ポテチを取るついでに妹の胸をタッチしてしまったあの日以来、俺はたまに……ごくたまに夕月をそういう対象として意識するようになった。
というか、昔から意識しないよう努めていたことに気づいてしまった。
だがいくら見惚れるほどの美少女だろうが、家では無防備な格好をしていようが、寝るときに甘えて胸や体を押し付けてきようが、妹は妹だ。異性であって異性ではない。
すべては俺が思春期まっさかりで、妹が異常に距離が近くて、おまけに二人暮らしという状況が悪いのだろう。だから生理的なアレの矛先が夕月に向かうことがあっても、たまにならそれはむしろ男子として健全なことだと思うし、まあ気の迷いみたいなものだ。
そういうキモい邪念は心の奥に隠して、夕月相手には今までどおり良き兄として振る舞っていればいい。簡単なことだ。
そんなふうに自分を言い聞かせながら、俺は行き場のない性欲を発散させるべく、そういうのに詳しそうなヤツに頼った。それが失敗だった。
「え、アサイチって動画でオナったことないん?」
教室中に響くいい声でジョーが驚く。
清潔感まで備わっているせいか、エロい言葉を発しても全然いやらしい感じがしないのもすごい。
「……ジョー声でかくね?」
「あ~すまん! ってかアサイチもそういうの興味あったんだな」
「そりゃまあ、あるだろ普通に」
「いや俺、アサイチって女にあんま興味ないんかと思ってたわ。ほら彼女とか全然作んないし」
「お前と違って作ろうと思って作れるもんじゃないっつの」
「いやいや、アサイチだって作ろうと思えば作れるって」
だめだこりゃ。こういうモテがごく当たり前の人間とは永遠に話が噛み合わない気がする。
「んで、どうなんだよ。教えてくれんの?」
「あ、いいエロ動画な。うん、いいサイト知ってる」
「無料?」
「無料だよ、ってかなんで急に?」
「発散させないとやばいなと思って」
「なにかに目覚めたか」
「まーそんなとこ」
「よっし、じゃー今日アサイチの家いくわ!」
「は、家!?」
「パソコンって自分専用?」
「一応俺しか使ってない親父のパソコンだけど……いやなんで家くんの?」
「あーいうサイトってウイルスに感染したりスパムが届いたりいろいろ危ないからさ、俺がちゃんといい動画をアサイチPCに落としてやるよ」
まあ確かに下手なウイルスにでも引っかかって家に架空請求なんかが届いた日には、目も当てられない。モテるくせになぜかそういうエロコンテンツにも詳しいジョーがいてくれたほうが助かるっちゃ助かる。ただ——。
「妹が帰ってくる前には帰れよ」
「ん? あー、たしかに家帰ったら兄貴が友だちと部屋でコソコソしてんの、妹に見られたくないわな~」
それもあるが、なんとなくジョーを夕月に会わせたくなかった。俺が友だちを家に連れてくるのも初めてだし、その初めてがこんなプレイボーイでは妹も動揺してしまうだろうし。……うん、これは妹のことを思えばこその一般的な兄心だ。
「あいつ今日は委員会で六時くらいには帰ってくるから、タイムリミットは五時半な」
「おっけー、アサイチの妹ってあれだろ、めっちゃ告られてるって噂の」
「……知らんけど」
「いや警戒すんなってっ、俺さすがに中等部の子には興味ないから! てか友だちの妹とか気まずすぎんだろ~、むりむり!」
「まあ、だよな」
ジョーはモテまくっているからか女に対するがっつきがない。そんなところも女にモテる要因なのだが、人の彼女や身内に手を出すようなこともしないところが、男からも好かれる理由の一つだ。
だから俺も、ジョーなら家に招いても大丈夫だと思っていた。そもそも夕月は家にいないし……と。
「お兄ちゃんおか——あれ、お兄ちゃんの友だち……ですか?」
玄関を開けると、なぜかいるはずのない妹が洗面所からひょこっと顔を出した。
「ああ……ってか夕月今日、委員会じゃ」
「あーうん、今日集まりなくなったから」
「そっか」
「えっと、お茶いる?」
「いやいい、全部俺がやるから。あ、こいつジョー」
「ジョー、さん……おにい、兄から聞いてます。アサイチってあだ名つけてくれた人」
「そう。てか夕月ひっこんでいいぞ」
「あ、うん」
妹が素直に頭を引っ込め、洗面所のスライドドアが閉まった。夕月はずっと頭だけを出していたが俺にはわかってしまう。あの下は間違いなく下着姿だった。服を着ていたら普通に洗面所から出てくるし、逆に素っ裸だと洗面所から声だけを送ってくる。
