ARIA A SECRET SCHOOL DAYS 作:真夜中のミネルヴァ
午前九時過ぎ、城ヶ崎村、グランマ秋乃の家の居間――。
「……それで、アナスタシアさんには、もうちゃんとご報告したの?」
「はい、今朝、母から電話があって……それで……勝手なことばかりする親不孝な娘だって、叱られました……」
「そう……」
秋乃は穏やかに笑みながら、ミキサーカップを手に
「ジュースのお代わりはどう?」
と、アリシアに勧めた。
容器の中には濃い色をした野菜ジュースが、まだ三分の一ほど残っている。
「じゃあ、もう少しだけ……グランマの作られたお野菜のジュース、とても美味しいので……」
二時間あまり前、アリシアのアパート――。
#アリシア、結婚するって、いったいどういうことなのっ! そんな大切なことをなんの相談もなくまた一人で決めて……お母さん、知りませんよっ、許しませんからねっ! 本当に親不孝な娘なんだから……なんでも自分勝手にやってしまって……そりゃあなたも年頃の娘だから、男の人とお付き合いするのは構わないけど、でも結婚となると話は別よっ」
「彼とはただ婚約をしただけで、まだ結婚するわけでは……」
#同じことよっ、もう……それで、どんな方なのっ?#
「それが……」
アリシアが口淀むと
#まさか、お母さんにも言えないような
「いいえ、そうではなくて……あの、実は……」
アリシアは伝えるべきか迷ったが、仕方なく
「……彼はまだ学生で……学業の妨げになるといけないので……あの、このことはまだ誰にも言っていないことなのでお母さまも、どうかここだけの話に……相手の方のご迷惑にもなるので……」
電話口の向こうでため息を吐くのが聞こえてくる。
#仕方のない子……お母さん、多少なりとも、あなたの立場はわかってはいるつもりよ……でも学生と結婚だなんて、そんな子供同士でおままごとをするみたいな……そりゃまぁ、あたしたちも最初はそうだったけど……#
「………」
#……本当にちゃんとしている人なんでしょうねっ!? もしも耳に穴を開けていたり、髪の毛を虹色に染めていたり、全身に……たとえちょっとでも体に刺青を入れてるような人なんかだったりしたら……もしそんな人だったら許しませんからねっ! お母さん、もうあなたの事はすっかり諦めて縁を切りますからっ、金輪際、あなたが実家の敷居を跨ぐことを許しませんよっ#
「そんなことはありませんっ、きちんとした人です……立派な方です……」
#信じていいの? だってあなた、ウンディーネだって辞めるそうじゃない?#
アリシアがそのことを説明しようとするよりも先に、
#いいことアリシア、昔、あなたが進学しないでウンディーネになるって言った時、お母さん、随分反対したわよね。今でもそれは間違ってはいなかったと思っているわ。ひとり娘の将来を案じる親としては当然でしょ。でも最近は少し考えが変わってきていたのに……あんなにやりたくて始めたことだったのに、それなのに今度は簡単に辞めてしまうって……結婚だってそうならないと言えて?#
「それは……ゴンドラ協会の理事の仕事をお受けすることにしたので……」
#理事ですって! 二十歳やそこらの娘をいきなり理事に据えるだなんて、どういうところなのよっ、そのゴンドラ協会って――#
#あの、お母さま、聞いてください……ゴンドラ協会でのお仕事は、理事といってもそんなに大袈裟なものではなくて、広報のお手伝いをさせていただく程度で……任期も二年の間だけですし、次は選任されるかもわかりませんから……協会の運営に若い世代の声を反映させたいという趣旨からお受けさせていただいただけで……それに学費を負担していただけるっていうお話もあって……」
#学費の負担――?#
「……あたし、学びたいことがあって……仕事をしながらハイスクールの卒業資格も取っていたんです……」
#あら、あなた進学するつもりなの――?#
母親の声のトーンが少し下がっていた。
「ただ……彼と相談して、奨学金は自分で取ったほうがいいからというので、協会からではなくて大学から直接受けることにしましたけれど……運良く学費を全額免除してもらえることになって……」
#じゃあもう学校も決まっているのね?#
「はい――」
#どこに行くの?#
「お母さまと同じ大学です……」
#そう……それは、あなたにしては上出来ね――#
「ありがとうございます……」
#でも、だからって、わたしはまだあなたの結婚を認めたわけじゃありませんよっ#
「わかっています、ちゃんと仕事にも学業にも支障がないように致しますので……ですからお母さまのお許しいただければ……」
#お許しって……だってあなたはもう心に決めているんでしょ?#
「……はい……お母さま……」
#その方のことを愛しているの?#
「……愛しています……彼のことを……とても……」
受話器にまたひときわ大きなため息が聞こえてくる。
#本当に困った子……#
「お母さま……」
#……一度言い出したらきかないあなたのことだから……でもね、ひとつ約束してちょうだい、近いうちにお母さんにその人を紹介するって……#
「必ずそういたします……彼にも話をして、時期をみて……」
「アナスタシアさんらしいわね……本当はあなたのことを信じているのに、でも心配でたまらない……母親だから当然ね、お気持ちは良くわかるわ……私も同じよ、アリシア……」
「グランマ……」
「覚えてる? 昔、あなたを連れ戻そうと、スターリング先生がアリアカンパニーにやってきた時のこと……」
アリシアは頷いた。
「……今でも、覚えています……はっきり……」
「あの時、スターリング先生……あなたのお母さまのアナスタシアさんは、娘をウンディーネにするなんてとんでもない、ってご容子だったわ……」