど……」

 アルティアの表情が再び曇った。

「ここだけの話として……恐らく、連邦が欲しがっているのは、ウチの高品位重水バブル(HGHWB)の採掘利権の拡大なんだと思うわ……」

「高品位重水バブルですか……」

「意外――?」

「また地味なところを突いてきたなって……メンバーの多くは衛星軌道利用権、規模を限定しての駐留艦隊の承認、レアメタルが大量に埋蔵されているとみられるルナツーの南半球側の資源開発権などが主要な想定となっていましたから……軌道の利用はともかくとしても、艦隊の駐留は絶対に譲れませんから私は断固反対ですが……」

「そう、軍の駐留は私も反対だわ。争いごとに巻き込まれるのだけは勘弁して欲しいものね……」

「……でもそうなると……確かに高品位重水バブルの件も案に上りはしたんですけど、あれはそもそも規模が小さいので、こっちのカードとしては弱いんじゃないかと思うので……」

 二人の美女の会話は、全裸でなされている事を除けば極めてコンフィデンシャルな内容だった。他のウンディーネたちも気を使って遠巻きにしている。

 政府委員であるアルティアは当然として、アルキオナもAQUA政府と緊密な繋がりがあることを、みな良く心得ているのだった。

「確かナカトミ……だったかしら? あの一社だけが将来のプラント開発に向けて試掘を行っているのだったわよね?」

「ええ、あそこだけですね。実際、高品位バブルって言っても、果たしてそんなものがあるかどうか、あったとしてどのくらいの量があるか、質がどの程度なのかもわかっていませんからねぇ……採算が取れるかどうかも……」

「マンホーム側はね、どうやって調べたのか、いまナカトミがやってるネオ・ヴェネチアの沖あいの他、さらに十数箇所にも相当量の埋蔵を見積もっているらしいわ……恐らく入植以前の過去の調査結果を引っ張り出してきて精査でもしたのかしらね……それで本格的な調査をしたいらしいのよ……」

「本格的な調査って……要するに開発させろってことじゃないですか……」

 アルキオナの碧い目の瞳孔がキュッと絞られている。

「地質学の専門家の話だと、採掘の仕方によっては深刻な海洋汚染を招くリスクがあるらしいから……それこそこの星の死活にも直結するような……」

「まぁ、ナカトミはその辺をよく分かっていて、採算を度外視してでも非常に丁寧に作業を進めているそうですけど……ただ、もしも連中の調査まで拒むとなると交渉はいきなり頓挫して、次にどんな無理難題をふっかけられるかわからなくなるし……ちょっと厄介ですねぇ……」

「連邦は、今後、恒星圏進出に莫大な予算を投じるつもりでいるらしいから……」

「恒星圏への進出!? 公国と睨めっこしてる最中にっ? ブラッドストーンは、もしかしてどっちが先に吹き出すかってゲームやってたりするんですかね?」

 アルキオナのジョークにアルティアが苦笑する。

「恒星圏への進出は人類百年の計なんだって……だから長期にわたって安価に手に入る膨大なエネルギー資源を必要としているのよ……月面に融合炉十万基を設置する計画にもいよいよ本腰を入れるそうだから……そのための重水はいくらでも必要って話――」

「重水なら自分たちの海から勝手に採取すればいいと思うんですけど……」

「環境への影響の調節まで考えるとコスト的に見合わなくなるんだそうよ」

「それでウチらのシマに手を伸ばしてきたってことですか……相変わらず手前勝手の迷惑な連中ですよねぇ……」

 アルキオナはいまいましげにグラスに口をつけると、今更ながらに手にしたワイングラスが空になっていることに気づいてグラスをテーブルの上に置いた。

「もっと要る?」

 アルティアはテーブルの端に置かれたままになっているワインボトルに目をやりながら訊いた。

「いいえ、残っているならアディリー姉さんに差し上げます」

「そうね、それがいいわね……ねぇアディリー、こっちにワインが残ってるけど、あなた要る?」

 アルティアがテーブルの反対側で、大仰な身振り手振りを交えて話の花を咲かせているアディリーに呼びかけた。

 アディリーは待ってましたとばかりに小走りになってやってくると、ボトルをせしめてニカッと白い歯を見せた。

「アルティア姉さんたち、また小難しい話してんでしょ、こっちから見てると異様よ、宴だってのにしかつめらしい顔してて」

「ごめんなさい、雰囲気悪くしちゃって」

「いいのいいのっ、みんな判ってるから、どうせブラッディ(ブリッジストーンアンチが好んで使う蔑称)のことでしょ、ホントあのこんちくしょうの爺さんには、あたしらも迷惑してるんだからさっ、頼りにしてまっせ、姉さんたちぃ」

 戦利品を得て意気揚々と戻っていくアディリーは、アリシアやアトラのような若輩者にも気を使って気前よくワインを振る舞っていて、アルティアも表情を和ませている。

「あの二人、並ぶとやっぱり抜きんでて可愛いらしいわね……若いってのは羨ましいわ……」

「アトラとアリシアですか? そうですね、でも二人ともウンディーネってのも……っていうかアンナまで入れると三人も表のウンディーネなんて、ちょっと偏りが過ぎやしませんかね?」

「やっぱりうちの神さまは面食いなのね、きっと……」

 たおやかな微笑みをつくっていたアルティアの頬が、また能吏の顔に戻ると

「それでね……アルキィ、あなたに一つお願いしたいことがあるのよ……」 

「どうぞ、なんなりと……」

「最終的に、もしも調査を受け入れることになったとして、どの程度の規模なら可能か、その際のこちら側の万全の対応の仕方など、見積もりは立てられるかしら? 秘密裏に……」

「近く行われる交渉で持ち出されそうなんですか?」

「わからないわ、でも念の為よ、いざ向こうから持ちかけられて慌てないようにしておきたいの……時間は大切だから……」

「わかりました、次の会議の前までに、うちうちで研究会の立ち上げを探ってみることにします」

「頼むわね……」

 

 

 




明日はテレビの前で正座して引退式に参加します
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