ARIA A SECRET SCHOOL DAYS 作:真夜中のミネルヴァ
構図からすると、明らかに目上の有力者三人の前に引き出されて何やらお叱り、査問を受けるような按配で、アリシアとのデートに胸躍らせてやってきたアキトにすると期待していたものとは全く違う展開に戸惑うばかりになっている。
アリシアとの関係を知った二人から、分不相応だからと別れるように圧力がかけられるとか、教師に狼藉をはたらいた
せめてもの救いは、この件についてアリシアが関わってはいないことが窺えることだった。
「さて、なにから始めたものかな……」
晃が口火を切って話を始めた。
「なぁ、柊……おかしいとは思わないか?」
「は?……はぁ……」
問いかけの意味をはかりかねて、曖昧な返事をする他なかったが、
「こうした場合には、私もアテナもお前の側にいて、アリシアの方を糺すところなんだが……」
と続けて、ようやく晃が何を言わんとしていたか判ったのだった。
要するに未成年の教え子と関係を持った場合、通常であれば責めを受けるのは教師であるアリシアになるというのだ。
確かに普通はそうなるだろうとは思う。
一方、暗にこの場合はそうはならないとも晃は告げていた。
つまりは、やはり責められているのはアキトの方である、と。
「初めに断ったように、いま私たちは教師としておまえの前にいるわけじゃない」
「別にわたしたちは、あなたたちのことを倫理的な意味で問題にしているわけでも、仲を引き裂こうとしているのでもないの」
アテナの言葉には救いがあって、アキトは少しだけ気持ちが楽になったのだが、
「でも、だからと言って手放しでもいられないから」
と詰め寄られると、また緊張に縮み上がる。
再び沈黙。
二人からの視線が痛かった。
アリシアまでのわずか四間ほどの距離が果てしなく遠く感じられる。
まるでレーザービームの十字砲火に晒されて、一歩も身動きの取れなくなった全滅必至の小隊のように、ただ頭を低くして耐えるしかないような状態。
“……この堅牢な構えの前に、囚われの姫の元まで無傷でたどり着くことができるものは鳥以外にはないと信じられていた。しかし、勇者とその一行に課せられた使命は、無事、姫を救い出すことにあったのである――”
ライフは1個、セーブ不可で、リスタート無し。
無理ゲーにも思えてくる。
厳しい生徒指導で知られる晃はともかくとしても、日頃、どこか芒洋とした印象のあるアテナを含めて二人がなぜかくも厳しい眼差しを送ってくるのか――。
無論、思いつくことは一つしかない。
だが、
「晃ちゃん、アテナちゃん、ちゃんとお話をしないとアキトさんには何もわからないから……」
アリシアが助け舟を出してくれたのだ。
そう言うなり彼女は立ち上がると、驚くべき行動に出た。
アキトの隣にやってくると、そこで正座をしたかと思うと両手をついて二人に向けて深く頭を下げたのだった。
長い金髪が畳の上に落ちて拡がっている。
少年もワケがわからないままにアリシアに倣って同じように土下座をするのだった。
「ごめんなさいっ、アキトさんとのこと、ずっと黙っていて……隠していて……」
アリシアからの謝罪の言葉を受けて、今度は当惑するのは晃とアテナの方だった。
「アリシアちゃん、頭を上げて、あたし、アリシアちゃんにそんなことをされると困る」
「おい、アリシア、おまえの気持ちはわかってる、ただ俺たちが確かめたかったのはコイツの方なんだ」
晃は困ったな、とでも言うように頭を掻きながら言った。
「なぁ柊、おまえ、アリシアにここまでさせて、どう思うんだ?」
アリシアはまだ畳に額を擦り付けたままでいて、アキトもそのままでいながら沈黙を選んだ。
「わかったよ、わかったから……二人とも頭を上げてくれ、頼む」
晃の方から懐柔してきて、彼女もまた座布団の上で座り直すと皆と同様に正座になるのだった。
アリシアに合わせてアキトも顔を上げる。
「いいか柊、ここでこれから俺が話すことはいっさい口外無用だ、いいな?」
念を押されるまでもなく、アリシアと密会の約束をしていたことなど、そこに晃とアテナが現れたことを含めて誰にも話せるはずがなかった。
「実はな、俺とアテナと、そしてアリシアは、姉妹みたいなものなんだ……血の繋がりはなくてもな……アリシアは俺たちにとって、とても大事な、大切な家族なんだ……」
「あたしたち、同じ施設で育ったの……グランマはあたしたちにとっての育ての親みたいなものなのよ……」
アテナも付け加える。
アキトにとってはもちろん初耳で、美女三人の仲が良いことは感じてはいても、それが実際に姉妹のようなものであるとまでは知らなかったし、想像もしていなかった。
「……そのアリシアに男ができた……それを知った時には、まさかと思ったぜ……まぁなんていうかな、アリシアの奴は、こんな派手な見かけとは違って、中身はおとなしくてオクテで、そういうことには一番、縁遠いと思っていたからな……まぁただ、俺がそう思いたかっただけだったのかも知れんが……」
「グランマもとても驚いて心配されていたの。だってアリシアちゃんは私たち三人の中でも、とりわけグランマとの縁が深かったから……」
学園長の天地秋乃は晃やアテナからはグランマ――と、呼ばれていることも、このとき初めて知ったのだった。
そして三人は天地秋乃の営む同じ施設で育ったらしい、いわば私生児、孤児の類であったことに大変驚かされていた。
