朝の陽がまだ柔らかな黄金色を帯びている時間帯、西高の正門前には、すでに大半の吹奏楽部員が集まっていた。合宿へと向かうためのマイクロバスが校舎前に横付けされ、顧問が点呼を取りながら、次々と荷物を積み込んでいく。
げんなりする暑さを覚悟させる熱を帯び始めた風が校庭の木々を揺らし、遠くクマゼミの声を運んでくる。
その空気の中に、なお姿を見せぬ二人がいた。
「宮藤さんたち、遅いな……」
篠原光一は、手にしたリュックのストラップを握りながら、憂うように校門の向こうを見つめる。そろそろ集合時間を過ぎようという頃、ようやく遠くに二つの影が現れた。
「だから、言ったのに! そんなに大きなキャリーケースじゃ、移動が大変だって!」
息を弾ませながら駆けて来たのは、宮藤紘乃と藤堂希里子。
紘乃の表情には、心配げな色が滲んでいる。一方、希里子は汗を浮かべながら、それでも明るく笑っていた。
「いや、これでも必要最低限なんだって!」
「どう考えても多すぎるでしょう……」
呆れたように眉を寄せる紘乃。
彼女の手には、ベージュのトートバッグが一つ、ボストンバッグを肩に掛けながら気遣うように傍らを駆ける希里子に顔を向けている。それぞれのバッグの膨らみ具合から、最低限の荷物を整理し、仕舞ったのだろう。コンパクトな荷物は彼女らしい品があるようにも見える。
対照的に、希里子の手が引っかけるのは、大きなキャリーケース。軽々と転がしながら駆けてくるが、その無造作さと彼女の奔放な笑顔が、どこか張りつめていた場の空気を和ませるようだった。
「……ほんとに最小限?」
「ほんとほんと! ギャルは準備が命だから!」
「それ、どういう理屈?」
紘乃は呆れたようにため息をついた。
光一は、そんな二人のやり取りを静かに見つめて──凝視してしまう。
今日の宮藤紘乃は、清らかなブルネットの髪をなめらかにシュシュでまとめ、肩に流している。端正な顔立ちはいつもと変わらないが、小走りに駆けたま腕時計をちらりと見やる。
「ほんと、間に合わなくなるから!」
朝一番という事もあり抑えてはいるものの、その声には明らかに急かす色が混ざっていた。
純白のセーラー服を彩る紺のスカーフが、駆ける度に夏の光を柔らかく弾ませて、彼女の白い肌をより一層際立たせていた──その少し下。駆ける脚から一拍遅れで大きく揺れるふたつのふくらみはスカーフを跳ね上げて、その弾力と体積を視覚で伝えてくる。華奢な体幹と裏腹な、いっそ暴力的な容積は彼女の体躯を締め付ける繊細な下着で押さえる事は不可能に近いのだろう。むしろ、先端が擦れたりはしないのだろうかと心配になるほどの、無作法な乳房。白地のセーラー服越しにも暴れる姿を遠くから一心に見つめてしまう光一。
一方、隣を駆ける藤堂希里子は、ハイトーンのベージュブロンドをいつものように軽やかなポニーテールに結い上げており、陽光の下でその髪が駆ける度に金糸のように煌めいている。制服のスカートの丈も、着こなしも、どこか自由奔放で、紘乃よりも短いスカート丈から足を繰り出すたびに太ももの危うい位置まで翻されて露になっている。ただ、そこまで捲れているというのに日に曝されるひざ下と肌色の違いが見出しにくい。相当気を遣ってケアをしているのだろう。ともすれば女を捨てているともとられない大股で駆ける姿。けれどそれが彼女の魅力をより引き立てていた。
「まったく、荷物は減らしたほうがいいって言ったのに……」
「だって、合宿中に何があるか分かんないじゃん!」
「必要になったら現地調達できるでしょう……」
「それは面倒くさい!」
明るく笑う希里子に、紘乃は呆れたように首を振った。
「もう、仕方ないな……とにかく、急ごう。ほら、篠原くんも待ってくれてたんだし」
見つめている間に、二人は顧問に荷物を手渡せる所まで一息の所まで来ていた。
名を呼ばれた瞬間、光一の胸が小さく震えた。
「べ、別に……俺は……」
そう言いながらも、自然と視線は紘乃の一挙手一投足を追ってしまう。
この夏の光の中で、輝く二輪の華の姿が、ひどく眩しく見えた。
「ほら、もう出るぞ!」
顧問の声が響き、部員たちは次々とバスに向かう。
エンジンが静かに唸りを上げ、いよいよ、合宿の幕が上がるのだった。
◆
顧問の運転するマイクロバスは緩やかに揺れながら山間の道を進んでいた。窓の外の景色はコンクリートや家屋から移り変わり、今は緑深い木々が連なる景色と変わっている。それでもジリジリと窓ガラスを照らす日差しは強烈だが、強烈に吹かされたクーラーと、千メートル弱まで上がり続けた標高のためか、車内は快適な温度となり始めている。
吹奏楽部の部員たちは、ミーティングと合宿中のタイムスケジュールを終えた後はそれぞれ思い思いの姿勢で座席に身を預け、旅の途上の退屈をやり過ごしていた。
誰かがイヤホンを耳に押し込み、スマートフォンの画面を見つめる。後方の席では、トランペットの男子たちが、合宿中の食事について熱く語り合い、笑い声をあげている。誰もが、学校の枠から解き放たれたこの特別な時間を、自由に過ごしていた。
しかし、光一にとって、今、このバスの中にある景色は、窓の外の風景よりも遥かにまばゆかった。本来光一に割り当てられていた席は補助席であった。手狭な補助席に不平不満を溜めていただろう彼の座席。しかし、ギリギリまで彼女たちの到着が遅れた事もあり補助席は補助席だが、隣には宮藤紘乃が座っている位置になった。
