ARIA A SECRET SCHOOL DAYS 作:真夜中のミネルヴァ
十四日、午後五時前、行政庁舎二階回廊――。
ゴンドラ協会とその関連業界との合同定例会議が終わり、協会本部会議室から出てきた協会の幹部たちを内外メディア各社の記者たちが取り囲んだ。
二時の記者会見場にアリシアが現れなかったことで、今朝、発表された内容に変更は無いか、真偽を含めて今後の情報の開示のあり方について質したのだった。
「巷では彼女の婚約自体を事実ではないと疑問視する声もあるようですが――」
「かねてからアリシアさんを囲い込みたかった協会側が意図的に流したフェイクニュース、という疑念についてはどのようにお答えですか?」
主に対応にあたったのは理事長のビスマルクだった。
「婚約発表は本人の口から語られたものであり、我々にとっても寝耳に水で大変に驚かされました。我々は彼女の言葉をそのままお伝えしているだけで、こちら側がなんらかの意図を持って流したものでは断じてありません。交際相手については本人から語られることはなかったので、これについても何も申し上げようがございません」
記者たちから執拗に質されたのは、とどのつまりはたった二つだった。
アリシアの婚約が事実であるか、そして事実であるとすれば相手は誰か、というこの二点である。
これに対し協会側の回答は、前者は本人が語った事実であり、後者については明かされていない、というものであった。
こういった紋切り型のやり取りが繰り返されたのち、双方はようよう同じ結論に辿りついたのだった。
やはり本人に訊くほかはない――。
同、行政庁舎二階、ゴンドラ協会大会議室裏、午後五時半前――。
「良かったぞ、おまえの発表」
「立派だったよー、まるでアリシアちゃんみたいだった」
「はえーっ、あたし、膝がガクガク震えてたよー、声が裏返りそうで……」
「よく頑張ったわね、灯里ちゃん、あたしも応援していた甲斐があったわ」
無事、何事もなく発表を終えた灯里は、いったん、また会議室の裏の給湯室へと退避していた。藍華とアリスが会議室の後片付けを手伝っている間、秋乃、晃、アテナから労われていた。
灯里の業務報告とプリマとしてのお披露目の挨拶は、落ち着きがあって実に堂々としていて、まるでそこにアリシアが居るかのような錯覚さえ抱かせるものだったのだ。
会議に参加していた多くの業界関係者は、アリアカンパニーの後継者としてのこの新鋭プリマ・ウンディーネの登場に大きな期待と関心を寄せ、その二つ名、通り名である、
先月の藍華に続く二ヶ月続きの新星の誕生は、ひと足さきに売れっ子となったアリスとともに、次世代のニューヒロインたちの誕生を強く印象付け、アリシアの引退と相まって世代交代を思わせるものともなっていた。
「こうなると俺たちも、うかうかしていられないな」
「晃ちゃん、置いていかないでね」
先輩二人は冗談とも本気ともつかない口ぶりでいたが、チャレンジャーがライバルにまで育つのにはさして時間がかからないことを覚悟していた。
こうして刺激し合い、切磋琢磨しながらさらなる高みを目指す面白さを共によく心得ていたのだ。
そんな四人を満足げに眺めていた秋乃は、やはりアリシアの引退を惜しんでいた。
たとえ良かれと思ったことでも誤ることはある。今更、本人に翻意を促すことにも無理があるのかもしれないが、せめて引退時期を後ろ倒しにする、あるいはパートタイムでも現役を続けられる道はないものかと思案していた。
流石に暖簾分けというのは無理でも、アリシアの仕事と学業がある程度軌道に乗って、時間に余裕が出た頃を見計らって、知り合いのゴンドラ会社に一時、身をあずけるというのはどうか、と。
もちろん、どこのゴンドラ会社に話を持ちかけても、二つ返事で獲得に乗り出してくるのは間違いなかった。
あるいは――。
