午後の陽射しが、金色のベールのように音楽室へと降り注いでいた。
窓の外では、蝉の声が遠く響き、時折吹き込むヌルい風がカーテンを揺らす。
うだるような空間で、フルートの音色がひときわ透き通り、空間を満たしていく。
篠原光一は、息を詰めたままスマホを隠し持ち、構えていた。
視線の向こう、西高の二輪の花と謳われる内の一輪、冬の華と称される宮藤紘乃が音楽に溶け込むようにしてフルートを奏でている。
白のセーラー服に身を包み、夏らしく軽やかに揺れるスカートの裾が、旋律に乗って身体を揺らすたびにわずかに膝の内側を覗かせる。
長く伸ばした髪は、さらりと肩にかかり、風が吹くたび、柔らかく流れるように揺れた。光を受けた髪はまるで絹のように艶やかで、その一房が頬にかかると、細い指がそっとそれを耳にかける。
その何気ない仕草さえ、視線を奪うほど美しかった。
――ずっと見ていたかった。
彼女の横顔は凛として、どこまでも端正だ。
まつ毛の影が頬に落ち、吹き口へそっと唇を添えるたび、すぼめられる唇を見つめてしまう。
息を吹き込むたび、白い喉がかすかに動き、首筋には汗が一筋、儚げに伝っていた。
それが首を伝ってセーラー服の中へと滴り落ちる瞬間を、光一は無意識のうちに目で追ってしまう。
肩幅は華奢で、どこまでも女性らしい。
細い腕がフルートを支え、しなやかな指先が銀のキーを滑らかに操る。
夏服の半袖から伸びる腕には、かすかに浮かぶ血管があり、そこに脈打つ鼓動を想像すると、胸の奥がざわついた。
セーラーの輪郭が彼女を優しく縁取るように沿い、呼吸に合わせてわずかに上下する。その裾から、ほんの少し肌色が覗いた。
こんなにも、彼女は女なのだと、今さらのように実感してしまう。
――触れてはいけない。
けれど、目を逸らすこともできない。
光一は、ふとスマホの画面を見た。
無音で切り取ったその一瞬。
風に髪をなびかせ、静かに旋律を紡ぐ彼女の姿がそこにあった。
このまま閉じ込めてしまえたらいいのに――
そんな、叶わない願いが脳裏をよぎる。
紘乃の視線がふと上がる。
彼女が誰を思いながらこの旋律を吹いているのか、光一は知っている。
だからこそ、その視線がまっすぐに自分へと向けられることがないことも分かっていた。
それでも。
彼女の美しさを、彼女の奏でる音色を、
せめてこの瞬間だけは、誰よりも近くで感じたかった。
◆
休日でもそれなりに熱心に活動する西高吹奏楽部は練習が在る。
朝の光が校門前のアスファルトに長い影を落とす。夏の空気はまだどこか涼やかで、柔らかな風が街路樹の葉を揺らしていた。
篠原光一は、路地に身を隠してスマホを構えたまま、じっと画面越しにその姿を捉える。
宮藤紘乃——その名前を呼ぶことすら許されないような、完璧な少女。彼女は白のセーラー服の裾を軽やかに揺らしながら、自転車を漕ぎ校門へと向かっていた。
視線を吸い寄せられるのは、その足の動きだった。
ペダルを踏み込むたび、長い脚がしなやかに伸び、曲がる。太ももから脛にかけて流れるような曲線が描かれてはその角度を変えていく。陽光を浴びた膝頭が滑らかに輝き、白いソックスの縁がわずかに素肌を締め付ける。ソックスの締め付けから弾力に満ちた肉感を想像し、日に焼けていない足指の皮膚の淡さまでも想像して、光一は唾液を飲みこむ。
―——美しい。
ただそれだけの感情だった。
汗ばんだ肌に張り付くような紺のプリーツスカートが、風を受けてわずかに揺れる。その動きに合わせてペダルを漕ぐ脚の角度が合致した一瞬、スカートの隙間からふと覗く太腿の奥、紺色の布地の中に一瞬映るパステルブルーに、息を呑んだ。
決して、そこに触れることは許されない。
けれど――カメラなら、許される。
彼女が漕ぎ出すたびに、スカートの布が翻り、風のいたずらがつくるわずかな間隙を、彼は瞬時に捉えた。画面の中の彼女は、ただの被写体ではない。特別な光を宿す、唯一無二の存在。
