クリニックを出て、学校から少し離れた街の雑踏を歩く。
日曜日のお昼どきは、たくさんのカップルの姿を目にする。私とお兄ちゃんも街を歩けば、そう見えるのだろうか。
――兄妹です。
昔、お兄ちゃんと一緒に下校してるとき、駅前でインタビューをされたのを思い出す。カップルですかって聞かれて、お兄ちゃんは一歩前に出て兄妹ですって即答してた。
にこやかに対応していたけど、なんとなく苛立っているように見えて、それが私を守ってくれようとしてる感じで、すごく嬉しかった。思えばあのときにはもう、私はお兄ちゃんをそういう相手として意識していた気がする。
「お兄ちゃん、まだ寝てるかな」
昨日は結局、夜遅くまで何度もエッチしてもらった。お兄ちゃんとするようになってから、こんなにしたのは初めてだ。裸のまま寝るのは初めてで、朝はちょっと背中が冷たかったけど、お兄ちゃんにぴったりくっついていたから寒くはなかった。
起きたら目の前にお兄ちゃんの寝顔があって、一番あったかい場所を探してもぞもぞしてたら「寒くないか?」って寝惚けながら聞いてきて、頭撫でてぎゅってしてくれて。
そのままお兄ちゃんに包まれてもう一眠りしたくて、でも、もっとお兄ちゃん成分がほしくて。ねだるみたいに首の下あたりにキスをしてたら、するかって聞いてくれて。
お兄ちゃん、ほとんど目開いてないのに起き上がってくれて、でもおちんちんはぴょこんと立ってて、それがなんだかすごく可愛くて、ドキドキして……今ならゴム付けなくても気づかないかなと思ったけど、でもお兄ちゃんはそういうところは妙にしっかりしてて、自分で付けようとしたから奪い取って私が付けた。
お兄ちゃんにはいつも世話をかけてばっかりだけど、ゴムを付けるときだけは私がお世話してあげてる気分になれる。空気が入らないよう丁寧に被せる私の手元を、お兄ちゃんはいつもじっと見てくる。早く早くって待ち焦がれるような、でもちょっぴり申し訳なさそうな気持ちが伝わってきて、お兄ちゃんの本音が漏れるこの時間が、私はたまらなく好きだ。
昨日たくさんエッチしたから、今朝のお兄ちゃんはお兄ちゃん史上一番ぼけぼけしていた。なのに私の気持ちいところ触ってくれて、キスしてくれて、朝から何度もイってしまった。おっぱいがこんなに感じる場所なんて、知らなかった。おっぱい好きのお兄ちゃんが夢中になってくれてるのが分かるから、こんなに気持ちいいのかもしれない。
――夕月の胸は、綺麗より可愛いって感じだと思うぞ。
昨日、お風呂のときにお兄ちゃんにそう言われて本当に嬉しかった。
昨日は朝からずっと、ドキドキしっぱなしだった。試合当日の緊張よりも、やっとお兄ちゃんとセックスできるっていう気持ちのほうが大きかった。試合前はさすがに、助っ人のくせに力になれなかったらどうしようって緊張したけど、更衣室でお兄ちゃんに抱き締めてもらったら吹き飛んだ。お兄ちゃんが観てると思うだけで落ち着いたプレーができた。勝っても負けてもお兄ちゃんはいつものお兄ちゃんで、温かく迎えてくれるから。試合が終わって観客席にいるお兄ちゃんを見つけたときは泣きそうになった。
そのあとジョーさんに告白されて、ちょっとだけ不安になった。誰かに告白されるたび、不安になる。お兄ちゃん以外と一緒になる未来を突きつけられるような気がして。ずっと二人暮らしではいられないんだと言われている感じがして。
でも駅前で、お兄ちゃんが待っててくれて、一緒に帰ろうって言ってくれて。なんとなく待っててくれてる気がしていたけど、本当にいて、望んでいた言葉を掛けてくれかたら、私もいつもどおりの私に戻れて。
電車の中でも家にいるみたいに安心して、お兄ちゃんの汗の匂いが近くてドキドキして、帰り道はずっと濡れていた気がする。
