ARIA A SECRET SCHOOL DAYS 作:真夜中のミネルヴァ
修善寺での林間学校を終えた男子生徒たちは、それぞれが気の合う仲間と連れ合いながら帰途についていた。
柊アキトも同じ班の四名のクラスメートとともに、三島駅で時刻表を見ながら帰りのルートを検討している。
「おまえは網代行くんだっけ? じゃあ熱海までは一緒だな」
「うん、でもボクはあまりお金がないから在来線を使うけど……」
仲間にはまっすぐ学園には戻らずに途中下車して画家をしている網代の叔父の家に行くとことわっていたのだった。
「俺も在来線にするワ、だって新幹線だと料金は倍で乗ってる時間は三分の一だもんな、なんか損した気分になるだろっ」
「じゃあ、俺もそうすっかな、別に急いだからってなんかあるわけでもねぇし」
結局、全員が賛同していた。
「え、みんなそれでいいの?」
「いいぜっ――」
「にしてもよー、女子は往復貸切バスだもんなぁ、扱いの差を感じるよなぁ。ったくこのクソ暑いなか汗もかかずにドアツードアでスイスイだぜ」
「でもって俺たちゃ暑さにひーひー言いながら在来線のロングシートで窮屈な思いをする三時間、と――」
「そんなにひどくないと思うけどなぁ、都心と違って混んでないから電車も結構快適だよ、それにバスよりも揺れないし渋滞もないしね」
アキトはとりなすが、そもそもこの林間学校自体が男子たちにとっては不本意この上なかったのだ。
「ガンクマと往復バスってのも結構、辛いものがあるしな、ま、いいことにすっか」
「だな――」
今年は三年女子は臨海学校の年度ということで下田にある学園指定の臨海施設へ、なんと三大妖精が引率にあたり、一方で男子はガンクマこと国語の岩熊秀治、社会科の野比征彦、理科の松沢昭信の厳ついオッサンに連れられて殺風景な修善寺にある寺の宿坊でお勉強の毎日、という全くクソ面白くもないことになっていたからだった。
「あーあ、アリシアちゃんの水着姿、見たかったよなぁ……」
学外では男子生徒の多くが教師であるアリシアのことも、他の美少女たちと同様に馴れ馴れしくちゃん呼ばわりをしている。
「女子の誰かが気を利かせて写真撮ってるかもしれないから、それに期待するしかないかぁ」
「だが、たとえあったとしても俺たちに見せてくれるかどうかわからねぇしなぁ」
「「「………」」」
男子と女子の間には常に超えがたい溝があるものである。
中には夜間に寝所を抜け出して下田の施設を急襲しようと天城越えを検討したものまで居たというが、さすがに距離がありすぎて断念せざるを得なかった。
「――いったい何が悲しくて、男同士でジャガイモの皮むいて、ニンジン刻んで、カレー作って飯ごうで炊いた飯を食わんとならんのだ? おまえわかるか?」
「ぜーんぜん――」
「おまけに蚊に刺されまくってよぉ、ナンの罰ゲームだよって」
恨み節となると誰もが饒舌だった。
「四日連続で午後までみっちり自習自習で絞られてよぉ、花の中三の夏休み、受験がないんだから思いっきり羽伸ばしたかったのにな、休みが始まったと思ったら早々にこのザマよ」
皆が腕に残る夥しい数の虫刺されの跡を掻きむしりながら、憮然としていた。
「まぁそう言わないで、お寺のご飯は案外美味しかったし、夜は都会よりもずっと涼しかったし良かったじゃない、ボクはみんなと居られて楽しかったな。宿題も結構捗ったしね。家にいたらきっとこうはならなかった。夏休みはまだ一ヶ月以上もあるんだから、とっとと宿題をやっつけて、後は遊び倒すって、良い方に考えた方が人生、得だよ」
「おまえはいいよな、なんていったってあの水無灯里が居るし、なんだかんだでA組の藍華とか、二年のアリスとも仲がいいみたいだし、モテ期全開のハッピーモードで」
一人が羨ましげに本音を漏らすと、残りの三名も「まったく同意見です――」と言わんばかりに大きく頷いて羨望と共になんでこんなのばっかりが――と、でも言うようにアキトを見やる。
