図書館で出会った浮世離れした銀髪の先輩が元肉便器だった話 作:黒糖バス
それから俺はティーネ先輩──少し前にそう呼ぶ許可を貰った──に会いに図書館へ足を運ぶようになった。
彼女は自習している事が多く、そういう時は遠慮なく「邪魔だから帰ってちょうだい」と言ってきた。また、自習していなくても気が乗らない時には塩対応になり「今日は相手しない」と言外に伝えて来たりして、まともに話が出来るのは数日に一度くらいしかない。
かと言って俺が会いに来るのを全く歓迎していないかと言えばそうでもなく、手作りのお菓子を用意して待っている事もあった。
なんというかよく分からない人だ。
普通の人ならそんな対応をされたら不快に感じて遠ざかって行くのだろうが、俺は気まぐれな彼女との交流が楽しくて仕方がなかった。それだけ彼女の虜になっているのだろう。数日間邪険にされても少し話をしただけでどうでも良くなるのだ。
彼女との会話の内容は様々だ。本やテレビの話をする事もあれば、俺の学校生活について彼女の方から聞いてくる事もある。彼女自身は自分の事を聞かれるのが好きではないようなので、俺が彼女について知っている事はほとんどないままなのだが、彼女の方は俺という人間をある程度理解したみたいだった。
──逃げた先にも道が続いていると思い込んでいる浅はかな人間。
それが彼女の俺に対する評価だ。将来の事から目を逸らし、ちょっと躓いたくらいで学業から逃げ出してしまった俺は、先輩からするととても愚かに見えるらしい。
しかし、だからと言って授業に出た方が良い、などと言わないのがクリスティーネ・ラーネリードという人物だ。全ては自己責任だからと冷たく告げる彼女の言葉は、親の説教よりも何倍も効いた。
先輩から勉強を教わるようになったのは、会ってからひと月くらい経ってからだ。
自習に励む彼女に、一緒に勉強をしても良いかと訊ねたところ「邪魔をしないなら自由になさい」と承諾されたのである。そして意外なことに俺が設問に悩んでいると丁寧に説明してくれるようになった。
他人の為に積極的に労力を使う事はしないが、大した手間でないなら気まぐれに手を差し伸べてくれる。彼女はそういう人のようだ。
流石は学年トップだけあり、その説明は分かりやすく、勉強の理解度が高まっていくのが自覚出来た。それまで時間が過ぎるのを待つだけだった授業も、気付けば普通に着いて行けるようになり、少しずつサボる頻度も減っていった。
勉強を教わり始めて二か月が経つ頃には、先輩に会う為だけに授業をサボっているような状態だった。
二学期の期末試験。
そこで俺は入学してから初めて平均以上の点を取り、教師や親から随分と褒められた。すっかり舞い上がった俺は、ティーネ先輩にも答案用紙を見せ、感謝を伝えた。
冷静になって考えると、学年トップの彼女にギリギリ平均超えの微妙な点数を誇るなんて滑稽な気がするが、先輩は馬鹿にしたりせず「頑張ったわね。褒めてあげるわ」と言って微笑みながら頭を撫でてくれた。ヨシヨシと言って優しい眼差しを向ける彼女の姿は反則級に可愛く。その後、柄ではない事をしたと気付いて少し照れる顔と合わせて脳内に保存している。
そんな感じで先輩と過ごした数ヶ月間はとても満たされたものとなった。いまだに何故彼女が俺を受け入れてくれたのかは分からないが、恐らくはそれも気まぐれなのだろう。その気まぐれで俺の人生は間違いなく好転したのだ。
彼女は俺にとって救いの女神も同然だった。
全てが完璧な頼りになる先輩。
そんなふうに思っていた。
──だから、図書館に篭り続ける彼女の事情を深く考える事がなかったのだ。
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「──よお、藤本。久しぶりじゃねぇか」
中央広場にある掲示板を眺めていると背後から肩を叩かれた。その特徴的な低い声で誰だか分かった俺は緊張しながら振り返る。
そこには五人の男達がいた。
