ARIA A SECRET SCHOOL DAYS 作:真夜中のミネルヴァ
十五日、午前九時過ぎ、メストレ、ヴィラ・ネオ・ヴェネチア――。
詰めかけた報道陣という野次馬の差し出すマイクとカメラの砲列に晒されて、二人は互いの背中に回していた腕にさらに力を込めるのだった。
「アリシアさん、お隣に居られるのがフィアンセの方ですか?」
浅黒い肌をした男の方はジーンズにデニムのジャケット、ダブダブのプリントシャツにアポロキャップというポップでファンキー、ちょっとワイルドな装いの人物だった。
「昨日の婚約発表以来、大変な騒ぎになっていることをどのようにお考えですか?」
「一報を受けての反応で、自殺未遂に発展する例まであるのですが、ご自身の受け止めをお聞かせください」
「今日の正午に行われるという発表では、そうした責任についてもお話になるのですか?」
矢継ぎ早の質問に二人はただ頭を垂れるばかり。
その様子に、メディアはさらに嵩にかかって質問という名目での攻撃を仕掛けていた。その背後ではさらに汚い言葉のヤジも飛び交う。
やがて女は肩を震わせるようになっていくのだった。
アリシアの泣き顔を撮ろうとカメラのレンズがさらに寄せられていった。
が――。
彼女は嗚咽しているのかと思いきや、それがいつしかクックックッという含み笑いになり……。
ついには哄笑、嘲笑になって、居合わせたメディア関係者はどよめく。
「そんなこと知ってたまるかよっ! 別に不倫していたわけでもなく、女が普通に好きになった男と所帯を持ちたいって云うののいったいどこが不味いんだっ!? 自殺未遂だって? 気の毒だとは思うが、失恋して自殺をするのはそいつの都合であって、アリシアには何の責任もないだろっ? アイツにどうしろって言うんだ?」
アリシアさんじゃないぞっ――!
という戸惑いの声がそちこちから上がっていた。
「私がアリシアだって――?」
長い金髪のウイッグを取ると、艶やかな黒髪が現れて、さらに周囲に、おー、という嘆声が広がっていった。
「おい、あれは晃さんだっ」
「どうなってんだヨ――!」
「アリシアの婚前交渉の現場を押さえたんじゃなかったのかっ」
怒号と罵声になって報道陣はさらに混乱をあらわに、その愚劣な正体を見せていた。
「誰も私の質問に答えていないな――」
晃は昂然と顔を上げると、この世で最も劣った生き物を眺めるような目で周囲を見やる。
誇り高い美女からこんな視線を送られたら、まともな男なら恥ずかしくてそれこそ死にたくなるだろう。
「アリシアの婚約のどこに問題があるって云うんだ? ただのゴンドラ漕ぎの女の子だゾ……まぁ美人だってことは認めるが、それがいけないとでも云うのか?」
責めて居るつもりがいつの間にか攻守が逆転していて、居合わせたもの全てが勝手が違って返す言葉を失っていた。
所詮は弱みを持った相手に
要するに弱いもの虐めでメシを食おうという、ハッタリだけで世渡りができると心の底から信じている見掛け倒しの者どもの見苦しい振る舞い。
「お隣の男性は晃さんの恋人ですか――?」
そのインチキな輩どもはなおも異形の精神性を遺憾なく発揮して、なんとか体勢を立て直そうと相手の弱みを探して付け込もうとする。
だが相手が悪かった。
「恋人? これが?」
晃が、ぷっと吹くと笑いだし、つられて傍の人物も声をあげて笑い出した。
「おい、もういいだろうオマエも相手してやれよ」
「ああ、おかしいっ、あたし、こんなに笑ったの何年ぶりだろう」
笑いの発作を堪えながら晃に話を振られてキャップを取ると銀髪のショートヘアーが現れて……。
またしても端整な美貌が表になっていた。
「「アテナさんじゃないかっ!」」
集団に再び動揺が広がっていく。
しかし最初とは異なり、今度は戸惑いの中にも興味と好奇とが見え隠れして居た。
なんといっても三大妖精の二人までが並んで一つのフレームに収まるという豪華なツーショットになっているのだ。
「あの、お二人は、その……」
一番近くにいた女性記者が恐る恐る二人にマイクを向けながら訊いた。
質問の意味するところは明らかで、
「なわけないだろ――」
と、晃は取り合わない。
「じゃあ、どうして?」
「わからないか? ただあんたらをからかってやろうと思ってナ……あんまりいい加減なことばっかり記事にしてくれるから、こっちもちょっと意趣返しをしてみたくなっただけだよ、アテナの奴と相談してな……」
「あたしは晃ちゃんに誘われて、おもしろーい、やろうって、二つ返事で……あたしが彼氏役を引き受けることにして、晃ちゃんにはアリシアちゃんになってもらうことにして……」
「どうだ? あなたたちには私も少しはアリシアっぽく見えたのか?」
「「「………」」」
「普段あんたらが勿体つけて伝えるものがどれほど正確か、これで良くわかってもらえたかな?」
