図書館で出会った浮世離れした銀髪の先輩が元肉便器だった話 作:黒糖バス
翌日、彼女とのやり取りを平岡の奴に話すと、笑いながら色々と情報をくれた。
クリスティーネ・ラーネリード。
それが彼女の名前らしい。
先週から知り合いに彼女の事を聞いて回っていたそうだ。
その情報によると、彼女は3年生の間ではかなり有名な人物であるらしい。あの見た目なのだから当然と言えば当然である。
両親は北欧の出身だそうだが、本人は日本生まれの日本育ち。入学当初からその美貌に惹かれた男達が何人も彼女に近付こうと試み、そして平岡と同じ様に一蹴されたのだとか。
また、学業面でも校内トップの成績を誇る才女であり、授業に滅多に出ずに図書館に引き篭もっている問題児でありながら、教師達からかなり優遇されているそうだ。そして、更に良家の御令嬢でもあるというオマケまで付くらしい。
正に才色兼備。神様から二物も三物も与えられている、そんな人物である。
「なんだ、もしかして惚れちまったのか? やめとけやめとけ。流石に難易度が高すぎるわ」
「いや、確かに見た目は好みだったけどさ、少し話しただけだぞ。それで惚れるとかはねーよ」
「一目惚れってモンがあるだろ? ま、違うならいいけどよ。──と、悪い! 鬼村先輩に呼ばれてっから、また明日な!」
平岡はそう言って走って行った。どんな厄介事に付き合わされてるのか知らないが、平岡は最近、先輩から呼び出しを食らうことが多くなった。巻き込まれるのは避けたいので詳しく訊ねる事はしていない。
着いて行こうとは微塵も思わないが、そのお陰で1人になる時間が増えてしまう。午後からどう時間を潰したものか。
「…………」
ふと先日会った美貌の先輩の姿が頭をよぎる。
彼女は今日も図書館の奥にある聖域で本を読んでいるのだろうか。
「……暇だし、行ってみようかな」
ズカズカと入り込めば、拒絶されるだけだろうが、遠目に確認するくらいなら気付かれる事もないだろう。なんとなく珍獣を見に行くような気持ちで俺は図書館へと向かう事に決めた。
☆
「んっ…………!」
クリスティーネ・ラーネリードは今日も図書館にいた。だが、俺が彼女を見つけたのは先日の穴場スポットではなく、全く別の場所だった。
どうやら本を探しに来たようで、胸元に何冊かの本を抱えている。そして今も背伸びをして高い場所にある本に手を伸ばしていた。女子としてはそれほど小柄という訳ではない彼女だが、如何せん本棚が大きすぎたようだ。
指先が辛うじて本の下部に届いている為、ほんの少しずつだが手前に出て来ている。時間を掛ければ取る事が出来るだろう。手を貸した方が良いか逡巡してしまう。
「んんっ…………!」
彼女が何度目かの爪先立ちをし、本に手を伸ばす。するとスカートが僅かに揺れ、俺はつい、そこに視線を向けてしまった。一度そういう目で見てしまうと、途端に意識してしまう物で、プルプルと震える細い脚や、スカートの下の小さなお尻に邪な気持ちが湧いてしまう。
と言うか、今更気付いたが、女子を背後からじっと見つめるのはまるで不審者のようではないだろうか。俺は慌てて左右に目をやり、誰にも見られていない事を確認する。どうやら大丈夫そうだ。
一つ息を吸う。別に下心がある訳でもないのだ。困っている姿を見つけてスルーするよりは、お節介を焼いた方がまだ良いだろう。
そう結論付け、本を取ってあげるべく俺は彼女に近付いた。
と、その時だ。
「あっ」
クリスティーネ・ラーネリードの指に引っかかった本が、本棚から滑り落ち、重力に従って落下を始めたのである。その下には無防備な彼女の顔がある。
息を飲む彼女の声が聞こえた。
俺は慌てて手を伸ばし、その本をキャッチする。
「あ、あぶねぇ〜……」
間一髪。本は彼女の鼻の先で俺の手に収まった。危うく綺麗な顔に傷が出来るところだった。
俺はホッと息を吐き出し、驚いた表情で振り向いた彼女と目を合わせる。
「大丈夫ですか? 先輩」
「……ええ、お陰様でね。ナイスキャッチよ」
「我ながら
「フフッ、そうね。──それにしても、随分前から誰かに見られているのは気付いていたのだけど、貴方だったのね」
