ARIA A SECRET SCHOOL DAYS 作:真夜中のミネルヴァ
「……でもペアからのいきなり二階級特進って言うとなんだか殉職した警察官みたいですね……そうだ、飛び級って言わなくちゃいけなかったのか……でもそれってボクはやっぱり会社の都合を考えてしまうなぁ……アリスちゃんと同い年でも連邦の子供はひねくれてるから」
またアキト一流の際どいジョークを飛ばしてアリシアは苦笑させられていた。
「アリスちゃん、とっても才能があるし頑張ってたからよ」
「その割にはちょっぴり浮かない顔をしているのは、どうしてです?」
アリシアは一瞬、驚いた顔になってから、
「あら、あたし、そんな顔していたかしら?」
「キミの持つ最年少のプリマ昇格記録が破られちゃったことが悔しくてですか?」
アキトは傍で愉快そうに笑んでいる。
「うわーっ、悔しいっ、悔しくてとても眠れそうにもないわっ」
アキトの軽口にアリシアも軽口で応酬して、二人して声をあげて笑うのだった。そうしてから共にイケナイ、と口を閉ざしてお互いに唇の前に指を立てた。
くすりっ、と笑んで額を寄せ合うようにする。
アリシアもアキトとの交際を重ねて相手のペースに合わせるうちに、アキトの前でだけは以前の自分にはあまりなかったストレートな感情表現をするようになっていた。
他愛もない冗談に朗らかに笑ったり、イジワルされると拳を作って相手の胸を大袈裟に
アキトが慌てる顔を見たくて拗ねたり、むくれたりもする。
ただ、夜も更けていて大騒ぎをするのは憚られる時間帯。
しんと静まりかえった街に、開け放たれた屋根窓からは意外に遠くまで声が響いてしまいそうなのだった。
今、アリシアは以前に使っていたアリアカンパニーの屋根裏部屋の自分のベッドでアキトと仲良く並んで横になっている。
二人は共に全裸だった。
今夜は灯里がアリスの昇格祝いに、オレンジプラネットのアリスの部屋にお泊まりに出かけていてお留守なのだ。それで、こっそり二人だけの時間を作ったのだった。
時を気にせずに過ごせる久しぶりのデート。
慌ただしく寸暇を惜しんで睦む代わりに、ゆったりとした気持ちでお互いの思いを伝え合っていた。
時間をかけて愛されて、アキトの胸の中に逃げ込んでいるうちに、ついうとうとしていていつの間にか夜も更けていたらしい。
「じゃあ、何か心配事でもあるんですか?」
「うん……ちょっとだけ……」
「ボクがお伺いしてもいいことですか?」
アリシアは一瞬、躊躇してから素直に、こくん、と頷く。
「アキトさんが外で吹聴してまわるとも思えないから……」
「そういうことなら、うかつに聞かないほうがいいのかな……人に話すつもりはないけど……だってアリシアさんがベッドの中で教えてくれた、なんて言えるはずがないし」
また軽口のジャブに、アリシアは微笑んでお付き合いしてから
「ううん、いいの、アキトさんにも少なからず関係のあることだし……それに相談したいこともあるから……」
「大事な話、なんですね……」
少年は真顔になる。
「ええ……ひとつは灯里ちゃんの昇格の話……」
「それはステキなことじゃないですかっ、そうなんですか、灯里さんもいよいよプリマになるんですね……知ったら喜ぶだろうなぁ」
「ええ、でもまだ誰にも言わないで下さいね、もちろん本人にも……あっ……アキトさんっ……なにっ」
少年が体に腕を回してきて抱き寄せられる。
下腹部にあたる男の子のこわばり――。
「大切なことは、こうしている方が話しやすいかなと思って」
額を接するようにして目と目を見つめ合う。
口づけ。
「……うん……いいわ……」
肌と肌とを寄せて互いの温もりを感じていれば、心を偽ることも飾る必要もなくなる。
身も心も許し合った男と女には言葉以上に多くの思いが行き交うようになるのだった。
「でも、灯里さんの昇格とボクと、なんの関係があるんですか?」
「それは……」
アリシアが語ったのは、灯里はもうずっと以前からプリマに昇格する準備ができていたということだった。
昇格に必須の3カ国語の習得は、藍華、アリスの三人の中でも灯里がいちばん先に試験を通過していて、ウンディーネに必要な基礎知識に関するペーパーテストでも優秀な成績を上げて、もう半年以上も前から、あとは実技試験にパスすればいいだけになっていたのだった。
その実技能力も十分にプリマを名乗れる水準にあって、既に一人前のウンディーネとして活躍できていたはずなのに、自分が意地悪をしていて昇格の妨げとなっていたことなどを包み隠さずに。
「キミが意地悪なんかするはずがないから、きっと何か考えがあったんでしょ?」
「………」
「ひとつは、って言うと、灯里さんのプリマになるって話の他にも、何かあるんですか?」
アリシアは頷く。