「うーん、水無さんとはそんなんじゃないんだけどなぁ……」
「でもお勉強会はやるんだろ?」
「多分ね……」
アキトは複雑な顔をして頷いた。
去年の八月の最終週は宿題の処理が思うように進まずにいた灯里を助けるため、というのを口実に、藍華に引っ張り出されて連日、強制デートに参加させられていたからだ。
実のところはみんな十分に宿題の処理は済ませていて、後は読書感想文を書くために本を読んだり、自由研究レポートを纏めるために図書館に行ったりをしていて、気分転換の捌け口にアキトを弄りたかっただけだったのだ。
ついでにただ名前を聞かされただけだと、どんなものが出てくるのかさっぱり見当もつかないスイーツのお相伴するまでがお約束だった。
これに係る望外の出費がバイトの身にはいささか堪えるのだが、だからと言ってそれを口にするのが憚られるのが男のつらいところ、もちろんどんなに勧められても女子たちから奢られるわけにもいかず、今のうちからそのための資金を十分に蓄えておく必要があって、夏休み中は可能な限り下宿先の食堂でアルバイトをさせてもらうように算段をつけていた。
女子との付き合いはクラスメートたちが想うようにけしてバラ色なものではなかったのだ。
ただそれを言うとかえって煽ることにもなりかねず、曖昧に微笑んでやり過ごすしかなかったのだった。
「俺たちも混ぜろよっ」
「それはもう全然かまわないけど……」
「けど、なんだよ?」
「ボクにはいかなる決定権もないから……藍華さんが首を縦に振らない限り……」
アキトが言うと、残る四人から盛大なため息が上がる。
藍華は美人で可愛くて、おまけに同世代の中ではスタイルも抜群なのだが、性格が委員長気質で一般男子には煙たいのだった。
実際、件の美少女は生徒会中等部書記の要職にあり、晃先生とも昵懇で、反体制側を自認する多くの男子たちにとっては目の上のたんこぶとも言える“体制側”の実力者なのだ。
迂闊に手を伸ばそうものなら大火傷をしかねなかった。
「さぁて、発車時刻まであと二十分ほどだが――」
索莫とした気分を変えるべく一人が声を上げた。
「車内で食う昼メシでも買ってくか?」
「コンビニ行くか、バーガーにするか」
「俺、チーバー三つ」
「俺も――」
「よしっ、バーガー買いに行こうぜっ、それからコンビニででっかいペットボトルのコーヒーを買って、みんなで分ければ節約もできるしなっ」
「オレ、ちょうどバーベキューで使ったプラカップが余ったの持ってるっ」
「おう、ナイス! それでイコー」
当面の方針が定まって少年たちは機嫌を直すと、揚々と駅近くのバーガーチェーンへと足を向けるのだった。
熱海で仲間たちと別れたアキトは伊東線に乗り換える。しかし網代では降りずにそのまま伊東まで行くと更に伊豆急を乗り継いで下田へと向かった。なんとか満潮前に弁天島へと渡りたかったが、多分、人道橋の多くは冠水しているだろうというのを覚悟していた。
下田の外れにある弁天島は元々は島ではなく、細い半島の端だったものが波による侵食と昨今の海面上昇によって、満潮時には完全に本土から切り離されて、周囲五百メートルほどの島になっていた。
現在の島の人口はわずか六世帯、十名あまり。
みな戦前からの住人で、漁業などで生計を立てていた人たちだったが、それも今では殆ど猟に出ることもなくなって静かにここに暮らす高齢者たちということである。
しかし地元のガイドブックによると、島には往時には三百名を超える住人が暮らしていて神社や飲食街、果ては曖昧宿まがいのものまであって、昭和初期までは昼間と夜とで表情を変える下田有数の大人の歓楽地としても栄えていたらしい。
もともとは幕末に製糖会社を起こして、先のご維新の大変革期に時流に乗って業績を伸ばし、一代で財を成した上石製糖――のちの日露製糖である――の創業者、
