ARIA A SECRET SCHOOL DAYS 作:真夜中のミネルヴァ
「行っちゃった……ごめんねアリシアちゃん、あたしが変なこと言った所為で……」
「ううん、いいの……本当のことだから」
「そうか――」
晃もため息をつきながらもホッとした顔をしている。
「それよりアリシア、おまえはどうやってアキトのヤツから口説かれたんだ?」
「あ、それ、あたしも知りたいっ、アリシアちゃんたちの馴れ初めっ」
「口説かれるって……」
「そりゃ、おまえがアイツを見初めたとは、とうてい思えないからな」
「でも……別にそんな特別なことはなかったから……」
「だけど、今、こうしてすっごく仲良くなってる」
「それは……自然に……一緒に居ることが多かったからかな……」
「それだけか?」
「うん……」
アリシアにも、アキトに惹かれるようになったきっかけはよくわからなかった。気がついたら好きになっていて、それからは……。
「本当は……彼、灯里ちゃんのボーイフレンドだったの……それでウチに来ることが多かったから……」
「おいっ、おまえ、灯里から彼氏を略奪したっていうのか?」
「うん……」
アリシアは素直に頷く。
「そりゃ灯里もびっくりしたろうな、まさか自分の教師に、年も離れている相手に男を取られて、負けヒロインにされちまうとは思ってもいなかっただろうから」
「いわないでっ、晃ちゃん……」
「それで灯里は、いいのか? おまえのこと恨んだりしてないのかよ?」
「あの子とは、ちゃんとお話をして許しを貰っているけれど、でも本当に許してくれているかまではわからないわ……アキトさん、とってもステキな人だから……だから恨まれても仕方ないかなって……」
自然に
「へいへい、ごちそうさま」
「でも灯里ちゃんと今も一緒に暮らしているんでしょ?」
「うん」
「それなら大丈夫、アリシアちゃんのことを恋敵だと思っていたら同居なんてできないから」
「そうだといいんだけど、灯里ちゃんも我慢強い子だから……だから余計にひどいことをしてしまったなって……」
アリシアの表情が翳りを深める。
「そうか……まぁ、そのうち俺からも灯里の本心に探りを入れてみることにするか……あいつに限って裏表があるとも思えんのだが……」
「わかった、あたしもそうしてみる」
「晃ちゃん、アテナちゃん……」
友人のサポートはいつでもありがたかった。
こっちに来て、学園に身を寄せるようになって、物心共に互いに支え合ってきた二人は、心強い家族であり無二の親友なのだった。
「だが、それを含めて今のおまえたちの関係は、きっと運命ってヤツなんだろうな」
「運命?」
晃らしからぬ物言いに、アリシアは傍の顔を見上げていた。
「ああ、普通なら教師と生徒がタブーを犯すほど惹かれ合うなんて……とりわけアキトはまだ十四だろ? 来月には十五になるんだっけか? いずれにしても仮に子供がオトナの女に憧れることがあったとして、おまえほどの女が心を奪われるってのは、やっぱりそうそうあることじゃない」
「………」
晃の指摘はアリシアの胸のチクリと刺していた。
そのそうそうないことが起きてしまったのは、やはり彼と一線を越えて体の関係を結んでしまったことと無関係ではないように思うからだった。
アキトが、おとなしそうな外見とは違って閨では実に献身的な、女にとっては恐ろしいほどのとても好ましいパートナーであることを、晃もアテナも知らない。
女がとても口にできないようなことまで経験させられていることを。
もちろんアリシアも実際に肌と肌とを接するまでは気がつかなかった。
最初はほんのおふざけから、挨拶程度の軽い口づけから始まって……。
まるで思春期そのものの、男の子と女の子のするようなキスに、スリルを覚えるような他愛のないものだった。
一緒におとなになるための階段を、時間をかけてゆっくり上っていくつもりでいたのに……。
それが――。
あの子が望んでいた本当の口づけを身に受けてから、一瞬で立場が入れ替わってしまったように思うのだ。
挑まれて、逃れられぬままに歓びへと誘われて、アリシアは女の運命を受け容れる事を選んでしまった。
こうして彼と体の関係を結ぶようになってからは気持ちがどんどん傾いていって……。
セックスが二人の絆をよりいっそう強くして、分かち難いものにしていた。だからといって、自分がただ肉欲に溺れているのだとは思いたくはなかったのだ。