「もうひとつは、あたしの……現役引退の話……」
それを言うとさすがにアキトも色を失っていて、逆にアリシアの方が少し驚いてしまうほど。
「キミがっ! アリシアさんが引退するんですかっ? それはちょっとショックかもしれないなぁ……キミのウンディーネ姿、とても美しいから……そりゃ、どんな姿のキミも美しいし、こうしている裸のキミよりも美しいものは他にはないと思うけど……でもウンディーネ姿を見られなくなるのは寂しい……」
「茶化さないで下さい……わたしも迷っているんだから……」
「茶化してるつもりはなかったけど、ごめんなさい……それで相談したいことって、そのことなんですか?」
「うん……」
「でもボクには決められないですよ……アリシアさんがどうしたいか、だから。現役を続けたければ続けた方がいいし、引き時だと感じているのなら、それも仕方ないことだし……でも、キミはまだ二十歳前でしょ、いくらなんでも早すぎやしないかな? お誕生日まで、あとひと月ほどですけど、それと何か関係があったりするんですか? 二十歳になったら辞めようって決めていたとか……?」
「そうじゃないの……」
「じゃあ……?」
「このアリア・カンパニーってね、グランマが作られたんです」
「ええ、知ってます。キミたちウンディーネにとって、とても大切な尊敬されている方だと伺ってます。まだお目にかかったことはありませんけど」
「姫屋をお辞めになってこの会社を作られた時、グランマは何もかもお一人でなさっていたんです。トップのプリマ・ウンディーネとしてのお仕事をされる一方で、後身の指導から会社の経営まで全てをたったお一人で……だから後に続くものも……」
グランマの方針で、アリア・カンパニーはプリマとなったウンディーネがさらに羽ばたけるようになるための貴重な学びの場でもあり、その為に新たにプリマが誕生したら、それまでのプリマは新しいプリマに全てを譲って会社を出て行かなくてはならないのだった。
暖簾分けをするのも良し、別の会社に身を置くことになるのも良しで、アリシアがプリマに昇格した時には、先輩のアンナも暖簾分けの準備をしていた。
しかしアンナの場合はその最中に妊娠が発覚して、それを機に結婚、そして現役引退を選び、今は家庭に入っていた。
ただ、長男のアヒトくんの手がかからなくなったら、また現役に戻りたい旨、グランマには打診されているらしく、近々、姫屋にてシングルとして復帰するという計画も進んでいるとのことだった。
そうなればかつてのナンバーワンウンディーネであったアンナのこと、早晩、またプリマにもなるだろうと思う。
「だから、アリア・カンパニーを辞めないといけないから……」
アリシアは名残惜しげに天井を仰いだ。
「そうですか、浮かない顔をされていたのは、その所為だったんですね……」
「うん……今までとは全然違う生活になるし……」
「でも、それだけ楽しかったってことですよね……灯里さんとの暮らしが……」
アリシアはこっくりする。
「だって、アキトさんだって、マンホームに帰っていつ戻ってくるかも分からなかったし……もう戻ってきてくれないんじゃないかって思うと不安で……あたし、ひとりぼっちになってしまうから……」
こんなふうに素直に愚痴をこぼせるのもアキトに対してだけだった。
「ボク、ちゃんと予定を書いたお手紙したじゃないですか」
「だってそんなの、何があるかわからないじゃないっ、2億キロも離れているんだもん……どうなるか……だから本当に帰ってきてくれた時はすごく嬉しくて……」
「それで一人になるのが嫌で、灯里ちゃんの昇格試験を先延ばしにしていたっていうわけですか……」
「本当に自分勝手なひどい指導者よね……」
もしも
「それなら灯里さんにしかるべき時に伝えて、許して貰えばいいだけです」
アキトも同じ考えで、アリシアは自分を納得させるように大きく頷くのだった。
「……でも……許してもらえるかしら……」
「それは大丈夫ですよ、灯里さんだってアリシアさんと一緒に居たかった筈ですから、事情を伝えればきっと納得してくれます」
「うん……」
「しかしアリスちゃんが昇格したとなると、多分、早晩、藍華ちゃんも昇格することになりますね……オレンジ・プラネットに新たなスターが誕生となると、姫屋としても静観するわけにはいかなくなるから……」
「やっぱりアキトさんもそう思うのね……」
アリシアは声を沈ませる。
「もう時間の問題、かもしれませんね……」
「時が経つのはあっという間……わかったわ……あたしも覚悟を決めなくちゃいけないわね……」
「変化は痛みだけじゃなくて、成長のきっかけにもなるものだから……プラスに考えましょう」
「ええ、そうね……アキトさんにお話できて良かった」
