裏アカ快楽責め系ハメ撮り系連作(仮) 作:ふりーじ屋/家庭内禁書
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梨の過去を林檎がほじくる話です。
でもねえ、あなた、女にそんなことができるのは滅多にないことなのよ。男のように天衣無縫に官能的になることも、精神の自由に与かることも、女にはできないの。女の愛はいつも官能性と精神的欲求がごちゃまぜになった状態なの。
――レオポルド・フォン・ザッヘル=マゾッホ著、種村季弘訳『毛皮を着たヴィーナス』(河出文庫、八九頁)
※
「家ではしない主義なんですよ」
「梨さんならいつでもどこでもセックスできるかと思ってました……プライベートでもしないんですか?」
「ホテル代を節約したかったころなら、まぁ」
「このあいだの温泉も良かったんですけど、ねぇ」
梨はそれ以上聞くな、というオーラを林檎に向けてできるだけ発散したつもりだったが、モニター、スピーカーごしに軽く無視された。
逆に林檎からの――(続きは? ねぇ、続きは?)――雰囲気に飲まれかける。彼女に対して肉体でのコミュニケーションなら主導権を握れるが、音声通話ごしではまったく無理であった。慣れの差がそのまま現れていた。
「以前、お友達の家でしてたら裁判沙汰に巻きこまれかけまして」
「興味をそそる言い方~っ、配信ならいっぱいコメント流れてるところです」
「俺の配信は生じゃありませんが」
問われる男性の梨はいわゆる〝裏アカ〟男性の一人である。ポルノ系動画投稿プラットフォームでは、相手の女性をハードに喘がせることで知られている。〝梨〟がその投稿者名である。
対して問う女性の林檎は兼業を経た専業Vtuberである。梨の手腕に興味を持って接触してハメ撮りで散々にイカされて、ずるずる縁が続いている。
「お友達とはどんなセックスを?」
「あの、セフレとは……まぁお察しの通りですけど……俺がいたのに勝手に他の男連れこんでキメセクおっ始めまして」
「まぁ、それは……梨さんとはどんなセックスを?」
「そこ気にするんですか」
「梨さんのセフレってどんな人だったのかなぁ、って。性欲もカラダも強かった?」
「あのとき俺はいまより大人しくて」
梨は話をそらそうとあがいたが、林檎の詮索がますますしつこくなっていきそうなのを察して、早々に折れた。
「まずセフレさんのお名前は?」
「撫子、って名乗っていましたね」
「仮名ですか、もしかしていまの梨さんのハメ撮り動画の中にも」
「いませんよ」
林檎は容姿や物腰のおかげでハメ撮りのとき絵になって、それだけの付き合いでもと割り切ってくれている素振りで、つまり貴重なリピーターで、梨は邪険にしにくかった。彼女がそれを見透かしつつ自分を困らせて楽しんでいたとしても、苦笑いしか出せなかった。
「撫子さんはかわいかったけど一風変わった人でした。童顔でかわいいけどそれが自分で好きじゃないらしくって、わざわざ赤くて太くて角張ったフレームのメガネかけてて」
「おっぱいはおっきかったんですね、私より」
「もしかしてたまっててウズウズしてるの俺にぶつけてます? オナニーしたら発散できるし、林檎さんなら需要も」
「ご忠告痛み入りますが、梨さんにこうしてるほうが楽しいので。ほら、続きをどうぞ」
林檎からかつてのセフレについて根掘り葉掘りされつづけるうちに、梨も少し懐かしい気分が後頭部あたりにちらついてくる。
「……ざっくばらんに言えば、ちょっと前のサブカル女子みたいでした。自分のこと撫子さんって呼ぶし、年上ぶるのに俺のこと〝お兄さん〟って呼んでて」
「くだんのお部屋も? 部屋にぬいぐるみとかお人形とかフィギュアとかあったら落ち着かないですよね」
「それもそうですし、デザイン関係の本とかおしゃれすぎて誰向けなのかわからないオブジェとかがいっぱい。それら置いとく収納のせいで、俺よりいい部屋だったのに狭っ苦しくて」
林檎と撫子は対照的だった。彼の記憶にないはずの、撫子が林檎を見て羨む仕草が思い浮かぶ。
「撫子さんとはどんなセックスを?」
