繋いだ手を引っ張り、繋いだまま並んで早歩きをし、人通りが多くなってきたところで自然と手が離れる。
バス停に着き、ちょうどやってきた目当てのバスに乗り込み、一番後ろの席に二人で座る。
車窓の風景が動き始めたところで、俺たちはやっと一息ついた。
「なんとか間に合ったな」
「だね。私時間に遅れたことないから、ちょっと焦った」
「だな」
妹が隣でポチポチとスマホをいじりだす。マユちゃんに「もうすぐ着くよ」などと送っているのだろう。
あらためて夕月の格好を眺める。
青くてだぼっとしたジップパーカー。
前は開いていて中には白い無地Tシャツ。
下は黒いショートパンツ。
Tシャツはショートパンツにインしている。
足下はくるぶしソックスにいつものスニーカー。
かなりシンプルな装いだ。友だちとのショッピングだからもっと勝負服みたいな格好をするのかと思った。
だけどこれはこれで、いやすごくオシャレな感じがする。
オーバーサイズのパーカーだから手元が隠れて萌え袖になっているのも可愛い。もとい妹っぽい。
というか。
「夕月、そんなダボダボのパーカーなんて持ってたっけ?」
「これお兄ちゃんのだよ」
「は?」
夕月がスマホを見ながら何でもないことのように言う。
「ちょうどいい感じだったから借りたけど、ダメだった?」
「いや、いいけど……そんなの持ってたっけ俺」
「お兄ちゃんが去年買ったやつ。ぜんぜん着ないから借りといた」
「そうなんか」
確かに去年、セールで色違いのパーカーを何着か買った記憶はある。その中に青もあった気もする。しかしこんなにオシャレなパーカーだったとは。
いや、夕月が着ているからだ。
この妹は何を着ても雑誌のモデルみたいになる。身長はそこまで高くないもののスタイルがモデル並だから、そう感じるのだろう。
黒いショートパンツからすらりと白い脚が伸びている。裾幅が広いので、こうして座るとスカートを穿いているようにも見える。なんというか男の視線を集めそうなデザインだ。
丈は太ももの半分くらいまであるから健全の
「足出しすぎじゃね」
「え、普通じゃない?」
「夕月がいいなら別にいいけどな」
「気になる?」
「まあ、昨日そこにもキスした気がするし、見えたらアレだろ」
ベッドで夕月の全身を舐めたとき、太ももの内側にも吸い付いた記憶がある。それも何度も。
「あぁ……ちゃんと隠れてるよ、ほら」
夕月がショートパンツの裾をチラとめくる。白い太ももの、なかなか際どいところにキスマークが残っていた。視認できるだけで二つ。
不意のラッキースケベに、ついそこを凝視してしまう。他に乗客もいるバス内という状況のせいかエロ過ぎだ。一番後ろの席でよかった。
妹が涼しい顔でめくった裾を戻す。
俺も平然とした兄の顔を作ってうなずく。
「あんまそこ、吸わないほうがいいな」
「別にいいよ。服で隠れないとこにしようとしたら、やめてっていうし」
「そうか」
「ん」
夕月がスマホに視線を戻す。少し火照ってしまったので気を逸らしているようにも見える。
というか何を平然とバス内でやらしいトークをしているんだ俺たちは。
どうやら俺もお風呂セックスの余韻が残っているらしい。
熱を帯びた股間を理性で鎮めていると、今度は妹が顔を覗き込んできた。
「お兄ちゃん、前髪いじった?」
「ああ、まあ一応」
「へぇ」
「妹の友だちにダサい兄って思われたくないからな」
「マユに格好よく思われたいもんね」
「そりゃな」
「ふうん」
短い前髪をワックスでちょっとだけ整えたし、服も白い七分丈のニットシャツに黒ジーンズという、格好つけすぎず清潔感のある感じにしてみた。
兄の私服としてはまあ、無難なところではないだろうか。
夕月のさりげなく値踏みをするような視線が痛い。
女子と会うにしては冴えない服装かもしれないが、友だちの兄としてなら問題ないレベルのはずだ。ネットでも似たようなコーディネートが紹介されていたし。……変じゃないよな?