「ゔっ……バレてましたか。手を貸すべきかと迷ってしまって」
見ていた事がバレていたと知り、後ろめたい気持ちになる。これならさっさと取ってあげれば良かった。
「まあ、昨日の私の態度を見れば関わる事を躊躇するのは当然ね」
彼女は乱れた髪を整えながら、そう言って納得する。
「なんか、すいません」
「あら、どうして謝るの? あの時、私のすぐ後ろに居たと言うことは、結局、手を貸そうとしてくれたのでしょう? なら貴方が謝る事はないじゃない」
「そうでしょう?」と見惚れるような笑みを浮かべる彼女にドキリとする。今の表情は反則だろう。俺は熱くなった顔を逸らしながら、手に持っていた本を彼女に差し出した。それは映画化もしている恋愛小説だった。
浮世離れしたイメージのある彼女も、こういった本を読むらしい。必死に取ろうとしていたのが恋愛小説とは、意外に可愛いらしいところもあるみたいだ。
「あまり人と関わるのは好きではないのだけど、借りを作ったままにしておくのはもっと嫌いなの。少し時間を貰えるかしら? 御礼をさせて頂戴」
「礼なんていいっすよ。大した事じゃないですし」
「あら、私の顔を守ったのよ? それを「大した事ない」だなんて、失礼じゃない?」
「あ、いや、そういう意味じゃなくてですね………」
「フフッ、冗談よ。──着いて来なさい。紅茶くらいしか出せないけれど、ご馳走するわ」
そう言って返事を待たずに歩き始めた彼女を、俺は慌てて追いかけた。
☆
「さあ、遠慮なく食べてちょうだい」
水筒から注がれた紅茶が俺の前に差し出される。その隣には袋に入ったクッキーも置かれていた。甘い匂いが辺りに漂い始める。俺はその匂いが周りの本に付かないかと少し心配になった。
場所は彼女のお気に入りだという、例のテーブルが置かれた空間だ。つまり図書館の中である。そんな場所でクッキーを広げる彼女は、ベクトルは違えど俺と同様に問題児である事は間違いない。これが共有スペースの私物化以外のなんだと言うのだろうか。
自分の分の紅茶を入れた彼女は、俺の向かいの椅子に座り、クッキーを一つ摘んだ。
「うん、美味しい。今日は上手くいったのよ。貴方も味見してくれる?」
「はあ、それじゃ遠慮なく」
どうやら彼女の手作りみたいだ。何気に女子の手作り料理を味わうのは人生で初だったりする。それもあって、口に入れたクッキーはその味以上の幸福感を俺にもたらした。
「美味しいっす」
「そう。それは良かったわ。そういえば、人に食べさせるのは初めてね」
「いつも作って来てるんですか?」
「ええ、趣味みたいなものよ。まだまだ練習中なのだけれど」
彼女はそう謙遜するが俺がこれまで食べて来たクッキーの中で1番美味しかった。ちょうど小腹が空いていた事もあり、「全部食べてちょうだい」と促された俺はそれらを綺麗に平らげる。
その様子を紅茶片手に眺めていた彼女は、心なしか嬉しそうに見えた。
「──クリスティーネ・ラーネリードよ」
小休止した所で、彼女は突然名前を名乗った。そう言えば、まだ直接彼女の口から聞いていなかったな、と思い返す。既に知っていたとは言え彼女の方から名乗ってくれた事に、何か認められたような気がして嬉しくなる。
「えっと、ラーネリード先輩ですね。俺は藤本秋介です」
「秋介ね。覚えておくわ。まあ、呼ぶ機会があるか分からないけれど」
「いや、なんでそんな事言うんですか…………」
「あら、余計な事を言ったかしらね」
くすくすと笑う先輩は、完全にこちらをからかっていた。下の名前で呼ばれて舞い上がった気持ちに、直ぐに冷や水を浴びせられた形だ。狙ってやっているなら、何ともタチが悪い。
「ところで、先輩はいつもここで何をしてるんですか? 昨日もいましたけど、授業は?」
「その質問、そのまま貴方に返してあげましょうか? 授業時間に漫画を読んでいたみたいだけれど」
「……俺はいいんですよ。最低限必要な授業には出てますから。──もしかして先輩も同類ですか?」
「あら、貴方のような不良と一緒にしないで欲しいわね」
俺の問いに、彼女は呆れたように否定の言葉を口にした。
