※この作品はR-18です。

ARIA A SECRET SCHOOL DAYS   作:真夜中のミネルヴァ

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海との結婚~夜の儀~その27

第十二節  ウンディーネたちの宴 その3

 

 

「ねぇアンナ、アルティア姉さんたち、何を難しげな顔して話しこんでるの?」

 生来の明るさで、臆することなくいろいろな相手とおしゃべりを楽しんでいるアンナを呼び止めると、アザリーが話しかけてきた。

 彼女は今ここにいるウンディーネの中では最年長の三十三歳、だが体つきは若いアリシアやアトラに比べても少しも見劣りしない、ウエストのくびれもくっきりと優美な曲線を描いている。ナチュラルウェーヴのかかったセミロングのブラウンの髪、ブラウンの瞳の眼差しは温和だが、時に科学者らしく炯々とした光を放つことがあった。

「うーん、重力石がどうとかって言ってたみたいだけど……ホラあたし、むずかしい話って苦手で、お邪魔しちゃワルいと思ってさっさと退散してきちゃったから」

「重力石は誰にとっても非常に難しい話よ、人類の最高の知性が束になって挑んでもお手上げだったんだから。私だって何にもわからないという意味ではアンナ、あなたと同じだわ」

 アンナは、そう言われてもー、というように居心地が悪そうにしている。

「わたし、重力石って、鉱物なんかじゃなくて生き物だと思うの……あれはきっとあたしたちの子供なのよ……血と汗と涙の結晶……」

 アスナはアザリーに話を振った。

 おかっぱに切り揃えた黒髪、パッチリとした黒瞳は神秘的で、ほっそりとした儚げな風情でありながら、彼女もまた他の八名のウンディーネたちと同様に豊満な乳房をしていた。乳先も大きめな暈を広げていて、色白の肌とのコントラストがくっきりとして、とても官能的で美しい。

「あら、わたしもそれには同意見よ、科学的には何の根拠もないけど……」

「アザリー姉さんも同じ考えなのね、あんな鉱物が生命体だなんて言ったら科学者に笑われちゃうかと思ってたから」

「妹が真面目に言ってることを笑ったりなんかする筈ないでしょう……重力石については、そもそも何も分かってはいないんだから、いかなる可能性も排除されないわ……でも科学的には生き物ではないわね……物質交代もなければ繁殖もしない……どこまでも無機的で、鉱物以外のなにものでもないから……ただね……」

 アザリーはひと呼吸おくと、ジュースのグラスを口に運んだ。口中のサンドイッチをスッキリ流し込んでから、

「ただそれは我々の物差しで見ているからで、科学は所詮、人間の尺度という枠を離れることができないものなの。その意味では普遍的でも中立でもない。科学における真理って、あくまでも我々人間の見立てに過ぎないのね、ちっちゃくて、すぐに死んでしまうような取るに足らない生き物が、生きていく上で必要に迫られて捻り出した方便なのかもしれないわ……例えば、百億年の寿命を持つ生命体が居たとすると、彼らの目に映る世界は我々人類とはまるで異なるものになるはずでしょ? 私たちが気づきようもない変化を彼らは当然のこととして感じ取ることができるわけだから……ねぇ、想像したことは無くて? 下にある神々の像が、実は今も生きて愛し合ってる最中の恋人同士だってことを……私たちにとってのほんの数時間の出来事が、もしも彼らにとっては何百年、何千年、あるいはもっとずっと長いものなのだとしたら……」

「アザリー、あれは生きてるでしょっ、あたしは生きてると思うよ……だって今にも動き出しそうだもん……っていうか動いてるように感じるもん……あんなの、あたしにはどうやったって作れないって」

 アルティアから首尾よくワインボトルをせしめてきたアディリーが、サンドイッチを頬張りながら話の輪に加わった。彼女は二十八歳という若さで既に彫刻界における中興の祖、ロダンにも比肩する評価を得て、炎熱の彫刻家の異名を系全域に轟かせている。

 作品同様に自身も躍動的で、近くにいた他のウンディーネの姉妹たちのグラスにも忙しなくワインを注いで回り、戻ってくるとまたサンドイッチをパクつきながら

「それに重力石も、触るとあの石像と一緒で妙にあったかいし、しっかり硬いんだけど、なんか柔らかい感じもしてさぁ……おっかしぃなぁ、おっかしぃなぁ……って、で、ちょっと傷つけたりすると、すぐ冷たくなっちゃう。まるで死んじゃったみたいになって……そのくせこっちがイタズラさえしなければ何年でも働いてくれる……ねぇアザリー、冷たくなった石と、そうなる前のあったかい時の石って、いったい何が違うのっ?」

「物質的には何も違いはないわ――」

「でしょっ、だからあれって絶対、イキモノなのよっ、あたしたちがあそこで神さまに代わってセックスをすると、どうにかこうにかして神さまの赤ちゃんができるのっ、それが重力石っていうわけ。あのバッロットだってサ、あれってまさに様式化された卵子に群がる精子のイメージそのものじゃない? 夜の儀って、要するに重力石っていう赤ちゃんを作るための儀式なんだとあたしは思うな」

