15年前に死んだ幼馴染が水の精霊になって帰ってきた 作:我島甲太郎
高い天井と広い空間、塗料と木材の入り混じった独特の匂い。
ガラガラと音を立てて動く、商品を満載して重たくなったショッピングカート。
俺達は、麓の町のホームセンターまで買い出しにやってきていた。
「新しい空調服は確保出来たし、肥料も揃った。畳の張り替えは今度でいいから、次は……」
スマホのメモ帳に目を通す俺の視界の端をちょろちょろと動き回るのは、幽霊のように半透明な姿をした学生服の少年。
水の依り代を脱ぎ捨てて精霊化した、ウンディーネのユーリだ。
あの蒼髪の美少女の容姿は、かつて悠里が契約していた人物のものらしい。
内乱で国を追われた末に精霊の泉まで辿り着き、特別な精霊に命を救われた王女の貴種流離譚。
なろう小説が一本書けそうな設定である。
『ケンちゃん、もういいでしょ。そろそろ飲み物買いに行こっ!』
悠里は何度も何度も、強引に俺の袖を引っ張るような仕草をする。
いい加減鬱陶しくなってきた俺は、スマホの画面を消して胸ポケットに仕舞った。
「何か欲しいものでも見つかったのか?」
『うん、あっちでコクコーラの新商品が売ってたの! 早く行かないと売り切れちゃうよ!』
「分かった分かった、今行くから」
ぶつぶつと独り言を喋りながらショッピングカートを押して歩く俺とすれ違った妙齢の女性が、不愉快そうに手で顔を隠した。
またぞろ、動画撮影でもしていると思われたのだろう。
ミューチューバーが珍しいものではなくなった現代では、耳からうどん(無線イヤホン)を垂らしてカモフラージュしておけば多少の奇行も許される。
迷惑な顔をされる度に精神的ダメージを受けるが、それでもアニメから出てきたような蒼髪美少女を町中で連れ歩くよりはマシだと思いたい。
「で、どれにするんだ」
俺は悠里に案内されるまま、レジの近くにある飲料コーナーまでやってきた。
『これと、これと、これ。それと――』
悠里が指先で指定したペットボトルと飲料缶を次々と買い物カゴの隙間に突っ込んでいく。
期間限定の色物から定番のお酒まで。
「スーパーで買った方が安くないか?」
『そんなこと言って、前は売ってなかったじゃん。ある時に買うのが正義だよ!』
「はいはい……」
ショッピングカートが一杯になってしまったし、これ以上の買い物は諦めて来週に回そう。
レジで会計を済ませてから大荷物を軽トラの荷台に積み込み、次の用事へ。
俺はいつものルーティーンに従って生活ゴミをゴミ処理場に持ち込み、営業所止めにしていた郵便物を受け取り、スーパーで一週間分の生鮮食品を買い込んでクーラーボックスに詰め込んだ。
最後にガソリンスタンドで給油したら、後は愛しの我が家に帰るだけである。
現在時刻は正午、お昼の時間。
車の通りの多い国道から枝分かれした山中の県道に入ったところだ。
俺の軽トラは修復の跡がある少しデコボコとしたアスファルトの道をゆっくりと走っていく。
真夏のお天道様は今日も元気に輝いているが、悠里の精霊魔法でガンガンに冷やした車内は非常に快適だ。
『ケンちゃん、もういいよね?』
「ああ、大丈夫だ」
片手で運転しながら朝に作っておいた梅干しの握り飯を齧っていると、助手席でシートベルトに巻かれているクーラーボックスの上に美しい水の精霊が現れた。
今時はあっちにもこっちにも監視カメラにドライブレコーダー、本当に難儀なことである。
「ボクもおやつ、たべちゃーおっと」
助手席の足元にある冷凍品用のクーラーボックスをガサゴソした悠里は、中から取り出した棒付きアイスクリームの袋を開けてパクついた。