音もなくシャッターが切られる。
切り取られる一瞬、覗くパステルブルーの縁をどこか子供らしくも感じるレースが縁取っている様が、一枚映っていた。
ドクン、と身体が震えた。
それは彼の心の奥底で鳴り響く、誰にも聞かれることのない、熱を孕んだ小さな衝動の音だった。
――きっと、彼女の恋人はこんな紘乃を見たことがない。
彼女がこんなにも美しいことを、こんなにも柔らかく歪げて身体を包んでいる布の存在を。それを、窃視した時の歓びを。
ただ、記録するだけだ。触れるつもりも、実際に汚すつもりもない。ただ、この一瞬を残しておきたい。
宮藤紘乃が、朝の光の中を駆ける姿を永遠に。
◆
その日の夕方。
グラウンドの外周を吹奏楽部の部員たちが列をなして駆ける。午前中の練習を終え、昼食と昼休みを終えたらパート練習のあと、一日の締めに体力作りのためのランニング。夏の陽射しは肌を焦がし、照り返す熱気が足元から容赦なく体力を奪っていく。
「みんな、……あと、一周……!」
紘乃は息を詰まらせながらも、前を向いて足を動かした。すぐ横では、ハニーブロンドの髪をポニテに纏めるギャル風の藤堂季里子が同じように肩で息をしながらも、気丈にペースを保っている。少し後ろでは、光一を含めた男子たちが、へろへろになりながらついてきていた。
「キッツい……! なんで文化部がこんなに走るのよ……!」
季里子の嘆きに、紘乃は苦笑しながらも口を開く余裕もなく、黙々と走る。
だが、次の瞬間――。
ザァァァァァァァ……!!
突如、バケツをひっくり返したような土砂降りが、空から降り注いだ。
「うわっ!?」
「嘘でしょ……!」
瞬く間に、部員たちはずぶ濡れになった。滲んだ汗と雨が混じり合い、体操服のシャツにじわじわと染み込んでいく。肩口から背中にかけて水滴が流れ、肌に冷たい感触が広がった。
そして、光一はその瞬間を見逃さなかった。
彼は、視線を少し落とし、ポケットからスマホを取り出す。もちろん、シャッター音は無音。雨音に紛れることなく、しかし静かに画面に映る光景を切り取っていく。
そのレンズの先にいたのは、ずぶ濡れになった宮藤紘乃。
雨が降りしきる中、紘乃の体操服は瞬く間に水を吸い込み、肌に張り付いた。白地の布が濡れることでほのかに透け、内側に着ていたブラの輪郭さえ淡く浮かび上がる。
純白を基調とした清楚なデザインに黒の糸がアクセントとなったそれは、カップ部分に黒糸で華やかな花弁がが繊細に縫い込まれていた。濡れた体操服越しに刺繍の模様が浮かび上がり、雨水を含んだ下着のカップの縁を瀟洒なレースが飾っていた。そのレースは、濡れた重みでかすかにヘタって乳房の形に凭れて、布地と肌の境界線を曖昧にしている。透けた布越しに浮かぶブラがが、よりいっそう彼女の清楚な印象を引き立てながらも、どこか艶やかな雰囲気を纏わせていた。
「っ……」
自分のそんな姿に気付いた瞬間、紘乃の顔がさっと紅潮する。
羞恥に駆られ、咄嗟に両腕を胸元へ抱え込む。雨水を弾いた指先が、濡れた布の感触を拾い、ほんのりと肌へ吸い付く感覚に身を竦ませた。胸元を押さえたことで、却って左右から抱き寄せられて乳房と、それを包むブラジャーがより密着して強調される。
「……見ないで……」
か細い声が、雨音に溶ける。
それでも、意識して隠そうとすればするほど布地は容赦なく肌に張り付き、二つの柔らかさを伝えてくる肉の膨らみが、きゅ…と寄せられ、覆い隠したい心とは裏腹に胸の輪郭を際立たせてしまう。
彼女の動揺さえ捉えるよう光一は息を潜めながらレンズ越しに一瞬を切り取っていく。
この濡れそぼる美しさを、ただ目に焼き付けるだけでは満足できなかった。
「こら男子たち、見るなーっ!」
雷鳴を切り裂くような季里子の声が響き渡る。