彼女は座席に静かに身を預けながら、手元の文庫本を静かに捲っている。陽の光が窓越しに降り注ぎ、ブルネットの髪を淡く照らし出していた。ベージュのシュシュでまとめられた髪は、まるで絹糸のように滑らかで、指先で触れれば、柔らかく指を包み込むのではないかと思えるほどに美しい。
彼女の瞳は、紙面に落ち、長い睫毛の影が頬に淡い曲線を描く。時折、ページを捲る指先が、ゆるやかに動き、微かな光の反射を生み出す。手の甲から指先にかけてのなめらかな肌、指の関節の細やかな動き、その一つひとつが、彼女の存在をより鮮明に際立たせていた。
彼女がそこにいる。ただそれだけで、光一の心臓は妙に高鳴った。
その隣には、藤堂希里子。彼女はスマートフォンの画面をスクロールしながら、時折くすくすと笑っている。光一には見えない画面の向こうで、何か面白い話題が展開されているのだろう。彼女の明るいベージュブロンドの髪が肩に揺れ、ポニーテールの先が細やかに揺れるたびに、まるで軽やかに弾むリボンのようだった。
希里子の制服は、紘乃のそれよりも少しだけ着崩している。スカートの丈が僅かに短く、シートを座りなおしたり、足を組み替える度に軽やかに揺れる。夏の陽射しが差し込む中、ふともものシルエットがほんのりとサージ生地の上から浮かび上がるように見えた。
「ねえ、篠原」
希里子がふと顔を上げる。
「なに?」
「眠くないの?」
「……うん、今はまだ大丈夫」
「無理しないで寝ちゃえば? 長時間補助席に座ってるのも大変だろうし」
「そうよね……もし眠くなっちゃったなら、寄りかかっても大丈夫だよ」
何気ない一言だった。しかし、その言葉が光一の心臓を強く揺らした。
「そ、そんなこと……!」慌てて否定する。だが、彼の動揺を察したのか、希里子がくすくすと笑い、軽く肩をすくめた。
「男の子だもん、そんなん言われたら余計我慢するしかないよね」
親友からの思わぬ言葉に、紘乃は「そんなつもりじゃ……」と小さく目を瞬かせたが、光一の顔はすでに赤くなっていた。
こんなにも近くに、二人がいる。
眺めるだけだった存在が、今は肩を並べて座り、同じ空気を吸い、同じ時間を共有している。それだけで、光一の胸は妙な高揚感に包まれた。
バスがいよいよ山道に入り、窓の外の景色が山間の町並みを見下ろす絶景となる。
「もう少しで着くね」
希里子がスマートフォンを操作しながら言う。
「そうだね」
紘乃が本を閉じ、ゆるやかに伸びをする。その仕草に、制服の襟元がわずかに持ち上がって、細く華奢な鎖骨が覗き、鎖骨の奥、彼女の乳房を支える純白のストラップがちらりと覗いた。光一は、意識しないようにと必死に目を逸らす。
今、この瞬間のすべてが、彼にとっては奇跡のようだった。
彼女たちと同じ時間を過ごし、同じ景色を見て、同じ空気の中にいる。
けれど、それはきっと彼女たちの記憶には刻まれず、時間とともに消え行くものなのだろう。
どこか胸の奥が切なくなりながらも、その一瞬を目に焼き付けようと、光一はそっと息を呑んだ。
バスは旅館の前に停まり、エンジンの音が低く唸る。
「着いたね!」
希里子が立ち上がり、紘乃も軽やかに席を立つ。
彼女たちの邪魔にならないように一足先に光一は立ち上がる。まだ醒めることのない淡い高揚を胸に抱いたまま、ゆっくりとバスを降りた。
——旅の始まり。
そして、光一の胸を焦がす時間の幕開けだった。
◆
旅館の大広間に荷物を置いた部員たちは、すぐに着替えを済ませ、それぞれ練習に向けた準備を整え始めた。
長時間の移動の疲れもあるはずなのに、誰もがすぐさま行動に移るのは、ここが部活動の合宿であるからだろう。それ以上に、山間の旅館に漂う清涼な空気が、彼らの心をどこか浮き立たせているのかもしれない。
宮藤紘乃は、淡い藤色のTシャツに、紺のジャージを合わせていた。
Tシャツは柔らかな綿混素材で、着るだけで肌に馴染むような心地よさがある。胸元には小さく、白い糸で刺繍が施されており、それが余計に彼女の清楚な雰囲気を引き立てていた。程よくゆとりのあるシルエットのため、身体の線が露わになりすぎることはない。けれど、肩を回したり腕を伸ばしたりするたびに、布が柔らかく沿い、しなやかな身体の動きをかすかに浮かび上がらせる。
彼女の髪は、同じシュシュで結い直されて高い位置でポニーテールにまとめられて、走るたびにふわりと揺れる。
そのたびに、光一がバスで嗅いでいたシトラスの甘くも爽やかな香りと、日焼け止めのわずかに甘い匂いがふわりと漂う。控えめながらも確かに彼女の存在を主張するその香りは、山間の澄んだ空気に溶け込み、気づかぬうちに周囲の意識を引き寄せていた。
もう一輪、藤堂季里子。
白地にポップなロゴがプリントされたオーバーサイズのTシャツ。袖は少し長めで、前腕までかかるほどの余裕がある。オーバーサイズとしてデザインされているため、サイズ感ほど緩いわけではないが、前屈をすれば丸首の襟元はダルンと垂れ下がるのは避けようがない。リズムを取るたびに鎖骨のラインとCカップ程度だろうか、紘乃と比べると控えめではあるけれど、確かに存在を主張出来るだけのまろい稜線を描いた黒色のスポーツブラが覗き、そこに日差しが差し込めば白い肌がますます輝いているようだ。