まあそんなことは俺しか気づいていないだろう。ジョーに妹のあられもない姿を見られずに済んでほっとする。
「……ジョー、どした?」
そういえばさっきからジョーの反応がない。すごく嫌な予感がしながら様子をうかがうと、ジョーは洗面所のほうを見つめて静止していた。
「いや、アサイチの妹って、夕月ちゃんっていうんだな」
「それも知らんかった?」
「ああ、今まで知らなかったわ……」
妙に口数の減ったジョーとともに部屋へ行く。その頃にはいつもの爽やかで陽気な感じに戻っていた。とっておきのエロサイトを紹介してもらい、視聴やダウンロードの際の注意点なんかを丁寧に教わる。
「で、アサイチはどんな子が好み?」
「あー、そうだな……黒髪、巨乳、かなりの巨乳」
なぜか脳内にさっき洗面所から顔を出した夕月が思い浮かんでしまい、それを打ち消すように妹と正反対の特徴を並べ立てる。
「アサイチは巨乳好きだったか~、顔はどういう系が好き?」
「目尻が下がってて、ふんわりした輪郭。あとは弱気で頼りなさげだけど実は気の強い性格、みたいな」
「めっちゃディティール細かいな」
任せろ、とジョーがパソコンをいじりだし、すぐに一人の女優さんをピックアップしてきた。作品名には『超肉感Gカップ』やら『爆乳フェラ抜き』だのそれっぽいワードが並んでいる。
「ああ、これでいいよ。サンキュー」
「へー、アサイチのタイプってこんな感じか~」
「まあな」
まったくタイプではないが、持て余した性欲の解消には役立ってくれるだろう。
家族に見つからないようにするテクニックなんかを教わっていると、外が薄暗くなっていた。今日は俺が夕飯当番なのでそろそろジョーにはご退場いただこう。
ジョーを玄関まで追いやり靴を履かせていると、トタトタと夕月の足音が近づいてきた。別にジョーの見送りなんて必要ないんだが。
「お兄ちゃん、ジョー、さん……帰り?」
「ああ、ここでバイバイ」
「え、送ってかないの?」
ジョーのほうを見ると俺に何かを訴えかけている。なんか大事な話があるっぽいので送ることにした。
「じゃーコンビニ行くついでに送ってくわ」
「あ、なら卵もお願い」
「コンビニのでいいのか? スーパーのほうが安いんだろ」
そう何度か夕月に注意されたことがある。
「スーパーまで行ってたら帰り遅くなるじゃん。コンビニのでいいよ」
「んー」
夕月は、半袖のジップパーカーに下はハーフパンツという格好だった。ジョーがいるからか普段の家着よりも露出が少ない。俺はほっと胸を撫で下ろしつつも、なんでかジョーの視線に映したくなくて夕月とジョーの間に体を入れた。ジョーのほうが俺より背が高いので無駄だったが。
「夕月ちゃんって、俺のこと知っててくれたんだ」
俺の頭上で、この日ジョーが初めて夕月に話しかける。
「あーいえ、さっきお兄ちゃんがジョーって言ってたので」
妹の声色が1オクターブ高くなる。俺以外と話すときの、よそ行きの声だ。それが少し鼻につく。
「あーそっかそっか、じゃあ夕月ちゃん俺とは初対面だ」
「それはそうですけど、あ……でもジョーさんのこと知ってるかもです。真名取先輩ですよね?」
「え! マジでっ!?」
「はい、クラスの子のお姉ちゃんが前に告白して振られたって、聞いたことあります」
「あぁ~、そーいう感じかぁ」
「そういう感じですね」
気まずそうな笑顔を浮かべるジョーに、夕月も冗談めかした愛想笑いを返す。俺は力いっぱいジョーの背中を押し、玄関の外へ押し出した。
今思えば、俺は他の男とにこやかに話す夕月を見て苛立っていたのだろう。すごく。
「なぁ、アサイチ」
「あ?」
「俺、夕月ちゃんに一目惚れしたかも」
「なっ……え、ガチのやつか?」
ジョーの態度から薄々そんな気はしていた。声のトーンやこいつの性格的に本気なのも伝わってくる。だが、こういうとき兄としてどんな反応を返せばいいのか分からない。というかそもそも友だちに対してその妹への好意を伝えるヤツなんているのだろうか。
「あぁ、多分ガチのやつ。玄関先で一目見たときから俺、心臓バクバクで今も収まんないっつーか、さっき会話したときなんて口から飛び出そうだったし」
「……お前、俺兄貴なんだけど」
「いや、だからこそちゃんと伝えなきゃと思って」
確かにこそこそ口説かれるよりは、オープンにしてくれたほうがマシだ。こういう真っ直ぐなところが、事ここに至ってもこいつのことを嫌いになれない理由だ。
