二人で体を拭いて部屋に戻ると、夕月が下着やら浴衣やらを着だした。
なんとなく見ないようにしながら俺も浴衣を着ていると、洗面所のほうからドライヤーの音が聞こえ出す。
予想していたお兄ちゃん乾かしてという声は聞こえてこない。妹も急いでいるのだろう。
それもそのはず、今は7時半を回っている。ビュッフェは8時半で終わってしまう。夕月は髪が長いので最短でも乾ききるのに15分は掛かるのだ。
待っていると、10分もしないうちに夕月が洗面所から戻ってきた。案の定、毛先がまだ湿っている。湯上がりの浴衣姿と相まって、全体的に色っぽくて困る。
「お兄ちゃんなにしてるの、早くいこ」
「ああ、だな」
俺は部屋の棚から茶羽織を取り出した。
「これ羽織っとけ。湯冷めするから」
「んー」
茶羽織を広げると、妹が当たり前のように袖を通す。これで少しは夕月の色香も軽減されるだろう。
そう思っていたのだが、ホテル内のレストランに着くと、彼女は他の宿泊客の視線をかなり集めた。
ただでさえ頻繁にスカウトされるくらいの整った顔立ちに、だぼっとした浴衣と茶羽織くらいでは隠しきれないスタイルのよさ、おまけに髪をシンプルに結んで前側に垂らしているせいかしっとりと大人びた雰囲気までが加算されている。
家族連れのお父さんどころか、お母さんや子どもですら二度見してしまうくらい、今の夕月は目を引く美少女と化していた。さらにマズいことに、なぜかさっきから妹はほんのり頬を赤らめているのだ。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「ブラ付けてくればよかった」
「は?」
ビュッフェの皿にパスタを盛り付けながら、夕月が淡々とした口調で告げてくる。
急いでいたからか、それとも露天風呂セックスの熱に当たりすぎたせいなのか、この妹はノーブラで来てしまったらしい。外に出るときはいつも気を張っている夕月らしからぬミスに、少し驚く。
いや、思えば妹はたまにけっこうな忘れ物をしたりする。ついこの間もバスケの試合にスポーツブラを忘れて行ったばかりだ。
「パンツは穿いてるよな?」
「さすがに穿くよ。あ、お兄ちゃん変な想像してる、変態
夕月がジト目で見つめてくる。
俺は「しねーわ」と口を尖らせつつ、言われて初めて浴衣の下に何も身に着けていない妹を想像した。ブラジャーを付けていないと思うと、この浴衣姿がよりエロく見えてしまう。
夕月はローストビーフのほうに気が逸れたようで、トングをカチカチと鳴らしてから自分の皿に置いていた。仕方なく、妹を他人の視線から隠すような位置取りで俺もローストビーフを皿に乗せる。
「あ、オムライスだ」
「オムレツな」
見ればコックさんが客の前でオムレツを調理していた。フライパンを上げ下げして綺麗な半月に仕上げている。さすがはプロだ。
「くれますか」
順番が回ってきた夕月が話しかけると、コックさんは小さくうなずきフライパンに卵を流し込んだ。
あっという間に美味しそうなオムレツが出来上がり、最後にスプーンでデミグラスソースを掛けている。他の客と同じ分量であることに感心する。さすがはプロだ。俺だったらこんなに可愛い妹を前にしたら、卵は多めに入れるわソースだって多めに掛けるわで贔屓してしまうだろう。
というか現に家ではそうしてしまい、よくケチャップ多すぎと文句を言われている。
コックさんがオムレツをヘラに乗せて差し出してきたので、夕月も皿を差し出す。
「んッ……っ」
妹が不意に感じ入った声を漏らし、頬をしかめた。その横顔に思わずドキリとしてしまう。まるで敏感なところを触られたときみたいな反応だ。意味が分からない。コックさんも思わず差し出したヘラを止めている。
しかし夕月はすぐに何食わぬ顔に戻り、オムレツを乗せてもらっていた。
「夕月、なんだよさっきの」
中華料理コーナーまで移動したので聞いてみる。妹は生春巻きを淡々と皿に乗せていた。
「あぁ、浴衣が気になっちゃって」
「わかる。胸元がスース―するんだろ」
「それもあるけど、乳首が浴衣でこすれてくすぐったい」
「……」
またも何食わぬ顔で告げられ一瞬固まる。
だから涼しげな表情をしているわりに、頬だけが赤らんでいるのか。さっきから動作というか仕草が妙に艶めかしいのもそのせいか。