アキトを年下の男の子と考えるのを止めて、対等なパートナー、良き相談相手と見做すようになってからは、こうしてアリシアの方が
それがアリシアにとっての思いがけない喜びともなっているようである。
「それにしてもアリア・カンパニーって一子相伝だったんですね……驚いたなぁ……」
アキトは感心することしきりといった容子で、アリシアは怪訝そうに小首を傾げた。
「一子相伝? そんな大袈裟なものじゃないわ、ワンマン経営をしている零細企業ってだけですよ……個人事業に近いかもしれないわ……」
「ただ、一子相伝と聞くと、なんか余計なことをひと言をいいたくなってくるのは、マンホームの人間の
「あら、なんですか?」
「いや、なんでもないです、お気になさらずに……そうか一子相伝なのかぁ、やっぱりなぁ、アリア・カンパニーの伝承者が特別なのはその所為なのか……」
「伝承者? おかしなことを言うアキトさん……うふふっ」
それでもアキトがどこか楽しげなのは、アリシアも嬉しいのだ。
「だとすると、キミも別の制服を着ればウンディーネとしての仕事は続けられるってことですか?」
と訊かれると
「うん……そうだと思うけど……」
返事は煮え切らないものになる。
「赤や黄色の制服って……やっぱりアリシアさんには水色の制服が似合うから……暖簾分けした方がいいのかな……?」
「それが……あたしは……実は……」
「実は――?」
「実はあたし、ゴンドラ協会の理事のお話があって……」
「理事っ!? ワオ、二十歳で理事ですかっ」
「そんな大それたことじゃないのよ」
「いや、大変なことでしょ、協会の最高指導部に列席することになるんだから……やっぱりさすがですねぇ」
「またそう言って茶化すんだから、そうじゃないのよ、わたしはただ協会の広報担当の理事に推されているだけだから……みんなを指導するだなんてとんでもないわ……」
「じゃあ、受けたくない?」
アリシアはもどかしげに首を振った。
「まだ決めていないんですね……」
「うん……どうしたらいいか、わからなくて……」
「ゆっくり考えればいいじゃないですか、ボクはキミがどんな決心をしても支持しますから」
「ありがとう……アキトさんならそう言ってくれると思っていたわ……」
また長い口づけを交わす。
「でも、迷っている理由を聞かせてくれませんか? いまのキミの口ぶりだと、広報の仕事にはあまり興味が無いようにも受け取れるんですけど……それに協会の側に立てば、広報ということならキミが現役でいることが何よりの宣伝になるはずだし……もしかしてグランマの顔を立てなければ、とか考えてたりするんですか?」
アリシアは首を横に振った。
「……確かにこのお話はグランマに推していただいてるというのもあるわ……でも……」
「現役を続けるかどうかで迷っている何か別の理由があるんですね……」
利発な少年はすぐに核心を捉えて尋いてきて、アリシアは頷いた。
「進学のための費用を協会が負担してくれる、って言われたの……」
かねてから専門的な知識を体系的に学びたいと思っていたことを伝える。これがちょうどいい機会になるのではないか、と。
それに仮にいま引退をしたとしても、アンナの例を引き合いに、二度と現場に戻れなくなるわけではないから、とも。
「なるほど……確かに大学の費用は大変ですからね。特に一流どころはもの凄くかかるから……ただ協会の思惑としては、なんとしてでもキミを手元に置いておきたいってことなんだろうな……まぁ彼らがそう考えるのも良くわかるけど……」
「あら、どうしてそう思うの?」
「そりゃ、だって……キミなら協会を頼ったりなんかしなくても実力で奨学金の支援をいくらでも受けられると思うから……きっと楽々ハイスコアを取って、びっくりするくらいの給付が付く筈ですよ……それどころか多分、どこの大学でも願書を出そうものなら揉み手して担当者が押しかけてくるようになるんじゃないかな?」
「そんなこと……あんまりあたしを買いかぶらないで……」
「だって奨学金はボクだって貰ってるくらいだから……まぁボクの場合は専門学校だからそんなに大きなお金じゃないけど、でもそのおかげでAQUAにも来られたわけで……キミに巡り逢えたのも奨学金があったればこそだから……」
「良かったわ……アキトさんがちゃんとAQUAに来てくれて……うふふっ」
アリシアはニッコリすると恋人の胸に縋り付いて甘える。お返しにアキトの手に頭を優しく撫でられて目を閉じた。
「大好き……」
「カワイイな……キミは……」
「可愛いって、あたしの方がずっとお姉さんなのよ」
「カワイイって言われるのは、おイヤですか?」
アリシアはちょっと考えてから、首を細かく左右に振った。自分でも子供みたいな仕草をしていると思いながら。
視線を上げると少年が優しく微笑みかけていて、その老成した雰囲気にまた胸が甘くときめく。