ボトムのジャージは紘乃とは違い、細身のシルエットを選んでいた。黒に近い濃紺の生地が、すらりとした脚のラインを際立たせ、裾を少しだけたくし上げているせいで足首が露出している。レギンスやスパッツと言われれば納得してしまうようなピッチリしたフィット感。前屈でしなやかな臀部を強調するとTバッグのラインが腰回りに浮かび、尻の谷間に飲まれていく布地の角度さえ目に入る。
「よし、始めるよ!」
陽が高くなり、旅館の中庭には眩い光が降り注いでいる。
まずは軽く体をほぐすため、部員たちは芝生の上に広がり、指示に従いながらストレッチを始めた。
紘乃は、ゆっくりと両腕を伸ばし、肩を回した。
その動きに合わせてTシャツの布地がふわりと浮き、風が入り込む。その一瞬、柔らかな腹部がわずかにあらわになる。胸のふくらみが豊かな分、前の着丈が足らなくなり、腕を回すたびにジャージのゴム部分や、白い陶器のような腹部を飾る臍も時折覗く。
陽の光を浴びて細い首筋に汗の粒が浮かぶ。
深く息を吸いながら、腕を大きく回すと、ポニーテールが空中で弧を描いた。髪が揺れるたびに、ほのかに甘やかなシトラスの香りが漂い、隣で同じ動作をしていた男子部員の意識が、ついそちらへと向いてしまう。
一方、リコは軽やかに体をひねりながら、脚を大きく開いて左右に重心を移していた。
シャツの襟口が重力に引かれ、上体を倒した方向から視線を向ければ、健康的なふくらみを包むスポーツブラどころか、身体を倒しても無駄な肉付きがないおなかまでもが目に入ってしまう。陽の光を浴びて浮かび上がる滑らかな肌と綿素材のブラジャーとの陰影が、彼女の持つしなやかさと健康美より際立たせていた。
気もそぞろになる男子たちの意識をおいて、準備体操は進んでいく。
紘乃はゆっくりと両腕を頭上に伸ばし、背伸びをする。陽射しを浴びた彼女の肌は淡く輝き、頬にかかる髪の隙間から覗く横顔は、どこか儚げで、それでいて凛とした気配を纏っていた。
淡い藤色のTシャツは柔らかく揺れ、布地の間に生まれる小さな空間が、わずかな風を孕む。
くびれた腰のラインと、形の良い臍。シミやたるみのない腹部は陶磁のようなきめの細かさだということを、紘乃が見せる気もなく見せてしまっている。
リコも同じ動作を繰り返すが、彼女の場合はよりしなやかに見えた。
長く伸びた脚線は、バランスの取れたスタイルを強調し、スポーティーな美しさがそこにあった。
「ちょっと、紘乃。動きすぎると見えそうになってるよ」
隣で片足を後ろに引き、ハムストリングを伸ばして前屈する希里子が、小声で囁くように指摘した。
「え?」
不思議そうに首をかしげる紘乃。彼女のTシャツは柔らかな生地で、運動には適していたが、襟元がわずかに開いていた。ストレッチの拍子に、その襟ぐりがゆるりとずれ、純白のブラジャーと、そのカップを包む繊細なレースがちらりと覗く。
「あ……っ」
気づいた瞬間、紘乃の頬に微かに朱が差した。慌てて手を添え、襟元を直すと、希里子は「もう、油断しすぎ」と呆れたように肩をすくめた。
「ありがと、リコ……その、リコのは、大丈夫?」
「アタシのは見せブラだしへーきへーき」
紘乃は小声で礼を言いながら、慎重にストレッチを再開する。希里子はそんな彼女を見て、まったくもう、と言わんばかりに笑った。
そのやり取りを、光一は遠くから何気なく目にしていた。
「……っ」
光一は、ほかの部員たちに気付かれないようそっと目を逸らした。
見てはいけないものを見た、という意識が、心の奥でざわりと波立つ。それは別に誰かに咎められる類のものではなかった。それでも、彼の中で妙な罪悪感が芽生え、それ以上に、胸の奥に熱を帯びたものが広がる。
情欲。そう呼んで差し支えない欲が、夏の陽気とは関係なく理性を焦がす。
そのまま足元に視線を落とし、無心を装うように腕を伸ばしてストレッチを続けた。
──彼の眼鏡に隠された小型カメラも、彼女たちを画角から一旦外す。
普段は制服姿しか見ていない彼女たちが、こうしてジャージ姿で、真剣に体を動かしているだけで、まるで別の一面を見せられたような新鮮な気持ちになる。
いつもは落ち着いている紘乃が、静かに汗を浮かべながらストレッチをする姿。腕を抱えて伸ばせばムニィッと乳房が形をひしゃげて揉み心地の良さそうな弾力を視覚で教えてくる。
普段は明るく冗談ばかり言っている季里子が、真剣な眼差しで股関節を動かして足を内から外へと回す瞬間。ただでさえ張り詰めたジャージはパツパツになり、尻肉がどんな肉付きをしていて、いかに上向いているのか。Tバックの形を親切に見せつけながら、女子部員たちに賞賛されているツンと持ち上がる形の良い尻が、Tシャツが翻るたびに目に入る。
遠くで顧問が「そろそろジョギングに移るぞー!」と声を張り上げる。二人は顔を見合わせると、自然と笑みがこぼれた。
青春の光が彼女たちの姿を優しく照らし。
一人が隠し持つカメラがこっそりと華たちの時間を盗み見る。
準備体操の時間は、そうして静かに流れていった。
◆
高低差の激しい山道を、準備体操を終えた吹奏楽部の生徒たちが列を作って駆けていた。湿った土の匂いに、陽炎のように立ち上る熱気が混じり、照り返す光が彼らの汗に濡れた肌をさらに灼く。
