肩が触れ合う近さで歩く二人の後ろを、荷物持ちの俺がついていく。
「夕月のパーカーいいね、似合ってるよ~」
「そ? マユのスカートも似合ってる。可愛いよ」
「えへへ、この前買ったんだ~。てかお互いちゃんとした私服で会うのって初めてじゃない?」
「そうだね」
なんとも胸が暖かくなる光景だ。
夕月の声も外行きのわりには低い。さすがに家にいるときよりは高いが、それでもすごくマユちゃんに気を許している感じだ。
本当に仲がいいんだなと安心する。
一見フレンドリーなのに誰とでも絶妙な距離を置く妹が、クラス替えを経て親友と呼べる友だちができた。兄として、こんなに喜ばしいことがあるだろうか。……ちょっと泣きそうだ。
軽く涙を浮かべていると、夕月たちが見慣れない店に入った。着物や浴衣なんかを売っている店だ。
「モールにこんな店あったんだな」
「知らなかった?」
「ああ。夕月去年はネットで買ってただろ。紺色のやつ」
「
「え~、私も夕月のと同じ色にしようかなー」
「マユはもっとピンクに近い色のほうが似合うよ」
「え、そう? じゃあそうしよっかな~!」
夕月がほぼピンク色の作務衣を取り、マユちゃんの体に当てる。
作務衣はお寺の僧侶がいつも着ているような服で、
色もかなりバリエーションがあるらしく、俺にはほとんど見分けがつかない色の違いで二人がうんうんと悩んでいる。
夕月ならどれも似合いそうだなと思う。
「お兄さん、どうですか?」
マユちゃんが目を輝かせて聞いてきた。夕月も体をあけて私のチョイスはどう? みたいな顔をしている。
「あー、うん。マユちゃんは元気な雰囲気だから明るいピンクのほうが似合うんじゃない」
「わぁっ、やった! これ買ってくる!!」
うきうきした様子でマユちゃんがレジへ向かう。
俺はなぜか妹の冷たい視線を感じた。
「私も同じの買おうかな」
「お、いいんじゃないか。夕月にも似合いそうだし、買っていいぞ」
兄としてはテンションが上がる申し出だ。妹は出費を気にして滅多に服を買おうとしない。だからこんなときくらい、好きなものを買ってやりたい。
「……ほんと?」
「ああ買え買え」
「ん、でもいいや。ありがとお兄ちゃん」
「いいのか」
「うん、いい」
夕月がなぜか嬉しそうに体を寄せてきた。
女子二人のショッピングが衣装を買うくらいで終わるはずもなく、彼女たちは化粧品やアクセサリーの店を巡り、商品を眺めたり試供品を手に取ったりを繰り返した。
俺は荷物持ちとしての覚悟が出来上がっていたので、楽しそうな二人を付き人のような気分で見守る。
「もうちょっとで水着の時期だね~」
「マユは海とか行くの?」
「夕月とプールに行きたい予定ならあるよ!」
「それ予定なんだ」
「ね、夕月の水着も買おーよ~、私選んであげるから選ばせて~! お兄さん、いいですか?」
この場合のいいですかは、家計から水着代を捻出していいかを聞いてくれているのだろう。
ということは、マユちゃんはうちの家庭事情をある程度知っているらしい。
俺としてはもちろんいいのだが、家計簿をつけているのは夕月だ。
「夕月、水着持ってないだろ。今度こそ買ったら?」
「そ? じゃあ買おうかな」
よしよし。
こういうときのために俺はバイトを入れまくっている。好きな水着を買うくらいの余裕は十分ある。
るんるんで店に入ったマユちゃんが、水着を次々夕月の体に当てていく。
うん、どれも夕月に似合いそうだ。
「あ、これどう~? 夕月の雰囲気的に青とか水色が合うよね」
青色の上下が分かれたビキニタイプの水着だった。
肩のところにリボンが付いていて、シンプルだが可愛らしい。
ふむ、さすがマユちゃんは親友だけあって妹に合う色を分かっている。
……というかエロい。じゃなくて露出が多い。ほぼ下着だ。いやしかし水着とはこういうものだろうし。
「お兄ちゃん、どう?」
夕月が恥ずかしげもなく聞いてきた。
マユちゃんが「それお兄さんに聞く!?」という顔をしているが、妹は平然としている。かつて高校の制服を試着したときと同じテンションだ。
ならば俺も兄として真摯に応えよう。
「それも似合うけど、こっちのピンクっぽいのもいいんじゃないか?」
「わぁ、夕月こういう可愛い系も合うかも~!」