お兄ちゃんはいつも私が望んだとおりの反応をしてくれる。それがどんなにひねくれていて、言葉にするのをためらう願望でも、お兄ちゃんは最初から知ってたみたいな顔して叶えてくれる。だから私はずっと安心していられる。
「あっ、すみません」
前を歩いていた女の人が急に立ち止まったので、ちょっとだけ体が当たってしまった。目の前は大きなスクランブル交差点で、大勢の人が赤信号で立ち止まっている。
「いいえ、大丈夫ですよ」
前の女の人がふんわりと微笑んでくれた。スーツを着たすごく綺麗なお姉さんだ。ぱっちりした目を見開いて、私のことを興味深そうに眺めている。
気まずくて目を逸らすと、四階建ての大型書店が見えた。高校に上がる前、ここへお兄ちゃんと参考書を買いにきたことがある。なんでもほしいの買ってやると得意げな顔をしていたのが面白かった。懐かしくて、つい参考書コーナーのある三階のあたりを見つめる。
ゆっくり視線を落としていくと、書店のウィンドウに男性向けのファッション雑誌が飾ってあった。
『男は意外性が魅力 女性が好きな「ちょいワル」服とは』
表紙に書いてあるフレーズを見て、ふと思う。
よく考えてみればお兄ちゃんには意外性しかない。ムッとしたかと思ったら優しくしてくるし、優柔不断かと思ったらすぐ決めたりするし、見た目よりがっちりしてるし、頼りないかと思ったら引っ張ってくれるし、エロ兄かと思ったら興味無さそうだったりするし、何考えてるかわかんないときもけっこうあるし。
(ああ、そっか)
お兄ちゃんが私の望みどおりに動いてくれるんじゃない。お兄ちゃんのすることなら私は何でもいいんだ。何かをしてくれるだけで、私の望みはもう――。
「あの、ちょっといいですか?」
「え?」
今さっきぶつかったお姉さんが、じいっと私のことを見ていた。信号はとっくに青になっていて、周りの人が足早に横断歩道を渡っている。
「私、芸能事務所の者なんだけど、あなた芸能界とかって興味ない? あ、怪しい事務所じゃないよ、名前聞いたらだいたいの人が知ってるとこ」
「ええと、興味ないです」
「あー、もしかしてもう他の事務所に所属してたり?」
「いえ、してないですけど」
「だったらぜひ! 顔めっちゃ整ってるし、あなたスタイルもいいからモデル方面でもいけそう」
「はぁ……」
気さくだけど気さくすぎない顔で返事をする。たまに男の人に声を掛けられることはあったけど、女の人は初めてだから対応に困る。
「ね、ちょっとだけそこのカフェで話さない? 今は全然興味なくても話聞いたら面白そうって思うかもしれないし、それに私個人としてもあなたに興味あるっていうか、ここで会ったのも何かの縁だし、仲良くなりたいな~って、ダメかな?」
人懐っこい感じが、なんだかマユみたいだ。スカウトの人ってこうやって懐に入るんだと感心する。愛想のない私とは大違いだ。
「すみません、家族が待っているので」
「あ、もしかしてキョーダイいたりする? んー、お兄さんでしょ、当たり?」
「まぁ、はい」
「ふむふむ、妹さんなんだね。仲いいでしょ? なんか雰囲気でわかるよ」
「いえ、普通だと思います」
「ふふ、あ、もしお家が近かったらお兄さん呼んでもらっても構わな——」
「ごめんなさい、それは無理です」
きっぱりお断りをして、足早にお姉さんから離れた。
どうしよう、早く家に帰りたい。早くお兄ちゃんに会いたい。遠くのクリニックなんかに来るんじゃなかった。
朝にエッチしたあとお兄ちゃんは二度寝するって言ってた。でももし私が帰って、お兄ちゃんがどこかに出かけていたらどうしよう。お兄ちゃんのいない家に帰るのは嫌だ。
『お兄ちゃん~、なんか買ってく?』
早歩きで駅に向かいながら、お兄ちゃんにメールを送る。すぐに返信が来た。
『いやなんも』
お兄ちゃんが寝ぼけているときの文面だ。よかった。