アリアカンパニーのあり方も、時代に合わせて変えていくべきなのかもしれない、とも思い始めている。
今までのように、一人プリマ態勢を墨守することに果たして意味があるのだろうか、と。
「灯里先輩、でっかいお疲れさまでした。わたしも勉強させていただきました」
「灯里ぃ、すごーく良かったよぉ」
会場の後片付けの手伝いから戻ってきた藍華が灯里に抱きついてエールを送る。
「二人のおかげだよ、あたしひとりじゃ今頃、どうなっていたかわからないよ」
「そんなことないよ、灯里の実力だよ、来ていた同業者さんたちもみんなびっくりしていたから、アリアカンパニーは小さいけどやっぱり侮れないなって」
「はえー、そんなぁ……」
「今朝の一件以降、なんか急に動き出した感じだな……」
晃が感慨深げに呟いて、それぞれがその意味を噛み締めるようにしばしの沈黙となった。
「変わらなくちゃいけないのは私たち年寄りの方もよ……今の理事会のあり方には疑問を感じている人も少なくないの……見直しも必要だとね……アリシアにはそれを期待していたんだけど……でも何もかもあの子に押し付けてしまうのは間違いだったわ……灯里ちゃん、そのうちアリシアと三人で……場合によってはアンナも加えた四人で、これからのアリアカンパニーがどうあるべきなのか、一度じっくり相談をしませんか?」
「はい……私はグランマのご意見に従いますので……」
「そうではないの、灯里ちゃんの考えをきちんと聞かせて欲しいのよ、いまの会議であなたがしていたように」
「はい……でも、あたし……」
「ただお話をするだけよ、ね、灯里ちゃん」
云い置いて給湯室の外へ出ようとする秋乃に
「グランマ、先輩方、今、外に出ると記者さんたちがいっぱい集まってきているので、でっかい厄介ごとに巻き込まれる恐れがあります。今は裏口からそっと抜け出すのが良いかと」
アリスが進言する。
「でもこの格好だと、どのみちすぐに見つかっちまうよな、連中、鼻だけはいいからな、鼻だけは――」
晃が自身のウンディーネの白い制服を一瞥する。
「では下のフローリアンで周りが落ち着きを取り戻すまで、暫く時間を潰されてはいかがでしょうか?」
「ありがとうアリスちゃん、でも、私は帰りの列車の時刻があるから……あまり遅くなるとアリシアも心配するし……」
「あいつ、やっぱりグランマのところに行ってたんですね」
「旦那さんになるっていう人の指示だったそうよ……なかなか頭の回る男の方のようで……」
「………」
「知ってるんでしょ、あなたたち……あの子の旦那さんになる方がどんな人なのか……」
図星をさされて灯里、晃、アテナの三人は申し合わせたように口をつぐんだ。
「気にしないでいいわ、聞いたりなんかしないから……こういうことはあの子が伝えたいと思った時に話してくれればいいのよ……」
「グランマ……きっとびっくりされると思いますが……でも、大丈夫です……だって、あいつが選んだ男なんですよ」
「ええ、わかってるわ、そういう心配をしているわけじゃないの、うふふ」
グランマはチラリと腕時計を確認すると
「それじゃあ、あたしはもう行くわね……あなたたちはゆっくり下でお茶でもしていらっしゃい」
「そうは参りません、お送りします、グランマ」
「ありがとう晃さん、でも一人の方が良いのよ……あなたたちと一緒だと目立つけど、一人ならこんなお婆ちゃん、マスコミの方たちの誰も相手にはしないわ」
なんと返したらと迷う最中にも、グランマは部屋を出ていく。一瞬、動きが止まった一同の中で、アテナが素早く身を返してグランマの後を追うと、その耳元に
「グランマ、アリシアちゃんに、みんな味方だから心配しないでって」
秋乃はアテナの腕をやさしく摩りながら
「ええ、本当にいいお友だちばかりで、とても嬉しいわ……ありがとう……」
Dパートです