しかし昭和恐慌と大戦という二つの大波を受け、また親族のからむ血生臭いスキャンダルを経て、日露製糖は旅館業から撤退、同時に島は急速に衰退していったのだった。
その後は土地、建物の所有権が二転三転し、その度に所有者の事業が傾くという奇妙なジンクスから、ついには買い手が見つからないままに宙ぶらりんの不良物件として長らく放置されていたものを、ネオ・ヴェネチア学園のオーナーであり学園長でもある天地秋乃が、将来的に学園の臨海施設にするべく数年前に格安で引き受けたということだった。
入り組んだ海岸線には幾つもの入江があって波の穏やかな内海となり、さながら天然のプールのようになっていて、また周囲の小高い岬によって外界と遮られるために、思春期にある女子たちがひと目を気にせずに夏のひと時を過ごすには適していると考えられたのだ。
現在は秋乃が建物の一部を改修してたまに別荘として利用しているらしいのだが、暫く使っていなかったことから、ちょうど女子の臨海学校の引率をすることになって下田にまで行くことになったアリシアに建物の点検を兼ねて見回りを頼んだのだという。
これはアキトにとっても、またアリシアにとってもお誂え向きのデートチャンスとなり、アキトも林間学校を終えたら彼女の後を追って島に渡るつもりで約束をしていたのだ。
下田駅を降りるとバス停に向かい、次のバスの時刻まで一時間以上もあったことから、仕方なく散策も兼ねて海岸まで歩くことにする。
下田市内は近くに関東でも有数の海水浴場があることから、また夏休みということもあって、水着の上に柄シャツを羽織っただけのラフな格好をした若い男女の姿もちらほら見えて、日の高いうちからの、こうした観光地特有の開放感のある街の空気は自然に気持ちを昂らせて、それもあってか当初は徒歩で一時間以上はかかると思ったのだが、バスを待つよりも先に四時前には弁天島に続く人道橋の入り口に着いていた。
しかし百メートルほどの橋は既にあらかたが冠水していて、仕方なく靴と靴下を脱ぎ、ズボンを膝上まで捲り上げて、波打ち際を歩く要領で橋を渡ることにする。
時に波は膝下に迫るほどにもなり、引き潮に足を取られそうになりながら欄干の手すりを頼りになんとか島にたどり着くと、そこは全体が鬱蒼たる樹々に覆われていて、木立の間からの蝉の鳴き声も
市街から離れて人の気配も無く、ここでアリシアと二人だけで過ごせるというのは、どんな大胆なことにも気兼ねなく挑めそうな気がして、なんだか夢のようで期待に胸が甘くときめいてくるのだ。
アリシアと海というのも、とても相性が良いように思えて、彼女の魅力を一段と引き立ててくれそうなのだった。彼女に是非、身につけてほしいと手に入れておいた秘密の水着は、大胆なセパレーツできっと実によく似合うに違いない。
さすがに海の中で交わるようなことはしたくなかったけれど、愛し合った後で火照った体を海水で冷やして一息ついて、それから気持ちを切り替えてからまた愛し合う、そんなことを今夜なん度も繰り返すのはじつに楽しそうだった。
星空の下で生まれたままの姿になった先生は、きっと女神そのものに見えるだろう。そんな美しい人を抱いて、尽きることのない欲望の赴くままに彼女の身体の隅々に、また思いつく限りの探究の手を伸ばしていく。
なんて素敵で幸せな!
アリシア先生はあんなに綺麗で可愛らしい顔をしているのに、体臭はけして薄いたちではなかったし、アソコの蜜の量だってびっくりするくらい多かった。でもそれは嬉しい驚きなのだ。
裸になった彼女が性的な魅力に溢れていることは、男にとっては何もかもがご褒美で、他にどんなに恥ずかしい秘密を隠しているのかを極めずにはいられなくなる。
階段を上りながら、この先に誰よりも大切な人が待っていると思うと自然に胸が踊って、頬が緩んで、さらに足が急くのだった。
愛し、尊敬する女性が恥ずかしがって、可愛い顔をせつなげに肉の歓びに屈していく姿を目の当たりにして感動せずにいられる男がこの世にいるだろうか?
