15年前に死んだ幼馴染が水の精霊になって帰ってきた 作:我島甲太郎
日中の気温が下がり風も冷たくなってきたある日の昼過ぎ、俺は廃村の道を一人歩いていた。
両手で押している台車にはひっくり返されたプラスチックのコンテナが二つ積まれており、その上には蒼髪の美少女――ウンディーネのユーリが腰掛けてプラプラと足を振っている。
「ケンちゃん、もうすっかり秋って感じだね。早く雪、降らないかなー」
「また雪下ろしの日々が始まると思うと、憂鬱な気分が込み上げてくるけどな……」
俺の爺ちゃんが家の屋根に設置したソーラーパネルは融雪機能が付いている雪国仕様だが、それも大雪には対応していない。
家を潰されたら困るし、最低限の電力を得る為にも雪下ろしは絶対にやらなければならない。
「そこはほら、ボクが頑張るから」
「期待していいのか?」
「余裕余裕。何だったら、道の除雪作業もやっちゃうもんねー」
「他人に見られた時にごまかしが効かないから、それは最終手段にしておこう」
この村が廃村になってから、市の除雪車が村までの道を通ることもなくなった。
つまり、冬に麓の町まで降りたければ軽トラを使わず徒歩で何とかするしかない。
爺ちゃんはよくもまあ、晩年まで一人でこの生活に耐えられたものだ。
「あ、柿の木が見えてきたよ」
悠里の指差した先には、葉の落ちた大きな柿の木が一本生えていた。
その枝には濃い橙色をした柿が鈴なりになっている。
震災で崩れてしまった家屋は廃村になる前にほとんど撤去されてしまったけど、悠里の親戚のお婆さんが生まれた時に植えられたこの柿の木だけは今も変わらず、朽ち果てた村のシンボルとしてその存在を主張していた。
「シゲコ婆ちゃん、今年もありがたく頂かせて貰います」
柿の木の下にやってきた俺と悠里は手を合わせて黙祷すると、ハサミを手に収穫作業を始めた。
手の届く範囲は俺が担当し、高いところは自在に空を飛べる悠里が担当する。
去年は高枝切りハサミを使って半日作業だったが、今年は小一時間程度であらかた収穫を終えることができた。
やはり、疲労と安全を無視して酷使できるマンパワーは素晴らしい。
一家に一柱の契約精霊がいるだけで、どれだけこの国の農家が助かるだろうか。
まぁ、悠里の話だと地球はマナが薄いから精霊の発生条件を満たせないらしいが。
恐ろしい怪異にも謎の退魔組織にもまるで遭遇する気配がないし、現実は寂しいものである。
「ケンちゃん、この柿すっごく甘くて美味しいよ! 食べてみて!」
柿を満載したコンテナを台車に積み込んでいると、樹上からふわりと飛んで降りてきた悠里が齧りかけの柔らかく熟した柿を差し出してきた。
「ここの柿って渋柿じゃなかったか?」
「幾つか味見したけど、全然渋くなかったよ」
いわゆる、不完全渋柿という奴だろうか。
毒見が済んでいるなら大丈夫だろうと思い、俺は差し出された柿をじゅぷりとしゃぶった。
口の中に広がるのは香り高い柿の強い甘みと、後を追うように押し寄せる強烈な渋み……。
「うえぇ、ペッ、ペッ、なんだこれ、渋いぞ!」
「あれ、おかしいなー?」
猛烈に渋い顔をした俺を見た悠里は首を傾げつつ、一口齧る。
「やっぱり甘いよ。なんでだろう?」
スマホで軽く調べてみたところ、ネットの記事には渋柿に含まれる水溶性のタンニンが口腔内のタンパク質と結びつくことで渋く感じるようになると書かれていた。
アレコレして不溶性のタンニンに変化させることで渋みを感じなくなるとも。
つまり、水の塊である悠里には渋柿であろうとなかろうと関係がないようだ。
「—―ということらしい」
『精霊に毒見をさせるなって言葉を聞いたことがあるけど、そういうことだったのかなぁ』
スマホを弄りながら片手で台車を押して家に向かう俺の背中にくっ付いて画面を覗き込んでいた精霊体の悠里は、異世界の格言を思い起こして一人で納得していた。
俺も先達に倣い、今後は彼女に毒見を任せないことにしよう……。
さて、これだけの渋柿を何に使うのかといえば、それはもちろん干し柿だ。
事前に用意は済ませてあったので、俺達は家に帰ってすぐ縁側で仕込みを始めた。
まずは虫や鳥などに食われた跡のあるものを除外し、悠里の精霊魔法でしっかり洗う。
次にやるのは皮むきだが、これは全部俺の仕事。
大雑把な性格をしている悠里に任せたら可食部が無くなってしまうからだ。
柿の皮をむいたら、ヘタに残した枝を紐で縛り熱湯の中に潜らせて消毒する。