「んー、冷たくておいひー。そうだ、ケンちゃんにも分けてあげるね!」
断る間もなく、視界一杯に悠里の顔が映り込む。
俺は急ブレーキを踏んでトラックを止め、それから彼女の口付けを受け入れた。
ドロドロに溶けたチョコとバニラアイスが入り混じった甘い液体をごくりと嚥下する。
「危ないな、事故ったらどうするんだ」
「ごめんごめん、ついうっかりしちゃった」
両手を合わせてお茶目に舌を出す悠里。
まったくもって、反省の色は見られない。
「これが続くようなら、運転中の現界は禁止するぞ」
「それは困るなぁ。ボク、あんまり精霊化するの好きじゃないし」
そう言えば、最初に外出した時はかなり渋られたな。
やだやだ、ずっとこのままがいいーって。
「男の姿に戻るのがそんなに嫌か?」
初めて会った時、彼女は前世の姿を着ぐるみを着ているようだと表現した。
俺も最初はそんなものなのかと思っていたが、悠里の精霊体を見て考えが変わった。
悠里がずっと女の恰好をしているのはただの趣味、嗜好に過ぎないのだろう。
「ケンちゃん、ちょっと外を歩こっか」
俺の質問に答えず、ふわりと浮き上がった悠里は開いている助手席の窓を通って車から降りた。
「おい、どこに行くんだ」
精霊は契約者から遠くに離れることはできない。
だからこのまま置いて行っても問題はないっちゃないのだが……。
「思い出したんだけど、あっちに公園あったでしょ」
悠里が腕を振るうと、無数の水の刃で草の生い茂った藪が細切れになってひび割れたアスファルトの敷かれた細い道が現れた。
「ほら、やっぱりそうだ。見に行こうよ、ケンちゃん」
「ああもう、分かったよ。行けばいいんだろう、行けば」
俺は軽トラを路肩に寄せると、車から降りて彼女の背中を追った。
高い木々から細く落ちる木漏れ日で照らされた薄暗い道を少し歩くと開けた場所に出る。
長い間手入れもされず錆びた滑り台、鎖の壊れたブランコ、枯れ葉の積もったシーソー。
どこにでもあるような、小さな廃公園だ。
「中学生の頃、学校帰りによく二人で遊んだよね。懐かしいなー」
学生服の少年に変わった悠里は、鎖が無事な方のブランコに腰掛けて足をぶらぶらとさせた。
俺はジーンズのポケットに手を突っ込んだまま、その姿を眺める。
過疎化と高齢化が極まっていたあの村は俺達が最後の世代だった。
村の学校は俺達が中学に上がるタイミングで廃校になったから、それからは麓の町の中学校まで自転車で一時間以上も掛けて通学していたんだ。
そのせいでずっと帰宅部だったけど、代わりに二人で好きなだけ遊び歩いた。
この時代から取り残されたような廃公園も、その時に俺達が見つけた秘密基地のうちの一つだ。
「なあ、悠里……」
「どうしたの?」
「悠里は、家族に会いたいとは思わないのか?」
天涯孤独の俺と違って、悠里には今も生きている家族がいる。
葬式の最中に俺を半殺しにして警察に捕まった父親と、それが原因で離婚した母親がいる。
爺ちゃんの前で面と向かって「賢治が代わりに死ねばよかったんだ」って言われたよ。
ハハハ、笑えるよな。
「思わない」
「どうしてだ。確かに10年以上音信不通だが、連絡先を探すくらいならできると思うぞ」
「だって……だってボク、お父さんのこと嫌いだし……」
悠里は涙声でそう零すと、俯いて地面を見つめた。
「それでも、家族――」
「ケンちゃんは何も知らないから言えるんだよ!」
ブランコから飛び降りた悠里は、怒りのままに転がっていたカブトムシの死骸を踏み潰した。
