図書館で出会った浮世離れした銀髪の先輩が元肉便器だった話 作:黒糖バス
「そういや昨日、図書館でめちゃくちゃ美人な先輩見つけたんだよ」
突然そんな事を言い出した平岡に、俺は「またかよ」といった視線を向ける。頭の中に女の事しかないこの悪友は、似たような話を先月もしていた気がする。その時は確かコンビニの新しいバイトの子だったか。
「何だよ藤本、その目は」
「この前言ってたコンビニの子はどうしたんだよ。一目惚れしたとか言ってアタックしてたんじゃなかったのか?」
呆れ気味にそう訊ねると、平岡は「あー」と今思い出したような反応をした。
「美咲ちゃんとはもう別れるわ。飽きっぽいんだよなー、俺」
どうやら俺が知らない間に付き合っていたらしい。いや、もしかしたら話していたのを、俺が興味なさ過ぎて聞き流していただけかも知れないが。無駄にモテるこの男は、今年に入って既に4.5回彼女が変わっているのだから仕方がないだろう。
「飽きっぽいんじゃなくて、身体目当てなだけだろーが。そういうのはヤリ捨てって言うんだぞ」
「いや、セックスするまではマジで好きだったんだよ……! だけど、何回かヤったら急速に冷めるっつーか、他の子に目が行くようになるんだよなぁ。あ、ちなみに美咲ちゃんは処女だったぜ」
「初めてがお前みたいなクズとか可哀想過ぎるだろ、その子……」
本当になんでこんな奴がモテるのか不思議でならない。俺なんて生まれてこの方彼女が出来たことがないというのに。やはり世の中顔なのだろうか。
それにしても、その美咲って子は本当に可哀想だ。まだ、初めての男に捨てられるだけならマシだったろうに、よりによってこの男に喰われるだなんてな。
「ところで、美咲ちゃんのハメ撮り見るか?」
「やっぱり今回も撮ってんのかよ…。遠慮しとくわ。他人が見ちゃ、その子が可哀想だろ」
「真面目ちゃんかよ。お前以外、みんな喜んで見てるぞ。ほら、これが美咲ちゃんだ」
どうしても自慢したいのか、平岡はスマホを開いて画面を俺の方に向ける。そこに写っていたのはコンビニの制服を着た高校生くらいの女だった。クラスで1.2を争えるくらい整った顔をした彼女は、レジで客の相手をしているようで人好きのする笑みを浮かべている。この子と付き合えたならきっと毎日が楽しくて仕方がないだろう。
「……めちゃくちゃ可愛いな」
「だろ? このレベルで処女とか滅多にいねーって」
「前の子も相当レベル高かったけど、この子はそれ以上だな。マジで別れるのか? 勿体ねー」
俺は敗北感を抱きながらそう訊ねる。平岡は全く未練がないようで「おう」と頷いた。別に彼女は俺の知り合いでも何でもないのだが、こんな可愛い子がヤるだけヤられて捨てられてしまうことが少しショックだった。
「なあ、この子の動画、鬼村先輩とかにも渡してるのか?」
「いやいやいや! 流石の俺だってそこまでクズじゃねーって! そんな事したら美咲ちゃん、しばらく先輩達の玩具にされるじゃねーか」
気になった事を訊ねると、平岡は真剣な表情で首を振る。それを聞いて少し安心した。
平岡の中学からの先輩であり、俺も少しだけ交流のある3年の鬼村は、かなり悪い噂を聞く人物だ。特に女性関係では胸糞悪い話もよく耳にする。俺のクラスにも鬼村のグループの被害に遭い、不登校になった女子もいた。
しかし、どうやら彼等は弱みを握って口止めしているらしく、誰も学校に被害を訴えない為、野放しになっているのだ。
「いくら飽きたっつっても元カノを他人の肉便器にする趣味はねーからな。先輩達、かなりエゲツないことしてるらしいし」
「俺からしたら無許可でハメ撮りばら撒いてるお前も大概だけどな」
俺が呆れながら指摘すると、自覚はあるのか平岡はバツの悪そうな顔で「一緒にすんな」と言った。
「──てか、めっちゃ話脱線したな。美咲ちゃんの事は置いといて、今は図書館の美人の話だ」
「ああ、昨日会ったんだっけ?」
「そうそう。授業サボって図書館で漫画読んでたら見かけてな。絶世の美女ってあのレベルの人の事を言うんだろうな。髪は綺麗な銀色で、肌は真っ白。なんか現実離れした美しさだったわ。しかも華奢な割に胸は結構大きくてさ! あの人の前じゃアイドルだって霞むぜ」