美しい三人からはどこにも、そういった複雑な生い立ち、背景を窺わせるような屈折した部分、暗さを感じたことがなかったからだ。
輝くばかりの美貌と知性、恵まれた才能と素質、どこを切りとっても第一級の資質を備えた抜群の美女たち。
「……だから、アリシアちゃんにとって大切な男の人は、同時にあたしたちにとっても大切な家族になるの……その人がどんな方なのか、あたしたちも見極めておかなければならないでしょ? もしもおかしな人だったりしたら困ったことになるから。グランマからは起きてしまったことは仕方がないから、代わりにその相手がどんな人物なのか、しっかり見届けてくるようにって言われていたのよ」
要するにグランマ秋乃は、アリシアに別荘の見回りを任せる一方で、晃とアテナの二人には、アリシアには内緒で容子を見てくるように命じていたらしいのだ。
今日のこの件は、学園の外で一人になる機会を得たアリシアが、それを恋人に伝えてデートに至るかもしれないだろうと読んだ上で、晃とアテナの二人に相手の特定と、見極めとを申し渡したということのようだった。
「柊――」
晃は、またもどかしげに頭を掻きながら、長いため息をひとつついた。
「……私は、だいぶ以前から、アリシアの相手がオマエかもしれないと薄々気づいていて、目はつけてはいたんだがな……だが、さすがにまさかと思ってな。だってオマエはまだ中坊、おまけにアリシアが担当するクラスのガキだから、そんな子供とコイツが関係を持っていたなんて、なかなか現実味を感じなくてな……いったいどんな手を使って骨抜きにしたんだ? アリシアがオマエにぞっこんなのは良く判ってる……まぁ、仮にも男と女のことだ、深く詮索するのも野暮な話だから、これ以上は訊かんが……」
傍でアリシアの容子を窺うと、金髪に覗く耳まで赤く染めているのが見て取れて、それを目にした晃とアテナは一瞬で全てを察したかのように、どうしたものか、と顔を見合わせている。
「おまえ……柊……おまえはこの先、アリシアをどうするつもりなんだ? おまえにアリシアを守れるのか?」
「アリシアちゃんがもし傷つくようなことになれば、その時は、たとえ子供でも容赦はできないわね。柊くんには、その覚悟はできてるの?」
二人が厳しい眼差しを送りつけていた理由は、アリシアへの愛情と共に、自分たちのテリトリーに侵入してきた異物に対しての自然な拒絶反応だった。
問われたアキトは答えなければならなかったが、ただ二人は教師として生徒である自分のことを知りうる立場にあって、その場しのぎが通じる相手ではなく、迂闊な物言いこそ厳禁。
言葉を選んで慎重に、くれぐれも慎重に対応しなければと言い聞かせながら、
「先生は……アリシア先生は、ボクが誰よりも尊敬する、大切な女性です……お二人が先生を思うように、ボクも先生のことを思っています……先生には幸せになって欲しいから……」
「あたしは幸せよ、アキトさんに巡り会えて……」
アリシアが援護する。
「初恋の相手が五つも年下の、それも中学生の教え子って、おまえはホントにそれでいいのか?」
晃は困った顔で質している。
日頃は従容としているアリシアが、ことこの件に関しては一歩も譲る気がないことを察したからでもあった。
「そのことはわかっているつもりよ。だから責めを受けるとしたらあたし。アキトさんじゃないわ」
「晃ちゃん、アリシアちゃんの気持ちは変わらないわ、それよりもあたしたちが確かめなければいけないのは柊くんのことでしょ?」
「ああ、そうだったな……」
常になく積極的に立ち回るアリシアの容子には完全に呑まれた形になって、つい矛先が鈍りがちになっていたが、アキトに対してはまだ手を緩めるつもりはなかったようである。
けれども晃は自身の胸の奥に、半ばジェラシーに近い感情が蠢いていることを意識してから、そのぶんやはり理性がブレーキをかけがちになっているのだった。
一方、アキトは問われたことに対してのみ努めて誠実に応えることにして、すでに肚を決めていた。
上手を相手にした場合に、嘘、偽りはもとより下手な弁解やアピール、虚勢はかえって逆効果になること、受け身で守りに徹している方が良いことを少年は、自己防衛の本能から心得ていたのだ。
何を訊かれても、どんなことを問われても、偽りのない答えをするつもりでいたが、代わりに何か訊かれるまでは口を閉ざしていることにする。
こうして再び、沈黙が場を支配していった。
カナカナカナカナ……。
アブラゼミの賑やかな大音声がいつしか途絶えがちになり、どこか寂寥感のあるひぐらしの鳴き声が聞こえるようになっていた。
長い夏の夕暮れが迫っているようである。
「……正座って奴は、どうにも足が痺れてかなわんな……おまえたちも足をくずせよ」
無言の行に痺れを切らせた晃がついに折れた瞬間だった。
「どうするアテナ、グランマになんて言ったらいいんだ?」
「ありのままを言うしかないわね。アリシアちゃんの気持ちは固いし、柊くんのことも良くわかったし……やっぱりアリシアちゃんが選んだ男の人だったから……」
「そうか……そうだな……」
晃が何故か悔しげな視線でこちらを一瞥したことを訝しみながら、少年はどうやら自分が二人からの面接をかろうじてパスしたらしいことを感じたのだった。
短めで18禁でもないので……
ホームベースが遠い