彼女が優秀な成績を残している才女で、学校から特別扱いされている事は聞いている。だから俺と同類──サボり魔──扱いしたのはちょっとした冗談のつもりだったのだが、彼女的には不本意だったのか「誤解しないでちょうだい」と言って話し始めた。
「私はここで授業をサボっている訳ではないわ。ちゃんと学校から許可を取っているしね。少し事情があって教室に行きたくないから配慮して貰っているの。小休止する事はあるけれど、これでも毎日決まった時間は自習しているのよ?」
「へえ、そういうのもアリなんですね」
「試験の成績が良いからこそ通せてる我が儘ね。こうして話をしている間も私は出席扱いになっているし、課題を提出すれば問題なく単位が貰えるわ。フフッ、残念だったわね。同類ではなくって」
そう言って先輩は揶揄うような笑みを浮かべた。平岡から聞いていた情報は正確ではなかったようだ。アイツは彼女を問題児のように話していたが、実際は学校から認められた上でここにいるらしい。授業に出ずに単位が貰えるなんて羨ましい事だ。
「それにしては勉強に関係なさそうな本があるようですけどね。恋愛小説、好きなんですか?」
勝ち誇る彼女に意趣返しするつもりで質問する。サボりではないと言った手前、テーブルに置かれた恋愛小説の存在は都合が悪いだろう。
案の定、それを指摘された彼女は不機嫌そうな顔を作って、素早く本を裏返した。
「小休止はすると言ったでしょ。それとも何? 私がこういうのを読むのが似合わないとでも言いたいのかしら」
この反応、恐らく自覚があるのだろう。似合わないというのが本音ではあったが、別に彼女を怒らせたい訳ではないので慌てて否定する。
「いやいや、まさかっ。ただ、好きなのか聞いただけじゃないですか。俺も観ましたよ、その映画。面白かったです」
「そう。私は観ていないわ。この本も偶々目に付いたから手に取っただけよ。──でも面白いと言うのなら勉強の合間にでも読んでみようかしらね」
「それが良いですよ。俺も映画と小説でどう違うのかとか興味ありますし、先輩が読み終わったら借りてみようかな〜……」
などと言って彼女の様子を伺う。不機嫌顔はどうやら演技だったようで、彼女は焦る俺を愉しそうに見ていた。完全に遊ばれているな。
俺は「はぁ…」と溜息を吐くと紅茶に口を付ける。そして話題を変えるべく別の質問を考えるのだった。
──キーンコーン♪
その後しばらく会話を続けた俺達だが、終礼を告げるチャイムが聞こえて来た所でお開きとなった。短いお茶会だったが、中々悪くない時間だった。
先輩はお世辞にも社交的という訳ではなかったが、これほどの美人相手ともなると、とりとめのない会話も楽しく感じてしまうのだから不思議だ。
俺はこの短時間で随分と彼女に惹かれてしまっていた。女子と話すのが中学以来という事を考えても、我ながらチョロいと思う。だが、一つしか違わないはずの彼女が見せる悠然とした態度と、芯の通った在り方はとても魅力的に写ったのだ。
「あの、ラーネリード先輩。またここにお邪魔していいですか?」
俺はここ数年で一番の勇気を出して彼女に訊ねた。どうしても今日限りの関係にしたくないと思ったからだ。
「あら、本から顔を守ってくれた御礼はクッキーで返したつもりなのだけれど」
「ですよねー……」
しかし、返ってきた言葉は俺が期待した物ではなかった。当然と言えば当然か。今の状況が特別なだけで、この先輩はどう見ても人との交流を好むタイプではない。それに昨日も言っていたではないか。人が来ないからこの場所がお気に入りなのだと。もてなされたお陰で完全に忘れていた。
俺が割と本気で残念がっていると、彼女がくすりと笑う。
「冗談よ。ここは共有スペースなのだから、自由に来たら良いんじゃないかしら」
「えっ?」
「気が向いたら話し相手になってあげるわ。それじゃ、またね、秋介」
言われた台詞を理解するのに数秒を要した。そして、どうやらまた来る許可を貰えたのだと分かった頃には彼女は帰り支度を済ませ、俺に背を向けていた。
「は、はいっ、また!」
図書館では不適切な程大きな声で挨拶する俺に、先輩は肩越しに振り返ると悪戯っぽい笑みを浮かべ、去って行った。