その姿を思い出してか、若干興奮気味に話す平岡を見て、俺もその人物に興味を抱く。惚れやすく飽きっぽい彼だが、こんな熱に浮かされたような顔をするのは初めてだ。
多少大袈裟な表現をしているだろうが、これまで彼が付き合って来た子達よりも顔が良いのは間違いないだろう。
「銀髪って事は外国人かね。目立ちそうなのに見た事ないな。んで? その人が次のターゲットなわけ?」
この顔だけは良い友人なら、その現実離れした外人さんも口説き落としてしまうのだろう。そう思いながら訊ねたのだが、平岡は溜息を吐きながら首を横に振った。
「いや、ありゃ無理だわ」
「へえ、珍しく弱気だな。何だ、彼氏持ちだったのか?」
「ちげーよ。俺の目にかかれば彼氏持ちかどうかなんて、見分けが付くからな。可能性のない相手には声掛けねーよ。────あの美人は間違いなくフリーだし、多分交際経験もゼロだな」
「見ただけでそんな事分かるとか気持ち悪いな、お前」
割と本気で引いている俺に、平岡は「うるせー!」と蹴りを入れてくる。そして、また溜息を吐きながら話を続けた。
「はぁ……。声を掛けただけで不快そうな顔をされた時点で『あ、無理そう』って思ったんだけどな、それだけで諦めれ切れないような美人だったから、しばらく話しかけたんだわ」
「その様子じゃ、ダメだったんだな」
「ああ。話し始めたら、案外微笑みながら相槌打ってくれたから、期待したんだよ! だけどよ、途中で『ところで、私はあと何分間貴方のつまらない話に付き合わないといけないのかしら』って!! 一瞬で可能性ないって悟っちまったわ」
「あー、なんつーか、ドンマイ」
「お前も見かけても遠目に見るだけにしとけよ。バッサリいかれるからな」
そう言って俺の肩を叩くと、平岡はもう一度大きく溜息を吐いた。
☆
俺が通うこの高校は、そこそこの進学校だ。偏差値で見れば県内で上から10番目ではあるが、学校数が少ない田舎県という点を考えるとそこまでレベルは高くない。年に数人〜十数人が有名大学に進学しているらしいが、それは上位数パーセントの優等生の話である。
学校としても、そんな期待度の高い学生達に対して様々な支援を行う一方で、授業について来れない落ちこぼれについては、進級・卒業に必要な最低限の支援しかしてくれない。
その結果、同じ学校内でありながら偏差値に大きな差がある優等生と不良達が存在しているのである。
入試で補欠合格だった俺は当然のように後者だ。将来の目標もなかった俺は、授業について行けなくなると学校をサボる事が増えていき、最低限の出席日数と、提出物による温情でなんとか2年に進級出来た。
素行の悪い奴らと付き合い始めたのは、1年の三学期からだ。補習で一緒になった平岡と仲良くなり、彼の仲間を紹介されたのだ。
彼等自身は所詮、進学校にいるガワだけの不良といった感じだったのだが、その先輩達は予想以上にヤバい連中で、顔見知りになってしまったのを後悔する事もあった。
だが、それでも平岡達との付き合いを止めなかったのは他に居場所がなかったからだ。
☆
進級の為に必要な午前中の授業を受け終えた俺は、午後からの時間を潰す方法を考え、ふと、以前平岡が話していた図書館にいたと言う女生徒の事を思い出した。
ちょうど読みたい本があった事もあり、図書館へと足を運ぶ。
高校の敷地内にある10番目の建物、1000号館──通称・図書館──は市内最大の蔵書数を誇り、許可さえ取れば市民も自由に利用することが出来る。その為、基本的にどの時間であろうと出入り可能だ。
ドアを潜った俺は、怪訝な顔をする司書教諭からの視線を無視して奥の方へと入って行く。
「そりゃ、今は授業時間だからなぁ」
サボっていたとしても自己責任である為、注意を受ける事はないが、ああいう視線は正直居心地が悪い。日頃ここを利用しないのもこれが理由だ。
素早く目的の本を手に取ると本棚の陰になって人の目が届かない位置まで移動する。そして、小さな丸テーブルと二脚の椅子が置かれた空間を見つけた俺は、そこに腰を下ろすと本を開いた。
それにしても高校の図書館で、今日発売の少年コミックを置いている所なんてここくらいだろうな。
──キーンコーン♪
