ずっと好きだった幼馴染と8年ぶりに再会したら、爆乳美女へと成長していた。 作:音有五角
暗闇が怖い。
夜を迎えるたびに、不安になる。
特に、雨の降る日は、どうしても思い出してしまうから……。
あの時から、わたしはそうなってしまった。トラウマ、というものなのだろうか。闇の中で一人になると、体の震えが止まらなくなる。夜になると落ち着かなくなってしまう。自分はなにかの病気なんじゃないか。どこか悪いんじゃないかって。そう思ってしまうくらいに。
だけど、そんなことはなくて。
全ては、わたしの弱さが原因なのだ。
誰が悪いわけじゃない。わたしに、強さがないんだ。
もっと、しっかりしないといけない。
幸い、りっくんのところにいる時からは、そういう不安に駆られたことはない。当然、発作も出なかった。
遠くへ来た、というのも、良い安心感を生んでいるのかもしれない。
頑張ろうって、そう思った。もう、誰かに迷惑をかけるばかりの自分は、嫌だから。
好きな人にも、こうして、また会えた……。
りっくんには、素敵な女の子として見られたいから。自分の弱いところは、醜いところは見せたくない。
昔のわたしみたいに。明るくて、よく笑う、元気な女の子のままなんだって、そう思ってほしいから。
なにも変わっていないんだって、安心してほしい。
例えば、あの時の。一回目のプロポーズを受けた、花火が上がった日のわたしのように。
大丈夫。
わたしは、もう大丈夫なんだ。
りっくんにだけは、迷惑をかけないようにしないと。
むしろ、役に立つくらいにならないと。
無力な自分に戻るのは、嫌だから。
☆
深夜だった。苦しそうな息づかいが聞こえた気がして、僕は目を覚ます。
「理奈……?」
布団から出た理奈は、部屋の壁に寄りかかり、喘ぐように呼吸をしている。全身から汗が流れ、顔色が青い。どう考えても普通じゃなかった。
「お、おい! 大丈夫か!」
時期的に熱中症や脱水症状が、脳裏をよぎる。携帯を握り、意識が怪しいようなら救急車を呼ぼうと考える。だけど理奈はそれを制止した。
「大丈夫。大したこと、ないから……」
「でも」
「平気、平気だよ。りっくんに、迷惑かけないから……」
迷惑って……。わけがわからない。
だけど理奈の言う通り、しばらくしたら症状は落ち着いた。最初倒れかけた時は怖かったが、本人はやたらと冷静で、この発作に対して慣れを感じる……。とてもではないが、色々と普通じゃない。
「どこも、悪いわけじゃないから。わたしが、弱いせいだから」
聞きたいことはあったけど、今の彼女を刺激することは避けようと考えた。とても心配だけれど……。まずは冷静にならないと。
外は、強い雨音がしていた。
★
次の日の朝。理奈はなんでもなかったかのように、朝早く起きて朝食を作り、僕の仕事を手伝った。表面上はなにも問題がなく、快活としている。昨日のことは僕が見た幻だったんじゃないかって、思ってしまうくらいだ。
もちろん、幻じゃないんだけどな。
しかし仕事が終わり、家へ戻ると理奈はルーティン通り、夕食の準備を始めた。働き者なのは良いことだが……どうしたものか。昨日のことを、理奈から切り出す気配が全くない。正直、端々の言動も気になるし、なんだか心配だ。
僕は庭へ出て、理奈の母親……良子さんに電話した。
「――あらぁ、もしもし? 結婚の報告かしら?」
違います。いやまあ、そう遠くない未来に、違わないことにはなるけど。なんで感づかれているの。
「ち、違いますよ」
「ふふふ。ウチの娘、おっぱい大きくなったでしょう? 私に似たのよ♡」
さらっとすごいことを言われる。まあ知っているけど、親子揃って爆乳なのは。しかし今は、そんな話をしている場合ではない。
僕は昨日の夜にあったことを話した。理奈が発作のようなものを起こしたこと。ついでに、やたらと頑張りすぎるところがあることなど。
「心当たりありますか」
僕の問いかけを聞いた良子さんは、嘆息した。
「大学での話は、どこまで聞いたかしら?」
