ARIA A SECRET SCHOOL DAYS 作:真夜中のミネルヴァ
十四日、午前十時半過ぎ――アリアカンパニー。
水無灯里は、グランマ天地秋乃とアリシアからの要請に応えて、ゴンドラ協会に電話をしていた。しかし、常に通話中で通じない。
既に十数回、ダイヤルをしているのだが、その都度、ツートッ、ツートッを繰り返すばかりで、一向に埒が明かないのだ。
「どうしたの灯里、まだ繋がらないの?」
「うん、どうしたんだろう……電話機の故障かな?」
「きっとゴンドラ協会にでっかい問い合わせ電話が殺到しているからではないでしょうか?」
「はへー、やっぱりそうなのかなぁ……」
「まぁ、めげずにかけ続けるしかないわね、スティックトゥイット、灯里、スティックトゥイット!」
「うん――」
さらにダイヤルすること数度、ようやく呼び出し音になって、灯里は相手が電話口に現れるまで辛抱強く待つことにする。
幸い、さほど待たされることなく電話口には女性の声で
#ハイ、ゴンドラ協会本部事務所です――#
「あ、あの、ゴンドラ協会本部事務所ですか?」
#ハイ、そう申し上げておりますが――#
「あ、あのあたし、アリアカンパニーの水無灯里ですが……」
#あら、灯里ちゃんね――#
相手は自分を知っているようなのでちょっとホッとする。
「あの、今日の午後の合同定例会議のことでご連絡したいことがあって……」
#ハイ、なんでしょう? どうかしましたか?#
「アリシアさんの代わりに、わ、わたしが、代理で参加することになりましたので、ど、どうぞ宜しくお願いいたします」
#あら、アリシアさん、今日、こちらにおいでにならないのですか? まぁそうよねぇ、こんな状態だと女の子は怖くて広場には近寄れないわよね#
「はへー……やっぱりそうですか……こちらからも見えましたけど、すごく騒がしくなっているみたいで……」
#いま警察が動いていて、デモもじきにおさまりそうな具合なんだけど……それでアリシアさんは今日はお見えにならないのね?#
「は、はい、先ほど連絡がありまして、事情により参加が難しくなったので、ということで、わわ、わたしが代理を務めるように言われているのですが……な、なにか、問題でもあるでしょうか?」
#そうですか……すみません、少々そのままでお待ち下さい、上と相談して参りますので……#
しばらくしてから電話口に出たのは男性だった。
#困りましたね……二時から彼女の共同記者会見を予定しているので……#
比較的若い印象の声で、ひどく事務的な言葉が跳ね返ってくる。
「はひっ、共同記者会見……ですか……?!」
アリシアからは一切、伝えられてはいないことだった。
#もうメディアには伝えてるから……今からだと……どうかな……彼女、今、そこに居ますか?#
相手がアリシアを、彼女――と、馴れ馴れしく呼ぶことに違和感を覚える。
「こちらには居られません……」
#では、どこに居るんですか?#
「それがっ……お出かけになる時、外回りとしかおっしゃらなかったので……よよ、よく、わかりませんっ」
#すぐに連絡したいので、電話番号とかはわかりませんか?#
「それも、あ、あたしには……」
相手の舌打ちに続く長い沈黙の後、
#わかりました……はい……#
いきなり電話を切ろうとされて
「はひっ、ちょっと待って下さいっ、あ、あともう一つお伝えすることがあって……」
#まだ何か――?#
灯里は男のうんざりしたような声音に緊張させられる。
「あのっ、アリアカンパニーの業務報告の後、わたしのプリマ昇格のお披露目のご挨拶を皆様にしたいのですが……いいでしょうか……」
一気に伝えると、
#どうぞご勝手に――#
つっけんどんな返事が戻ってきて凹んだ。
だが、再び電話口に現れた女性は
#おめでとう灯里ちゃん、じゃあ、少し発言時間を長めにするように座長の……今日の定例会の座長は……大河原さんか……わかったわ、彼に、伝えておくわね#
「いえ、長くならなくても大丈夫ですっ、ご挨拶するだけですので」
#そうはいかないわ、なんといってもプリマ・ウンディーネの誕生は協会にとってとても大事なことだから#
「……ありがとうございます……」
