※この作品はR-18です。

ARIA A SECRET SCHOOL DAYS   作:真夜中のミネルヴァ

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※この作品はR-18です。

どこがだよ!


AQUAのいちばん長い日 その6

 

 午前十時少し前、アリアカンパニー――。

「はへー、凄かったよぉ、まさかここまでマスコミの人が大勢、押しかけてくるとは思わなかったよ」

 次から次へとやってくる複数のメディアの波状攻撃が漸く途絶えて、灯里たちは事務所のリビングでぐったり一息ついた。

 メディアの目的はみな同じでアリシアへの直接取材だったが、彼女が居ないとわかると引き返すしかなかったのだが、どこへ行ったのか聞き出そうとしつこく問いただされたりもしていた。

 灯里は平身低頭「あたし知りませんので」「それもわかりませんので」「お役に立てず申し訳ありません」「ごめんなさい」を繰り返すことでなんとかそれを躱していたのだ。

 なかには事務所内に隠れているのではないかと、カウンターから乗り出して中を覗きこもうとするものまでいたが、アリシアのゴンドラが無いことを伝えると納得して引き下がらざるを得ないのだった。

「灯里もよく頑張ってたじゃない? 頭ペコペコ下げて、ごめんなさい、ごめんなさいの一点張りで、ホントお疲れー」

「でっかいご苦労さまですっ」

「はえー、みんなもありがとう、助かったよー、ひとりじゃ絶対、無理だったから」

 灯里は手を団扇がわりにして顔をパタパタと煽いでいる。

 日が差すにつれて真夏のネオ・ヴェネチアは気温がぐんぐん上がっていた。

「あの人たちって、みんな地元じゃないよね、多分、マンホームのメディアよ、図々しいんだから。許可も取らずに平気でこっちにテレビカメラ向けてきて、写真撮りまくって、ホント、無礼で感じの悪い人たちよっ。アリシアさんにあんな連中の相手なんてさせられないわよね」

 藍華が忌々しげに言う。

「やっぱりそうなのかなぁ……」

 同じマンホーム出身の灯里には、たとえ相手が見ず知らずのメディア関係者だったとしても、少し耳が痛いのだ。

「でもあんなにいっぺんに来られると、ちょっと怖かったよ……アリシアさん、大丈夫だといいけど」

「まぁ、グランマのところなら大丈夫っしょ」

「もしここに居られたら、でっかいピンチでした」

 窓から外の様子を眺めて、広場の方ではとうとう警官隊まで出動しているらしいことが窺える。

 騒動は次第に収拾へと向かいつつあるようだったが、広場前のパリーナにはいつもは賑やかに海を彩るゴンドラが今は一艘も見当たらない。

「今日はもう、どこもゴンドラの営業は難しそうだねぇ、はへー、どうしよう、うちも臨時休業になっちゃうのかなぁ、藍華ちゃんは支店に行かなくてもいいの?」

「後で電話入れてみるけど、まぁ、こっちがこんなんだから、今日はどこもお客さん、来ないでしょ、きっとアリシアさんショックで男どもはみんなメロメロよ。灯里は何か予約はいってるの?」

「全然だよー、だってまだプリマになったばっかりで、そのことを知ってる人も殆ど居ないから……近くゴンドラ協会で業者さんたちを集めてお披露目があるそうなんだけど、それまでは今までどおりかなぁ……アリスちゃんはここに居ても大丈夫?」

「私は、今日はオフで、でっかいお休みをいただいてますので、問題ありません」

 三人の中で唯一、公休を取っていたアリスには、もとより時間の制約がなく落ち着いたものだった。

「じゃあ、今日はウチでお昼、みんなで一緒に食べようか?」

「お、いいねー、サンセー!」

「灯里先輩、でっかいナイスアイデアですっ」

「ねー、みんななに食べたい?」

「チッチッチッ、灯里、その質問は違うでしょ、あんたが何を作れるか、が先でしょ」

「はえー、そうだった……あたし、何が作れるんだろう……」

 勢いよく立ち上がったはいいが、灯里は愕然としてリビングで棒立ちになっていた。料理といっても大抵、アリシアのお手伝いをするばかりで、自分が主体的に何かしていたわけではなかったのだ。

