ARIA A SECRET SCHOOL DAYS 作:真夜中のミネルヴァ
二
照明は点いていなかったが窓の多い開放的な玄関内は広く明るく、上がり框の前に沓脱のための幅広のたいそう立派な大石が置かれていて、この建物が旅館として栄えていた往時を偲ばせる
向かって左手には恐らく帳場として使われていたであろう小部屋があるのが見えて、その前も広々としたスペースをとっていた。
正面の先は廊下が折れていて見通すことはできなかったが、廊下の片側に並ぶ、古いガラスに特有のくすみと歪みのある窓を通して中庭が見え、廊下が右へ左へと折れながら奥へと長く続いているらしいことが窺えるのだった。
確かに見事に贅を尽くした建築物で、メンタリティが多分に猫科としての自覚のある少年にすると、大いに探究心をそそられて興奮を禁じ得ない光景が広がっている。
「あの……」
奥へ向けて小さく声を発して呼びかけた。
「先生、居られますか?」
これまで見たこともないような、広く大きなお屋敷にアリシア先生と二人――。
秘密の宿を貸切にしてお泊まりデートをしているような気持ちにもなって、自然に期待は大きく膨らんでくるのだ。
ここで、いろんなシチュエーションで、いろんなセックスをする――。
いっぱいいろんなことをして、先生のいろんな表情を見せてもらいたい!
とびっきり可愛い先生の、とっておきの可愛い姿を想像するだけで、カウパー腺は既にガマンの限界を越えて、ホンキモードになりかけていた。
白いブリーフの中の自身の息子は、コンドームの数が一ダースぐらいじゃ足りなかったかもしれないと後悔を感じるほどイキリ勃って、既に先端に潤みを感じるまでになってしまっているのだった。
しかし、しばらく待っても返事はなかったのだ。
留守、なのかと不安になってくる。あるいは予定が変わって先生も女子たちと共に帰途についてしまっていたのだとしたら……?
ただ、これだけの規模の建物であると、ちょっと離れたら声は届かないだろう。だからと言って断りもなく上がりこむのも気が引けて、
「あの、先生っ、居られませんか?」
今度は廊下の奥の方へ向かって、やや声を大きくして呼びかけた。
すると、しばらくすると今度はやや上、天井の方に人の気配が立って、近づいてくる足音が感じられるようになったのだった。
漸くほっとひと安心、ついでまた欲望が鮮やかに蘇ってくる。
この世でいちばん気高く愛くるしい生き物が、今にも柱の影から現れて、やさしい笑顔を向けてくるのを想って、少年もまた満面の笑顔で迎えようと足音のする方へと姿勢を正した。
が――。
「柊、やっぱりおまえだったか……まぁ前から怪しいとは思ってたんだが……そうか、そうだったか……しかしまさか生徒だったとはな……」
現れたのはアリシアではなくて晃だったのだ。
三十度を超える室温が、瞬間、一気に氷点下まで下がったようなショックに凍りついてしまった。
不自然な笑みを貼り付けた顔で立ち尽くしたままでいると、
「どうした? 上がってこいよ」
言われて我に返った。
「あ、あの……」
言い逃れる方法はないかと頭を巡らせていたが、晃の方は少年の葛藤などにはお構いなく
「ああ、そうだな、裸足じゃまずかったな」
アキトの足元を見ながらそう言うと、玄関脇の下駄箱の中からスリッパをひと組み取り出すと、パンパン、と叩いてから式台の上に揃えて置いた。
確かに板張りの床は燻んでいて、ところどころにひび割れがあり、裸足で歩くのはちょっと躊躇われる状態になっている。
「ついてきなさい――」
「あ、はいっ」
「今日はちょっとおまえと話をしようと思ってな……」
アキトは言われるままに靴を脱ぐと、忙しなくスリッパに履き替えて、先に立って廊下を歩き出した晃の後に続いた。
前を行く晃はダークグレーのテーパードパンツに白いTシャツで、ジャケット代わりに長袖の白いボタンシャツを重ねた姿は、モデル体型であることもあってとても美しい。
白いうしろ姿の背中で長い髪が揺れるたびに、肌着のラインがうっすら覗いているのも常になく魅力的なのだった。
「アリシアなら上の広間でおまえのことをお待ちかねだ――」
「あの……」
「隠さなくていい、ここだけの話だからな」
やはり晃は知っているようなのだった。
ただ、アリシアが居ることがわかって少年は安堵する。
それこそが何よりも知りたかったことだった。
ミシミシと音を立てて階段を上がると、どこまで続いているんだろうと思うほど長い廊下を、張り出しを避けるようにして右に左にと折れながら奥へ奥へと進むのだった。
「ここは昔、望翠楼と呼ばれていたそうだ……知ってたか?」
「はい……」
「そうか、おまえはなんでも下調べに余念がなかったな」
「そういうわけでは……ただ、初めての場所だったから迷ったら困ると思って……」
「ふむ……じゃあ、ここで昔、派手な殺人事件があったことも知ってるな?」
「はい――」
「だからな、夜になると出るらしいぜ」
「やっぱりそういう噂が立ってるんですね」
廊下の右手に並ぶ客間は襖戸で仕切られていたが、襖の多くが剥がれかけていて、明るいうちならばともかく夜になればそれなりの雰囲気になりそうではあった。
「つきあたりが大広間だ、二人はそこに居る――」
「二人――?」
「ああ、アテナの奴も一緒だ」
「今ここに、アリシア先生と晃先生とアテナ先生の三人が居られる、ということですか……」
アリシアだけでなく、三大妖精が揃って待ち受けていたというのは想定していなかったが、意表を突かれた形ではあったが、半ばまな板の上の鯉の気分にもなって成り行きに任せることにする。
もう、そうするしかなかった。
「ああ、そうだ……それと今日はオレたちを先生呼ばわりしなくてもいいからな――」
「あの……それは……」
「わかるだろ? その意味ぐらい」
今は教師と生徒という関係ではないということの確認なのだった。
要するに、二人がすでに一線を越えていることを知った上で話があるということらしいと理解した。
「入るぞ――」
閉じた襖越しに中へ声を掛けると、晃は襖戸を開いた。
そこは上の間と下の間とが二間続きになった大広間で、上座に、床の間を背にして中央にアリシアが、その右手にアテナが座ってこちらを見ていた。
「連れてきたぜ――」
「ありがとう晃ちゃん……」
言いながらアリシアは、申し訳なさそうな視線をアキトに向けてくる。
恐らく彼用に置かれたものらしい座布団が、上の間との敷居の手前に置かれていて、アキトはその前で足を止めると、座布団を脇へと寄せて畳の上に正座するのだった。
晃もアリシアの左側、自分の座布団の上であぐらをかくと、アキトは畳の縦四つ分ほどの距離を置いて、年上で、教師で、かつ規格外の美女三人と向き合うことになっていた。
アリシアはともかく、晃もアテナもいつもとは違うレベルの隙のない視線を送ってきていて、
「楽にしていい、膝をくずしてもかまわないぞ」
晃はそう言うが、少年は畏るしかなかったのだ。