高校で練習するよりはマシだけれどそれでも高い気温と日本特有の湿度の高さ、さらには数百メートル上がった標高が、部員たちから余裕を奪っていく。
篠原光一は、汗ばむ額に手をやりながら、高低差の激しい山道を駆ける部員たちのフォローのために後方を走りながら、二人の背中を目で追う。彼のシャツはすでに汗で肌に貼り付いていた。しかしそんな不快さを忘れさせるほどの情景に釘付けだった。
紘乃の髪は、陽光を受けてバスで横目に見た静謐な空気とは一変して健康的に輝き、汗ばむ首筋に沿って滑らかに流れている。高くシュシュでまとめられたテールは、小走りするたびに弾むような軽やかさを見せ、彼女の身体全体に調和したリズムをもたらしていた。律動のたび前後に振られる腕から、汗のしずくが光る珠となって滴り落ちて木漏れ日の中で一瞬きらめいた。
着ている藤色のTシャツに目を向ければ、背中や襟周りが汗で濡れ、張り付いた布地越しにブラのストラップとホックがかすかに透けて見える。その姿は決して露骨ではなく、むしろ一種の清潔感と儚げな色気を伴いながら、自然な美しさを引き立てていた。
──なんであんなふうに走れるんだろう……
光一は心の中で呟いた。彼女の足取りは軽快で、疲労の色が見えるどころか、むしろ力強ささえ感じられる。ポニーテールでまとめた為に首筋もあらわな様子が背後からでもよく分かる。首筋を流れる汗が陽光を受けて煌めき、汗に滲む部分がより濃い藤色となって広がっている。張り付き、肢体の曲線がなめらかにあらわになる中、両肩から吊り下げられた縁にレースが飾られているストラップや、背中の中央で留められた三段ホックに目が行く。大多数の部員が二段ホックなのに、彼女の乳房はそれでは支えきれないらしい。そのおかげもあってか、ホックの位置はなんとか同じ場所を維持している。あのふくらみの上下動を支えきっているのだから、相当きつく締めているのだろうか。ホックから左右に伸びているレース模様が透けているバックベルトは、確かに彼女の肢体に食い込んでいるようにも見える。
光一は自分がそれに気付いたことを恥じるかのように目をそらした。しかし、どうしても視線は再び紘乃に戻ってしまう
日焼け止めを貫通して焼け始めた腕には赤みが差し、額から流れる汗が滑らかな頬を伝い落ちる。彼女の足取りは軽快そのもので、疲労の影は一切感じられず、まるでこの過酷な山道が彼女のためだけに用意された舞台であるかのようだった。
その隣を走る季里子もまた、光一にとっては一つの「絵画」のように映っていた。季里子の白金に近いベージュブロンドの髪は、紘乃のそれよりも柔らかく揺れ、汗を含んで肌に張り付いた前髪が、どこか少女らしい無防備さを引き立てている。彼女は紘乃に軽く文句を言いながらも笑みを浮かべ、後方を着いてくる部員たちを激励する。その声の調子にはどこか愛嬌があり、部員たちの中でも一際目立つ存在だった。
季里子がシャツの襟元を軽く引っ張りながら汗を拭う仕草とともに、肩に食い込むスポーツブラのストラップを目にして、光一はふいに胸の奥がざわつくのを感じた。その仕草は無意識のうちに自然体で、なのに目にしただけで光一の理性を押しのけて妙な感覚を覚えるほどだった。
「紘乃……、速いってば!」
季里子の声が響くたびに、紘乃が小さく振り返り、軽く微笑む。その笑顔に、光一は思わず息を呑んだ。紘乃のその笑顔は、まるで真夏の太陽の中でも冷涼な風を感じさせるようなもので、その端正な顔立ちは汗に濡れてもなお、崩れるどころか一層の輝きを増しているように見えた。
部員たちの間に混じって走る光一は、ふと自分が何を考えているのかに気付いて苦笑いを浮かべた。汗ばむシャツの不快感や、足の痛みなどはもうどうでもよくなっていた。ただ、あの二人の「特別さ」を追いかけるように走ることが、彼にとってのすべてになっていた。
「こんなに暑いのに、なんであの二人だけ、あんなふうに映るんだろう……」
季里子が、汗で肌に貼り付いたシャツを気にしながら紘乃の背中を追う様子もまた、絵の一部のように思えた。日差しに透けたシャツからは、彼女たちの存在そのものが、まるで「光」でできているように錯覚させられる。光一は息を切らしながらも、そんな二人を一瞬でも見失いたくないという気持ちに駆られていた。
他の部員たちも必死でついてきている。誰もが汗にまみれ、歯を食いしばりながら、言葉少なに足を動かしているが、その目には紘乃と季里子を追いかける意志が宿っていた。彼らにとっても、あの二人は特別な存在だった。先を行く二人の姿は、単なる部員同士の友人という以上に、どこか手の届かない存在感を放っていたのだ。
「もう少しで広場だよ!」
紘乃の声が木々の間に響く。それはただの言葉ではなく、音楽のように澄んだ響きがあり、光一の心の中にまるで小さな鐘が鳴り響くかのようだった。
真夏の空に太陽はさらに高く昇り、二人の影はますます長く伸びていく。その姿を追いながら、光一はただ心の中で思った。「眩しい」と。
◆
その後、クールダウンを経て旅館に戻ってからも合宿は続く。基礎練、パート練からの合同合奏。夏の長い日もすっかりと山の向こうに消え、テンション高く一日を過ごした反動からだろう。山間の旅館の大広間は、夏の夜に溶け込むように深い静寂に包まれていた。