雨の勢いは衰えることを知らず、体操服に滲み込んだ水分が布地の色を濃く変え、肌へと絡みついていた。
その光景に狼狽える男子部員たちの前で、季里子はさっと前に立つ。彼女の体操服も、無情な雨のせいで透けてしまい、内側に着ていた真紅のブラが鮮やかに浮かび上がっていた。その赤が濡れたことでより深みを増し、まるで肌に直に貼り付いているかのような錯覚すら生んでいる。
だが、そんなことは構っていられない。
「はい、女子はこっち!さっさと行くよ!」
季里子は迷いなく紘乃の手を取ると、他の女子部員たちをまとめ、先に校内へと向かわせた。彼女の手のひらも雨に濡れ、冷えていたが、それ以上に力強い引き寄せがあった。
「っ……リコ……」
紘乃は戸惑いながらも、その手のぬくもりに頼るように歩を進めた。
背後では男子たちのざわめきが聞こえる。見てはいけない、けれど視線を逸らしきれない、そんな戸惑いの中、季里子は振り向きざまに鋭い視線を飛ばした。
「だから!見るなって言ってんでしょーがっ!!」
叱咤が雷鳴に紛れてもなお響き、男子たちは慌てて顔を逸らす。その隙に、女子たちは校舎内へと駆け込んでいった。
「みんな、大丈夫? はいはい、こっち、更衣室入るよ!」
女子更衣室の扉を押し開け、季里子は全員を中へと促す。紘乃はまだ胸元を押さえたまま、ゆっくりと奥へと進んだ。
「タオル、すぐ出すから。あと、予備のタオルとか持ってる人いたら貸し合って!」
誰よりもびしょ濡れのはずの季里子が、一番頼もしく動いていた。
そしてその背中を見ながら、紘乃はそっと息を吐く。
―——こんな時、やっぱりリコは頼れるな……。
羞恥に染まる頬を濡れた指で隠しながら、彼女に余分に持ってきていたタオルを渡した
◆
豪雨はあっという間に通り過ぎたが、更衣室の空気には、まだ湿り気が残っていた。生乾きの布に染み込んだ汗がむわ…とこもる更衣室で、吹奏楽部の女子部員たちは脱いだ下着を見つめ、どうするべきかとため息をついていた。
「……さすがに乾かないよね」
誰かがぽつりと呟いた。
「仕方ない、今日はこのまま帰ろう」
季里子がきっぱりと言い放つ。湿気を含んだ髪をかきあげながら、濡れた下着をたたむ手つきには迷いがなかった。
だが、紘乃は躊躇っていた。
手にしたブラは、純白の布地に黒糸で花びらを模した模様が刻まれた清楚なデザイン。レースの縁取りが繊細で、いつも当たり前のように着ていたはずなのに、これを仕舞って帰るとなると羞恥心が先に立つ。水分を吸った布地が肌に密着し、このデザインを浮かび上がらせてしまったことを思い出すたび、耳までじんわりと熱を帯びた。
「……」
けれど、今日は外周などもない予定で代わりの着替えもない。渋々といった具合にそっとセーラー服に袖を通す。
肌の上を滑る白地の生地は、いつもよりひどく心許なかった。普段ならブラジャーとショーツが間に一枚あるはずなのに、今日はそれがない。布越しに直接伝わる空気が、薄い衣の頼りなさを際立たせる。
鏡を見ても、見た目は何も変わらない。ただ、着ている感覚だけが、違う。
ふと、横を見ると、季里子がすでに制服を着終えていた。彼女の髪は、濡れた毛先がまだしっとりと肩に貼りついている。こないだCカップにサイズアップしたと申告のあった胸部は、白色のセーラー服を突き上げていた。柔らかな膨らみの先端、ツンと上向く稜線の頂に尖りが目立つ。
よくよくみれば、白布をぽちと持ち上げるそこにそれぞれ、薄い茶色が透けていた
「……なんか、透けてない?」
紘乃が恐る恐る指摘すると、季里子は自分の襟元を引っ張り、鏡の中の姿を確認する。
「あー、ちょっとね。でも別に気にしない!」
あっけらかんと笑い飛ばし、荷物を持ち上げる。
「ほら、紘乃。みんな待ってるよ」
そう言われても、紘乃の動きはぎこちなかった。制服の襟元をそっと握りしめ、肩をすくめる。夕立後の生ぬるい風が吹き抜けるたび、胸元をかすめる感触に、思わず背中を震わせた。