歩くスピードをゆるめることなく駅につく。改札を通って電車に飛び乗り、一息ついた。
「ふぅ……」
今日は体がふわふわしてて、体も足も軽い。
でもお腹の奥だけがじんわり重くて、ずっとジンジンしてる。
(お兄ちゃん……)
お兄ちゃんのカチコチ棒の感覚が、まだ残ってる。
玄関で、お兄ちゃんに指を入れられて、びっくりした。してほしいって思ってたけど、ほんとにするとは思ってなかったから。いつも余裕ぶってるお兄ちゃんの焦った顔が、切羽詰まった感じがしてたまらなくて、もっと……もっといっぱいそんな顔をしてほしくて、自分勝手に欲望をぶつけるみたいにしてほしくて。
一緒にお風呂に入ろうって誘って、お兄ちゃんのちょっぴり硬い体と抱き合うのがすごく心地よくて、ドキドキして、私はもうだめで……いっぱい我慢してたぶん、お兄ちゃんにいっぱい甘えたくて、もっとエッチなことをしてほしくて。
そうしたら、お兄ちゃんが初めて自分からセックスしてくれて。ちょっと乱暴で力加減が強くて、まるでお兄ちゃんに襲われてるみたいで、洗面所だったから、すごくエッチな感じがして。
ゴム付けないで、入れてきて。視界がぐらぐら揺れるくらい激しく突かれるのが意識が飛んじゃいそうにほど気持ちよくて、お兄ちゃんが私のことを必死に求めてる感じがして。そしたらお兄ちゃんのがビクビクって跳ねて、お腹の奥がじんわり、ほんとにじんわり痺れる感覚があって、ああ、お兄ちゃんが精子を出してるんだなってわかって、なんだか私の中がやっと満たされていく心地がして、お兄ちゃんが気持ちよさに震えてるのを感じてそれもすごく幸せで……気持ちよくて、死んじゃうかと思った。
そのあとお兄ちゃんはいつもみたいに
(私は、別にいいのに)
兄妹でエッチしたり、子どもを作っちゃいけないっていう常識があるのは知ってる。でも他の誰かと結婚して一緒に暮らすとか、私には想像できない。お兄ちゃんほど私のことを見てくれて、私のわがままに付き合ってくれる人はいない。いたとしても、相手がお兄ちゃんじゃなかったら私は無理だ。
漠然と、お兄ちゃんとの二人暮らしが永遠に続くんだと思ってた。
でも、そういうわけにもいかないんだ。
ならもっと深い家族になればいい。
これまで家族というものにいい印象を持ったことはなかった。でもお兄ちゃんと、お兄ちゃんとの子どもと一緒に暮らしていけるなら……とても幸せな感じがする。お兄ちゃんとの間にできた子どもなら、私は安心して愛せると思う。
(だから中に出してくれても、いいのに)
バックの中に入っているクリニックの紙袋を見つめる。処方してもらったアフターピルだ。
今、私に子どもができるのを、お兄ちゃんも心の底からは望んでいない。言葉にはしなかったけど、なんとなくそれが伝わってきた。だからピルをもらってきたと言えば、お兄ちゃんはきっと安心する。
(確か、飲むのは膣内射精してから72時間以内で、早ければ早いほうがいい――だっけ)
もう飲んだほうがいいのかな。
でも飲んだらしばらくはゴムなしの性行為は控えたほうがいいとも言われた。今飲んでしまったら今日、中に出してもらえなくなる。
(……明日の朝でもいい、よね)
別に私は、できちゃってもいいんだし。
ブブ、とスマホが震えた。多分お兄ちゃんだ。
『やっぱ洗剤買ってきて。コンビニにあるやつでいいから』
どうやら起きたらしい。今日はお兄ちゃんが洗濯当番だから今ごろ焦っているだろう。
『もうすぐ駅つくからスーパーで買ってく。コンビニのは高いからだめ』
『はいよ』
どこのだって変わんないだろ、とお兄ちゃんがぼやいてるのが分かる。そういう大ざっぱなところがほんとうにお兄ちゃんだ。
私はスーパーで特売セール中になっている洗剤を一箱買うと、二人暮らしの家へ帰路を急いだ。