薄く開け放たれた窓から山風が流れ込み、川の上を通って夏の暑気を払った涼やかなそれが畳の上をさらさらと撫でていく。風鈴が小さく揺れ、昨日までのうだるような夜とは別世界を楽しむような音を奏でていた。
女子部員たちが揃って寝るこの大広間には、白い布団が幾重にも並べられていた。昼間からの筋肉トレーニングと熱意と青春をふんだんに注いだ練習の疲れを抱え、吹奏楽部の女子たちは皆、畳に広がる白の波の中へと沈んでいた。
その中で、まだ目覚めている二つの人影があった。
──宮藤紘乃。
彼女は、淡いピンクのキャミソールに、ゆるやかなシルエットのワイドパンツを纏っていた。ルームウェアとはいえ、その薄く繊細な生地は、彼女のしなやかな肢体をやわらかく包み込み、そこに潜む線の美しさを際立たせていた。
キャミソールの細い肩紐が、彼女の華奢な肩を縁取っている。鎖骨のくぼみに落ちた灯りが、白磁のような肌をそっと照らしていた。
髪は、脱衣所で一度整えたものの、完全には乾ききらず、ほんのりと水気を含んだまま、肩の上でゆるやかな波を描いている。
「……もう、限界……」
紘乃は、微かな息と共にそう呟いた。
畳の上に座り込むと、くたりと肩を落とし、キャミソールの裾がふわりと揺れる。普段は凛とした佇まいを見せる彼女も、今は全身の力が抜けきっているようだった。
その隣の布団では、希里子はビッグTシャツとショートパンツに着替えていた。
「なんかもう、喋る気力すらないんだけど……」
彼女が着ているのは、黒のサテン生地に、金色のロゴがプリントされた太ももの半ばまで隠すTシャツ 。光沢のある布地が、入浴後の潤いを帯びた肌の上で、しっとりと光を含んでいる。 そして、ショートパンツの裾から伸びる脚線が、無造作に投げ出され、彼女特有のギャルらしい艶やかさと、どこか少年のような奔放さを同時に感じさせる。
そのまま希里子は、ぱたりと布団に倒れ込んだ。
普段なら、このまま布団の上で語らいが始まるのが常だった。
ファッションの話、恋愛の話、誰が好きだとか、誰が狙ってるだとか、そういう他愛ない会話が夜更けまで続くはずだった。
けれど、今夜は違った。
「おやすみ……」
紘乃が、掠れるような声で呟いた。
希里子も、それに続くように、小さな欠伸を一つ漏らしながら「ん……おやすみ」と、力なく返して最後の力で灯りを消して、布団に潜り込む。
部屋は、すぐに静寂に満たされた。
かすかに聞こえるのは、皆の微かな寝息と、畳の上に流れ込む風の音、そして風鈴の澄んだ音色だけだった。
◆
──紘乃の寝顔は、昼間の凛とした姿とは違い、どこか無防備で、穏やかだった。
キャミソールの細い肩紐が、肩のカーブに沿って滑らかに落ちている。寝返りを打つたびに、長い髪が枕の上に広がり、月光を受けてやわらかく光を帯びた。
いつもは涼やかで落ち着いた声音を響かせる彼女の唇も、今はわずかに開かれ、静かな寝息を奏でている。
その胸元が、深い眠りに誘われるように、ゆるやかに上下していた。
そして、希里子。
ビッグTシャツの裾が、寝返りを打った拍子に少しずり上がり、彼女の細く絞られたふとももから張り詰めた尻への曲線が、さらりと大広間に投げ出される。ショートパンツがかろうじて守る臀部、弛みのない腹部が、寝息に合わせて微かに揺れた。
──その姿を、誰かが見つめるなんて考えもせずに。
夜の闇が、彼女たちを優しく包み込んでいた。
◆
光一は一人、布団の上に仰向けに転がっていた。合宿初日の疲労が、骨の髄まで染み込んでいる。筋肉は悲鳴を上げ、腕も足も鉛のように重い。
それでも、ひとつ、やらなければならない事がある。
他の男子部員たちが泥のように眠りに落ちている事を確認すると、ゆっくりと衣擦れの音さえさせないような忍び足で、歩き出す。
目的地は、女子たちが眠る大広間だ。
この任務に、失敗は許されない——
それは光一が、このクエストを閃いた瞬間から、骨の髄まで刻み込んでいた絶対の前提だった。
合宿中、洗濯は各自という事になっている。しかし洗濯機も乾燥機もないこの旅館では、せいぜい速乾性のTシャツやジャージを手洗いするくらいが関の山だ。
まだ自分が1年生の合宿の時、ふと、耳にしたのだ。
この合宿中、女子部員たちが──男と認識、分別していない男子部員たちとはいえ異性の目に曝すのは憚られるのだろう──下着を洗濯せずに持ち帰っていると。
たしかに、実際大広間の窓際にかけられたハンガーに架けられているのはTシャツやジャージ、本当に精々キャミソール程度である。
──紘乃が、一日着潰した下着。地獄の筋トレと懸命に音作りに励んだ午後のパート練。その間中、履き続けていた下着が。襟元からちらりと覗いた純白のブラジャー。大きなカップにレースのフリルが縁を彩っていた。目に焼き付いたそれが、彼女のバッグの下にきっとあるのだ。
この秘宝を持ち帰ることは、光一にとって絶対の使命となった。隠すならおそらく、チャックで締められるボストンバッグの方だろう。バッグの口が開いたままとなってしまうトートバッグに仕舞うのは、彼女の性格から考えにくい。
大広間に向かう道中、獲物を見定め、五感を研ぎ澄ませる。
そのためには、決して目覚めさせてはならない——光一は、広間と廊下を隔てていた襖を、そぅ……と開けた。
影のように、闇の隙間を縫うように進む。