どんなに体が彼の愛撫を望んでいたとしても、ただ身を寄せ合っているだけで幸せだったし安心もできる。
アキトを恋する気持ちには不純な動機などないと信じたかった。
だからそれを運命、と言い換えられるのなら、すぐに反応して縋りついてしまいたくなるのだ。
「やっぱり男と女には、運命ってのがあるのかもしれないな……おまえはきっと巡り合ってしまったんだろう、たとえ今はまだ幼かったとしても、一生をかけて愛せる相手に……」
「アリシアちゃん、恋をするのに歳は関係ないよ。寿命が短かった昔は十代半ばで出産することも珍しくはなかったんだから」
「ああ、そういや歳が無関係っていうのなら、おまえもアリシアとは逆の意味でそうだよな」
「うん……」
アテナは年上の男性と、まるで何年も添い遂げているような、しっかりと地に足をつけた恋を育んでいた。
「まぁこっちじゃ、結ばれる相手とは生まれた時から小指と小指とが見えない赤い糸で繋がっていて、自然に引き合わされるようになるって言われているらしいからな……他愛もないおとぎ話だが……いずれ年上だろうと年下だろうと恋愛の形にそもそも決め事なんかありゃしない、おまえたちみたいなのもあっていいじゃないか。俺はアキトのヤツを見ていて思ったんだが、オクテのおまえにはちょうどいい似合のパートナーに見えるぞ」
「そう、アキトくんって、不思議な男の子よね……ときどきドキッとするくらい大人の男の顔をする時があるから……さっきもそうだった。アリシアちゃんのことを見ているあの子って、とても年上の女を見ている時のものじゃなかったから……まるで
アテナの言葉にアリシアは、と胸を突かれていた。
自分がアキトに惹かれた理由の一端に触れられたように感じて。
そう……。
確かにそうなのだ。
アキトには見かけ以上に大人の男性を感じてしまう瞬間があって、それが時に謎めいて見えて、彼に好奇心を抱いたきっかけになっていたように思う。
「そうね……そうかもしれないわね……そうだといいんだけど……」
ただアリシアの気持ちは、いまひとつ煮え切らないものを残しているようである。
「それに、なんだか不思議な気持ちにならないか?」
晃はグラスを傾けながら暗い夜の海に視線を送って言った。
海にはただ一隻の船もなく、月明かりを受けて時に白波のうねりが見える太平洋が、左右から迫り出した岬の間に覗いている。
三人は今、砂浜に並んで腰を下ろして、ハイボールのグラスを片手に海を眺めているのだった。
「そうね、だって三人でこうしているのって、初めてじゃないみたいなんだもん」
「アテナちゃんもそう思うの……?」
「やっぱりおまえらもか? バーベキューの間中、俺も、こんなことを以前になん度もしていたような妙な気分だった……海なんて、こっちに来るまで見たこともなかったはずなのに……こうしてると懐かしいような、変な具合になる」
そう言う晃は穏やかな表情をしていた。
「デジャヴって言うのかしら? でも三人が三人ともに同じような感じになるのは不思議よね」
「単に脳の記憶の誤作動ということだけでは説明できないわね」
アテナが生理学の大学院生らしいことを口にしている。
「実は、自分の中にはたくさんの記憶があって、いつもは眠っているだけなのかもしれないって……」
「それって集合的無意識って言うんだったか?」
「うん……でも、仮に私たちの記憶に重なり合う部分があるのだとしたら、それだけではなくてもっと別の理由もあるのかもしれない」
「別の理由?」
「たとえば、過去か未来かわからないけど、私たちはここ以外の場所で出会っていて、同じ経験をしていた……とか」
「ああ、聞いたことがある。スピリチュアル系かなんかで、たしかソウルメイトって言うんじゃなかったか。しかし珍しいな、理科の先生のおまえがそういうことを口にするなんて」
「だから科学じゃないんだけど、でもそういうことを一概に否定するのも科学的な態度じゃないから……だって不思議じゃない? 晃ちゃんは藍華ちゃんと近くて、あたしとアリスちゃんもそう。その二人が、アリシアちゃんと近い灯里ちゃんと大の仲良しだなんて……まるで初めからそうなるように定められていたみたいでしょ?」