「注文の多い人でした。よく言われたのが……してるとき黙るな、男が黙ってると怖い……って」
「そりゃあそうですよ、顔はともかくカラダがゴリラみたいにご立派だから」
「好評なんですよ。自分が細く華奢に見えていい、って」
「その感想はハメ撮りされてる女だけかと思いますよ」
女性にしては長身で、スレンダー系の美人である林檎。Vtuberの命である声も落ち着いたお姉さんのようと評判である。
対して撫子は背が低めで声も高く甘ったるい。それを活かして妹ぶってみたかと思えば、性経験豊富な年上ぶってみたり、振る舞いがアンバランスで、引っくるめた印象だと当時の彼とほぼ同年代らしかった。肌が色白で見るからにインドア派と伝わる。それでいてバストは梨の手にあまるほど大きい――『ねぇお兄さん、撫子さんだって、もっとセクシーだったり凝った感じのブラを着けて見せてあげたいけど……過ぎたるはなお及ばざるがごとし、ってね』――ヒップや太もももムチムチした触り心地だった。
「あと、後戯が……もうたくさんって言うほどいっぱいしてくれ、事後でだるくても汗臭くても黙って抱きしめるぐらいしてくれ、気持ちよかったら褒めて、などなど」
「女としてはわかります、けど……セフレとしてよく付き合えましたね」
「あの時の俺には新鮮でしたので」
「梨さんにも女体を触れれば楽しいころがあったんですね」
「いまのほうが楽しめてます」
※
『いーっ、ひぃ、ひっ……う、ゔ……ウっ……ゔ……ッ……』
『撫子さん、また勝手にイッちゃったんですか』
ベッドに寝かされたままカクカクと震える撫子の下半身で、スカートがヒザまで下ろされていた。薄手のセーターはアンダーバスト近くまでまくりあげられていた。露出している下着と閉じあわされた太もも、下着のゴムがほんのり食いこんだ下腹部がやたらに目立って見えた。
ショートパンツぐらいの丈まで肌を覆いつつタイトに貼りついた灰色の下着に、はっきりと失禁のようなシミが広がっていた。
『それにしても素直すぎるカラダになってくれて……撫子さん?』
『ぉ……いさん、おにいさん、もっと、近く』
『はい、はい……もっとお仕置きされたいんですね』
梨は撫子の痴態をもっと目で味わいたかったが、やれやれと勿体つけて撫子のリクエストに頷き、優しげすぎて鈍臭いと思う勢いで体を寄り添わせてやる。
震えるしかなくなるほど強烈、濃厚な快楽を堪能させられつつ、耳元でささやかれ頭の中までくすぐられる。その趣向を撫子からもっとも多くせがまれた。
『あんまりお仕置きで気持ちよくなってクセになっちゃったら、もうお仕置きになりませんよね』
『だって……お兄さんだって、いじめるの、好きでしょ……』
梨が初めてセックスしたときの撫子は黒髪ストレートを肩甲骨まで伸ばしていたが、すぐボブカットになった。彼女からは――『心境の変化とかじゃなくてね、お兄さんのおかげでベッドでのたうっちゃってロングヘアが傷んでしょうがなくって』――責任転嫁のように言われた。
『いじめられてようがそうでなかろうが、男はヤラしい姿になってる女が好きなんです』
『そっかぁ、男がみんなそうならしょうがないねぇ……んア゙ぁあ゙あッ!? ひ、ひらはんひゃっ!』
指先をすっと伸ばして、濡れて色が沈んだ下着ごしにクリトリスをずりゅずりゅとこすってやる。撫子は少しなら無遠慮にしてもよく反応してくれる。
『あぃっ、ひ、ぁ、おぉぉ……っ……いまっ撫子さんが話をしてるんだよぉっ』
『撫子さんはいじわるなお兄さんがお好きでしょう』
おかげで梨は撫子のわがままにうんざりしきれない。性欲もセックスへの興味も人一倍であって、女性と肉体関係に持ちこむまでは順調だが行為を重ねるうちにうんざりされるのがこれまでのお決まりだった。撫子とはうんざりさせあっていれば都合の良い関係で続く、と当時は思っていた。
『いじわるにも種類があるんだよ、わかってるよねお兄さんっ』
『撫子さんの言うそれは、いじわるというか甘やかしですよね』
『ちょっと冷たいなぁ声音がっ、呆れててもいいけど、もっとあったかい感じでっ』