一歩、一歩、慎重に足を運ぶたび、昼の疲れから近くを通る存在にも気付かずに安息の寝息が、鼓膜を震わせた。その音が、まるで心臓の鼓動と呼応するように、彼の全身を支配する。
無謀な挑戦ではないはずだ。
彼はこの日のために、 入念に下調べをし、周到に準備を整えてきた。
大広間の構造、女子の布団の配置、彼女たちが眠る時間帯、鞄のある正確な位置——幾度もシミュレーションを繰り返し、今日も不信感を与えない程度に大広間を視察し、最も安全なルートを脳裏に叩き込んできた。
失敗の可能性を極限まで削り、己の動きすべてを計算に組み込んだ。
だが、それでも——この場に立てば、失敗した時にすべてを失うリスクを天秤にかける理性が、手足に重りを巻き付けて止めようとしてくる。
手元が狂えば、その瞬間に全てが終わるのだ。
──それでも。
光一は、ゆっくりと息を整えた。
足元の投げ出されたスマホやモバイルバッテリー、転がった制汗剤のスプレーやらに触れぬよう、そっと足を運ぶ。
並べられた布団は、仲のいい部員同士で妙にくっついたりしている中をくぐり抜け、広間の奥、並べられたカバンが安置された空間に身を滑らせる。
空気がひりつくような緊張感に包まれる中、彼の視界の先に——「それ」はあった。
黒のボストンバッグ。丁寧に使われ続けてきたのだろう、傷みの少ないバッグを月灯りの下に収める。呑み込む唾液の音が、やけに響いてしまった気がした。
そして、その中に納められた、下着。純白のブラと、果たして下は……ショーツは合わせているのだろうか。それとも、別の色や素材なのだろうか。スクワットの際、ぷるぷると震える太ももと桃のように膨らんだ臀部を、果たしてどんなショーツが包んでいたのだろう。
光一は興奮に震えそうになる指を、なんとか抑えこみ。呼吸を止めたまま、慎重に指を伸ばす。
かすかに指先がバッグに触れた——その刹那。
──くしゅん。
背後の誰かの、くしゃみ。
——動くな。
——今、誰かがほんの僅かな違和感すらも感じて周りを見回せば、即、己の人生が終わる。
光一は、その場に凍りついたように、微動だにしなかった。
数分……いや、数十分にも感じられる静寂の後、吐息が再び穏やかな寝息に戻る。
安堵するのはまだ早い。
早いが、命拾いした静かな興奮が指先を痺れさせる。
慎重に、指先をわずかに動かしながら、チャックに触れる。
この音さえ響かせなければ——
——カリッ……
光一は全身の神経を集中させ、音を最小限に抑えながら、ゆっくりとチャックを引いた。
中に、柔らかな布の感触。違う。
タオル地。違う。
ノート。違う。
何かの袋。中に入っている物が硬い、明らかに違う。
荷物をひっくり返して怪しまれないよう、配置を大雑把に覚えながら、さらに深い層を探っていく。
急げ。
慎重に。
相反する感情が強烈に襲ってくる。
今にも荒々しい呼吸が爆発しそうだ。
焦燥感が全身を包み、ライトを点けてしまおうかと思考の端に過ぎった頃。
バッグの底、更に折りたたみ傘とレインコートが全体を包んで隠された底の底。底に広がるレインコートのその下、不自然な膨らみを探り、捲れば、布に包まれた袋がある。
──あった。
その、神経質なまでの隠し方。
万が一にも誰かの目に触れる事がないように──先日、ゲリラ豪雨でブラをあらわにした彼女の表情を思い出す──隠したそれが、きっとコレだ。
中はまだ見ていない、けれど確信した。
彼の手が、ついにそれを掴み取った。
目的は果たした。
だが、ここからが本当の試練だった。
今度は、来た道をそのまま戻らねばならない。
細心の注意を払いながら、一歩、一歩。
わずかな音すら許されない状況で、己を影の一部と化すように進む。
背後で、また誰かが身じろぎする。
身体の中の熱を逃がすよう、どこか湿っぽい吐息が空間を揺らす。
喉が乾く。指先が汗ばむ。
だが、彼は決して焦らない。
計算通りに、計画通りに——ただ、それを忠実に遂行するだけだ。
そして、出口となる襖が視界に入る。
背後では、依然として女子部員たちの群れが眠っている。
ひとりでも、光一を見咎めればゲームオーバー。
今、この場を去れば、彼の勝利は決定する。
光一は、決して足音を立てぬように、暗闇の中へと溶けるように襖の向こうへ、姿を消した。
背後では、騒ぎも、誰かを急かして起こす様子も聞かれず、寝息が続く。
静寂の中で、彼の指先はまだ、柔らかな布地が詰め込まれたポーチを、キツく。キツくキツく、痛いほどに握りしめている。
そしてさらに何十秒かを確認するように待ち続けた後。
身体全身、すべてが脈打つように鼓動していた。
これで、ミッションコンプリート。
だが、それは終わりではない。
新たな階梯への権利を得た者は、その力に相応しい戦いへと進まねばならない。
光一は、静かに拳を握る。
この戦いは、ここからが本番なのだ——。
◆
足早に、けれど足音を立てないようにトイレに飛び込んだ光一は洋式便器に腰掛けながらいまさら激しくなる動悸を抑えようと目をつむる。瞼を閉じれば、今日一日の出来事が脳裏に鮮やかに浮かび上がる。
──宮藤紘乃。
朝、集合時間ぎりぎりに現れた彼女。白いセーラー服を風になびかせながら、額にうっすらと汗を浮かべていた。柔らかなブルネットの髪を結び、息を弾ませながら駆けてくる姿が、あまりにも眩しかった。
