ARIA A SECRET SCHOOL DAYS 作:真夜中のミネルヴァ
「おい、焼きそば、誰かお代わりのいる奴いるか? まだ少し残ってるからな」
「あ、ボク食べますっ、くださいっ」
呼びかけにアキトはすぐに手を挙げて応えた。紙の皿を持って晃が仕切っていた鉄板の前にやってくると、空になった皿を差し出す。
「アリシア、おまえは要るか?」
「あたしはもうお腹いっぱい。今日はたくさんいただいたわ。すごく美味しかった」
「じゃあ、生ビールは?」
「そうね、もう少しいただこうかしら」
「アテナ、おまえはどうだ?」
「うん、飲む、飲むっ」
アリシアとアテナも空っぽになったラージサイズ紙のカップを持ってやってくると、晃は慣れた手つきでビヤサーバーから、少しどころかなみなみと注ぎ入れていた。
生まれて初めて経験する本格的なバーベキューは、三大妖精と一緒のディナーということもあって、少年にとって夢のような時間となっている。
夜のプライベートビーチで営まれる女神たちとの宴――。
望翠楼――の、ほとんどは、建物の一番端にあった大広間を除くとまだ手つかずで荒廃したままだったが、かつては従業員たちの宿舎も兼ねていた別棟の方は既に居住が可能なように修繕が進んでいて、広い厨房も使用可能な状態になっているのだった。
学園長の秋乃先生から、そこにあった業務用の大型冷凍庫の中の食材も自由に使ってくれていいと言われていたそうで、女神たちは浜辺にあったビーチハウスにバーベキューセットを見つけるや、夕食は砂浜でバーベキューパーティーの予行演習――将来的には望翠楼はネオ・ヴェネチア学園の臨海学校の宿泊施設として使われる予定であった――をしようという話になり、あっという間にこうしたことになっていた。
牛肉の塊や、ロブスターにホタテ貝、さざえや鮑、イカ、タコなどの海産物、野菜や果物、果はアルコール類までたっぷりと用意されていて、彼女たちをすっかりその気にさせて、もちろん少年も同じなのだった。
厨房で野菜や肉の前処理をして浜辺にどっさりと食材を運び込むと、ドラムのコンロに炭を敷き詰めて火を起こし、金網や鉄板を温めがてら、まずは手始めに前菜となる野菜類に火を通し、次いで冷えた生ビールにアテて串焼きなどの焼き物、餃子などへと進む。
「餃子も美味しいわ、冷たいビールにこんなに合うなんて知らなかった」
「うん、すごく美味しいっ!」
「だろう? 焼き餃子にビールってのはこっちじゃ定番みたいだけど、確かに旨いよなぁ、ピザだとこうはならない……まぁあれはあれでいいんだがな」
晃も調理の合間に、餃子を頬張りながら実に旨そうにビールを煽っている。
どこからみても尋常ではない美女たちが、餃子のような
それを物欲しそうにしていると思ったらしく、晃が、
「なんだ、柊、おまえも欲しいのか?」
ビールの入ったラージサイズの紙コップを見せびらかすようにする。
「なぁアリシア、おまえ、どうなるか面白そうだからって子供に酒やビールを飲ませたりするんじゃないゾ」
「わかってるわよ、それぐらい」
そう返しながらもアリシアはちょっと瞳を潤ませていて、常にない表情をしていた。
「でも、ちょっとだけなら……」
アキトに艶っぽい流し目を送ってくる。
「コラコラ、教師が教え子を酒に誘ってどうするんだ」
「だってあたしたち、今は教師じゃないもん、晃ちゃん、言ってたじゃない」
「屁理屈を言うんじゃない」
晃はアリシアを窘めると身を乗り出してきて、アキトに囁くように宣告する。
「なぁ柊、ああ見えてなぁ、アリシアの奴は大した酒豪なんだぜっ。もしもおまえがこの先、アリシアと所帯を持つつもりなら、あらかじめ覚悟しておくんだな。おまえの稼ぎのあらかたはアイツの飲み代に消えちまうってことを。しっかり稼がないと家計はたちまち火の車だ」
晃が軽くウインクして見せながら言った。
「そ、そうなんですかっ?!」
晃はアキト一人に話しかけていたが、しかしもちろん声はみんなに丸聞こえである。
「晃ちゃんっ、アキトさんにおかしなことをふきこまないでっ! あたし、そんな大酒飲みじゃないわっ」
珍しく慌てた顔をしたアリシアが必死に否定していた。
「違うんだからっ、アキトさん、晃ちゃんの言うこと、本気にしないでっ」
「コイツはそう言うけどな、いつだっていっくら飲んでもケロッとしてるんだ。なんていっても俺たちの中じゃ、ぶっちぎりでいちばん酒に強いのはアリシアだよな」