撫子の細く小さい肩は彼の腕力であっさり抱き寄せられる。あまり細くて軽くて、抱き寄せられた弾みにセーターごしの胸がゆさりと揺れるのがいまだ冗談のように見える。
『俺、声をお褒めいただいたのは、撫子さんが初めてですよ』
『褒めて伸ばす主義なんです~』
首や胸元で撫子のボブカットや吐息がくすぐったい。彼女のおねだりはもっとくすぐったい。
『撫子〝ちゃん〟めっちゃいい匂いするねぇ、シャンプーか香水か、いつもと違うの?』
『こんどはちょっと軽すぎ、もう少しだけねっとり感も抑えて』
『……撫子さん、演劇とかお好きなんですか』
『ここまで聞いてくれるのお兄さんだけなんだよぉ……付き合いいいよね、甘えちゃう』
撫子のリクエストは、男性に近くで優しげにささやかれながら指で淫らにいじわるされるシチュエーションが、梨をうんざりさせるほど多かった。梨が彼女をサブカル女子と呼んだ原因は、『一部の女子オタク向けシチュエーションボイスだろうか』という印象も大きかった。
撫子から渡された台本を読むだけでうなじや耳の後ろがむず痒くなった。記憶として思いだし語るだけでその感覚まで生々しく蘇った。
『……撫子……さん……ええと』
『お兄さん、すぅはぁって……嗅いじゃ、だめ、汗が……』
『……うわぁズルい、撫子ちゃんみたいなかわいい子だと、匂いまでかわいいんだね』
撫子の台本で、梨はしばしば年上男性を演じさせられた。歯が浮く、という感覚を嫌と言うほど味わった。撫子が自分を恥ずかしがらせて困らせて楽しんでいるのでは、と当時から疑っていた。
『そういうこと、言うの……恥ずかしい、からっ……』
撫子は内股になりながらベッド上でもぞもぞ身をくねらせた。まるで彼に抱きしめられて照れくさがっている初心な女性のようであった。下半身は愛液ずぶ濡れで初心どころではないはずだったが、ちょうどその手前の大きな胸で彼の視界がふさがれ見えなくなっていた。
『ズルいでしょう、撫子さんの彼氏くんならこれを味わい放題なのかなぁ』
『言わないでったら……!』
『その彼氏くんとのえっちでぜんぜん感じない、っていう相談をしてくれたんだと思ってるんだけどなぁ』
『っひぁああっ』
耳元で声を低くしてささやくと、撫子が悲鳴とともに肩と背中がびくりと反応させる。ほんの一瞬遅れてセーターを内側からつっぱらせている胸がゆさりと揺れる。カップはFかGか、肉付きはまだしも骨格が細い撫子には不釣り合いすぎてとても目立つ。男の高身長と女の巨乳は異性同性問わず同じようにじろじろ見られる、とどこかで聞いたのを思いだす。梨は男としてなかなかの長身だが、撫子が街を歩けば自分の数倍の濃度で視線を浴びるだろう、と見積もる。
『ねぇ、俺は何か勘違いしてた? してたら、ごめんったら』
『し、してない、よ……だぇっそぇぞわぞわって……んっ……!』
『耳、敏感なんだ。そっとしておいたほうがいい?』
撫子のボブカットはサイドバングを耳殻にひっかけて頬、輪郭を覆い、小顔に見せるスタイルだった。顔と声で子供っぽく見られることを不本意そうに言うくせに撫子は――『こう見えて他人ウケでナンボって商売なんだよ……芸能人とかじゃないって、もしそうだったらさすがにお兄さんとこうしてられない』――それをそっと崩して耳を露出させる。
白かった地肌のせいで紅潮が大げさに見える。
『ほら、指図してよ。俺に任せてたら、撫子ちゃんをこうやって味わってるだけで終わっちゃうかも』
『うっ……あっ……ぬ、脱がせて……ください……』
『いいのかな?』
『……お兄さんなら……っ』
こんな振る舞いを真面目にする男がいたら、合法か非合法かはともかく実質ペテン師に違いない、と梨は当時もいまでもそう思う。
『うわぁ、でっか』
『……苦労するんですよっ』
セーターとブラをずらしにかかる。ゆるゆると、拒絶するならいましてみろ、と手つきで語りながらずらしていく。
『脱いだらますます……着痩せしてたんだね、あれで』
『み、見てます、か……?』
『めっちゃ見てる。こりゃ彼氏くんもイチコロですわ、俺も拝んじゃう。ブラボー、ハレルヤ、ありがたや』
『っぷっ、笑い事じゃ……』