「前髪、もうちょっと横に流したほうがいいよ」
夕月が腕を伸ばし、俺の前髪にちょいちょいと触れてきた。
いつものボディーソープとシャンプーの香りが立つ。それに混じって柑橘系の匂いもした。おそらくマユちゃんにもらったか借りたかした香水をつけたのだろう。
「はい、おっけ」
「いい感じか?」
「まあまあ」
「……服装は?」
「ぎり及第点」
「ならよかった」
「及第点でいいんだ」
意外そうにつぶやいた妹が、前を向く。
整った横顔がゆるんでいる。なぜかさっきより機嫌がよさそうだ。
その横顔に見惚れてしまう。
思えば必要な用事や買い物以外で、私服の妹と出かけるのは初めてだ。
だから、リップの塗られた綺麗な唇や透けるような白い頬、すっと通った鼻筋や切れ長で大きな目元、少し伏せられた長いまつ毛や勝ち気そうな眉が、新鮮に見えるのだろう。
兄ですら油断すると息をのんでしまう美少女。
複雑に結ばれた茶色いポニーテールが、バスの振動で楽しそうに揺れている。
水色のヘアゴムは、前に俺がプレゼントしたキャリーバッグの色とよく似ていた。
◇
バス停を降りてショッピングモールへ歩く。
モールは幹線道路沿いにある大型複合施設だ。建物が大きいから近くに見えるが、バス停から徒歩5分ちょいは掛かる。
時刻は待ち合わせの5分前。早歩き必須だ。
広い歩道は月曜日だというのにけっこうな往来があった。小さい子ども連れだけでなく、若い人たちの姿もちらほらある。
すれ違うと、男女問わずこちらを見てくる。おそらく通り過ぎたあとに二度見もしている。
視線の矛先はもちろん俺ではなく、隣を歩く夕月だ。
青いジップパーカーに白Tシャツ、黒いショートパンツというシンプルな装いなのが逆に、オフの芸能人と歩いているような気分になる。
それももう慣れっこだ。
俺はマネージャーではなく兄ですという顔を作り、背すじを伸ばして肩幅を広げた。
ほんのり話しかけるなよオーラを出しておかないと、この妹は俺と一緒にいてもスカウトやら街頭インタビューなんかに狙われてしまうのだ。
「お兄ちゃん、マユもうとっくに着いてるって」
スマホを握りしめた夕月が珍しく焦ったような声を出す。助けを求めるような上目遣いだ。
妹のこういう困り顔に、俺は本当に弱い。どうにかしてやりたいと兄性が奮起してしまう。
「よし、走るか」
「ん……そだね」
学生にもなって歩道を全力疾走するなんて、普通はなかなかに恥ずかしい行為だ。女の子ならなおさらだろう。だからちょっと強引に誘ってやった。これぞ兄心というものだ。
「お前ついてこれんのか」
「この距離なら私のほうが早いんじゃない」
「じゃあ罰ゲームは変顔な」
言い終える前にダッシュする。
ズルではない。あらゆる勝負で兄は勝ち、妹が負ける。それが世の当たり前なのだ。
歩行者用スロープを下っていると、軽快な足取りがぐんぐん距離を詰めてくる。
妹の運動神経の良さを舐めていた。うっかり小学生の妹をイメージしてしまっていた。
敷地内の横断歩道へ差し掛かるころにはすっかり横並びになる。
「お兄ちゃん足遅くなった?」
「は?」
妹が抜かそうとしてきたので手で制して止める。
「夕月ストップ。ちゃんと車来てないか見ろ」
左右から車が来ていないのを確認し、先に走り出す。ズルではない。兄のなけなしの威厳のためだ。
だが建物の入口に着くころには、またも横並びになっていた。抜かさないでくれたのは兄の威厳を思ってのことだろう。
「マユ、ごめんねお待たせ」
「ううんぜんぜんだよ~! ごめんね急に誘っちゃって」
息をまったく切らしていない夕月が、マユちゃんと合流する。
「マユちゃんこんにちは。俺が来ちゃってもよかった?」
「あ、いえっ、ぜんぜんですっ」