「イジメを受けたとか、人と上手くいってないとか、ストレスで朝の電車も乗れなくなったとか。そういうことは。ああ、あと告白を断ったことがきっかけ、ってのも聞きました」
「主に、そこが問題なのよねぇ」
良子さんは悲しげな声を出す。
「フラれた男の子、ちょっと執念深くて。家も知られてるみたいで、追いかけられたことがあるの」
「ストーカーですか」
魅力的な容姿だし、そういうのが湧いてもおかしくはない。
「ええ。家の前で、腕掴まれたそうなの。その日は雨が降っている、夜だったわ」
だから発作が起きたあの時、雨が降っていたのか。理奈にとっては、雨の降る夜はフラッシュバックが起きるトリガーなのだ。
「私がいたし、近所の人も出てきてくれたから、なんとか大ごとにはならなかったけど……理奈はその時のことがトラウマになってね。ただでさえ、大学でひどい目に遭っている時期だったから……あの子の精神状態はどんどん悪くなっていったわ」
「迷惑がどうとか、自分が弱い、とか言っているのって、追い込まれていることと関係があるってことですか?」
「優しい子なの。私達に心配をかけていることを、気に病んでいるのよ。だから、トラウマも大学のことも、乗り越えようって考えるの。でもね、体は正直に反応してしまって。電車に乗れなくなったり、夜にはトラウマがフラッシュバックして、パニック症状が起きて。悪循環よね。大学にも行けなくなって、余計に周りへ心配をかけている、と強く思い込むようになったの」
「お医者さんとかには、診てもらったんですか」
「ええ。けどね、こういう病はどうしても回復に時間がかかるの。精神的なものだから。薬も貰っているけれど、お守りみたいなものよ。あまり使うと、薬に依存して頼るようになってしまうから、根本的な治療にはならないの」
「……」
端々の言動が繋がっていく。
自分を責めるような発言もそうだし、やたら頑張ろうとするのも、この件が関係しているのだろう。自分は過去を乗り越えた、強くなったと思いたいのだ。
役に立ちたい、という妙な言い回しも気にはなっていたが……なるほど。こういう事情から来ているのか。
理奈はまた誰かに迷惑をかけることを、恐れている。
誰かの足を引っ張ることも、恐れている。
そして弱い自分自身を晒すことも、恐れているのだ。
「ストレス解消や、精神病の治療は体を動かしたり、環境を変えたりすることが大事なの。それが一番の療法だって。それであなたのところへ行くのを、勧めたのよ」
それならそうと言ってくれればよかったのに。
まあでも、理奈のあの様子だと、全部言うのは嫌そうだから……難しいところか。本人としては、知られないまま乗り越えることが、理想だったのだろう。良子さんが詳細を話さかったのも、そんな彼女の精神状態を慮ってのことだった。
「わかりました。教えてくれてありがとうございます」
「ふふふ、いいのよ。理奈のこと、よろしくね。このまま貰ってくれてもいいんだからね♡」
なんだか、もういいやと思った。
「貰うつもりですよ。8年前から、そのつもりでしたから」
「あら♡ ぜひそうしてね♡」
「もうちょっと落ち着いたら、挨拶へ行きます。ああ、それと、もう一つだけ聞きたいことが」
「なあに」
「あいつ、大学でなに勉強してたんですか? はぐらかされたんですよ」
くすくす、と良子さんは笑い声を上げた。
「あの子の専攻は、農業学科よ」
愕然とした。
そういうことかよ。
……どおりで、物覚えが早くて器用なわけだ。
そもそも、作業の経験者なのだ。
★
電話を切ったあと、ため息をついて考える。
夜空は晴れていた。
そして。明日は、あの8年前と同じ花火大会が開かれる。この家の庭から、また花火が見られる。
理奈と、一緒に。
ああ、そうだ。これから共に、たくさんの時間を過ごすことになるんだ。
……ちょっと難しいような、悲しいような8年間を知ってしまった。
本当は本人の口から聞かなければいけないことを、勝手に聞き出して、勝手に踏み込んでしまった。
表面上はとても明るいけれど。理奈の心は、とても傷ついている。僕が想像していたよりもずっと、ずっと。