現れた巨乳は、とても大きくて釣り鐘形に整っていて男の視線を絡め取るが、いざ触れるとほんの少しの圧迫で手からあふれて男の愛撫をつんと押し返す。見た目は柔和で優れているが触れるとわがままな、撫子にお似合いの名品だった。
こんな乳房をぶら下げ、かわいらしい顔と振る舞いをしていれば、撫子自身もまたペテン師に違いない。彼は自分がペテン師のまねをさせられるのもひねくれた洒落かと思えた。
『撫子ちゃんみたいなかわいい子にこんなおっぱいじゃ、みんな見る。釘付けだよ。彼氏くんとか隣で歩いてて気が気じゃないだろうなぁ』
『私は隣で歩いてるどころじゃないですよぉ……っ……』
アンダーバストに両手を差し伸べて撫子の重みを受け止める。ほんのり温かく汗でぺたぺたした肌触り。大きくて柔らかく、これでデスクワークなどしていたら肩こりもきつかろうと思い遣られる。素で漏らした吐息が撫子の耳にかかってか、手の上に乗ったままの胸がふるふる震えて、いっそう強く味わってしまう。
『こうしてるだけで顔もとろんってなりかけて……エロすぎるよ撫子ちゃんっ』
『や、ぁっ……私、悪くないですっ』
『悪口じゃないよ、褒めてる。でも、彼氏くんはこれぶら下げられてがまんできなくなって、勝手にもんだり吸ったりして満足して、撫子ちゃん気持ちよくするどころじゃないのかも』
『やっぱり悪口じゃないですかぁ~っ』
『まさかとは思うけど、図星?』
聞かせつつ、撫子の巨乳をゆっくりとなでる。ちょっとでも強くすると重量、弾力で押し返され、こちらも意地になって手に力が入って、かつて実際に〝勝手にもんだり吸ったりして満足して〟しまった男がいたのだろう、と信じられ――
※
「――はい、はい、ありがとうございます、撫子さんとやらがだいたいどんな女だったかわかりました」
「……ならいいのですが」
林檎に昔話をせがまれしぶしぶ話し始めたはずが、唐突に断ち切られると、つんのめってしまったような不快感がちらついた。
「梨さんの語り、聞いててけっこうドキドキしましたよ、裏アカ動画のおまけに音声もつけてみましょう」
「軽く言いますね、声のお仕事してる割に」
「ちょうどいい録音環境の場所があります」
「それ林檎さんのおうちのことでしょう」
撫子と林檎がもし出会ってしまったらあまり気が合わないだろうな、と梨は空想した。
何かしらあって、林檎は巨乳の女に含むところがある――『お兄さんっ、私のお胸はえっちじゃないもんっ、大きくたって困るし、みんなが……』――罵倒風に褒められるのが撫子の好みだった、などとは伏せておくのが林檎の機嫌のためだ、と判断した。
これでもし話を続けて――『撫子さんのおっぱい、お兄さんにいっぱいいじめられた仕返しをしないと、収まらないって……♥』――胸や乳首でさんざん感じさせられたあとのお返しでこちらをパイズリで攻めて絞る流れが撫子のお気に入りだった、などと聞かせてやったら、そのあと林檎の機嫌をどう直したらいいか途方に暮れてしまう。
「で、梨さんは撫子さんのおかげで裁判沙汰に巻きこまれた、と」
「俺が裁判所に呼びつけられるまではいかなかったんですが、ちょっと肝を冷やされまして」
「では、ようやく本題ですねっ」
※
『きみ、絶対に見つかっちゃダメ、私が何をされてても、そこに隠れてて』
撫子の部屋のインターホンから――しゃがれ気味で撫子よりだいぶ年上らしいが、親しげな調子の――男の声がいきなり響いたのと、撫子の部屋のクローゼットに――自分が身を隠すほどのスペースがこの部屋にあると、それまで露ほども思わなかった――自分が撫子から押しこまれたのと、当時の梨は2乗の驚きでしばし呆然としていた。
『――おやおや、お友達がお邪魔していたのかな』
『あらら〝先生〟まで引っかかっちゃって……女の一人暮らしって危ないから、男物の下着を干しておくとか言いますよね、でも男物の靴が一足もなかったらフリってバレるじゃないですか』
『女に目をつけてる男が、そこまで見てるもんかな』
『そりゃあ、先生は』
梨は〝私が何をされてても〟と言われてかえって気になって、頼まれもしていないのに、クローゼットの隙間から部屋の2人をうかがった。