息を切らしていない風を装い、堂々とした兄の雰囲気で挨拶する。
マユちゃんはふにゃりとした笑顔を浮かべ軽くお辞儀をしてきた。なので俺もお辞儀を返しつつ、ちらりと彼女を眺める。
薄手の半袖ニットは、茶色というかココアに近い色だった。
ニットをインしているロングスカートは水色というかシャーベットみたいな色。
印象的なロングの黒髪はアップで結ばれ、なんというかオシャレな感じにまとまっている。
全体的にまろやかというか、ゆるふわ清楚っぽい出で立ちだ。勝手に抱いていた印象として、もっと元気で派手めな格好で来ると思っていた。
夕月もそうだが、女の子は私服でかなり印象が変わるなとしみじみ思う。
「お兄ちゃん息上がってる?」
言外にじろじろ友だちを見るなといわんばかりに、妹が肘で小突いてくる。
「いや全然」
「最近運動不足じゃない? 朝ランする?」
「だから息上がってないだろ」
くだらない小突き合いをしていると、マユちゃんがふふと笑った。
「ほんと兄妹仲いいですよねっ、めっちゃ走ってくるの見えてましたよ。微笑ましいな~って、ほっこりしちゃいました」
「ははは……」
苦笑いを浮かべつつ横目で夕月を見ると、恥ずかしさをこらえるように頬を真っ赤に染めていた。気にしてないよといわんばかりに涼しい無表情を作っている。
うん、これはイジらないほうがいいな。絶対不機嫌になる。
俺は話題を変えるべくマユちゃんに視線を戻す。
「それ、京都のお土産? わざわざ持ってきてくれたんだ」
「あ、はいっ、お兄さんにもどうかなって……つまらないお菓子ですけど。修学旅行のとき夕月のこと、迎えに来てくれてありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそどうもありがとう」
また頭を下げ合い、紙袋を受け取る。重さ的におそらくお餅系の和菓子だ。
身軽になったマユちゃんが夕月の両腕に触れ、夕月も近寄って笑顔を返している。仲良さげな美少女たちの触れ合いは、まさに尊いという言葉がぴったりの光景だ。
今日の俺は二人の荷物持ち。早くもその役目を担えたことに満足する。こういうお土産系は、渡すタイミングを逃すと無駄に持って歩くことになるからな。
「ところで二人は何を買うんだ?」
「あ、もうすぐ文化祭なんでそこで着る衣装ですっ」
「え、いつ?」
「週末ですよ~」
「修学旅行終わったばっかでもう文化祭か……相変わらず忙しいな」
「お兄ちゃん、前に言ったけど私」
妹が低い声で釘を刺してきた。
そういえば……何日か前にベッドで眠りに落ちるとき、ポツリと言われた気もする。
「出し物が何かは聞いてないだろ」
「和風カフェ」
若干不機嫌そうに妹がつぶやく。
「あれ、去年も和風カフェじゃなかったっけ」
これはしっかり記憶に残っている。夕月のクラスはお茶とか和菓子っぽいものを出すカフェで、冷やかし目的で行った俺は、妹の
「ですよ~、去年夕月のクラスがそれで優勝して、じゃー今年もそれでいいかってみんな全会一致で」
「ああ、マユちゃんは去年別のクラスだったから」
「ですですっ、作務衣なんて持ってなくて、そしたら夕月が選んでくれるって」
「へー、じゃあ夕月は去年のを着るのか」
「わるい?」
「サイズ合うのか?」
「は? 私太ってないけど」
「いや去年より身長伸びただろ少し」
あと多分、胸のサイズも。
「あぁ……うん、伸びたけど作務衣ってだぼっとしたデザインだし」
「そうか」
なぜかちょっとだけ機嫌を直したらしい妹に安堵する。
「んふふっ、ほんとに仲いいんですね」
「普通じゃない?」
楽しいものを見るように微笑むマユちゃんに、夕月はまた頬を染めた無表情で返していた。