「部屋戻るか?」
「ん、いいよ。時間もったいないし」
何の時間に追われているのかは謎だが、とりあえず乳首の件は聞かなければよかった。チャーハンをすくいながらあやうくフル勃起してしまうところだった。
普段は俺のことをエロ兄だなんだと批判するくせに、この妹はたまにぎょっとするような爆弾を平然とぶっこんでくる。
だけどそんなことを言う相手は俺だけだし、そもそも俺と一緒だから夕月は油断しきってノーブラで歩き回れたりもするのだ。
そんなふうに、肩ひじ張らずに無防備でいられるのが俺の側だけなのだと思うと、説教もしづらい。
まあ、それはともかくとして……さっきから一向に半勃起状態が収まらない件をどうにかしたい。切実に。浴衣だと下半身の圧迫が足りないせいで目立ってしまうのだ。
『梓の間 お客様』というプレートの置かれたテーブルにつくと、俺はとりあえずご飯に集中することにした。チャーハンをかきこんでいると正面に座った夕月が怪訝そうな声を発する。
「お兄ちゃん食べすぎじゃない? 茶色いのばっかじゃん」
口調が少し抗議しているっぽいのは、俺が常日頃から野菜や豆類も食えと口うるさく言っているからだろう。
「運転はカロリー使うんだよ」
「あ、そっか」
意外なほど素直に引き下がった妹が、ガラス張りの窓から中庭を眺め始める。ふんふふふーんと音程が迷子の鼻歌を口ずさみ、なにやら楽しそうだ。
「その曲は初めて聞いたな。最近ハマったのか?」
「え、いつものやつだけど」
「そうか」
これ以上は夕月を無駄に傷つけてしまうかもしれない。俺はから揚げを頬張りながら別の話題を探した。
「そういや今ごろは、夕月の学校の子たちも朝メシ食ってんのかな」
「あぁうん、そだね。二日目の朝食はバイキングって書いてあった」
夕月が物思いにふけるような顔をする。バイキングとビュッフェって何が違うんだろうとでも思っているのだろう。その答えを俺は知らないので、またしても話題を変えることにした。
「二日目って何する予定だったんだ?」
「あー、たしか体験学習とかだったかな。好きなの選ぶやつ」
「へー、夕月は何を選んだんだ?」
「私は和菓子作り、だった気がする。マユに誘われて」
さっきから記憶が曖昧なのを見るに、やはり修学旅行には気が乗らなかったのだろう。改めて迎えに来てよかったと思ってしまう。
妹が思い出したようにスマホを取り出す。おそらくマユちゃんからのメールをチェックしているだろう姿を眺めつつ、俺は食事に集中することにした。
茶色一食だった料理をほとんどたいらげると、夕月もちょうど食べ終えたところだった。
心地よい満腹感に、ふ~と間の抜けたため息がこぼれる。
基本的に家では自炊ばかりだったので、妹と高級っぽいレストランで食事をするのは新鮮な感じだ。
今後はたまに店で夕食というのもいいかもしれない。お金がもったいないと外食には否定的な夕月が納得すればだが。
「お兄ちゃん、デザート食べる? 取ってこようか?」
自分が食べたいからそのついでなのだろう。そういえばデザートコーナーには妹の好きそうな抹茶系の和菓子があった。
「いや今のお前一人で行かせると危ないし、俺もいくわ。つってももう腹いっぱいだけど」
「そっか。じゃー早く部屋戻ろうよ」
「デザートはいいのか? てか妙に急いでるのな。なんか用事あったっけ」
「早く戻れば、チェックアウトまでエッチできるし」
「おまっ……お前なぁ、周りに聞かれたら」
「周りのテーブルに人いないし、聞こえないでしょ」
確かに周囲に人はいなかった。夕月のセリフは誰にも聞かれていないだろう。そういう分別はあるのが厄介だ。不意に兄を翻弄する爆弾発言を放り込んでくるくせに、本人にそんな気がなさそうなのも、また厄介だ。
「焦んなくても、家に帰ってからまたすれば——」
「罰ゲーム。負けた人が上になるって決めたじゃん」
「ああ、カタカナ禁止ゲームのあれか……」
夕月はこういうところが妙に律儀だったりする。まあでも今の、半勃起状態の俺にとってはこの上ない提案なのも間違いない。
レストランの時計は8時半を指している。
チェックアウトは確か10時。
俺は残りのチャーハンを急いでかき込むと、夕月と一緒に部屋へ向かった。