俺は目に付いた水着を取ってマユちゃんに渡した。
ピンク色の上下が分かれたビキニタイプだが、さっきのよりは露出がマシだ。
上は谷間が覗きそうだがスポブラっぽいデザインで、下も食い込みはあるがショートパンツに見えなくもない。さっきのよりは健全度が高い。
夕月は体に当ててもらっている水着ではなく、俺の顔をふーんという感じでうかがっていた。水着のほうにはさして興味もなさそうなのが彼女らしい。
「似合うな」
「ですねっ、さすがお兄さん!」
「じゃ、これにしようかな」
妹がどこか嬉しそうに目を細めた。
二時間ほど歩き回ったが、結局荷物の重量はそれほど増えなかった。
時刻は13時過ぎ。そろそろ二人とも小腹がすいてきた頃合いだろう。
「昼メシどうしようか」
背中に呼びかけると、二人が振り向く。
「あ、ちょうど夕月とレストランでも入るって話してたとこなんです!」
「お兄ちゃん、どっか美味しいとこ知ってる?」
「あー……ならモールからちょっと歩いたところにいい店あるぞ。ラーメン屋だけど、二人とも平気?」
「ラーメン! はい、食べたいですっ」
「夕月は?」
「お兄ちゃんの行きつけ?」
「いや、前にジョー……ああ高校からの知り合いと何度か行ったことがあってさ、塩ラーメンが美味いんだよ」
「それ私聞いてない」
夕月がちょっと不服そうにつぶやく。
「行ったって言ってなかったか?」
「……まーでも、そこでいいよ」
「やった~! 私ラーメン屋って家族で行く以外で初めてですっ」
「ならよかった」
胸を撫で下ろすと、俺は二人を先導してモールを出た。
歩いてすぐのところにあるラーメン屋は、内装が小綺麗でテーブル席もあり、女子が入っても違和感がない雰囲気だった。
少し並んでテーブルに着くと、他にもちらほらと女性の姿がある。
「ここいいですね! ここなら一人でも来れそう。夕月今度一緒に来よ?」
「うん、いいよ」
「やった~! 夕月とラーメン~」
顔を見合わせて微笑み合う美少女二人を、テーブルの反対側から眺める。
うん、ここへ連れて来てよかった。
意外なことにマユちゃんと三人でいても気疲れをしない。彼女がおっとりしているように見えてしっかり者というか、気遣いをするタイプだからだろう。今だっておしぼりを俺と夕月に配っている。
すると妹も対抗心が湧いたのだろう。水取ってくるねと立ち上がり、セルフサービスのところへ歩いて行った。
初めてマユちゃんと二人きりになる。
「夕月とお兄さん、ほんとに仲いいですね」
「マユちゃんそれよく言うよね。そんなに仲良く見える?」
「はい。だって普通妹の水着選んであげるお兄さんなんていませんよ~」
「そうなのか」
知らなかった。
やはり俺たちは普通の兄妹とはズレているらしい。まあ今さらだが。
「それに夕月、お兄さんといるときは自然体っていうか、なんか妹って感じして……可愛いです」
「まあ……家族と一緒にいるんだから当たり前じゃない?」
「それもそうですね」
「——なんの話?」
手にコップを三つ持った夕月が戻ってきた。
「んふふ、夕月が可愛いって話だよ~」
「え、なにそれ」
「夕月、水サンキューな」
「ん」
夕月がマユちゃんと俺、最後に自分のところへコップを置いた。
テーブルに三杯のラーメンが運ばれてくる。
マユちゃんは普通の塩ラーメン、俺は塩ラーメンに玉子トッピングを頼んだら夕月も「お兄ちゃんだけずるい」と言って同じものを頼んだ。
夕月と同じタイミングで水を一口含み、割り箸を割り、スープを一口飲んでから、ずるると麺を吸い上げる。うん、やはり絶品だ。
「夕月、めっちゃ豪快……!」
俺たちの食いっぷりにマユちゃんが目をパチクリさせている。対する夕月も髪を耳にかけながら目を見開いた。
「え、ラーメンってこうやって食べるもんでしょ?」
まるでお手本を示すかのように勢いよくラーメンをすする。
すまない夕月。それは我が家の食べ方で、多分普通の女の子はそんなに気持ちよく麺をすすらない。
「う~んそっか! じゃー私もっ」
マユちゃんが夕月を見習いずるっと音を立てる。そうして二人は、まるで師匠と弟子かのようにいい音でラーメンを食べ始めた。
俺と夕月が完食し、少し遅れてマユちゃんが箸を置く。一息つき合い、心地よい満腹感を堪能する。