その最後尾にいるのは平岡だ。最近あまり会わなくなった悪友は、「よっ」と右手を挙げて挨拶してくる。その彼から視線を戻し、声をかけてきた大柄の男の方に顔を向けた俺は「おはようございます」と言って頭を下げた。
「先輩方も今日は来てたんですね」
「ああ、久々に早起きしちまった。毎日こんな時間から学校来てる優等生共を尊敬するぜ」
「はは…案外続けてると慣れるもんっすよ。今日なんか目覚まし時計より早く目が覚めましたし」
「……へぇ、そうか。真面目ちゃんになってるって聞いてたが、マジみてぇだな藤本。お勉強を頑張るのは結構だが、偶には平岡の奴にも構ってやれよ。寂しくて泣いてたぞ、コイツ」
大柄の男──鬼村がそう言うと連れの先輩達がハハハッと笑い、平岡が「いやいや、泣いてないっすよ!」と大袈裟に否定した。その様子が可笑しいのか先輩達がまた笑い、俺も努めて笑顔を作った。
楽しそうな声が広場に響く。しかし、そう思っているのは彼等だけなようで、近くにいた学生達は怯えたように去って行った。
この学校に居て鬼村の恐ろしさを知らない者はいない。190センチ近い身長と、格闘技で鍛えた厚い筋肉。そういった見た目の迫力も勿論だが、彼のヤバいところはそこではない。
暴行・脅迫・強姦・窃盗などなど。彼がこれまでしてきた悪事は挙げればきりがなく、どうしてまだ退学になっていないのか全ての生徒が疑問に思っている。
学校側としては明確な証拠がないので何も出来ないのだろうが、多少交流のある俺は噂になっている悪行のほとんどが事実だと知っているのでビビらずにはいられない。
鬼村達は週に2.3回登校し、必要な出席日数を稼いでいる。聞いた話だと彼等がいる日はクラスがお通夜のように静かになるそうだ。今日がその登校日なのだろうが、出来れば会いたくなかった。
鬼村達は俺を他所に内輪ネタで盛り上がり始める。正直興味なさすぎるのだが、そんな態度を見られたら後が怖いので俺も一緒に笑っておいた。
そんな不毛な時間が5分くらい続いたところで鬼村が「そういえば」と此方に顔を向ける。
「藤本。お前最近、クリスティーネの奴と仲が良いみてーだな」
急に話を振られ、しかもその内容が内容だけにドキリとする。平岡の方に視線を向けると、片手を立てて口パクで「すまん」と謝ってきた。奴が口を滑らせたようだ。なんて事をしてくれたんだと怒りが湧く。
俺は顔が強張るのを自覚しながら「ええ、まあ…」と返事をした。すると鬼村を含めた先輩達が全員意味ありげに笑う。
「そうかそうか。ま、あの顔だもんな。何も知らなかったら近付きたくもなるわな」
「だな。俺らだって一年の時に声を掛けて袖にされたしな。性格はアレだけど顔だけならウチで一番だろアイツ」
「つーか、ラーネリードに拒否られずに仲良く出来てるのすげーぞ藤本。どんな魔法使ったんだよ、おい」
先輩達が楽しそうにティーネ先輩の事を話し始める。その言葉の端々から俺を嘲笑するニュアンスを感じ取り、不快感が湧くがそれ以上にその反応に疑問が強くなる。
まるで、何も知らない道化を馬鹿にするかのような彼等の態度。ティーネ先輩と交流を持つ事がどうしてその反応に繋がるのか分からず、俺は僅かに不安を抱いた。
その疑問に答えたのは鬼村だった。
「──なあ、藤本。俺らが顔の良い女子を喰いまくってるのは知ってるよな?」
「…は、はい。3年だけでも5人以上
「だよなぁ。なら、クリスティーネみたいな飛び切りの美人を敢えて見逃す理由はねぇと思わねえか?」
自分の動悸が激しくなるのが分かった。バクバクと痛いくらいに心臓が鳴る。正直、考えなかった訳ではないのだ。鬼村達がティーネ先輩に手を出さないのは何故か、と。
あれほどの美貌なら標的にされるのは確実だ。
だが、あのティーネ先輩が鬼村に屈する姿も想像出来なかった。だから楽観的に考えてしまっていたのだ。
──何らかの事情で手が出せないのだろうと。
良家の娘だと言うし、そちらの影響力を鬼村が避けたのでは? とか。逆に鬼村の弱みを握っているのではないか、などだ。ティーネ先輩の悠然とした雰囲気がそう思わせていた。