つい夢中になって読んでいた俺はチャイムが鳴る音に気付き、スマホで時間を確認する。ちょうど午後の初めの授業が終わったところみたいだ。本をテーブルに置き、すっかり硬くなっている身体を伸ばしてみる。
「奥だから人が来ねーし、雑音も聞こえない。ここは穴場スポットだな」
ポキポキと関節を鳴らしながらそう呟く。入口で向けられる視線を我慢してでも、この場所を利用する価値はあるかも知れない。
そんな風に考えていると背後から声が掛けられた。
「──あら、その穴場スポットを侵している貴方がそれを言うのね」
「……!」
声に驚いて振り返った俺は、そこに立っていた人物を目視して二度驚く事になった。
──これ程の美貌がこの世にあるのか。
天井からの明かりで幻想的に光る銀色の長髪に、吸い込まれてしまいそうな綺麗な碧眼。完璧に整った小さな顔はファンタジー小説の中の妖精みたいだが、その可憐な見た目に反して意志の強そうな瞳が俺へと向けられている。それ程身長が高いわけでもない彼女だが、その美貌の為か、えも言われぬ迫力があった。
思わず見惚れてしまっていると、彼女はじーっと俺を見つめ返し、そして面倒くさそうにひとつ溜息を吐く。そこでようやく我に返る。
「えっと、何か用っすか?」
チラッと彼女の胸元を確認し、学年を表すリボンが3年の赤い物である事を確認すると、俺は敬語で話しかけた。
「この場所は私のお気に入りなのよ。滅多に人が来ないから都合が良くってね。なのに先週に続いて今日も先客がいるだなんて、また別の場所を探さなきゃいけないわ」
「あー、それは、なんかすいません」
先週訪れたと言う先客は平岡の事だろう。いくら大きな学校とはいえ銀髪の女子が二人もいるとは思えない。アイツが話していた美人な先輩とは目の前の彼女の事に違いない。これ程の美貌だ、平岡のあの興奮振りも理解出来る。
彼女は、俺の口だけの謝罪を「ん」と一言で受け流す。そして、俺とテーブルを挟んで反対側にある椅子に視線をやると、そちらに移動した。
「別に謝る必要はないわよ。ここは私の専用スペースという訳ではないのだし。さっきの小言も適当に聞き流して頂戴」
「はぁ……」
「それはそうと、少しの間お邪魔させて貰うわね。行間休みが終わって人が減ったら別の場所に行くから」
そう言って彼女は空いている椅子に腰を掛けた。随分とマイペースな人だ。
突然の相席者に俺はどう対応したものか悩んでしまう。
先程授業が終わったばかりの為、次の開始まで20分近く休憩時間がある。その間にこの図書館を利用する学生もいるようで、入口の方から騒めきが聞こえて来た。なるほど。目立つ容姿をしている為、あまり人目に付きたくないのかも知れない。
「そういう事なら俺が移動しますけど。なんか悪いですし」
「あら、それじゃ、まるで私が追い出すみたいじゃない。共有スペースを私物化してるなんて思われるのは御免だわ」
「いや、『私の空間にお邪魔虫がいる』みたいな雰囲気出されたら居心地悪いですし」
言葉とは裏腹に、態度で俺という異物を拒否してくる彼女。水筒から紅茶らしき液体をカップに注ぐと、持っていた本と一緒にテーブルの上に置く。その際、俺の漫画が床に落とされたが間違いなくワザとだ。
休憩時間が終わったら本当に移動する気があるのか怪しい。あと、どうでもいいけど図書館は飲食禁止である。
彼女は紅茶を一口飲んでから、クスリと笑った。
「フフッ。それが分かるなら、前に来た男より優秀よ。────ええ、認めましょう。私はこの場所から退く気はないわ。ここより落ち着ける所なんてないんだもの」
「なら初めから「どっか行け」って言って下さいよ。俺の漫画、床に落とす必要なかったでしょ」
「嫌よ。言葉にしちゃったら完全に私が悪者じゃない。ちょっとした態度で空気を読み合うのが日本人の美徳だと私は思うの」
「あっそうですか」
此処まで
俺を半ば呆れさせた彼女は、ストッキングに包まれた脚を組むと、もう用は済んだと言わんばかりに本を開き、そこに目を落とした。俺は彼女が顔を傾けたせいでサラサラと流れていく銀髪に一瞬目を奪われた後、床の漫画を拾って立ち上がる。
「それじゃあ俺は行きますよ。先輩も飲み物で本を汚さないように気を付けてくださいね」
「余計なお世話よ」
捨て台詞のような俺の言葉に、あっさりと返した彼女に背を向け、俺はその場を後にした。