 芸術家の直感と科学者、医師の見立てとが、奇しくも一致していた。

「だから然るべき人が大切に扱わないと、すぐに死んじゃうのよ……AQUAの上でしか生きていくことのできないひ弱な赤ちゃんだから」

「それが星一つを動かすほどの力を持っているなんてね……」

「じゃあ重力石って、私たちの愛の結晶なんですか?」

 アンナは、アスナが使った血と汗と涙というのを愛――と、言い換えて訊いた。

「愛って言われると、どうでしょうか……そう思いたいけど……でも、この儀式は女にとってはとても辛いものだから……」

「すみません、何もわからずに私、脳天気なこと言ってしまって……」

「ちがうのっ、ごめんなさいアンナ姉さん……そういうつもりじゃ……私の時はちょっとアレだったから……姉さんにはすごくお世話になって……」

 夜の儀では、まみえる相手次第でウンディーネになったものの心身に及ぶ影響は異なり、当人の感受性や靱性にも個人差はつきものだった。

 四年前のアスナにとっての儀式は、かなり過酷なものだったようである。

「……忘れたくても、忘れられない……でもアンナ姉さんがずっと寄り添ってくれたから……」

 アスナが控え目な笑みを泛かべていた。

「そりゃ酔い潰れたくもなるよなぁ……女ならさ……」

「アディリー姉さん、それはあなただけですっ」

 アイリーンが念押しするが、

「でも、十四歳の少女には残酷よね……あたしも十五だったし……売春宿に売られた娘が最初の客を取らされる時のようなものだから……まぁ、それとはぜんぜん違うっていえば、確かにそうじゃないんだけど……でも同じといえば同じようなもんだし……」

「わたし、アンナ姉さんが居てくれたから、何とか前を向くことができたんです……忘れようとするのではなくて、生きていくために必要な経験だったと思えるようになったのも、姉さんたちの励ましのお陰だったんですから……あの時、もしも姉さんがそばにいてくれなかったら、あたし、今、きっとこうしてはいられなかったはずです……医師になるのも諦めてたと思うから……」

「あたし、なんか、そんな上等なことしてましたっけ……」

 アンナは気恥ずかしげに頭を掻いている。

「わたしだって頼りにしてるのよ、アンナのこと」

「えっ、そうなんですか? アザリー姉さんがあたしなんかを?」

「私だけじゃないわ、ここに居る全員がよ、あのいつでも沈着にして冷静なアルティア姉さんだってそうよ、何か問題があると、まずあなたの様子を窺ってるから。で、あなたがいつもと同じに恬淡としていると、安心したようにホッとした顔をするの」

「そりゃ、あたしが何もわからなくて、呆っとしてるからじゃないですか?」

「違うわ……アンナ、あなたの明るさに、みんなどれだけ救われているか……アトラも……ね、そうよね?」

 近くに居たアトラは当然と言うように深く首肯している。

「わたしもそうです……すごくイヤでした……死にたくなるくらい……今でも思い出すと……」

 言葉を詰まらせて俯く。

「でもアンナさんと居ると、不思議に心が落ち着いてくるんです……」

「ね、ほら、こうしてるだけで自然にあなたの周りには人が集まってきているし……」

 見回すと、元老会議をしているアルティアとアルキオナを除く七名全員が、いつの間にかアンナを中心に塊を作っていた。

 その様子は、なんだかストーブの周りに集まってきた猫たちのようにも見えるのだった。

 気づいたアンナは困り顔になると、救いを求めるようにアリシアの方を見やって、それを受けてアリシアもまた困ったように大きな目を瞬かせている。

「あたしには気のきいた話なんてナンにもできないわよ、ただの専業主婦なんだから」

「それよ、きっとそれがいちばん大切なことなんだなって、最近、わたしも思うようになったの……だってあなただけよ、この中でしっかりお母さんをしてるのは……その意味じゃ、あたしたちの姉妹というより母親みたいね……だからとても尊敬しているわ、あなたのことを」

「アイリーン姉さんまで……」

「みんな、なんだかんだであなたには救われているのよ」

「いつも救われてばっかりなのはわたしの方なんですけどねぇ……なんていってもウチのアヒトを取り上げてくれたのは、こちらのドクター榛名、榛名アスナ先生だったし……」

 アンナはアスナにペコリと頭を下げた。

「アヒトくんはお元気ですか?」

「ええ、もう元気も元気で、手がつけられないっていうかっ、いったい誰に似ちゃったんでしょうねぇ」

 男児の母らしくこぼすと、そりゃあなたでしょ、というような空気がたちまち座に立ち込めてくる。

「アリシア、あなたは大丈夫?」

 アスナに言葉をかけられて、アリシアは少し後ろめたかった。

 自分が経験したものと、他の姉たちのものとはいささか違いを感じるのだが、それを口にするのはやはり躊躇いを覚える。

 気がつくとアイリーンが心配そうな顔をしていて、彼女が小さく首を横に振ったのがわかると、アリシアは了解したというように首を縦に振るのだった。

「大丈夫です……」

「どこか体に不調を感じたら遠慮なく言ってね、婦人科に限らずいつでも相談にのるわ」

「ここに居るみんな、ドクター榛名のアスナを頼ってるんだよ……なんだかんだ言ってお医者さまの知り合いは助かるから、婦人科ってのもありがたいし。こうやって裸の付き合いをしていると、差し障りのある場所を見せなきゃなんない時にも、だいぶ心のハードルが下がって受診しやすいでしょ? 榛名先生は優秀だから、いつでも安心して身をまかせられるし」

 アンナが言うとすぐに同意の声が上がり、憂い顔のアスナもまんざらでもない様子になる。

「アリシア、もしも赤ちゃんができたら私に取り上げさせてね」

 医師の顔になってアスナが言い、

「その時は、よろしくお願いいたします」

 アリシアはしおらしくお辞儀をするのだった。 

 

 




本来は日曜に投じるつもりだったCパート

引き続きこの後、Dパートになります
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