男を見ると、ロマンスグレーの髪に、わざとなのか手入れの不行き届きなのか迷う具合の口ひげ、あごひげを生やしているさまがまず目についた。黒一色のジャケット、シャツ、スラックスに身を包んでいた。顔、身長、肩幅まではそれなりに見られたものだったが、コーディネートでぎりぎりごまかしきれない太鼓腹がこんな状況でも微苦笑を誘った。
『本当に誰もいないんだろうね? いたら茶でもしばいてくるかな』
『……いたとして、何かまずいんです? 先生なら見せつけてあげよう、ぐらい言うかなぁって』
撫子は先生と呼びかけた男からジャケットを受け取ってハンガーにかけてやっていた。梨をちょっと驚かせるほど――(撫子さん、セックスが絡んでなくても人並みのお気遣いができるんだ)――甲斐甲斐しかった。自分が〝お兄さん〟と呼ばれているのを棚に上げて、先生と呼ばれている中高年の男を片腹痛く感じた。
この男がこれから撫子とセックスをするのだろうか、と予防線のように想像した。撫子にいろいろと注文をつけられる男の様子が浮かんで、ついに口元を抑えて笑い声を殺さなければならなかった。
『このあいだ新しい品物を手に入れて、お裾分けしたらよろこんでもらえるかと』
『いつのどこのこと言ってるんですか』
『ふふ、そうだね……エスニック系、とだけ』
『言うまでためておいてそんな手垢のついた言い方ぁ』
『手厳しいなぁ』
『私が事務所でうっかりそんなコピー書いたら鼻で笑われます』
『許しておくれよ、ここはきみの部屋だ』
梨がそう呑気に構えていられたのは、何やらうっすら焦げ臭い気配と異臭を感じ取るまでだった。
『……品物って』
『飛べるよ? ああ、また手垢のついた言い方しちゃった』
『私そういうの最近、食傷気味で……シラフのほうが楽しくありませんか、健康的だし』
『はは、年寄りは不健康が平常運転なんだ』
パクチーのような青臭さ、キンモクセイのような甘ったるさ、コショウのような香ばしさがごちゃごちゃ混ざってすごくうるさい匂いになった。体臭をごまかそうといろんな香水つけてひどいことになってる人間を思わせた。
撫子の忠告が背筋に蘇った。
『あと、そうすると先生、だんまりじゃないですか、それがいや』
『そのおねだりは、かわいいけど聞いてあげられないな。頭がだんだん真っ白になっちゃうし』
つまり、これはいかがわしい薬物らしかった。
『いや、ですったら』
男に抱き寄せられ、撫子がいやいやと肩をゆする。それらよりゆさゆさ揺れる胸がうるさく見える。
『んっ、くっ……』
撫子の抵抗は滑稽なほど形式的だった。顔をしかめたり手で振り払ったりしつつ敏感なところに手をかすめられ肌を震わせるところなど、レイプ物のアダルトビデオを手本としているようだった。
それから撫子の顔や首筋が、油を塗りたくったような汗にまみれていった。梨が撫子を汗だくにしてやったときはいつも雫が玉のように肌に浮いていた。わずかな違いでかえって大きな違和感を覚えた。
『ん、ダメ、んっ、はぅ、んっ……んぅうっ……!』
先生とやらは本当にだんまりで、声は押し殺した撫子のものばかり。呼吸音がやけにしつこく耳にこびりつく。撫子の手や足がびくんとこわばっては床をずりずり滑り、置きっぱなしになっていたパンフレットらしき薄い冊子の積み重ねをいくつか崩した。
物が多い部屋のせいで見通しが悪く、2人が何度か押し引きして位置も体勢も変わり、梨からの目視が難しくなる。ざわざわした衣擦れや、くちゅくちゅという水音が響く。いつもより粘っこく耳に残る。男がわざとうるさく鳴らしているらしい。興奮とともに違和感がふくらみ、むずむずとした嫌悪感も湧いてくる。
『っ……っうぅー……ぅ……!』
男は撫子の胸より、膣の入り口やクリトリスを集中的に責めている。梨からでもそう察せられるほど露骨な責め方だった。
梨の知る限り、撫子の下半身はひだの感触や締まりうんぬん以前にとにかく狭くきつく、半ば挿入するだけで撫子から辛そうにされた。代わりに乳房を念入りに愛撫させることばかりねだられた。梨も一度挿入してからは、パイズリやフェラチオしてもらうほうがいい、と納得した。最初は処女かと疑った。梨のペニスの大きさではお互い痛々しかった。
