※この作品はR-18です。

ARIA A SECRET SCHOOL DAYS   作:真夜中のミネルヴァ

69 / 163
AQUAのいちばん長い日 その4

 

 

「“大切なお嬢さまをお預かりする以上、必ず、立派なウンディーネに育てます。きっとアリシアさんは、やがてはこのAQUAを代表するような、誰からも愛されて尊敬される女性になりますよ、必ず” アナスタシアさんには、あの時、私、そうお約束したわ……でも、その後のあなたの成長ぶりには、そう言っていた私ですら目を見張るほどだったの……間近で見たこともないほどの大輪の花の開花に立ち会えたように思って、とても光栄に感じていたのよ……あなたはこのAQUAの宝物、いいえ、神さまからの贈り物ね……だから私、少しやきもちを焼いているの、あなたの旦那さんになる男の人に……だって私の大切なアリシアを取られてしまったように思って……子供のいない私だけど親の気持ちがわかるわ……」

「グランマ……」

「でもね、その一方でとても嬉しくもあったのよ……恋をしてもあなたは、やっぱりあなたらしいとわかったから……あたしね、気がついていたの、もう何ヶ月も前からあなたが恋をしていることに……」

「……!……」

「もうお婆ちゃんだけど私だって女だから……だから女が恋をするとどのようになるものかぐらい知っているのよ……」

 アリシアは頬を染めて、恥じらいを覗かせながら俯いた。

 やっぱりグランマにはみんなお見通しだったのか、と。

「でも、ウンディーネとしてのあなたには、それまでと少しも変わった容子は見られなかった……それがアンナの時とは何が違っているのかわからなかったの……だって恋愛については、あなたの方がずっと不慣れで不器用だと思っていたから……その理由がわかったのが昨日、あなたが定例会で理事就任受諾を申し述べているのを聞いていて……」

 

 

 

 前日午後三時過ぎ、カフェ・フローリアン二階、会議室――。

「……では最初に来季より新任の常務理事となるアリシア・フローレンス氏から理事選任の受諾のご挨拶と今後の抱負をお聞かせいただけたらと思います……フローレンス氏――」

 座長から指名されたアリシアはロの字形に配置されたテーブルの末席から立つと、その日の定例会議に参加していた理事長、十二名の理事、顧問、各社の代表たちの前で、いつも通りの落ち着きのある涼やかな声音で話し始めるのだった。

 水先案内業界が現在抱えている課題と展望について、現場の一線に立っていたものからの視点で彼女なりの考えを纏めたものを原稿なしで伝える。きっかり五分間に及ぶスピーチの間、居合わせた会議の参加者は、皆、彼女の意見に聞き入り、時おり大きく頷いていた。が、あくまでも儀礼的なものであったので特に質問が発せられることもなく、そのまま、この若く美しい新任の理事の挨拶は平穏に終わるかに思われたのだった。

 しかし、ここでアリシアは

「……最後にわたくし自身の今後につきまして、大変恐縮ではございますが、二点、お集まりのみなさまにお伝えさせていただきたいことがございますが、アストリアさん、もう少しだけお時間、よろしいでしょうか?」

「どうぞ、アリシア」

 その日の定例会議の座長を任されていた理事のアストリア・モンピエール女史はにこやかに微笑み、彼女の許可を受けて

「ありがとうございます。では、まず一点目ですが、協会からかねてよりご案内いただいておりました、わたくしの進学についてのご支援、奨学金についてなのですが、幸いにも先ごろ志望の大学から学費の全学免除の通知があり、協会の皆様に甘えることなく無事、進学することが叶いましたのでご報告させていただきます。本件は協会の皆様のご厚意とお気持ちをしっかりと頂戴して、謹んでご辞退を申し上げたいと存じます。若輩者であるわたくしに対する温かいご配慮、どうもありがとうございました」

 アリシアは頭を深く下げて感謝の思いを伝えた。が、会議室の一部から、ある種の奇妙な空気が醸しだされてくるのだった。

 それは明らかに歓迎というものではなかったようである。

「あら、どうしたのみなさん、いいお話じゃないですか、さすがは白き妖精のアリシアさんだわ、立派ね、マンホームの大学からの奨学金を受けるのって、よほど成績が良くないとできないことなんでしょ、おめでとう」

 女性理事の声にようやくまばらな拍手が起こり「それはよかったですね」という賛意の声が男性理事たちの間から上がるようにもなるが、いかにもとってつけた感じの不本意感が隠しようもなく滲んでいるのだった。

「しかし、あなたへの奨学金の件は既に決まっていたことなのに、どうしてわざわざ大学から給付を受けようと思ったのですか?」

 男性理事の一人が質した。

「それは……出願申請書類の中にいくつかの試験の成績の提出を求められていて、あたくしはそれに従っただけなので……大学側の判断だった、ということしか……」

 半分は事実で半分はそうではなかった。

 連邦にある有力大学のいくつかは、地球圏内外の出身の区別なく出願の際にATS(奨学資格達成度試験)やFUS(連邦大学奨学資格試験)といった奨学金資格審査の成績を要求するものがあり、その結果によって学生の選別を行い、給付額の多寡も決定されることを知り、アリシアの場合は仕事の合間を見つけて懸命に勉強をして、いくつかの試験を受けてその資格を得ていたのだった。その上で学費免除になる大学を、選んで――いたのだ。

