ARIA A SECRET SCHOOL DAYS 作:真夜中のミネルヴァ
7
「はへー、みんなむづかしそうな本ばっかりだよぉ、愛澤君、すごいンだねぇ……」
チャルマーズにペンローズ、エーデルマン……。
貸し出し書名リストにはよそよそしいタイトルと、図書委員の自分にも馴染みのない著者名が列んでいた。多くは教職員向きの専門書籍がならぶ棚に置かれているもの。
灯里は感心した顔で、リストが印刷されたプリントを下級生の男子生徒に差し出した。
「ここに学年とクラス、名前を書いて……」
少年にペンをあてがい手続きを促す。
「それと、遅延理由と返却予定日は……この欄とここに……」
字の揃ったきちんとした筆蹟が指示どおりに空欄を埋めていくのを眺めながら、灯里はときおり少年の背後に視線をのばして書庫のある方を窺っていた。
アリシアたちが現れるのを気にして。
少しして、明るい人影が書棚の間から見えると、ちょっぴり心配しながらいっぱいの親しみをのせた朗らかな笑顔を向けるのだった。
「あら、灯里ちゃん、今日はお当番の日?」
やってきたアリシアは胸に抱えた一冊を灯里に差し出しながらニッコリ。その変わらぬ様子に少女はホッと安堵する。
今しがた目にした彼女の姿が幻覚だったのではと思うほど、恋する女の子から白き妖精に戻っていて。
いつも通りのアリシアさん――。
目のまわりがまだほんのり赤らんでいるほかは。
「ちょっとこの子の延滞手続きのお手伝いをしているだけです」
そう言って目の前で事務をしている下級生に視線を落とした灯里は、また違和感を覚えて目を留めた。
おとなしそうな顔が一瞬、実に妙な具合に見えたように思って。だが、見間違いだったのか、少年はいつもどおりの顔にもどっていて、アリシアに礼儀正しく一礼していた。
「愛澤くん……」
気づいたアリシアが、少し驚いたように、申し訳なさそうな笑顔を向けた。
「昨日はごめんなさい、約束をやぶってしまって……でも今日は大丈夫よ……」
「先生、愛澤君と何かあったんですか?」
有能な教師が生徒ひとりひとりの名前を覚えているのは少しも不思議ではなかったが、今の通路でのいきさつもあって確かめずにはいられなかったのだ。
「昨日の放課後、質問の約束をしていたんだけど、急用ができてすっぽかしちゃったの、ダメな先生ね」
悪戯っぽく、ちょっと困ったような笑顔で灯里に言いながら、
「本当にごめんなさい」
少年には真顔にもどってすなおに頭を下げた。幼い容姿の男子生徒は逆に恐縮した風。それでも、
「先生は何かお探しものだったんですか?」と、訊き返す。
他愛もない会話のひとつに過ぎなくても灯里にはちょっと気になる問い。
少年が、アリシアの行動に探りをいれているようにも思えて。
考えすぎかな――?
しかし、もしもアリシアが生徒の一人と関係を持っている事が発覚すれば、一学園だけに留まらないスキャンダルになるのは火を見るよりも明らかだった。
それなのに、あんなところで、あんなこと、しているなんてっ。
アリシアさんが望むはずはないから、きっと――。
後で叱らないとっ!
脳裏に、とても幸せそうなクラスメートの顔がよぎって、灯里はうっかり、また、はひっ、と頬を染めてしまった。
それに気づいたアリシアの目許にサッと朱が差すのがわかった。
一瞬で互いの立場を察した二人は、それぞれの理由から相手が眩しくて視線を避けるようになってしまう。
「次のクラスで紹介できる教材がないか探していたんだけど……灯里ちゃんたちのクラスね、付け焼き刃がバレちゃったわ、うふふっ」
声を聞く分には、アリシアの返事はとても自然なもの。
でも――。
「これ、マザーグースですよね、読んだことあります、あたし」
灯里は本のページをパラパラ繰りながら、横目でチラッとサインを送り、アリシアの瞳に感謝の色が泛かぶのを見た。
「じゃあ、灯里ちゃんには簡単すぎるかしら」
「そんな、あたしが読んだのは日本語のですから……」
「でも、あらかじめお話がわかっていれば読みやすいと思うわ」
少女がさりげなく女同士の会話のバリアを張って少年の立ち入りを封じているうちに始業ベルが鳴った。
「それじゃ愛澤君、届けは次の休み時間の最初に入力しておくから、貸し出しは大丈夫だよ」
灯里は下級生にそう言い残すと、アリシアと連れだって図書室を後にした。