「灯里ちゃんの心理分析をすると、あたしたちのイメージが出てきやすいのかも……だってアリシアちゃんと一緒に居る誰かを灯里ちゃんが見る機会があるとしたら、それはきっとあたしたちになる筈だから――」
メディアが喧伝していたアリシアのフィアンセのプロフィールは、まさしくアテナが扮装したものに酷似していた。
「「「………」」」
とびきりの美女二人と比べると、化けの皮が剥がされて強欲さと悪意以外にはなにひとつ勝っているところのないことがはっきりとした衆愚は、索漠とした空気に包まれている。
「さて、ちょっと遅くなったが、モーニングブッフェにでも行って腹ごしらえでもするか……」
晃は話を断ち切るつもりで言ったが
「あの、お二人は昨夜は何をなさってたんですか?」
「何をなさってたって……普通だよ……夜になったら寝る、みんなそうだろ? まあ私は寝る前、しばらくネトゲで格ゲーをしていたけどな……」
晃はネトゲでは有名どころのプレーヤーネームを数名、
「まぁ雑魚というには少々大きいが、水際でひとり残らずぶっ潰してやったよ――」
アテナは
「あたしは時代劇の恋愛映画を見てました――」
「そうだそうだ、こいつ、アントニオ! アントニオ! って涙ボロボロ流してたっけ」
「だって、すっごく悲しかったんだもん」
アテナは主題曲の“LOSS OF LOVE”を見事な天上の歌声で披露して、誰もが馴染みのある切ない旋律のスタンダードナンバーに、居合わせた一同を平伏させるのだった。
釘付けにされた残念な人々をそこに残して二人は現場を離れていく。
「あーお腹すいたー」
「さーて、飯にするか……」
「ここのモーニングブッフェのスクランブルエッグがすごく美味しいんだって」
「それ、どこ情報だよ? また例のオッサンか?」
「うん――」
アテナは屈託なく首肯した。
「へいへい、ごちそうさまっ、仲が良くてお幸せなこって……」
「だって晃ちゃんだって幸せいっぱいでしょ? どうやら結婚はアリシアちゃんよりも先になりそうなんだもん」
痛いところを突かれて晃は珍しくやられた顔をする。
「声がでかい、おまえの声は良く通るってこと、忘れるなよ」
「大丈夫、今はあの人たちはアリシアちゃんのことで頭がいっぱいだから」
「それはそれで、ちょっと癪だったりするんだがな……ってどうでもいいが、このアリシアの制服、ウエストがきつくて胸がブカブカって、アイツ、俺にケンカ売ってんのかよっ」
晃は制服の胸のたるみをパタパタやって悔しそうにしているが、少しも邪気は感じられない。
「アリシアちゃん、目立たないけど胸が大きいから」
「そのおかげで弾除けにもなってくれてるわけだし……ふん、良しとするか……あいつ、大変みたいだからな……」
「十二時って言ってたけど、アリシアちゃん、どこでやるつもりなんだろう」
会見場については、まだどこでやるとも伝えられてはいないのだった。
「さぁな、まだ協会も知らないらしいし……まぁ辛気臭い顔をしていても始まらない、まずは飯だっ。おまえのオッサンが美味いって云うスクランブルエッグ、この晃さまが試してやるよっ」
「晃さんがアリシアさんで、アテナさんが男装って……あたし、情報量が多くて頭がおかしくなりそう……」
藍華が頭を抱えている。
「これは何かのでっかい変装ゲームか何かなのでしょうか?」
「はえー、アリシアさんも男装してたし……」
「あ……灯里」
藍華がたった今、思いついた顔で
「ビデオは?」
「はひっ、ビデオ……?!」
「あるんでしょ?」
「うん……あるけど……どうするの……?」
「決まってるでしょ、テレビを録画するのよっ、今の映像、しっかり残しておかないと、こんな絵はもう二度と見られないかもしれないんだから」
「そっか……うん、レコーダーなら、えっと……リモコン……リモコン……」
「灯里先輩、リモコンなら目の前にありますっ」
探しているリモコンは灯里のすぐ目の前のテーブルの上にあったが、灯里の視線は室内広く探していて灯台もと暗しなのだった。
「なにテンパってるのよっ――」
「はひっ、あたし慌てちゃって……えっと、録画は、このボタン押せばよかったんだっけ……あんまり使ったことがないから……」
「灯里先輩っ、右上の赤いボタンを押せばすぐに録画が始まります」
「え、これ?」
灯里がなおも戸惑う中、焦れた藍華が
「後輩ちゃん、やったげてっ」
「先輩、お任せ下さい、こういうことは得意なので――」
リモコンを手渡されるやアリスはすぐに番組の録画を始め、
「後輩ちゃん、グッジョブ!」
藍華が親指を立てていた。
「あらあら、賑やかね」
階段を上がってきたアリシアが、いつも通りの三人の様子にいつも通りの笑顔を振りまいている。
「アリシアさん、見てくださいっ、晃さんがアリシアさんになってるんですよっ!」
テレビ画面には金髪の晃が大写しになっていて、それを見たアリシアも目を白黒させるのだった。