 改めてアリシアの存在感を意識させられる。自分がどれほど依存していたのかを。

「灯里先輩、心配いりません、あたしもお手伝いしますので、でっかい大丈夫ですっ」

「もちろん、あたしも手伝うわよっ、ねぇ何つくろうか? 灯里、冷蔵庫開けていい?」

「うん――」

 ぞろぞろとキッチンへと向かいかけた時、また電話が鳴って、三人はギョッとしたまましばし凝固(かたま)ってしまうのだった。

「灯里、取らなくてもいいの?」

「はへー、やだなぁ、またマスコミの人だったりしたら……」

「灯里先輩、早く取らないと電話が切れてしまいますっ」

 灯里は恐る恐る、受話器を取った。

「はい、アリアカンパニーです」

 ビクビクしながら電話口に名乗る。

#灯里ちゃん、あたしよ#

 しかし馴染みのある温和な声が聞こえてくると、すぐに警戒を解くのだった。

「あ、グランマ、お久しぶりです、ご無沙汰してます」

#ご無沙汰してるって、ついこの間、プリマ昇格の報告をしてくれたばかりじゃない#

「はわわっ、そうでした……でも、まだお目にかかって直接、申し上げていないので……」

#今、ちょっとお時間、いい?#

「はい、大丈夫です」

 灯里は、近くに居た藍華とアリスにも目配せを送りながら頷いた。

#あらそう、良かったわ……あのね灯里ちゃん、あたし、あなたにお願いしたいことがあるのよ#

「はい、なんでしょう……」

#今日の午後、あなたお時間、取れるかしら? 三時ぐらいからなんだけど、小一時間くらい……#

「今日はまだ……予約が何も入っていないので、大丈夫ですが……」

#三時から、またカフェ・フローリアンの上で、ゴンドラ協会と関連業界団体との合同の定例会議があるんだけど、灯里ちゃん、あなた、アリシアの代わりにアリアカンパニーを代表して出ていただけない? もちろん私も一緒#

「はへっ、あたしがアリアカンパニーを代表するんですか?」

#だってそうでしょ、これからは灯里ちゃんのアリアカンパニーになるんだから、ちょっと早いけど、来週に予定していたあなたのプリマ昇格のお披露目も、前倒しでやってしまおうかとも思って#

 灯里は、お披露目、と聞いてにわかに緊張してくる。

「はわわっ、あたし、まだスピーチの原稿も全然できてないんですけど……」

#大丈夫、ほんの五分程度の短いものだから……ほら、町はいま大変なことになってるでしょ? アリシアを今、そっちに連れて行くのはまずいと思うのよ……だから急なことになって悪いと思うけど、何とかあの子を助けてあげて欲しいの……#

「はぁ……そういうことでしたら……」

#今、アリシアに代わるわね……#

 ややあって、

#……灯里ちゃん、あたしよ#

「アリシアさん……」

#ごめんなさいね、わたしの所為でいろいろと面倒ごとに巻き込んでしまって……#

「アリシアさんは大丈夫ですか?」

#わたしは大丈夫、グランマにご迷惑をおかけしているけど……みんなに迷惑ばかりかけることになって……本当に申し訳ないわ……#

 アリシアの声音から、彼女が涙を滲ませているのが窺えて灯里の胸にも迫るものがあった。

 ミス・パーフェクト……完全無欠の、傷なんかどこにもない、傷つくことなんてないと思われていたこの美しい女性が、実際は自分と同じように弱さも脆さも抱えた一人の女の子であり、それが今、愛する男の元へと向かおうとしていた――。

 もうこれからは、今まで通りではなくなること……。

 想うと、やっぱり辛くなる。できるなら変わらぬまま、この夢のように居心地のいい世界に留まり続けたい……。

 けれども、時はそれを決して許さないのだ。

#……それでね、今日、わたしが会議で発表する予定だった内容の報告書は、わたしのデスクの袖のキャビネットに十四月分の月例レポートのファイルがあるから、そこに揃えてあるわ。もし参考になるなら使ってね……それから……あなたのプリマ昇格のお披露目、本当はわたしも出たいんだけど……こんなことになって……残念……#

 最後の方は涙声になっていて、灯里も言葉を詰まらせていた。

「アリシアさん、大丈夫です……あたし、大丈夫ですから……どうかご無理をされないでください、今日はここにもメディアの人たちが入れ替わり立ち替わりで大勢やってきていて、みんなアリシアさんのことを探しているようなので、今、こっちへ来るときっとまた大騒ぎになってしまいますので……」

#そうね……ほんとにごめんなさい……灯里ちゃん、ありがとう……#

「アリシアさん……」

 しばし電話口で無言になる。

 初めてアリシアからアキトとの結婚の意思があることを伝えられた時、灯里には二重の意味でショックだったのを思い出していた。

 ただ、それは悪い意味ではなかったのかもしれない――。

 ひとつはアリシアが自分から離れていってしまうこと……。

 そしてもうひとつは……その時、初めて、自分もまたアキトに惹かれていた事に気がついたのだった。

 同郷の、しかも生活圏が重なるほどすぐ近くであったことから、アキトとはすぐに気のおけない友人になれたのだが、いつの間にか自分の中にそんな感情が芽生えていたことに灯里自身が驚いていた。

 敬愛するアリシアを――少女がアリシアに対して抱いていた感情は、単にプラトニックなものばかりではなかったのかもしれなかった――自分から奪っていくアキトに対しては、当然のように最初に嫉妬の感情が向けられた。

 ところが同時にアリシアに対しても、アキトを奪われるように感じたことを発見して、そんな自分に酷く戸惑っていたのだ。

 だが灯里はすぐに、それが素敵な奇跡であることに気がついたのだった。

 自分がジェラシーを感じるほど好きな人同士が愛し合っているなんて――!