「そうね、アリシアちゃんはお酒、強いわね」
「アテナちゃんまで……」
アキトも話半分で聞いていたが、半分は信じてもいた。
いつでも端然としているアリシアが、そう易々と酒に呑まれて酔い潰れるとも思えなかったからだ。
「気をつけますっ――」
「もう、アキトさんまでっ……しらないっ」
アリシアがツンとむくれて拗ねた顔をして、アキトは微笑む。
気のおけない仲間たちの居る前で見せる彼女の素の表情もまた、新鮮で愛らしく映るのだった。
お酒が入るとアリシアは普段よりも舌の動きが滑らかになるのか、ガールズトークにも花を咲かせていて、こうした形で自分の知らない恋人の一面をいろいろと知るのはただ眺めているだけでも楽しかった。
こじんまりとした入江の砂浜が女神たちの笑顔、華やかな笑い声に包まれている。
教師ではなく、若い女の子にたちかえった、美女たちの本来の姿。
聞くとはなく聞こえてきた会話の内容から、晃やアテナにも、どうやら恋人が居るらしいと知ったのもびっくりだった。
同時に当然だとも思う。
これだけの美貌の女性が異性から積極的なアプローチを受けずにいることなど、山奥の人里離れた修道会にでも居ない限りはむしろあり得ないことなのだ。
もちろん絶対に口外無用、誰にも言えない秘密である。
もっとも、アキトにしてみると、目前の豪勢な料理の数々は、そうした神々のプライバシーから目を逸すには十分なものでもあったのかもしれない。
バーベキューは、軽い焼き物類で下地を作ってからは、メインとなるホタテや鮑などの海産類、ロブスターへと続き、あまり裕福とは言えなかったアキトにとっては鮑もロブスターも初めて口にするものなのだった。
そして極めつきはリブロースステーキ――!
厚みがゆうに五センチはあろうかという、綺麗にサシの入った和牛ロースの巨大な肉の塊が、熱せられた鉄板に触れてじゅうっと美味しそうな音を立てて香ばしい匂いがたちのぼるシーンには、自然に垂涎、目も心も奪われてしまう。
「アリシア、おまえはあまり肉は得意じゃなかったよな」
「大丈夫よ、今日はいただくわ。せっかく晃ちゃんが作ってくれているんだもん」
「そうか――」
「先生はお肉、ダメなんですか?」
アリシアがあまりお肉が好みではなかったことを知ったのも、それが初めてだった。
「ダメっていうわけじゃないけど、どちらかと言えば魚介類の方が好きかな?」
「エルフみたい」
容姿からしても、なんとなくわかるような気もしてくる。
「そんなんじゃないわ、別に宗教上の禁忌とかでもないんだけど……」
「男の前で、あたしは肉食女子じゃないわってアピールしてるってことだよな、まぁ、その分、俺たちの食いぶちが増えるんだからなんの文句もないが、なぁアテナっ」
「お肉、お肉っ」
アテナはノリノリで腰フリフリダンスをして見せた。
「もう、晃ちゃんはすぐに意地悪をいうんだから、うふふっ」
冗談とも本気ともつかない会話の中で、晃は、網の上ではなく鉄板の上で焼かれたステーキの焼き加減を見ながら、食べごろのサイズに切り分けていた。その見事な包丁さばきは、店の厨房にそのまま立たせることができるのではと思わせるほどサマになっている。
焼き上がった肉汁の旨みを噛み締めて、塩と胡椒だけ、マスタード、グレービーソース、ホースラディッシュ、定番の焼肉タレ、さまざまに味変を楽しみながら、四人で一キロ以上の肉塊をきれいに食べ切っていた。
牛肉ってこんなに美味しいものだったんだ、ということを知った感動。
何もかもが十四歳の少年には、新鮮で目新しく、そして忘れられない経験となっている。
少し心が痛んだのは、偽りを言って別れてきた友人たちに対して――。
自分ばかりがこんな経験をしても良いのだろうかという、幸運と幸福への忸怩だった。
それが顔に現れていたのか
「どうしたの? アキトさん」
アリシアが心配そうな顔をして覗き込んでいた。
「ボク、こういうの初めてだったから……こんなに素敵なことをボクばかりが経験して良いのかなって……ボクみたいなのが……」
「なぁ柊、いや……アキト、おまえはもう俺たちにとっては家族なんだ、あまり気にするな……まぁあくまでもプライベートでって話だがな、ただ学校ではこうはいかないゾ」
「それはわかってます……」
「それにあたしたちだって初めてなんだよ、こういうのって」
アテナも口添えをする。
「そうだな……みんなでこんな本格的なバーベキューをするのは初めてかもしれないな……」