先生に性器接吻を教えてあげたのはボクだし、お尻の穴が女の子の体にとっての急所であることを教えたのもボク――。
何にも知らない無垢な身体に、恋の魔法をかけたのだ。
驚きと恐れに目を白黒させながら、それでもついに諦めた彼女が歓びに沈むことを選んだ時、二人の関係は
それ以降はセックスをする時、アキトが常にアリシアをリードして、先生はそれに対してどこまでも従順になった。
教室でいる時、普段とは違って、裸になると教師と生徒という上下関係が反転してしまうという、男と女の
先生のカラダはボクのもの……。
みんなボクだけのものだ……。
だから――。
いろんなことをして可愛がってあげる……。
人間の男というものがどんなに欲が深くて、あさましくて、そして無慈悲であることかを肌身を通して学んでもらうことにする。
だってアリシア先生のカラダは甘い甘い謎の塊だから……。
今夜は、それを一つ一つ詳らかにして、またボクのものにしていくんだ。
楽しいだろうなぁ……ああ、早く先生に逢いたいなぁ……。
石段を数えていたが、そんなイケナイ妄想をしているうちに二百を超えたあたりから適当になって、多分、三百段ぐらいあっただろうと思うがわからなくなってしまっていた。
階段を上がりきったところで
神石神社――おそらくこの地の主であった上石家の名をもじったものだろうが――という銘が脇にあるのが読み取れる。
見ると境内は、恐らく玉砂利が敷き詰められていたはずなのだが、石畳の敷かれた場所以外は、雑草に覆われていて荒んだ印象である。
その鳥居をくぐって境内に入ると、正面の本堂の前に立ってしばし拝礼をした。
ネオ・ヴェネチア学園はミッション系の学園ではあったが、宗教色は強くなく、生徒個々人の信仰の自由は尊重されていて、アキトは大方の日本人がそうであるように無宗教と言いつつも尊いものには手を合わせるようにしている。
神社は、もうかなりのあいだ人の手が入っていないらしく扁額の文字も掠れて殆ど読みとれなくなっていたが、かろうじて千八百九十二年(明治二十五年)に建立されたものであることが判った。ちょうど百二十年前のことで、甚右衛門が亡くなった後、しばらく経ってからのもののようである。
要するに“事件後”に、なんらかの宗教的な施設が必要になって作られた、と想像することができるのだった。
ただ、この寂れた様子からすると、さして効果はなかったのだろうとも思う。
目指す旅館となった屋敷の建物は、神社本殿の更に奥、腰の高さ近くにまで伸びた雑草の生い茂る境内裏の先にあった。
唐破風の屋根付きの正面入り口に大きな引き戸があって、いかにも当時の繁栄ぶりを感じさせる佇まい。建物はここから島の尾根に沿って長く伸びているらしい。
たいそうな歴史的建築物であるはずが、特に文化財として指定を受けることもなく専ら保護が私人任せというのは少し奇異にも映るが、一介の中学生に隣県の経済事情など知る由もないが、どこの自治体も財政難というのか、曰く付きの建造物の保護などしてはいられないということなのだろうと推察する。
逆に言うと、それほどのスキャンダルがあったということだった。
事実、創業家の上石家と日野家とは、莫大な遺産をめぐってよくあるお家騒動となり、凄惨な事件を引き起こしていた。
そんなことはガイドブックにはどこにも書かれていなかったが、興味本位に調べたところ、ここがさながらドラマのような出来事が紡がれた現場であることを少年は知っていたのだ。
迷信深い人間であれば、寄りつくことを躊躇うような――。
ただアキトは、そして恐らく秋乃もそうなのだろうと想うが、そういったことにはあまり頓着がなく、ネガティブな感情がネガティブな結果を招くのだと考えて、何事も努めてポジティブに捉えようとしている。
そうすれば負の歴史もやがては霧散していくもの――。
そして目の前の建物も、確かに年を経てはいるものの陰惨な雰囲気は感じられずに青空の下、清々しいほど輝いて見えていた。
「まぁそうなるよね……だって、たとえ砂漠にだって歩いた跡から花を咲かせるような人が今ここに居るんだから――」
どんな悪霊が棲みついていようと、女神の浄化の光の前にはたちまち退散して、おとなしく成仏するに違いなかった。
「わかるんだ、ボクはアリシア先生の信者だから――」
そう口にしてから
「ズボンの前をパンパンにしながら言うことじゃないのかも知れないけど……」
片手で股間を慰めながら、淫らな期待に胸をふくらませ、少年の顔にはちょっと自虐的な笑みも浮かんでくるのだった。
学園サイドのお話で
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