最後に霧吹きでアルコール度数の高い焼酎を吹き掛けたら、軒下に吊るす。
乾燥具合を見て渋抜きと種抜きをする必要はあるが、今日のうちにやるべきことはここまでだ。
結構な時間は掛かったものの、どうにか日が暮れる前に干し柿作りは終わった。
「やっと終わったー!」
軒下にのれんのように吊るされた沢山の柿は田舎の秋の風物詩だ。
俺はその干し柿を背景に、笑顔でピースする悠里の写真をスマホで撮影した。
悠里のおかげで俺のスローライフを記録したフォトアルバムは彩りに満ちている。
願わくば、来年も彼女と一緒に過ごしたいものだ。
生ごみを家庭菜園のコンポストに突っ込み、使用した道具の後片付けなどをして戻ってきた俺は、畳の間で寝転がってテレビでミューチューブを見ていた悠里に声を掛けた。
「悠里、夕飯の支度をするから先に風呂を入れておいてくれ」
「はーい」
まるっきり生返事だったが、俺は気にせず台所に行って夕飯作りを始めた。
例え頼みごとをすっぽかされようと、彼女の扱う精霊魔法なら一瞬で大量のお湯を沸かせるから問題はない。
まずは家庭用精米機で農家から安く買い付けた玄米を精米して、大きなポリタンクに入った健康にいい聖水(科学的根拠はない)を使ってザルで研ぐ。
計量した聖水と研いだ米を炊飯器に入れてスイッチオン、これでご飯の準備はOKだ。
次に家庭菜園で収穫した秋野菜を使って煮物と具沢山の味噌汁を作る。
煮込んでいる間にぬか床の手入れをし、食べ頃の漬物を切ってタッパーに入れ冷蔵庫に移した。
よし、こんなものでいいだろう。
「さてと、悠里はちゃんと俺の話を聞いていただろうか」
夕飯の支度を終えた俺は、台所のすぐそばにある風呂場に向かってみる。
脱衣所からタイル張りの狭い浴室を覗くと、昔ながらのステンレス浴槽には白い湯煙を上げるお湯が縁一杯になるまで注がれていた。
いつも半々くらいの確率で頼んだことを忘れられているのだが、今日の悠里はきちんと仕事をしてくれていたようだ。
俺は早速、脱いだ服を洗濯カゴに放り込み浴室の中へ。
風呂椅子に腰掛けてプラスチックの手桶で湯をすくい、頭のてっぺんからザバーっと流す。
それから手早く頭と身体を洗った後、湯舟に肩までしっかりと浸かった。
「くぅー……」
肉体労働の後の風呂は格別だ。
じんわりとした温かさの中、座り作業で凝り固まった首と肩の筋肉がほぐれていくのを感じる。
そう、まるで誰かにマッサージを受けているかのように……。
「……悠里、隠れてないで出てこい」
「えへ、バレた?」
湯面が盛り上がったかと思うと、お湯の中からにゅっと悠里の上半身が現れた。
下半身がお湯と一体化して輪郭が崩れ気味なところが、よりスライム娘感を際立たせている。
「リアタイで見たい配信があるんじゃなかったのか?」
「ミノっちならまた無告知でサボってるよ。本当、だらしない人だよねー」
「そ、そうか……」
ミノっちとは悠里のお気に入りの動画配信者のことである。
中坊の頃にニカニカ動画の実況を見せられた覚えがあるが、あれから15年以上が経った今でも活動を続けていたとは驚きだ。
やたらと叫び声がうるさいので、就寝中の夜間はイヤホンでの視聴をお願いしている。
「今日はいっぱい働いて疲れちゃったし、一緒にお風呂入ってもいいでしょ?」
「そんなこと言って、ただヤりたいだけだろう」
自己中の悠里が俺と風呂に入りたがる時はいつだってそうだ。
それにそもそも、精神生命体の精霊に疲労という概念は存在しない。
「そうとも言うね!」
「まったく……」
彼女はえへへとごまかし笑いをして、俺の顔に両手を添えて唇を重ねた。
口の中に侵入してきた長い舌が、俺の舌を絡め取る。
舌先からとろりと溢れた甘露からは、薄っすらと柿の香りがしたような気がした。
悠里は俺の唾液を味わうように口内を好き放題に蹂躙して、それからゆっくりと顔を離した。
「働き者のケンちゃんに、ボクしかできない特別なマッサージをしてあげる♡」
「言っておくが、突っ込むのはナシだぞ」
「心配しなくてもエッチな奴じゃないから大丈夫。これね、侍女の人達にも人気だったんだよ?」
侍女ということは、恐らく以前の契約者が悠里の力で国を取り戻してからの話だろう。
そして悠里は、俺と契約するまで他人と性的なことをしていないと自称している。
例の王女は相当な好き者だったと聞くから、そこはかとなく不安ではあるが……。
「なら、少しくらい試してみてもいいか」
「そうこなくっちゃ!」