 なんて嬉しいことだろう!――と。

#……ねぇ、灯里ちゃん、今、そこに誰か居るの?#

 電話口の気配に気がついたのか、アリシアが先に沈黙を破った。

「はい、藍華ちゃんと、アリスちゃんが来てくれてます」

#それは良かったわ……ちょっと代わってもらってもいいかしら?#

「藍華ちゃん、アリシアさんがお話ししたいことがあるって、アリスちゃんにも」

 藍華とアリスは、ともに真剣な顔になって、入れ替わりアリシアへ婚礼祝いを述べていた。その後はアリシアと何か話し合っているらしく、二人とも「そんな……アリシアさんから、そんなことを言われると」と恐縮していたり、「わかりました」「お任せ下さい」「でっかい大丈夫です」と、頷きながらしきりに訴えている。

「……わたしたちが責任を持って全力で灯里をサポートしますので、アリシアさんは、どうかご心配なさらずにっ」

「灯里先輩の発表はでっかい大丈夫です」

 それぞれが、また代わりばんこに電話口に向かって力強く宣言して、長い電話でのやり取りが漸く終わったのだった。

 

 

 

「はえー、あたし、やるって言っちゃったけど、どうしよう……大勢の人の前で発表なんてやったこともないから……」

 灯里はとりあえずアリアカンパニーの受付カウンターに、臨時休業の立て看をしてからダイニングテーブルにぐにゃっと突っ伏していた。

「まぁ、そこはそれ、あたしらがいるから、なんてったって経験者なワケだからサ」

 藍華は弱りきった様子の灯里に先輩風を吹かせている。

「アリシアさんの月例報告書の内容を伝えた後だから、正味にしてたった一、二分のスピーチ……そんなのワケないでしょ」

「そうなのかなぁ……」

 灯里は自信なげにしていたが、アリシアに指示された通りに彼女のデスクの引き出しから月例報告書のファイルを取り出すと、中に見つけた十四月分のブリーフをテーブルの上に置くのだった。

 興味深げにそれを捲っていた藍華が目を丸くする。

「うっわー、綺麗な字、アリシアさんてホント、何やっても完璧よね……」

 報告書の印刷物には手書きのメモが添えてあったり、重要なポイントに下線が引いてあったりして、会議への準備がしっかりなされていたのが窺えるのだ。

「やっぱあの歳で理事に推される人って事務処理能力も高いのよねぇ、さすがアリシアさんだわ」

「あたしにアリシアさんの代わりなんて務まるのかなぁ?」

 灯里はますます自信がなくなってくる。

「何いってるのよ、これだけ纏まっているんだから、後はあんたが話やすいようにすればいいだけじゃない? ウチらも手伝うからサ――」

「わたしは灯里先輩のプリマ昇格お披露目の挨拶を考えておきます、時間を二分として二百語から三百語程度で、後は灯里先輩がスピーチしやすいように削ったり、つけ加えたりして下さい」

 経験者たちにサポートを受けて仕事は殊の外、サクサクと進んでいった。

 藍華も今や支店を預かる身、アリスにいたってはウンディーネとしては既に三大妖精の一人であるアテナと肩を並べるほどの実績をあげている。

 灯里に較べると事務処理力にも一日の長があるようなのだった。

 こうして昼前には発表内容を箇条書きにしたものをカードに書き写すところまでになっていた。

「後は、それを元に発表練習を何度か繰り返せば、本番でも大丈夫でしょ、あんたの発表はあたしらも見に行って応援してるからサ」

「発表の時は内容を全て暗誦してできるのがベストですが、メモを見ながらでも大丈夫です。わたしの時は一応、カードをお守りにして手元に置いておきました」

「ありがとう、助かったよ、藍華ちゃん、アリスちゃん」

 何をしたら良いのかさっぱりだった時と比べ、具体的にやることが決まってくると少し気持ちも落ち着いてくる。

「じゃあ、遅くなっちゃったけど、お昼の準備しようか……でも、はえーっ、やっぱり心配だよぉ……」

「大丈夫っ、ご飯が済んだらあたしら相手に発表練習しよっ、ねっ、灯里っ」

「ガッツですっ、灯里先輩っ」

 二人から励まされて灯里は「うん――」と、大きく頷くのだった。

 

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