『んぐ、っく……ゃ、やめっ……や、あ……あっ!』
撫子は男に無理やり姿勢を変えさせられたらしい。彼が意外な力強さで撫子の足を持ち上げつつ、一物を股間に近づけていく。目視できないなりに撫子の気配からうかがう限り、勃起具合で梨より短小でも撫子には十分な脅威らしかった。
『は、ぉ、ァ、あ……ッ!! ぉ、く……くひぃっ……!! ハッ、はァッ……!』
たん、たんと軽く肌を打ちつけるピストンが始まる。撫子がくちびるを噛み締めているが、最初の10回ほどでじゅぶっ、ぐぶっと濁った音が響くようになった。男が撫子のヒザを持ち上げていて、撫子の細い足が天井を向けさせられていた。それらが震えるところは梨からでもよく見えた。ふくらはぎがほとんど休む暇もなく強張って、すらりとしていたシルエットが歪んだ。つま先が空中を引っかきもがいていた。
『……あああ、ぃ……だめっ……あ、あっ……!』
撫子が嘆くような嬌声をこぼし、息をつまらせ、つま先が指までピンと緊張した。
演技なしに無理やり絶頂させられている女のようすを知った。
『いい顔に、なってきたじゃないか』
『……ふ、ふふっ』
『ごきげんかな』
『腹上死とか、しないで、くださいよ……?』
千鳥足じみておぼつかないセックスと、自暴自棄のごとくへらへら平べったい笑いが気障りで仕方なかった。
『ねぇ撫子さん、俺もシャワー借りていいですか』
息も絶え絶えのままベッドに置き去りにされた撫子に、梨は水でくちびるを湿らせてやりながら聞いた。目つきや息遣いが思い浮かべていた最悪より少しだけまともでどうにか見られた。自分にこびりつく脂汗と匂いとが気持ち悪かった。
『いま、ちょっとでも優しくするの、ずるい』
『借りていいですか。これすっごく臭いんで、このままじゃ外を歩けません』
『お酒と大差ないよ……でも心配してくれるんだ、撫子さんのこと』
『したくありませんから、するなと言ってくれたら止めますが』
『ええ、他人の心配なんてするだけ損……お兄さんに損させるの、撫子さんも不本意――』
※
「――なるほど、デザイン村の人だったんですね」
「林檎さん?」
「私の知る限り、デザイン業界は儲かってる側ほど村社会というかギルドっぽくなります。営業も実制作も何もかも属人性の塊っていう仕事ですから」
「……それで、お偉い先生が?」
「あと、いかがわしいクスリは海外出張の多さのせい。そこで覚えがち、と」
林檎が知ったふうな口ぶりでまた話の腰を折ってきた。梨は折られるがままため息をついた。
「裁判沙汰に巻きこまれ……ってのは、撫子さんたちが麻取と警察にしょっぴかれちゃったんですか」
「それを知らないまま合わなくなりましたが、くだんの〝先生〟が既婚者だったらしく、とは」
「……家裁案件でしたかぁ」
林檎の俗っぽい声音と表情が、柄にもない物思いをちょうどよく邪魔してくれた。
「つまりこういうわけで梨さんってイカせるとき自然派なんですね」
「……例えばゴムに何やらこっそり塗ってるかもしれませんよ」
「ねぇご存知です? 男が女に昔語りするって気を許しちゃった印なんですって」
さすがにいささか邪魔のしすぎ、と改めさせられた。
「気を許してなくても語りたくなるような武勇伝みたいな昔話なんて俺にないでしょう、って意味にとれちゃいますよ」
「オンナぴぃぴぃ鳴かせてお金稼いでるいまがまるで武勇伝ですものね」
どうしてか、林檎が顔を付きあわせてセックスしたときよりずっと無遠慮で、梨は流されるまましばらく付きあってしまった。
「あの、興奮してきちゃったんで、そのままオナニーに付きあってくれません?」
「オナニーは一人が無難ですよ」
「梨さんオカズ売る側ですものね」
さすがにいささか無遠慮すぎて眉をひそめると、ようやく林檎が沈痛そうに面を半ば伏せる。
「どうです、この減らず口を鳴かせたくなりました?」
「手が届いたなら」
「また会いましょう」
構ってもらいたいがために憎まれ口なんて子どもみたい、と言い返す前に通話を打ち切られてしまった。
(おしまい)