「確かにな……藍華だけじゃなく、俺も灯里やアリスとは、会った時分から、なんとなく初めてじゃなかった気がしていたのは本当だ……その時は、単に波長が合うのか、ぐらいにしか思ってはいなかったんだが、言われてみると……おかしなもんだな……」
「灯里ちゃんが、もしもソウルメイトだったりしたのなら、アキトくんをアリシアちゃんのところへ連れてくるのがあの子の役目だったりするのかも……」
「ふーむ……」
「それも運命っていうの?」
アリシアは、アテナの言葉に救いをみたように思って確かめた。
「もしくは記憶……親しい人っていうのは、ソウルメイトとしての記憶がそう感じさせているのかも……」
「ソウルメイトの記憶か……それが運命ってヤツの正体か……」
「恋をするのに、経験の積み重ねによる学習効果っていうのとは明らかに違う場合もあるから……ひとめ惚れっていうのは確かにあるし……」
「そういやアテナ、おまえの場合はそうだったな……」
「あら、晃ちゃんだってそうでしょ」
アリシアに返されて、晃が痛いところを突かれたように頭を掻きあげる。
晃のお相手は明眸皓歯で知られる世界的な著名人だった。見初められて、猛チャージを受けて、現在は婚約までに至るステディな関係になっている。
「同じ生理学でも、神経生理と運動生理とでは扱う対象が違いすぎて……俺には良くわからん……」
晃は照れ隠しをするようにお茶を濁した。
「でも、素敵なお話ね……あたしがアキトさんに最初に感じたのも、やっぱり懐かしさだったから……」
「おまえがアキトのヤツにぞっこんだってのはわかったよ」
「きっとそれも、互いの心の裡に秘めた記憶が呼び合っているのかな……だから懐かしい人とのセックスは尊いって……女にとって心の通わない相手とだと、これほど哀しくて辛いことはないと思うけど、大好きな人とならどんな経験よりも嬉しいものになるから……」
「そうね……それはわかるわ……彼以外の男の人と褥を共にするなんて、考えただけでも怖くなるけど……でも彼となら安心するから……ああ、この人なんだって思えるの……」
とても淫らで羞しい愛撫の最中に、それが初めてだったはずなのに、同じことを以前に経験してように感じていたのを彼女は思い出していた。
だから、逃れるのではなく拒むのではなく、身を任せることを選んでいたことも……。
あの子も、そんなふうに感じてくれていたのかな……?
だったらいいな……嬉しいのにな……。
「晃ちゃんだってそうでしょ?」
「だから、俺にそういう話を振るなって……」
「あ、ずるいっ、あたしたちにばっかり話をさせておいて」
「だから俺らはっ――」
「ハイ、俺らは?」
「続けて、続けて」
晃もアリシアとアテナの二人に責め寄られて、しっかり惚気話をさせられたのだった。
立派にガールズトークが盛り上がって、
「なんだかおまえの馴れ初めから、ずいぶんエライことになっちまったな」
「だって晃ちゃんが始めたのよ」
「そうだった……俺が悪かったんだよな……わかってるって……で、それよりどうだ、酔い覚ましにひと泳ぎするってのは?」
晃は湿った話を切り替えるつもりで持ちかけていた。
「え、今から? お酒が入っているのに泳いだりなんかしていいのかしら?」
「なぁに泳ぐって言ったって、波打ち際でちょいと酒で火照った身体を水に浸すだけさ、だいぶ汗もかいたしな」
晃は冷や汗もかいている。
「そういえば臨海学校では全然、海に入れなかったし、ちょっとぐらいならいいかもぉ」
「あら、アテナちゃんもいいの?」
「泳ぐのはNGだけど、軽く浸かるくらいなら……みんな一緒に、少しの間なら大丈夫」
「臨海では生徒と同じようにスク水を着るわけにもいかなかったし、まぁ仕方ないよな。だからって大勢の
臨海学校では、女子生徒たちの海水浴にはプロのライフセーバーの監視がついていて、引率の教師は着衣のまま近くの海の家で控える、という形をとって、結局、真夏だというのに五泊六日の間中、一度も海には入らずにいたのだ。
「うーん、そうねぇ……」
「ここが臨海学校で使えるかどうかもチェック項目だから、ちょいと
「うん……でも、水着は?」
「ここなら素っ裸になっても誰も居ないし、いいだろ、久しぶりにお互いの身体を見せっこするのも」
「まぁ……」
こうして三人は全裸になると、波打ち際で冷たい海水に身を浸すのだった。
一方、風呂の準備が整って、アキトがアリシアたちを呼びに戻ってきた時、彼の目には信じられないものが飛び込んできて愕然として立ち尽くしていた。