セミの鳴き声に混じって、ジャリジャリと乾いた甲殻が砕け散る嫌な音が聞こえてくる。
「殺したいほど憎い相手に、会いたいわけがないじゃないか!」
地団駄を踏み、感情を爆発させた悠里の足元から白い蒸気が吹き出した。
彼を中心にして、水分を纏った猛烈な風が吹き荒れる。
「落ち着け、悠里……!」
まるで、暴風雨の只中にいるようだ。
木々に止まったセミ達はいずこかへ飛び去り、あちらこちらに積もった落ち葉は舞い上がり、潤滑油の切れたブランコはキイキイと悲鳴を上げた。
「あいつらは何も知らないボクを弄んでいたんだぞ! ずっと、ずっと、ずっと!」
俺はブランコを囲う柵にしがみつき、ただ嵐が過ぎ去るのを待った。
あーあ、服がびしょ濡れだ。
「はぁ、はぁ、はぁ……ごめんね、ケンちゃん。取り乱しちゃって」
しばらくすると、悠里は落ち着きを取り戻した。
「いいさ……悠里の気持ちを考えていなかった俺が悪いんだ」
それから俺は、悠里と二人でシーソーをしながら話を聞いた。
彼が前世から引きずっている、トラウマの話を。
「—―そうか、そうだったんだな」
「忘れたいのに、死んでも忘れられないんだ。神様って本当に不公平だよね」
ずっと一緒にいたのに、何も気付かなかったなんて馬鹿みたいだ。
知っていたら、あの時もやられっぱなしではいなかっただろうに。
くそったれのクソ野郎め。
「精霊体が前世の姿のままなのも、そのせいなのか?」
「うん。きっと未練があるからだと思う」
悠里がシーソーから飛び降りると、シーソーはガタンと俺の方に傾いた。
「ケンちゃん。お願いがあるんだけど、いい?」
「なんだよ、勿体ぶって」
俺の前にやってきた悠里は、まるで何かの告白をするかのように頬を紅潮させていた。
「じゃあ言うけど。ケンちゃん、今からボクを犯してよ」
「それ、は……」
「嫌な思い出を全部ケンちゃんに塗り替えて欲しいんだ。それとも、やっぱり駄目?」
人生の分岐路に立たされたような気分だ。
悠里は俺にホモになれというのか?
……いや、散々やることやっておいて今更か。
「分かった。それで、悠里が満足するなら」
「ありがとう、ケンちゃん」
じゃあ早速、と学生服を身体の中に吸収して全裸になった悠里はシーソーに手を当ててこちらにお尻を突き出したわけだが。
俺の息子はうんともすんとも言わなかった。
「ごめん、やっぱり無理だわ」
「ケンちゃん、酷い!」
あんな話を聞かされた直後に、開発されきった縦割れアナルを見せつけられてもな。
俺ってノーマルだったんだなとしみじみと感じる。
「もう、こうしちゃうもんね!」
悠里はパーツみたいに取り外した男の象徴をシーソーの上に置いた。
臀部が丸みを帯びて、薄っすらと胸が膨らむ。
「おお……理想的な女体化だ」
若い性欲に塗れていた中坊の頃、こいつが女だったらどれほどよかったかと妄想していたことを思い出した。
唐突に俺の脳内に溢れ出す、存在しない青春の記憶――。
「ケンちゃん、きて……」
これからの行いに興奮を隠しきれない彼女の割れ目から滴り落ちる愛液。
そうだ、俺は恋人の悠里と学校帰りに野外プレイをしにこの公園までやってきたんだ。
「悠里っ……!」
背後から覆い被さり、痛いほど硬く張り詰めた肉棒の先を割れ目の先に擦りつける。
ああ、早く、早く挿れたい。
「前は駄目、デキちゃうよ……」
「わ、悪い」
気を取り直し、悠里の右手で誘導された蕾にゆっくりと亀頭を沈める。
何度もしているというのに、相変わらず凄い締め付けだ。
彼女のアナルは世界一の名器に違いない。