三人ともに実に手際良く、よほどやり慣れているように見えたのだが、意外なことに実際はそうではないというのだ。
「みんなと施設にいたときはまだ子供だったし……」
「施設……ですか?」
「まぁあまり詳しい話は、私たちの口からは言えないんだが……そのうちグランマがおまえにも話す時が来るかもしれない……」
晃も言葉を濁していて、どうやら彼女たちには共通の秘密があるらしいことも初めて察したのだった。
「さて、シメは焼きそばとするか……肉汁がもったいないからな、みんなあとどのくらいイケそうだ?」
「あたしはだいたいお腹がいっぱいだから、少しでいいわ」
「あたしもそんなにたくさんは要らないけど、でも晃ちゃんの焼きそばなら食べてみたい気もするし」
「アキト、おまえはどうする?」
「ボクはまだまだいけますっ」
ビールを飲んでいない分、お腹にはまだ余裕がありそうだった。
「よし、じゃあ四人前を、二玉あれば十分かな?」
「余ったらボクが受け持ちますので、ご心配なく」
「わかった――」
豪華な食材をふんだんに楽しんだ後、今はシメとなる焼きそばを食べている。具材はキャベツだけだったが、強い火力と焼き物類の旨みが残る脂で炒めたものは、下宿先の食堂のものに比べても劣らないくらい美味しかった。
「片付けはボクがやりますので、先生たちは休んでいてください」
「おいアキト、ここでは先生じゃないって言ったろ、俺さまのことは晃でいいぞっ、おまえ、アリシアのことをいつもは何て呼んでるんだ? アリシアだろ?」
「そんな、とんでもないですっ、先生か、アリシア先生か……アリシアさん……かな」
「そうなのか?」
アリシアに確かめるように顔を向けた。
「うん……あたしは呼び捨てでもかまわないんだけど、アキトさんがその方がいいって言うから……」
アリシアの頬が染まっていたのは、コンロの炎の照り返しの為だけでも、酒に酔っているせいばかりでもなかったのかもしれない。
「ボクにとって、先生はやっぱり先生だから……」
目上の女性の密やかな姿を知るのは、男にとってはこの上なく征服欲を満たしてくれるものでもあるのだった。
甘い声を発して乱れる彼女を、先生、と敬称で呼ぶ時の歓びは、そうそう蔑ろにできるものではなかった。
「そうか……まぁ、そういうのもあるのかもしれないな……」
「アキトくんは優しいよ、見てるとわかる。アリシアちゃんのこと、すごく大事にしているのが感じられる場面が何度もあったから……アリシアちゃんもアキトくんから体を触られても少しも気にしている容子がなくて……」
「あたし、そうだったかしら……?」
「ボク、そんなに先生に触ってたかな……」
もしかすると無意識に触れていたかもしれないが、殆ど自覚していなかったのだった。
二人でいる時には手を差し伸べたり、支えようとするのは既に習慣となって身についてしまっているようである。
「それくらい自然だったってことよね……アリシアちゃんがボディタッチに慣れているのは、仲が良いからよ……体の関係を結んだものならではの睦まじさ」
意外なことに、茫洋としているようでいてアテナはしっかり見ていたらしい。
ただ、体の関係――と、口に出して言われるとたちまち身の置き所がなく居心地が悪くなるが、さらに
「大好きな人とするセックスは、とっても素敵なことだから……」
と、続ける。
「おい、アテナっ」
セックス、と聞いて慌てたのは晃だった。
「晃ちゃんだってそうでしょ?」
「アキトが居るんだぞっ」
「いいじゃない? アキトくんはもう家族なんだから……」
「まぁ、そうだけどな……」
晃は実にすばやくアキトに目をやって、珍しく彼女の当惑ぶりが覗く。
今の会話だけで、二人とも既に男性経験を持っていることが窺えるのだった。
途端に居づらくなってきて
「ボク、お風呂の用意をしてきますっ」
「ここの片付けは後回しか?」
「あの、後で……」
アキトは逃げるようにして浜辺を後にして岩肌の階段を駆け上がっていくと、一息ついてひとりごちた。
「びっくりしたなぁ……そりゃ、三人とも大人なんだから……そうなのかもしれないけど……」
晃やアテナの恋人と言うのがどんな男性なのか、やっぱり気になるのだ。
三大妖精がアリシアばかりか、揃って恋人が居て、性経験を持っているというのは、男心を落ち着かなくさせるには十分すぎる現実なのだった。
まとまり切らなかった分は明日にします
相変わらずエロシーンが無くてすみません