――ダンッ!!
次の瞬間もの凄い勢いで起き上がったワカモがソレに飛びかかる。しかし彼女が伸ばした腕は触れることなく彼の体をすり抜けてしまった。
「おいおい、いきなり攻撃かい? ダメじゃないか、ペットの躾けはちゃんとしなきゃ」
’ペットじゃないよ。ワカモちゃん、大丈夫だからこっちへおいで’
ワカモが得体の知れないそれを警戒しながらも先生の隣に戻ると、笛吹きは大仰に肩を竦めて喋りだす。
「まあ何しようが僕に傷がつくことはないからいいんだけどね。それよりボクはキミとお話に来たんだよ、先生?」
’なんの用……?’
「その前に部外者を退場させてほしいな、キミ以外に聞かれると都合が悪いんだ」
’嫌だと言ったら?’
「……? 消していいの? その狐ちゃん」
’!? ……わかった、ワカモちゃん、悪いけど部室の方にいってて’
「ですが!」
’おねがい’
「っ! ……わかり、ました」
「あぁ、シッテムの箱も持っていかせてよ」
先生は無言でワカモにシッテムの箱を預ける。それを受け取るとワカモは心配そうな表情で先生を見つめながらも仮眠室を後にした。
「さて、ようやくお話ができるね!」
’早く要件を言ってもらえるか?’
「そんな邪険にすることないじゃないか! ボクがキミに何か悪いことをしたかい?」
’そもそもここに俺を寄越したのがお前の仕業だろう’
「?? てっきり気に入ってもらえてると思ってたんだけどな? もしかしてキミ、元の世界にでも帰りたいわけ?」
’っ……!?’
元の世界、先生にとっては一切の思い出が無いどこか別の世界、彼の知る
(……帰りたい、わけがないっ……!)
彼はもう知ってしまったのだ、キヴォトスを。あらゆる常識が先生の知るそれとは異なる、ちぐはぐであやふやな世界。己の欲望のままに生徒と体を重ねることが咎められることのない気持ちいい世界。
「うんうん、そうだよね? 帰りたいなんて思うわけがないよね! だってここはキミにとってまさに楽園! ボクもそういう人材を選んだんだから。そうだろ?」
(否定は……できない……)
’……ああ、わかったよ、確かにお前に悪いことはされてない。悪かったよ。’
’でも、あんな風にワカモちゃんのことを消すなんて言われたら警戒して当然だろううが’
「ん? ああ! え? まさか本当に消されると思ったのかい? 馬鹿な、せっかくのヒロインを消すわけがないじゃないか!」
「あれはあくまでも演出だよ、え・ん・しゅ・つ」
’……’
べらべらとおどけたように喋る人形を睨む。
「言ったよね? ボクは表現者として、物語を創るためにこの世界を用意したんだ。キミは主人公で、彼女たちはヒロイン」
「もしかしたらキミ以上に大事な、物語を彩る彼女たちをしょうもない理由で消したりなんかするものか! あくまでさっきはあれが手っ取り早いと思ったからそうしたまでだよ」
至ってあっさりと笛吹きがブラフのタネをばらしたことに少し驚く。
’そうか、わかったよ。でも、そこまで言って良かったのか? 俺が大人しくお前に従う理由もなくなったわけだけど’
「うん、どうせ次回からキミは進んで彼女たちを遠ざけようとするからね」
’……?’
「ボクは確かに彼女たちを壊したくはないよ? しかし、壊そうとしなくても壊れてしまうものはどうしようもない。
’なにを……’
笛吹きの
「いいかい? キミはこの世界において少々特別だ。何故ならボクがそういう人物を求めて選んだからね」
「でも、彼女たちは違う。あれはボクがこの世界を脚色する以前からこの世界に咲いていた花。キミとは違って必要最低限の
――と言っても、このお話の設定上どうしても大幅に変わってしまう子がいるのは事実だけどね……
笛吹きが言葉尻に何かをボソッと付け加えたがよく聞き取れなかった。
「彼女たちはキミとは違う。考えてごらん? 自分たちを含めた世界の全てが、化け物の私欲のため好き放題に
「間違いなく、彼女たちは元の彼女たちのままではいられない。どんなに小さくてもなにかしらのズレが出る」
「だからね、ボクたちの話は彼女たちには聞かせない、それが最善なんだよ。わかってくれるかい?」
一連の話を頭の中で整理する。こいつが自分から化け物だとか私欲だとか言ったことに少し驚きを感じるが、言わんとすることは理解できなくもない。
’……はぁ、わかったよ。一応聞くけど俺は?’
「もちろん大丈夫! そう作ったからね!」
’ちっ!’
「まあまあ、さっきも言ったけど、そのおかげでキミはバラ色の毎日を送れるんだ。ちょっとやそっと体を弄繰り回されるくらい必要経費として受け入れてほしいな」
結局のところ先生は直接的な不利益を
’それで? 本題は?’
「そうそう、シッテムの箱のカタログのことだけど……」
例の追加機能の一覧のことをカタログと呼んでいるのだろうが、そこで先生は笛吹きが現れる直前の出来事を思い出す。
(そうだ、項目が前よりも減って……)
「まあ、簡単に言うとゲームバランスの調整だね。俗に言うナーフってやつだよ」
’なっ……!’
「ああ、勘違いしないでね? 見えなくなった機能は無くなったわけじゃないよ。適切な時にだけ見えるようになった、それだけさ」
「最初から全部見えてたんじゃつまらないだろう? そういうわけだから、解放条件を満たしていない機能は名前が分からないようにさせてもらった」
つまるつまらないの話ではない、が、それを言ったところで意味はないだろう。
「君たちが既に見てしまった分については悪いけど記憶をいじらせてもらったからね」
’はぁ!?’
そう言われると確かにどんな機能があったのか、記憶に
「それを伝えに来ただけさ。ちょっと余計なことを話し過ぎたけど、まあいいよね」
「それじゃあまた」
彼は一方的に告げると次の瞬間には姿をくらませていた。直後、仮眠室のドアが大きな音を立てて開く。
「あなた様!!」
ワカモとそれに続いてリンが部屋に入ってくる。
「先生、お怪我はありませんか? ワカモから事情を聞いて部屋に入ろうとしたのですが、ドアがびくともせず……」
’ああ、うん、大丈夫。たぶん悪い奴ではなかった……と思う’
リンは先生の返しにほっとしたような、呆れたような溜息を吐いた。
To Be Continued…