全裸の水の女神が三人、きゃっきゃ、うふふっと嬌声を発しながら、波打ち際で水と戯れている現場を目の当たりにしたからだ。
それはまさに神話の中の出来事なのだった。
こうして半ば魂を抜かれたように呆けた顔をしていたアキトに、最初に気がついたのは晃だった。
少年は意図して身を隠していたわけではなかったが、ちょうど崖に沿って階段を降りてきて、海辺での賑やかな様子が気になってよろよろと足を運んでいたところ、ビーチハウスの脇のあたりで見てをいけないものを目にしたことの驚きから、まるで肉食獣からロックオンをされてフリーズしてしまった獲物のように動けずにいたのだった。
そこは照明が点けられて明るい屋内と、ドラムコンロの熾火の作る鈍い光が届かずに、ちょうど建物の影が落ちるひときわ暗い一角だった。
そしてアキトが我を取り戻して背を向けるよりも一瞬早く、晃に声をかけられてしまったのだ。
「おーい、アキトぉ、どうしたぁ?」
「えっ!? アキトさん、そこに居るのっ!?」
アリシアの当惑の声も聞こえてくる。
「先生方、なにをされてるんですかっ!」
少年は背を向けたまま崖に向けて声を上げていた。
「見りゃわかるだろ、ちょいと入江のチェックを兼ねて夜の海水浴だ。ここは近くウチの女子らの臨海学校で使うことになる予定なんでな」
海水浴とは人間社会では水着の着用をするのが習いである。
にもかかわらずそれを全裸でできるのは、頭のネジの何本かが吹き飛んだヌーディストか、それとも着衣の文化を持たない未開の部族か。
だが三名はそのいずれでも無い。
人の姿をした、人の基準を遥かに超えた美しい生き物――。
これが一糸まとわぬ艶やかな生身を晒している。
「そんなところにぼんやり突っ立ってないで、おまえもこっちきて混ざるか?」
言うまでもなく、そんなことができるはずがなかった。
「ダメェっ! アキトさん、いまこっちに向いてはいけませんっ」
「いいじゃねぇかよ、そんなカタイこと言わなくても。おまえの旦那ってことは、俺らにとっても可愛い弟分ってことになるわけだし」
「あれ、アリシアちゃん、何か困ったことでもあるのぉ?」
「アテナちゃんまでぇっ」
「アキトさん、ダメよ、いまこっちに来てはっ」
「ぼ、ボクは、お風呂の用意ができたので、ただお呼びに来ただけで……」
「そうか、そうだったな、風呂か……あのな、アキト、ちょっと悪いんだが、その前にタオルを持ってきてくれないか?」
「は……?」
「ビーチハウスに砂落とし用のシャワーはあるんだが、タオルがないと拭えないから、このまま風呂場に直行することになるっ」
要するに、タオルの備えもなく、ということだった。
アキトは大きく肩で深呼吸をしてから天を見上げ、
「……この女神さまたちは、後先考えずに素っ裸になって海に飛び込んだってことですか……」
ひとりごちる。
酒に酔った勢いもあったのだろうが、仮にも男が一人、一緒に来て居ることを全く意に介していないというのか、その無警戒、無防備ぶりには、さすがに両手で頭を抱えたくなる。
「タオルって言われても、どこに置いてあるかもわからないので……ボクはどうすれば?」
「俺たちの部屋にそれぞれのバッグが置いてあるから、中からバスタオルでもバスローブでもなんでもいいからあるヤツを持ってきてくれると助かる」
「先生たちのバッグを開けてもいいんですか?」
「いいにキマッテるだろっ、なぁ、アリシア」
「アキトさんが変なことをしないのは判かってはいるけど……ごめんなさい、アキトさん、迷惑かけて……」
「迷惑なんかじゃありませんけど、ただ先生方の私物に手を触れるのは生徒としては……」
「だから、おまえはもう身内なんだからいいんだよ、気にせず頼むなっ」
晃はそう言うやいなや、アリシアの「きゃあっ」と、いう悲鳴が入江に響いた。
少年は何事かと思って、一瞬、後ろを振り返りかけたが、
「やったわねぇ、晃ちゃんっ」「スキありっ」「あっ、アテナっ、おまえらズルいぞっ」
また楽しげに応戦する声になって、彼女たちが水辺でじゃれあいを始めたのだと分かったのだ。
三人の発する子供のように無邪気な嬌声を背中に、アキトは女神たちの容子を覗き見たいという誘惑を堪えながら岩壁を這う石の階段をまた上っていくのだった。
次回は18禁です