僕の前では、強くあろうとしている。
そうすることを望んでいる。
昨日の夜のことについて触れないのも、なかったことにしたいからなんだ。弱いところを認めてほしくないんだ。
――それに……東京へ戻ったら、わたしは――から。
あの時は、聞き逃したけれど。きっと答えはこうだ。
――わたしは、また迷惑をかけるから。
考えないといけない。
僕に出来ることはなにか。これから必要なことはなにか。
理奈を幸せにするには、どんな言葉と行動が、必要なのだろうか。
★
いつも通りの一日を過ごし、僕と理奈は二人で花火を見た。縁側に座り、あの時と同じように、家の庭から夜空を見上げた。
「花火綺麗だね、りっくん」
「ああ」
理奈を抱き寄せる。理奈も僕の胸に抱きついた。
「理奈、ごめんな」
「え?」
「良子さんから、色々聞き出してさ。発作、トラウマが原因なんだろ」
ぎゅっ、と理奈の手が強く握られた。
……いきなりすぎたかもしれない。けど、遠回しに伝えたり、なにかの勢いに任せて自白するのは、筋じゃないと思った。
「……うん」
「それと……農業勉強していたことも聞いた」
「っ!?」
理奈は顔を赤くした。
この様子だと、やはりそういうことだ。農家に興味があるから……っていうよりは、農家に嫁入りするから、という意味合いなのだろう。
8年間好きでいたことはもう確かめ合ったけど、より愛おしさが増していく。
まあけど、口にすれば恥ずかしいし、もう確かめ合ったことだから、この話題に関してはこれ以上触れなかった。大事なのは、これからのことだ。
「で、だな。色々と、改めて伝えたいことがある。勝手に過去を暴いておいて、本当に勝手なんだけど。聞いてくれるか」
こくり、と理奈は頷いた。その表情は少しだけ、不安げだ。
「ここにいていいのは、まあ当然として。理奈の心境的には難しいだろうけど、頑張りすぎなくていいんだってことは、最初に伝えたい。僕を頼ってもいいし、甘えてくれてもいい。役に立とうだなんて、そんなことも考えなくていい。僕達はもう家族で、夫婦なんだから、力を合わせるのが当然だ」
「りっくん……」
「もちろん、理奈の好きなようにやればいい。僕は止めないし、あれこれとは言わない。離れていた間の辛い出来事は、もう変えることは出来ない。でも、これからは一緒だ。きついなって思った時は寄り添うし、頑張りたいって時は、頼りにする。言いたいこと、少しは伝わったか?」
「……うん」
「勝手に過去を探ったこと、聞き出したことは、本当に謝る。ごめん。正直、驚いたことも多い。こんなに辛い思いをしてきたのかって。理奈をひどい目に遭わせた奴らを前にしたら、きっと僕は、冷静じゃいられなくなる。8年間のこと全部を話せだなんて、言わない。けど、今回のことはどうしても知りたかった。許してくれるか」
「わたしが、ずっと隠して、誤魔化していたから……わたしこそ、ごめんね。あの時のまま、明るい理奈のままだって、思ってほしかったから」
「そっか。でも僕、そんなお前を受け止める覚悟……というか、ぜひとも受け止めさせてほしいなって、そう思ってる。だからさ」
僕はポケットから四角の箱を取り出し、開く。
理奈は驚いたように目を見開いて、僕を見あげた。
「こいつを貰ってくれないか」
「……っ! は、はいっ!」
理奈はすっ、と右手を差し出した。
「あ、あああ、あの、通してくれると、嬉しいです……♡」
なんて、言ってくれて。
僕は理奈の綺麗な指に、指輪を通した。
サイズはピッタリ。理奈はぱあああっ、と明るい笑みを浮かべた。
「ありがとっ……!」
「ああ……あの時と同じだな。これからも、ずっと一緒にいる。約束だ、結婚しよう」
右手の小指をピンと立てる。理奈は顔を赤くし、目に涙を浮かべながら、笑顔で僕と指切りをした。
「お、お願いします! ねぇねぇ、りっくん! 絶対、絶対に約束だから! 今度こそ、絶対!」
8年前と同じように、花火が鳴り響く。祝福の鐘のように。だけどあの時と同じじゃないことがある。
僕達は大人で。
この約束は、永遠に守られるってところだ。