 もちろん、みなアキトからの入れ知恵だった。

 また時間もアリシアに味方してくれた。

 というのも、アリスのプリマへの昇格を受けてすぐに動くと思われた姫屋が、藍華の昇格を急がなかったこともあり、灯里の昇格時期も一定程度、先延ばしにすることができたからだった。

 結局、五ヶ月ほどの猶予期間になったが、それは彼女が目的の進学を果たすための準備には十分なものとなっていた。

 ただ、これには当然のことながら灯里の了解が必須で、彼女には全ての事情を伝えて許しを得たのは言うまでもなくアリシアなりのけじめだった。

 灯里は二つ返事で承諾してくれただけでなく、秘密を心の裡(うち)に留めて、その後はアリシアの恋を陰日向になって支えてもくれている。

 アリシアにとっては灯里は、ただ教え子であるだけでなく、かけがえのない友であり、同時に今や勝手がましい恋にうつつをぬかす愚かな女の理解者にもなってくれた恩人でもあった。

「……そういうことであれば仕方ありませんが、わざわざマンホームの大学を選ばなくても……このAQUAにもいい大学はいくらもあるじゃないですか……」

「それは……母からの勧めがあって……両親と同じ大学がいいと考えたものですから……」

 これも半分は嘘だった。結果的にはそうであったとしても、母親に相談して助言を得たわけではない。

 理事の全てではなかったが、彼女のこの報告を必ずしも好意的に受け止めているわけではないことにアリシアは、やや当惑を感じていた。アキトが予想していた通りだったこともあったが、協会からの支援を純粋に好意からと信じたかったアリシアには、まさか――という思いを捨てきれずにいたからだ。

 それゆえ次の報告は、より一層、慎重にならなければいけないと思いながら切り出すことにする。

「それから、もう一点ですが、これは純粋にわたくし個人のプライベートについてのもので、今、ここで皆様にお伝えすることがはたして適当なものであるかどうか測りかねておりますが、やはりこれもけじめということもあり、現役を退くことになったこの機会に区切りをつける意味でも、大変恐縮ではございますがご報告させていただくことにいたします」

 アリシアの表情に何らかの決意を読み取ったのか、居合わせた男性たちの間に微かな緊張と当惑とが澱み出てくる。

「……それは、わたくしの婚約についてです」

 途端に、場の空気が一気に動いた。

「まぁ、それは素敵なことね」「おめでとうアリシア」「あら、あなたもやっぱり女の子だったのね」という女性たちからの概ね賛同する祝意の声と、それとは対照的に一部の男性たちからの、決して表出されることはなかったが不満と途惑い、あるいは憤りにも近いネガティブな感情とが音にならない通奏低音となって会議室の中で交錯していた。

「あたくしが兼ねてからお交際(つき)あいさせていただいていた男性からプロポーズを受けて、お気持ちにお応えすることにいたしました。お互いまだまだ未熟で、今すぐに式を挙げるわけではございませんが、今後のことは彼ともよく相談して決めて参りたいと考えております……ともに至らぬ身ではございますが、皆様からは、どうぞこれからもご指導ご鞭撻を賜りたくよろしくお願い申し上げます……」

 また深々と頭を下げる。

 年齢のいったスーツ姿の男女が多くを占める中にあって、白い制服のアリシアの姿はあまりにも若く美しく、冴え冴えとしていて、それは彼女がその場にはそぐわないという印象を与えるものとなっていた。

 そして彼らの多くには、アリシアと同席するのはやはり一時のものであり、誰も彼女をここに留めることなど出来はしないのだとの思いを強く感じさせるものとなっていたのだった。

 アリシアを籠の鳥などにはしてはいけない――というのは、一瞬にして女性理事の多くが悟ったことであり、顧問として列席していたグランマ――天地秋乃――も、自らの誤りに気がついた瞬間だった。

「じゃあ、その指輪、やっぱりエンゲージリングだったのね……実はあなたがここに入ってきた時から気になっていたのよ」

 同じく女性理事の一人から尋ねられて

「もう一年以上も前にいただいていたのですが、こうして公に付けるようになったのは、今日が初めてです……」

 アリシアは愛おしげに左手の薬指に嵌めたリングを細い指先で摩(さす)った。

 その仕草は、誰の目にも彼女が真剣な恋をしていると映るものだった。

「ダイヤモンドじゃないのね?」

 悪意のないものだったが、軽く揶揄(やゆ)する声が上がって

「はい、これは銀のリングです……彼は安物だからきっとキミには不釣り合いなものだけど、って言ってましたが、わたしはそうは思いません。どんな宝石よりも尊いものです……銀は磨かなければすぐに燻(くす)んでしまう、けれども磨き続ければ時を重ねるほど深みのある光沢、どこにもない輝きを放つようになる……これも彼の言葉です……このリングは、若く未熟なわたくしたちにはいちばん相応しいものだと思います」

「なんだか見ているだけで、こっちまで胸がキュンキュンしてきちゃう、恋愛ドラマを間近にしてるみたいだわ」

「若いって、やっぱり良いわねぇ」

「すっかりあてられちゃったわ、ごちそうさま、アリシア」

 女性たちの反応が好意的であるのに対して、男性たちの顔は一様に昏く沈鬱なものになっているのだった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。