※この作品はR-18です。

ARIA A SECRET SCHOOL DAYS   作:真夜中のミネルヴァ

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AQUAのいちばん長い日 その9

 

 

 ネオ・ヴェネチアに暮らす男たちの大多数は、女たちの間に不気味な速さで拡がっていくアリシア結婚の噂話を、当初は意に介さずにいた。

 ひどく気にはなるが、敢えて黙殺していた、というべきであろう。

 あんなにも美しい清らかな女性が一人の男のものになる? そんなことなどあってたまるかっ!

 そんなバカなことがある筈がない、たとえ神が許しても、俺たちは絶対に許すまじ、というのが大方の反応なのだった。

 その鉄壁の信念に亀裂が走ったのは、明け方になってもたらされた、

 

 アリシア、プリマやめるってよ――。

 

 噂話の第二波の直撃である。

 アリシア現役引退についての懸念は、多くの男性たちの間で以前から取り沙汰されていて、ゴンドラ協会理事就任という栄典については全く同意しかねることとして、男に限らず殆どの市民が大反対だったのだ。

 美しいアリシアの姿は、ネオ・ヴェネチアの景観にとって今や欠かせないものであり、市民の共有財産であるべきだと当然のごとく見做されていて、故にゴンドラ協会などという狭い箱の中に閉じ込めるべきではないと誰もが思っていたのだった。

 また、まだ二十歳前後の若いアリシアがそれを容れるとも思えない、と皆が信じていた。

 ところが、件の情報の出所が、どうやらゴンドラ協会から漏れてきたものらしいと判明してから、雲行きは一気に怪しくなっていった。

 払暁にも関わらず、すでに悶々と眠れぬ夜を過ごしていた男たちの一部は、誰に声がけをするわけでもなく自然に連帯を求めて集まり始め、次第に各所で集団となっていたのである。

 分けても最も先鋭化したのが、ネオ・ヴェネチア大学のアリシアファンを自認する一派であった。

 

 十四日、午前七時、ネオ・ヴェネチア大学キャンパス――。

「……諸君、かねてより懸念されていたことが、とうとう現実になろうとしているっ! 伝えられるところによるとアリシア・フローレンス嬢には結婚の予定も、現役引退の意思もなく、全ては本意にあらずっ、しかるにゴンドラ協会の理事どもはぁ、卑劣極まることに、このような虚偽のニュースを流すことで無理やり引退へ追いやろうと策しておーるっ。彼女の現役継続のために、いよいよ我々が立ち上がる時が来たぁ。サン・マルコ広場、ゴンドラ協会への出発は我がネオ・ヴェネチア大の学生だけでなく、忠良なる中高生諸君の欣然たる参加も歓迎するっ。非常呼集の予定は午前九時! 作戦目的、ひとーつ、愚か極まるビスマルク理事長以下、理事どもの襲撃、ふたーつ、我らが誇り、アリシア・フローレンス嬢の保護――!」

 この時点で既に男子大学生三百数十名余、市内の男子中高生を合わせて総勢八百名を超えるまでに膨れ上がった大集団を前に、学内ファンクラブ会長であり、かつネオ・ヴェネチア大の自警隊長でもある竹田佐々男は壇上から扇動演説を行い、拍手と声援に満足げである。その集団の中には懸命に欠伸を堪えながら眠い目を擦りつつ、困惑した顔で手を叩く柊アキトの姿もあるのだった。

 竹田佐々男はかつてのスコラダルテの卒業生であり、氏の呼びかけによって好むと好まざるとに関わらずスコラダルテの全男子生徒は全員、志願してこの隊に加わることとなり、彼もまた切望――してこの中に居たのである。

 

 

 十四日、午前八時十五分、ゴンドラ協会本部事務所――。

 八時の始業とともに事務所にあった電話は全てが鳴りっぱなしになっていた。

 出勤してきた職員たちは、次々に電話応対に駆り出され、通常の業務の一切を停止せざるを得ない状況に追い込まれていた。

 電話の相手はネオ・ヴェネチア市内にとどまらず、AQUA全域、さらには地球圏、太陽系圏内のほぼ全域からのものまでも含まれ、巷で流れているアリシア・フローレンスの結婚という噂が、果たして事実であるかの確認を迫られていた。

 これに対して当初は積極的に答えない方針を貫いていたゴンドラ協会ではあったが、窓外の広場に次第に集まってくる群衆が不穏な気勢を上げるのを前に色を失い、早期の決着へと方針転換を余儀なくされたのだった。

 ゴンドラ協会は、市当局からの保安対策上の懸念を指摘されてついに、三時から合同定例会議が始まる前の本日午後二時、アリシア本人を交えて寿引退記者会見を行うという発表を行なって事態の沈静化を図った。

 しかしそれは、最悪のタイミングでなされた最悪の決定なのだった。

 それに納得しない群衆は瞬間、不満を爆発させ、広場は騒然とし出したのだ。

 アジテーションとシュプレヒコールとが交錯する中、ついには怒号と罵声が飛び交うようになり、一部は暴徒と化して行政庁舎内への侵入を試み、それを防ごうとする警備員たちとの間で小競り合いとなった。また広場付近では地元民同士、観光客同士、あるいは地元民と観光客間でのいざこざもあちこちで発生し、ここに至り、市は緊急事態を宣言、警察に出動要請を行った。

 市警察は、周辺の警察からの応援を受け、かつてない規模の総勢六百名余の完全防護の機動隊を治安維持にあたらせ、結果、昼前までにはなんとか事態を収拾させたのである。

 サン・マルコ広場におけるデモ参加者のうち、逮捕・補導されたもの二十二名、軽傷者六名――。

 これは建国以来、平和と安全を享受してきたAQUA史における最も大きな暴動事件であった。

 

 

 

 十四日、午後四時過ぎ、ネオ・トウキョウ、マーズデイリーモーニング紙、編集部――。

 ネオ・ヴェネチアから五千キロ離れたネオ・トウキョウでは、AQUAの裏側からたったいま届いた、ネオ・ヴェネチア十四日午前九時発のアリシア・フローレンス婚約発表のニュースに動揺していた。

「お互いに泣いている場合じゃないぞ、忙しくなるっ、時間もないっ、号外を打つから至急、号外班の準備にかかってくれっ、みんな、ショックなのは分かるが、まずは事実確認だっ! すぐに支局に伝えて本人からのコメントを取らせろっ、フィアンセがいったい誰なのかもなっ! 何がなんでも朝刊に間に合わせろよっ、明日の一面トップのネタだっ」

 

 

 




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