マイクロバスの中では、隣に座った彼女の肩越しに、陽の光が窓から差し込んでいた。彼女の肌を淡く照らし、その輪郭を浮かび上がらせる。無邪気に微笑みながらページを捲る横顔に、何度心を奪われたか分からない。
──そして、練習の時の彼女。
Tシャツに着替えた紘乃の姿は、いつもの涼やかで端正な印象とはまた違っていた。軽やかに動く腕、細くしなやかな脚、汗に濡れた背中に張りつき透けたブラのライン。前屈みになった瞬間に襟首から除くまるい膨らみの山。それを覆う白いカップ。
ランニングの時にはまとめた髪が揺れ、時折、風を受けて肩にまとわりついた。必死に駆け上がる背中を思い出して、胸が、苦しくなる。
決して触れられない背中。
自分の欲望なんかで穢してはならない存在。
そんな彼女が身につけていた下着が、いま自分の手中にある。ポーチ越しに、まだ彼女の体温が残っているような錯覚さえする。
こんなに近くにいるのに、彼女は決して自分のものにはならない。
その現実が、ひどく残酷に思えた。
だから、少しだけ。
くしゅくしゅに丸められていた布をポーチから摘み出すと、そっと顔の前に持ち上げる。綿生地の柔らかな感触が指先に心地よく、縁を彩るレースフリルが仄かな光を反射して揺れていた。
それは間違いなくショーツだった。広げれば、彼女の臀部がどうして収まるのだろうと不思議に思うほどのレギュラーショーツ。昼に眺めた、後ろ姿が脳裏を過ぎる。山道を駆けた臀部。ジャージ越しにツンと上向く形のいい尻肉。部員を引っ張る彼女が晒した桃のような尻を包んでいた薄布。
うっすら湿っているそれに、湧き出る唾液が止まらない。
たまらず、顔を埋める。
鼻腔をくすぐるのは、かすかに残るフルーティーな香水か、ボディミストの甘い残滓と、石鹸の香り。ほのかに湿り気が残っている事もあり、大浴場で手洗いでもしたのかもしれない。布地を裏返し、二枚布となる部分、紘乃の秘められた部位に鼻先を埋め、思い切り肺腑すべてに行き渡るように息を吸う。
「ああ……」
まるで、紘乃そのもののようだ。微かに残っていた、女神らしからぬ人の臭気。えぐみこそ失われていたけれど、何にも飾られていない彼女自身の香りを明敏に感じ取った光一は思わず声を漏らした。
「これ……やば……♡」
ショーツには、繊細な花模様の刺繍が施されていた。白地に白糸の控えめな装飾は紘乃の清楚なイメージそのものだったが、光一はその美しさに見惚れるというよりも、これだけ完成された美を誇っていながら、臭いは自分たちと変わらない事に昂ってしまっていた。
刺繍の間には、小さな葉の模様が繋がり、まるで風に揺れる花々の一瞬を切り取ったかのような自然な流れで前面を飾っている。それらの模様がショーツ全体の調和を保ち、清楚さ、可憐さを引き立てている。
バックや太腿の履き口を飾る縁取りには、ほんのわずかなフリルのようなレース織りが施されているが、それも決して目立つものではない。むしろレースの縁が柔らかな表情を加えている。全体として、華美さを避けたデザインでありながら、どこか清楚さを保っているように感じるのは欲目だろうか。
もう一度、今度は手の中に軽く握りしめ、布地全体を丸めてそこに鼻を埋める。薄布全体微かに上がる花の香りを感じる。少しくたびれているようにも感じるショーツは新品ではなく、彼女が大切に使い続けてきたものなのだろう。よく見れば、クロッチに若干のシミが残っているように見えなくもない。それでもその清潔感や美しさを失うことはなく、むしろ彼女の肌を包みこんだ日々によって一層の魅力を増していた。
光一は刺繍の花をそっと指でなぞった。まるで細やかなデザインの意味を確かめるかのように、この花の部位が、彼女の身体のどこを包んでいたのか。思いを馳せながら湧き出た唾液を、欲望のままにクロッチに溢し、舌でぬるりと塗りたくる。
手洗いをしたにしろ、朝から続いた高低差の激しい山道での運動のせいか、合成的な香料とは異なる、原始的な臭いを絡め取るように執拗に往復する。
ここに、彼女の秘められた割れ目があったのだ。湧き出る唾液をクロッチに含ませ、舐る。その内、舌を動かす度に水音が広がる程に丹念に執拗に。
気付けば、唾液まみれになったショーツが無惨に手の中に。
トイレの個室の中、手に持った下着をじっと見つめる。
そっと、ショーツを滾った己の逸物に巻き付けると、ゆっくりと滑らせた。最初は軽く、優しく、まるで撫でるように。次第に力を込め、熱を帯びた摩擦が粘膜を刺激し始める。心地よさと微かな痛みが交錯し、じんわりと快感が広がっていく。
「……ふぅ、ぉっ…………宮藤さん、の…………マン、コ…………ッ、マンコ……ッ! ここ、当たってたんだ、今日一日……♡♡ エロ…………エロ過ぎ…………あんな清楚で澄ました顔して、臭い……キッツ♡♡♡」
吐息が漏れる。思った以上に力が入っていたのか、肉棒を握る指に熱がこもり、狭苦しい個室で一心不乱に自慰に耽る光一の額にはじっとりと汗が滲んでいた。けれど、やめるわけにはいかない。もう片方の手にもポーチから同色のブラジャーを引っ張り出し、ショーツにしていたように乳房を包んでいたカップに顔を埋める。パイズリを夢想して顔を揺らすたびに微かな甘い香りと、生乾きの臭気が意識を包み込む。
熱い。