――やっぱり、なんだか落ち着かない。
外へ出ると、すでに帰路につく生徒たちの姿がまばらに見えた。いつもなら意識しないのに、今日は妙に周囲の視線が気になった。
「……なんか、恥ずかしい」
小さな声で呟くと、季里子がくすりと笑う。
「気にしすぎ。普通にしてれば、誰も気づかないって」
そう言いながら、先に歩き出す季里子。その後ろ姿を追いながら、紘乃はそっと襟元を押さえた。まるで薄衣一枚で肌を晒しているかのような、頼りなさを紛らわせるように。
◆
暮れなずむ校舎を背に、紘乃と季里子は足早に歩き出した。夏の夕風が熱のこもったアスファルトを撫で、湿り気を含んだ空気が頬をくすぐる。
光一は、その背中を静かに追った。スマートフォンを構える手を固定し、レンズの奥には彼女たちの背中が収められている。
いつもと変わらない制服姿のはずなのに、今日の彼女はまるで違って見えた。
白地のセーラー服は薄闇の中で際立ち、いつもより軽やかな布の揺れが目を惹いた。歩みを進めるたびに裾がふわりと舞い、足元に儚い影を落とす。その向こうに覗く二人の長い脚線は、夜の帳が下りる前の微かな光を帯び、しっとりと乾ききっていない肌をなまめかしく際立たせていた。
レンズ越しに紘乃を捉えながら、光一は息を飲む。
薄布一枚隔てただけの頼りなさ。夏の雨に降られた肌から吸収した湿り気がにスカートに残り、重くなったスカートはいつもよりも脚線を強調するように張り付いている気がする。臀部を左右に揺らす女子特有の歩き方が重く湿気を孕んでいるせいでいつもより艶めかしく揺れているような。ゆるく吹いた風が、水分を孕んだ生地を下から煽ればわずかに膨らみ、持ち上がった裾が日に焼けていない太腿を暴いた。
そんな悪戯な風に過剰にスカートを押さえる紘乃を彼女たちに気付かれないよう先回りし、今度は全面から彼女たちを画角に収める。
ゆるやかな胸の曲線を儚げに映し出した。普段なら何重の布に阻まれ、厳重に隠されているはずの淡い色合いの尖りをアップにすれば、まるでじかに感じ取れるような錯覚さえ覚える。
無意識に、指がスマートフォンのシャッターを押した。
彼女たちは何も気づかず、ただ足早に家路を急いでいる。
季里子は濡れた髪を指で払いながら、つかれた、と笑う。ギャルの外見とは裏腹に薄茶色の乳首は淫売というよりはむしろ清らかなイメージを想起させる。湿気を含んでほんのりと肌へ貼りついた白のセーラーからうっすらと浮かぶ茶色。その色合いと尖る大きさは妙に艶めいて見えて、光一はほんの一瞬、視線を彷徨わせる。
だが、やはり視線は紘乃へと吸い寄せられた。
白のセーラー服は、彼女が袖を通せばまるで月光をまとった天女の薄衣のように儚い。
水を含んでしっとりとした髪の毛が肩にまとわりつき、頬を撫でるたび、彼女は無意識に肩にかける。そんな当たり前の仕草ですら、セーラー越しに膨らみがたゆんと揺れて――
そして、気づいてしまった。
セーラー服の胸元に、うっすらと浮かぶ影。
完全に透けているわけではない。だが、確かにそこにある。小さく、それでいて妙に存在感を放つもの。
――あれ、もしかして……乳首?
光一は目を凝らした。
紘乃の胸の奥に、大切にしまわれていた小さな実。それはセーラー服越しに、ひそやかな輪郭をなぞるように存在を主張していた。まるで彼女がそっと抱え込む秘密のように、布の内側に確かに息づいている。
レンズ越しに映るその微かな膨らみに、心がざわついた。
季里子と比べると2カップは大きいサイズの膨らみに浮かぶ、小さな乳首。まるでイジられた事がないような佇まいでセーラー服をと持ち上げている薄桃色の二つの突起を静かに連写していく。
シャッター音は無音。
彼女たちは、光一に気付く事なくそのまま家路へと向かっていく。
光一はそんな二人の姿を記録し続けた。