「中等部の子には興味ないんじゃなかったのか」
「あんなに可愛いなんて聞いてないっていうか、てかすっげー大人びてないか夕月ちゃんっ。ミステリアスっつーか、クールビューティー……的な」
「クールビューティーってお前、いつの時代だよ」
「今だよ!」
マジになりすぎてテンションがおかしくなっているジョーに、若干引く。
しかし大人びていてミステリアスでクールビューティーとは、いったいどこの夕月の話をしているのだろうか。それとも第三者からはそう見えるということなのか。もしくはそう見えるように妹が振る舞っているのか。確かに、さっきの夕月はなんだか大人ぶっているような感じはした。
まあそれはさておき。
「とりあえずジョー、これからうちの家は出禁な」
その一件以来、俺はますます夕月を意識するようになってしまった。
というのも学校へ行くとジョーが毎日のように夕月の話をしてくるからだ。
中等部の生徒会委員を真面目にこなしてるのがいいだとか、中等部では一時期夕月の画像が出回りそうになったとか、高等部の一年坊主が告って振られただとか、この前校庭で体育やっているのを見かけて運動神経のよさに驚いただとか……聞いてもいないのに逐一報告してくる。
まあ、ほとんどが夕月の内面や態度についてで、彼女の顔とか体つきとかそういうエロい目線の感想じゃないだけまだマシだった。
思えば俺が平静でいられたのも、ジョーがこんなふうにわきまえていて、かつ堂々と思いを伝えてきていたからだろう。
なんて油断していたらある日、ジョーが夕月に告白したと報告してきた。
「……え、いつ?」
「昨日たまたま帰るとこ見かけてさ、勢いで告ったわ。すまん事後報告で」
「夕月はなんて?」
「ごめんなさいって」
「そっか」
「てか、夕月ちゃんほんとに告られまくってんのな」
「夕月が言ってたのか?」
「いやちがくて、声掛けた瞬間に『あ、この人私に告るのかな』って顔されてさ、告る前にもう断る準備してんのが丸わかりっつーか」
「へぇ」
「断るときもさ~、こっちのこと気づかってくれてるのが分かってさ」
「そうなんだ」
「断られたのショックだったけどそういうとこめっちゃ可愛くてさ……ますます惚れちゃったわ」
「は?」
ジョーのことだからてっきり一度振られたら別の女子に興味が移ると思っていた。俺と同じでたんなる気の迷いなのだと。だがこの男は結局、それ以来女遊びを絶って夕月一筋になってしまった。
このときから急激に、夕月はエロくなった気がする。
これも今思えばだが、彼女が変わったわけではなく、たんに俺がエロい目で見るようになっただけだった。
ジョーから告白報告があった日、俺は家に帰るなり
返事をするのもなんだか
「お兄ちゃんただいま」
「……」
「寝てる?」
「……」
「もぉ、制服で寝るとシワになるよ」
どさっとベッドが揺れて鼻先に夕月の甘いに匂いがした。彼女も制服のままダイブしてきたのだろう。かすかな吐息が俺の顔をくすぐる。どうやら寝たフリはバレていないようだ。
「お兄ちゃん、ただいま」
寂しそうな小声に思わずおかえりと返したくなる。だが無意味に寝たフリを決め込んでしまった手前、返事をするのがなんだか気まずかった。
「ふぁ……」
至近距離で妹の可愛らしいあくびが聞こえる。するすると衣擦れの音が聞こえ、ごそごそと夕月が体を動かしたかと思うとピタリと静かになった。やがてすぅすぅと小さい寝息が立ち始める。
妹はいつもそうだ。俺の側だとすぐに寝入ってしまう。目を開けて頭を撫でてやりたい衝動をなんとか抑え、俺もしばしのうたた寝をすることにした。
一時間ほど経っただろうか。
ふと目を開け、俺は息をのんでしまった。
目の前に、すやすやと眠る美少女の顔があったからだ。長いまつ毛を閉じ、白い頬を夕陽に染め、綺麗で薄い唇がわずかに開いてゆっくり寝息を漏らしている。
そういえば朝はいつも夕月のほうが先に起きるし、夜は薄暗いので、こんなに間近で夕月の寝顔を見るのはすごく久しぶりだ。幼いころの面影を残しているのに、別人みたいに可愛くて……なんかエロい。
寝起きの心臓がバクバクと激しくなっていく。このまま直視していると鼓動がヤバいと思い視線を下に逸らす。またも息が止まってしまった。