「かわいい人……大切な大切な、ボクの女神さま……」
アリシアは自分は女神なんかじゃない、って言おうとして口をつぐんだ。
アキトがよく口にする、女神――の意味は“最愛の女性”ということだと弁えていた。
「ねぇ、アリシアさん、協会で、キミにモーションかけてきたりする人、居たりする?」
「モーション?」
「だから、キミをどこかに連れ出そうとしたり、食事に誘ったりしてくる男の人」
「そうね……ええ、あるけど……いろんな方たちから……でもそれがどうかしたの?」
「そういう時、キミはなんて返事してるの?」
「たいてい、仕事があるので、また今度、かしら? おかしい?」
「それで、相手の男の人たちはなんて?」
「そう言わずに偶には付き合ってよ、て言われるけど、たとえよく知っている人でも、男の人と二人だけになるのは、やっぱり差し障りがあるから……」
「今までは会社があるから、そう言えたけど、協会の中に入っちゃうとそれも言いにくくなりますよね……」
「そう……かもしれないわね……でも……」
「二十歳になるかならないかの女性をいきなり理事にする、なんて言うと、やっぱりいろんなことを考えてしまうんです。世知辛いマンホーム出身者の浅ましさで……人は善意だけで動くわけではないから……もちろんグランマはそんなことは夢にも思ってはいないと思うけど……純粋に善意でキミを引き立てようとしてくれていると思うんだけど、でもそれを利用しようとする人間も居る。アリシアさんは自覚が乏しいけど、キミは誰が見たってどこまでも特別な女性だから……」
「………」
アキトが口にしたことは、これまで考えても居なかったことなのだった。
「あ、アキトさんっ……!?」
背中を撫で降りていった手がお尻の谷間を窺っていて、アリシアは身を固くしながら刺戟に備えていた。やがて少年の指先が尾骨の下のあいせつな窪みを捉えて
「ひっ――」
回していた腕を強くしてアキトの首にしがみつく。
「アキトさんっ……」
「大好きだよ、アリシアさん……カワイイっ……どこまでも可愛い女のコ……だから誰にも渡したくない」
「あ、ああっ……おねがいっ……」
「おねがい? どうして欲しいの? 指じゃイヤ? やっぱりお口でするほうがいいのかな?」
「ち、ちがうわっ……それっ……」
「これ?」
また会陰のあたりを指圧される。そこをしっかり揉みほぐされてしまうと、いつでも身体がグズグズになるのだった。
「ちがうのっ、ちがうわっ……おねがい、堪忍っ……」
あまりにも切ない仕打にアリシアは恋人の腕の中で地団駄を踏むようにして訴える。自分の体について、自分自身よりも詳しく知り尽くしている恋人の指。
女の脆さを教える男の手の強さ。
「それでね……ボクからの一つ提案なんだけど……聞いてもらえますか?」
アキトは指を休めずに問いかけてくる。
「な、なあにっ……」
「キミが協会の中にいる人たちの様々な思惑に対してフリーハンドを得る方法があるんだけど……」
「フリー……ハンドっ!?」
「うん――」
「どういうことっ……ですかっ……?」
「まぁ現金な意地汚い話だけど、奨学金を受け取って、理事の椅子を手にいれ、そして将来に向けて理事兼務での現役復帰へのワガママも残しておくっていう一手、万が一にも協会に囲い込まれないようにするための妙手……有効期限はあるけど、キミが大学卒業をする程度の時間稼ぎができるかもしれない手です……」
「ええ、教えてくださいっ」
「聞きたいですか?」
「あっ、あたしはっ、アキトさんっ、ああっ……なにをっ、するのっ……すればいいのっ……」
「それはね……」
寄せてくる肉体の感覚に途惑いながら、情熱に酔いながら聞こえてきたアキトの提案は、泣きたくなるくらい嬉しいことだった。
「うんっ……わかったわ……きっとそうするから……ありがとう……アキトさんっ……嬉しいっ……」
涙が溢れて頬を伝う。
「泣きたくなるくらい嬉しいのはボクの方、なんだけどな……」
「大好きよっ、アキトさんっ」
アリシアの方から口づけを求めた。長い口づけ、舌と舌とを絡めあうディープキスを。
息を乱して見つめ合う。
「じゃあ、さっきの続き、しましょうか?」
「つづき……?!」
アキトはベッドに仰向けになると、口を開いて舌をグッと長く伸ばして見せるのだった。股間のものが猛々しくそそり勃っているのが視界の隅に映っている。
「おいで……アリシアさん……」
何を求められているのかは分かっていた。凄く恥ずかしいけれど、でも拒めない……もう拒むつもりもなかった。
「いいわ……」
切ない吐息を一つ、長い髪を耳にかけると、アリシアは覚悟を決めて愛しい恋人の顔の上に腰を下ろしていくのだった。
こっちまで夜更かしをしてしまった