「ちょっとお手洗い~」
マユちゃんがポーチを持って席を立った。
数時間ぶりに夕月と二人きりになる。無意識に視線が交差し、同時にふっと息をついた。
「夕月、美味かっただろ」
「ん。これ、一時期お兄ちゃん家で作ろうとしてたでしょ」
夕月がからかうように口角を上げ、勝ち気そうな眉を上げた。いつもの小生意気な表情だ。
「再現できなかったけどな」
「ううん、お兄ちゃん特製のほうも美味しかったよ。また作って」
「ああ、多分隠し味に醤油入れてるなこれ」
底に残った汁をレンゲですくう。妹も真似して汁を飲む。
「レモンもちょい入ってるよ多分」
「レモンか」
「明日の当番私だから、トライしてみる?」
「おー、期待してる」
「ん」
「この後二人はどうするつもりなんだ?」
「とくに決めてないよ。多分帰る」
「そ」
「帰ったらゲームする?」
「する? って、どうせまたお前のレベル上げだろ。まあいいけど」
「別のゲームでもいいよ」
「別のかー」
たまには対戦ゲームでもやってみるか。でも夕月は対戦系があまり得意ではないし、パーティーゲームとかもそんなにそそられないんだよな。
結局は二人で退屈なレベル上げをしながらまったり過ごすのが、一番落ち着くし平和だ。多分俺たちはそういうのが性に合っている。
「それともエッチする?」
「……帰って早々にか」
「うん。お兄ちゃんできそ?」
「まあ、そこそこな」
内心慌てながら店内を見回すと、客の姿はほとんどなかった。この妹は時おり大胆にぶっこんでくるが、こういうところは抜け目がない。
「ごめんお待たせ~!」
マユちゃんが戻ってきたので、俺もトイレへと席を立つ。
別に尿意はない。ただ股間の膨張を鎮めなければと思ったのだ。
意味もなく水洗ボタンを押し、個室内の鏡をぼんやり見つめる。脳裏に浮かんだのはさっき買った水着を着た夕月だった。
白い肌にピンク色のビキニを着た彼女は、さぞかし周囲の目を引くだろう。よからぬ視線を浴びせてくる男も大量発生するはずだ。
おそらく間近で見ることになる俺も、絶対そういう目で見てしまう。……もっと露出の少ないスク水タイプのものを選べばよかったか。
なんてやきもきする兄の心配などよそに、あの妹は他人の視線などさして気にとめないのだろう。
夕月が気にするのはいつだって俺の視線や言葉で——。
(やば、クールダウンしないと)
蛇口をひねり、無駄に手を洗いながら冷水に意識を集中させる。
まあまあ時間を掛けて股間を平常運転に戻し、テーブルへ向かった。
ふと、夕月とマユちゃんがこちらをじっと見つめている。大のほうだと思われただろうか。
「ん、どうした?」
「あ、えっとっ……」
マユちゃんが言いにくそうに俺を見上げる。
すると夕月が言葉を引き取った。
「お兄ちゃん、このあとマユうちに連れて来ていい?」
「家にか?」
「ん。お泊まりしたいって。私はぜんぜんいいよって言った」
お泊まり。
お泊まりってあれか。友だちが家に遊びに来て泊まるっていう、あの噂に聞く……。
俺も夕月も家庭内のゴタゴタだったり家事が忙しかったりで、誰かの家に遊びに行くどころか泊まったことも、もちろんうちに泊まらせたこともない。
あの二人暮らしの家に他人を泊まらせる?
兄としては、喜ばしいことだと思う。親友が泊まりに来る。それは今まで夕月に経験させてやれなかった、多分仲のいい友だち同士なら当たり前のイベントだ。
「俺も、もちろん構わないよ。マユちゃんのご両親がいいなら」
「あ、はい、うちの親は大丈夫ですっ。今聞いたら楽しんでおいでって」
なら大丈夫か。
「ちょっと散らかってるけど我慢してね」
「ぜんぜん平気です! ていうかすみません、急に無理言っちゃって」
「ああ気にしないで、妹の友だちなら大歓迎だよ」
爽やかな兄の笑顔を浮かべてみる。
妹も初めてのことにうっすらドキドキしているように見える。
うん、喜ばしいことだ。
俺は注文票を手に取ると、三人分のお会計を払いにレジへ向かった。
恐縮しているマユちゃんに気前のいい兄を演じながら、財布から五千円札を取り出す。
(今日は禁欲日か)
この期に及んでそんなしょうもないことを考えてしまう自分に、俺は心の中でビンタを放った。