俺の右肩に頭を預けるように抱き着いてきた悠里は、自らの下半身と一体化した浴槽の湯をゆさゆさと前後に揺らし始めた。
液体とも固体とも取れる不思議な弾力を帯びた粘体に、首から下が優しく揉みほぐされる。
「これは……」
「いいでしょ?」
「まあ、確かに……いいな」
水の精霊にしかできない特別なマッサージは確かに気持ちが良かった。
安心した俺は目を閉じて、彼女に身を委ねることにする。
全身を包み込む温かな感触と、微かに聞こえるちゃぽちゃぽとした水音が心地いい。
この幸せな時間が永遠に続けばいいと願ってやまなかった。
だというのに、悠里の奉仕は次第に性の色を帯び始める。
「んっ、んっ……」
静かな浴室に響くのは、押し込めたような悠里の喘ぎ声。
胸に押しつけられた彼女の乳首は固く、その興奮の度合いを隠しようもなく表している。
目を開けると、とろんとした表情を浮かべた悠里と視線が合った。
「悠里……」
「ごめん、ごめんねケンちゃん。ボク、もう我慢できないや……」
ことあるごとに発情した悠里に襲われるせいで俺も随分と慣れてしまった。
どうも魂を繋げる契約が悪さをしているみたいだが、対処法がない以上受け入れるしかない。
「もう十分に癒されたさ。後は悠里の好きにしていいぞ」
「うん、そうする……」
浴槽を満たすスライム状の下半身で取り込んだ俺の身体を男根に見立てた悠里は、小刻みに身体を揺らして自慰に耽り始めた。
「んっ、あっ、ケンちゃん、好き、大好きぃ……♡」
広義の騎乗位と言っていいのだろうか。
バランスをとるように、湯面から生えた悠里の上半身がゆらゆらと揺れ動く。
彼女の気持ちが高まっていくほどに、浴槽の中はより激しく波打っていた。
それからほどなくして、悠里は天井を見上げるとびくりと震えて絶頂した。
本気イキの時は大抵謎の精霊言語を発するので、おおよそ5割イキといった感じに見える。
「……ふー、気持ちよかった」
どうやら、一度イって落ち着いたようだ。
悠里は輪郭の崩れた上半身をさらにとろけさせて、だらしなく湯面に横たわった。
そして、何かに気付いたかのように声を上げる。
「あ、勃ってるじゃん。抜いてあげよっか?」
大して性感も受けずに悠里の痴態を眺めていただけだというのに、湯の中の息子は硬く反り返ってしまっていた。
これではまるで、パブロフの犬だな。
「じゃあ、頼むよ」
「ん」
悠里は頬を湯面にくっ付けたまま、触手のように柔らかな両手で肉棒を握り締めた。
にゅるにゅると、搾り取るような動きで肉棒に絡み付いた指先が蠢く。
「おちんちん、ビクビクしてる。ケンちゃん、気持ちいいんだ?」
「そりゃ、そうに決まってるだろうっ……」
十秒、二十秒、三十秒。
悠里の責めに耐えられたのはそこまで。
俺は込み上げてきた欲求に従い、湯の中に精を放った。
二度、三度と飛び出した白い筋。
常人の倫理観では許されない背徳的な汚染行為に、背筋がぞくりとする。
「出た出た。……あーん残念、固まっちゃった」
悠里は湯熱で変性した精を湯の中から搔き集めて右手の上に乗せた。
それだけに飽き足らず、口に放り込んでモゴモゴと味わう。
「ばっちいからぺってしなさい」
放置してまた発情されたら困る。
俺は排水口の近くに置いてある三角コーナーを指差した。
「いいじゃん、もっとシようよ~」
「俺は腹が減った。続きをするしても後にしてくれ」
そう言って浴槽の縁に掛けた手は水分を吸ってしわしわになっていた。
これ以上長湯をしたら、真っ赤にのぼせ上がってしまう。
「わがままだなー。ま、ボクは聞き分けのいい精霊だから我慢してあげるけどね?」
「悠里に言われたくない言葉ナンバー1だな」
「それ、どういう意味?」
「そのままの意味だ」
浴槽の底の栓を抜いて風呂から上がった俺は、台所で夕飯の用意を始めた。
冷めた煮物と味噌汁を温め、冷蔵庫から漬物を取り出して皿に盛る。
開いた炊飯器から蒸気に混じって立ち昇る、炊き立てのご飯の香りに胃袋がぐうと鳴った。
お膳は二つ、俺の分と悠里の分。
うちのやり方では、仏壇に供えるのはお盆の時だけでいい。
畳の間のちゃぶ台で向かいに座る悠里のお膳には、小皿に取り分けた少量の料理とコップに注がれたジュースが載っている。
異世界では神のように崇められるほどの水精霊への捧げ物にしては安い代物だ。
「いただきます」
「いただきまーす」
手を合わせた俺達は、箸を手に取り黙々と食事をする。
開け放たれた障子の向こうの軒下には、紐に結ばれた沢山の柿の実が秋の寒風に揺らいでいた。