#会議室の端になるけど観覧席もしっかり用意しておくから、お友達にも声をかけて、応援団をたくさん連れていらっしゃい#
「はひっ、ありがとうございます、ありがとうございますっ」
灯里が電話機にペコペコ頭を下げていると、すぐ横で、ちょっとムッとした顔をして受話器を取り上げた藍華が
「あのっ――」
電話の向こうに呼びかけた。少女は傍にいて電話の声を聞いていて、いい加減、むかっ腹を立てていたのだった。
#あら、その声は……姫屋の藍華ちゃんね?#
「えっと……そちらは……?」
#もうお忘れ? 先月、あなたのお披露目会でご一緒したじゃない?#
「もしかして……アイリスさん……ですか?」
ピリピリした顔つきでいた藍華の表情がすぐに和んだ。
協会事務員のアイリス・カーマイケルは藍華のお披露目式の際に、
彼女も元々はウンディーネだったのだが、プリマ昇格を諦めて事務員になったというキャリアもあって、現役のプリマに対する心配りは他の女性事務員とは一味違って、藍華も親近感を覚えていた。
#もしかしなくても、そうよ……もうすっかりプリマ・ウンディーネとしてご活躍のようね#
「その節は大変、お世話になりました」
#どういたしまして#
「ところでさっき電話に出てたオッサン、誰なんですか? 思いっきり感じ悪くてっ」
#あ、あ、そうね……うふふふっ……#
アイリスは小声になると
#きっと、トンビに油揚げさらわれてイライラしているのよ、いーキミだわ#
「それって、もしかしてアリシアさんのことですか?」
#もしかしなくても、そうにきまってるでしょっ#
「それは、ザマーッってヤツですねっ」
藍華も共犯者の危険な笑顔になっている。
#なんかスゴいキャリアの人らしいんだけど……相手によって全然態度が変わるの、やーな感じっ#
「誰なんですか?」
#愛澤さんって言って、最近、理事になったマンホームから来た人よ――#
十四日、午後一時前、中央ターミナル――。
アル――アルバート・ピットは昼食を終えて職場の仲間たちと午後の段取りについて雑談まじりに話し合っていると、彼ら若手の
「どうぞ、開いてますよ」
やってきたのは出雲暁――である。
「やあ、珍しいですね、暁くんがこんな地下までやってくるなんて」
ひと目見て、アルには暁の状態の悪さが窺えたが、敢えてそれには気がつかないことにして普段通りの声で応じていた。相手の不調の理由はもちろん判っていた。
今朝の衝撃的なニュースは、男性であれば誰でも心の一部を失ったような喪失感があって、それには老いも若きも変わりはないのだった。
皆が少しずつ自分を見失って、心に傷を負っていた。いわゆる――失恋――と呼ばれる症状に陥っている。
元々、精神的にタフなもの、あるいは失恋に免疫のあるものは症状も軽く回復も早いが、中には立ち直れないほどの深傷を負った者も居るようなのだった。
幸いなことに、アルの周りにはアル自身も含めて重症者はいなかったが、仕事に集中することで胸のモヤモヤを吹き払おうとするくらいには痛みを感じていた。
しかし――。
「アル……いま、いいか?」
げっそりとやつれて、コケた頬に懊悩の深さが見て取れる。
「どうしました? 何か僕にご用ですか?」
「おまえに渡したいものがあってな……」
そう言うと暁は、手にした風呂敷包みをアルのデスクの上に置いた。
「なんですか? これ――」
「これは、南方の仲間から送られてきたものなんだが、俺には無用の長物で、おまえなら受け取ってもらえるかと思ってな……」
アルは、渡された緑の市松模様の風呂敷の結び目を解いて中を表にする。そこにあったのは月刊ウンディーネが数十冊。創刊号から最新号までのコレクションらしい。
「おまえにはいろいろと世話になってるから……」
暁はアルに深く頭を下げた。
「暁くん……」
「ありがとな……」
そういうと暁は踵を返して部屋の外へ出ていってしまった。
アルが受け取った雑誌をどうすべきかと考えていると、そばに居合わせた後輩のノームがぽつりと呟いたのだ。
「暁さんは……死にますね……」
その言葉にアルは驚きに目を瞠る。
「そうか……暁くんは、
アルは血相を変えてデスクから立ち上がると、部屋から飛び出して暁を追って長い廊下を駆け出すのだった。
Cパートです