まるで運動した後のように、全身に血が巡り、心臓が高鳴る。額の汗は流れ落ち、荒くなった息は唇の端から唾液を溢し、タイルの床に広がった。ショーツを握る手にも力がこもり、動作が無意識に速くなっていた。
「……っ、はぁ……ダメだ、無理……もう無理……ッ♡ こんな雌の臭いさせて我慢とかもう無理♡」
本来の自慰より、よほど早く訪れてしまう限界。
頬はすっかり赤らんで、じんわりと熱を持っている。
ここまで夢中になった自慰なんて精通して以来初めてだ。心の昂りに引っ張られてか、心臓が暴発しそうなほどに跳ねている。その動きのまま、ラストスパートのよう右手の動きを早めれば、彼女の、女神のように慕情募らせていたクラスメイトの割れ目にあてがわれていた二重底に、一日中、溜め込んでいた欲望を解き放つ。
「うぐ、っぁ……♡ みや、ふじさん…………受け止めて……♡」
小さな布地、巻き付けたショーツが受け止められたのはせいぜい一度目の脈動まで。二度目、三度目と体全体を蠕動させながら吐き出した精液を受け止めるには、宮藤紘乃のデカケツを包んでいるとはいえ、あまりにも面積の不足していたショーツ。本来清楚なデザインだった薄布はだらだらと含み、受け止めきれなかった白濁した液体をタイルに溢していく惨めな布切れと化していた。
彼女の胎内に撃ち込む妄想に耽りながら絶頂に至り、全てを放ち終えると手のひらを見下ろした。ショーツは、すっかり馴染みのある香りに汚されていた。ねっとりとくどいイカ臭さが、彼女の甘い香水の香りを打ち消してしまっている。繊細な刺繍にも、履き口のレースフリルにも染み込んだショーツは、先までの神秘的なまでの美しさとかけ離れていた。ほんの数十分前まで持ち主の匂いしか知らなかった下着が、自分の欲望に染まっている姿に光一は薄く笑う。
ゆっくりと深呼吸をし、静かに目を閉じる。確かめるように、また一度、ブラジャーのカップに顔を埋めると、ふわりと香りが鼻腔を満たした。
それだけで、どこか満たされたような気がした。
けれど、それで満足出来る訳もない。留まれる理由がない。
ザーメンまみれになったショーツを床に落とすと、今度はブラジャーを手に取る。そのままカップ部分の左右を半勃ち状態の肉棒に宛てがう。繊細に刺繍されたレースの模様が、触れるだけで痛むほど、光一の肉棒は敏感になっていた。ひんやりとした布の感触を期待していたが、思わず眉をしかめ、その手を止める。刺繍の糸が亀頭に食い込むような感覚が、鋭い痛みとなって伝わってくる。その痛みは一瞬のことであったが、熱さと疼きが全身に広がるように感じられた。もう一度ブラジャーを握り直すと、今度は刺繍のレースの部分を避け、裏返してカップ表面でなく裏側、中央の柔らかな面で肉棒を左右から押さえる。そこにはショーツで拭いきれなかった精液がうっすらと残っており、柔らかな彼女の乳房しか包んだことのないブラジャーが白濁に汚されていく。その汚れは、生々しいもので、ショーツと同じような清楚さを宿していた下着を穢している悦びに背筋を駆け巡る快感に光一は溺れてしまう。
「パイズリ……宮藤さんのパイズリ……でっか…………この大きさは反則だろ……」
小さく呟いた声は、誰に聞かせるでもなく、自分の中から漏れ出たものだった。指先で軽く触れると、肉棒は火照りを帯び、むき出しの亀頭がほんのりと赤みを帯びている。そっと撫でるように、肉棒に残っていた精液を拭いながらしごいて行く。それでも、カップの上部に飾られたレースの糸が触れると、包皮に包まれていない部分が痛みを発し、そのたびに目を細めた。
「宮藤さん……紘乃さん……紘乃……もっと、強く……パイズリ……Eカップおっぱいでパイズリ♡」
光一はバックのストラップに書かれたタグから正確なカップ数を知る。いつもの、きめ細かく白さを誇る肌。夏の日差しに無防備に晒され、Tシャツ越しに浮き出していたブラの色や模様を今まさに目にしながら、彼女の乳房に挟まれる妄想で、扱く手を早くしていく。彼女は、彼氏にこんな真似をしているのだろうか。腹立たしく、また、どこか切ないような感情を引き起こす。
誰かのものになってしまった彼女。
指の先どころか、目に焼き付けることさえ罪悪のように感じる。
それなのに──
それなのに、どうしても見てしまう。
記録せずにはいられない。
彼女のきらめきが、消えてしまう前に、心の中に刻みつけなければならない。
──いや、違う。
本当は、ただ手にして、穢したいのだ。
触れられなくても、叶わなくても、宮藤紘乃という存在が、この世にあるということだけで、満たされる。
同時に、彼女の心に、消し難い汚点として己を刻みつけたい。
そんな矛盾した心理を内包しながら光一は、再びの絶頂を予感してブラジャーを握りしめた。
香水の香りは、ショーツと同じように己の精液の臭いに上書きされてしまっているだろう。今も、大広間で疲れ切って寝息を立てているはずだ。
それでも、この夜は、彼女の気配に包まれている。
「……好きだ」
掠れた声が、自慰の規則的な音に滲んでこぼれた。
そのまま、光一は目を閉じた。
まどろみの中、紘乃の姿が浮かび上がる。
彼女が笑い、髪をかき上げ、汗を拭う仕草すらも、すべてが美しく思えた。
夢の中でさえ、宮藤紘乃は美しかった。
眼の前の宮藤紘乃が、自分の精液まみれの下着を嫌悪感丸出しに身に着けている姿を夢想して、光一はブラジャーのカップの中にこの日二度目の精液を放った。