夕月は白いタンクトップ——いやこれはキャミソールなんだっけか、とにかく薄い肌着姿だったのだ。右肩の紐がずれてその下の水色ブラジャーが露出している。そして呼吸とともに上下する谷間に、目が釘付けになる。
どうやら夕月は一度ブラウスを脱いだらしい。寝息を立てる前の衣擦れの音はそれだったのか。
この光景はやばい。しかも寝起きで心が無防備になっている今はとくにヤバい。理性がうまく働かずに本能が先行しそうになる。
「ん……」
夕月が甘えたがりの猫のように体を丸め、俺のほうにひっついてくる。首の下あたりに小さい顔を埋められ、吐息が鎖骨や首元にあたる。それがくすぐったくて、ゾクゾクして、なぜか股間が反応してしまう。
「夕月……」
視線をさらに下にずらせば、めくれ上がった制服スカートから白い足が伸びていた。柔らかそうな太ももは交差していて、一方は俺のほうへ膝を向けている。妹の生足がこんなに
無意識に手が伸びそうになり、俺は慌てて手の甲をつねる。
(なに妹にエロいことしようとしてんだ、俺は)
しばらくぎゅうぎゅうとつねっていると、夕月がうっすら目を開いた。
「……ん、お兄ちゃん、おはよー……」
「おはよう夕月」
「よく眠れた?」
「夕月こそ、制服中途半端に脱いだまま寝やがって、風邪引くぞ」
「お兄ちゃんだって制服じゃん」
「なんかすげー眠くてさ」
「私も、お兄ちゃんのぼけぼけな寝顔みてたら、眠くなっちゃった」
「スカート、シワになってないか?」
「あぁ……うん、あとでアイロンかけとく」
言いながら夕月は俺の胸元に顔をぐうっと埋め、結んでいた後ろ髪を器用にほどき、またシンプルに結び直した。女の子というのは器用な生き物だ。
「夕月」
「んー?」
「お前さ、昨日」
ジョーに告白されたのかと聞こうとして、はたと思いとどまる。
夕月のことだから聞けば素直に答えてくれるだろう。表情も変えず淡々と、なんでもないことのように。
だが思い返せば、比較的なんでも兄に話すこの妹が、自分が告白されたてきたことだけは一度も話そうとしてこなかった。それだけで、俺に知られたくないし触れてほしくないことなのだと分かる。なら兄としては知らないフリを続けるだけだ。
それに、俺もなんとなく聞きたくなかった。
「お兄ちゃん? 昨日がなに」
「あー昨日さ、お前寝てるときいびきかいてた?」
「……うそ、私いびきかかないし」
「じゃあ聞き間違いかな」
「え、いびきかいてないよね?」
マズった。誤魔化すためといえばこの嘘はよくなかった。夕月は年ごろの女の子だ。こんなふうに言われたら気に病んでしまう。下手をしたらもう一緒に寝ないなんて言い出しかねない。いや、それはまあ別にいいんだけど……とにかく妹に無駄な恥をかかせるのはよくない。
「あーすまん、自分のいびきだったわ」
「はぁ……だよね。お兄ちゃんたまにいびきかくことあるし」
「……は、マジで」
「うん、テスト前とかたまに歯ぎしりするときもあるよ」
知りたくない事実だった。
「マジか……うるさいよな」
「ううん、別に。なんか面白いし」
「兄のいびきとか歯ぎしりって面白いのか?」
「うん、ちょんちょんってすると止まるから」
「そうなのか」
夕月が俺の胸元をちょんちょんとつついてくる。その仕草がやけにエロくて、俺は誤魔化すように体を起こした。やや前屈みになって勃起してしまった股間を隠す。
「もー起きる?」
「夕飯つくんないと」
「ん、じゃー私シャワー浴びるね」
「おう」
夕月はベッドの下に落ちていたブラウスを拾うと、キャミソール姿のまま部屋を出て行った。
廊下の先からシャワーの音が響いてきたのを見計らい、俺は机に座る。パソコンを開いて『爆乳フェラ抜き』動画を流してみるが、どうもいまいち発散できない。
(まいったな、いろいろまいった……)
仕方がないので夕飯を作り、妹と食べ、一緒にドラマを観ようという誘いを断ってシャワーへ向かい、そして……お湯を浴びながら初めて夕月で抜いてしまった。
すさまじい罪悪感と背徳感に襲われた俺は、もう二度と夕月をオカズにしないと誓った。
書籍1巻が発売中です!
Kindle:https://www.amazon.co.jp/dp/B0F4QYPJKH
FANZA:https://book.dmm.co.jp/product/6110870/b126afrnc01783/
全編改稿・書き下ろし(修学旅行編)4万字収録。ぜひぜひ読んでいただけると嬉しいです。