だが鬼村の態度を見るに、そうではないのだろう。ニヤニヤと笑う先輩達の顔を見れば答えは分かりきっていたが、俺は一縷の望みにかけるように訊ねた。
「…………ティーネ先輩も
それに鬼村は「ああ」と肯定の返事をした。
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俺が入学するより前、先輩達がまだ一年だった頃。当時の三年に大山崎という人物がいたらしい。彼は今の鬼村のような立場にあり、生徒達から恐れられていた。
ティーネ先輩はその美貌のせいで入学早々にその男のグループに目を付けられてしまい、空き教室に連れ込まれて乱暴されたそうだ。その際、屈辱的な動画を撮られてしまった彼女は逆らう事が出来なくなり、それから数ヶ月の間、大山崎とその仲間達の玩具にされた。
鬼村達も何度か混ざってティーネ先輩を弄んだのだと自慢げに語っていた。
「アレは都合のいい肉便器ってヤツだな。みんな最初はクリスティーネの容姿目当てで犯してたんだが、何回もヤってるとただの穴としか思わなくなるんだ。ヌきたい時にオナホ代わりに使う感じだな。外人だからかマンコの具合も良かったしな」
と、そう話す鬼村の顔を殴りたいと本気で思った。
入学から半年近く経った頃。ティーネ先輩の地獄は彼女が望まない形で終わりを迎えた。ネット上に先輩の痴態を写した動画が流失したのだ。それによって大山崎の悪事が明るみとなり、動画に写っていた男達は全員退学となった。
腹立たしい事に鬼村達が写った物はなかったようで、彼等には一切処分がなかったそうだ。ティーネ先輩はそれから学校生活に戻ろうとしたのだが、大きな騒ぎになったせいで生徒のほとんどが流失した動画を見てしまっていた。
そんな状況で教室に居られるわけがなく、特例として保健室登校ならぬ図書館登校が許されるようになった。それが真相だった。
「ネットにレイプ動画が残ってる女なんて普通の奴なら近付きたがらねぇし、俺達は飽きるくらい味わったからもう興味もねぇ。何も知らねぇ新入生が見た目に惹かれて声を掛けたりすると部活の先輩なんかが事情を話して辞めさせる。そんなわけであの女と仲良くなる奴なんて誰もいなかったんだが。藤本、お前には教えてくれる先輩がいなかったみてぇだな」
「非処女の元便器女だって分かったら急に冷めるだろ? 残念だったな」と俺の肩を叩くと鬼村達は笑いながら去って行った。平岡の奴はもっと前にこの事を聞いていたのだろう。気まずそうに「悪りぃ」とだけ言うと鬼村達を追いかけて行く。
それを俺はぐちゃぐちゃな感情で見送った。
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授業を受けるような気分ではなくなった俺は、家に帰ってパソコンを立ち上げるとティーネ先輩の名前と幾つかの単語を入力し、動画検索した。
表示された動画の中から目当ての物を見つけ出すのは思った以上に簡単だった。そのタイトルやサムネイルを見て鬼村の話がおそらく嘘ではないと理解した俺は、深く溜息を吐く。
「どうしたら良いんだ、マジで……」
カーソルをその動画に合わせた状態でかれこれ30分近く悩んでいる。動画を見るべきか否か。その決断が出来ないでいた。
鬼村の話の真偽を確かめるだけならこれ以上先を見る必要はない。意中の人がレイプされる姿なんて見ても胸糞悪いだけだし、何より先輩への裏切り行為に等しいではないか。彼女も俺に屈辱的な動画なんて見られたくはないだろう。それは理解している。
だが、このまま見ないままでいると悪い想像がどんどん膨らみ、他のことを何も考えられなくなりそうだった。それよりは何があったのかを確認して、自分なりに消化した方がいい気がした。完全に自分の都合だ。先輩の気持ちなんて考慮していない卑怯者の考えである。
それは分かっているが、今のままでは先輩に会うことなんて出来ない。どんな顔で会いに行けばいいのか分からないのだ。
「──すみません、先輩」
俺は先輩への謝罪の言葉を口にすると、ゆっくりと動画をクリックした。