「ふう、ふう……」
苦し気に口元を抑えて、くぐもった吐息を漏らす悠里。
俺は彼女が壊れてしまわないよう、ゆっくりと抽挿を始める。
「どうだ、悠里……気持ちいいか……?」
「うん……うん。ボク、こんなに幸せでいいのかな……」
彼女の瞳からポロポロと、涙が零れ落ちる。
「何を言ってるんだ。俺達、高校を卒業したら結婚するって約束しただろっ!」
腰を掴んで奥深くまで突き込むと、白い背中がびくりと跳ね上がった。
「そ、そんな設定だったっけ?」
小声で何かを言っているようだが、行為中に舞い戻ってきたセミの鳴き声で遮られて俺にはよく聞こえていなかった。
「俺より先にイきやがって。悠里、少し激しくするぞ!」
「待って、待ってケンちゃん!」
「待つもんか!」
ピストンを早めると、白く泡立った体液が入口でぐちゅぐちゅと音を立てた。
「やっ、んっ、だめっ、もうイってる、イってるからぁ♡」
両腕を掴んで、何度も何度も彼女の奥に打ち付ける。
快楽に飲まれて蕩けた悠里の顔を見ていると、俺の中の支配欲が満たされていくのを感じる。
「悠里っ、悠里っ……中に出すぞっ!」
「~~~!!!」
込み上げてきたものを思いきり中に注ぎ込むと、大きく目を見開いた悠里は声にならない悲鳴を上げて絶頂した。
そして、パシャリと水となって解けて消えた。
「あ……」
何かの魔法が解けたように、目の前から消えてなくなった。
「おい、悠里……悠里?」
呼び掛けても返事がない。
そこにあるのは、白濁の混じった小さな水たまりだけだった。
俺は下半身を仕舞うことも忘れて丸出しにしたまま、シーソーに腰掛けて放心していた。
まさか、これまでの全ては狂人の妄想だったとでもいうのだろうか。
そんな、まさか……。
『どうしたの、ケンちゃん。ボーっとしちゃってさ』
背後から聞こえてきたその声に、俺は恐る恐る振り返った。
するとそこには、幽霊のように半透明な姿をした蒼髪の美少女が浮かんでいた。
それは間違いなく、精霊化したウンディーネのユーリその人だった。
「今までどこに行っていたんだ。本当に居なくなったかと思ったじゃないか」
『ごめんごめん、ケンちゃんの魂の中で身体を組み替えるのに時間が掛かっちゃってさ。でもこれで、完璧な美少女精霊ユーリの誕生だよ!』
悠里は自由自在に空中を飛び回りながら身に纏った薄い羽衣を見せびらかした後、ビシッとポージングを取った。
何かの特撮っぽいというか、ちょっと古臭い感じがする。
「それで、もう前世のトラウマは解消したのか?」
『もちろん。ケンちゃんのこと、ばっちりボクの魂に刻まれたよ』
「そりゃあよかった。ホモになる必要が無くなって俺も一安心だ」
危うく俺の心にトラウマが刻まれるところだったが、在りし日の学生時代を模したイメージプレイは思いのほか楽しかったな。
普段は強引な悠里を相手に受け身だからこそ、余計にそう思う。
「ほら早くおちんちん仕舞って、家に帰るよ!」
ノスタルジーに浸っていると、実体化した悠里に肩を叩かれた。
そういえば、路肩に軽トラを放置したままだ。
「やべっ!」
俺は慌てて立ち上がり、ズボンを引き上げてベルトを締めた。
半乾きのパンツが嫌に冷たい。
というか、鼻がムズムズする。
「ハックション!」
俺は風邪を引いて丸一日寝込んだ。
流石に罪悪感を覚えたのか、悠里は俺の畑仕事を手伝ってくれるようになった。
これを精霊使いとして成長したと言っていいのかは分からないが、少なくとも日中の暑さに苦しむことがなくなったのはとても有難く感じる今日この頃なのであった。