「……3時です」
ぐったりとした雨奈が夜斗の腕で囁く。
ベッドの周りには脱ぎ散らかしたコスプレ衣装が散乱していた。
「なんと今日、学校があります」
「だな」
「学校、行ける自信ありません」
「ああ。で、なんで敬語なんだよ」
「なんとなくです。えへへ」
汗ばんだ肌がよりお互いの熱を伝えてくる。
二人とも目を閉じながら、どうでもいい会話をしていた。
学校のことを心配するぐらいならすぐ寝ればいいのにと思ったが、雨奈はこの二人の時間を終わらせたくないのだろう。
寝るのがもったいない。
言葉にしなくても、そんな顔をしていた。
「夜斗くん」
「あ?」
「幸せ。すっごい幸せ。夜斗くんに出会えて、本当に良かった」
「大袈裟だな」
「大袈裟じゃないよ」
「まあ、俺みたいなのと一緒にいるだけで幸せなら、好きなだけ一緒にいてやるよ」
「あ……」
目を開けると、雨奈と目が合った。
「それって、その……」
「ん?」
「う、ううん、なんでもない。ちょっとびっくりしただけ」
雨奈は夜斗の腕をギューッと抱きしめる。
「明日、あっ、もう今日か……。今日、学校行きたくないな。このまま夜斗くんと一緒にいたい」
ギシ……。
ベッドが軋む音がして、目を空けた。
雨奈は上半身を起こすと、ゆっくりと夜斗の上に跨った。
「わたしね、人に尽くすのが好きなの。それに気付いたの、夜斗くんと出会ってからなんだ」
「雨奈?」
「尽くしたら……夜斗くん、見返りくれるから。いっぱい抱いてくれて、いっぱい気持ちよくしてくれる。尽くせば尽くすだけ、夜斗くんが側にいてくれる。だから今日ね、夜斗くんにいっぱいご奉仕したの」
窓から差し込む月明りに照らされた雨奈。
逃がさないと言わんばかりに夜斗と手を繋ぐ。
今まで何に対しても受け身だった彼女。夜斗のしたいこと全てを受け入れ、我が儘を言ってもすぐ引き下がる。
その姿勢が、愛人に似ていると言ったこともあった。
だけど初めて、自分の意志をはっきりと示した気がした。
「学校、一緒に休もう……?」
♦
※優枝視点
里崎優枝は、来栖夜斗のことが好きなわけではない。
「来栖と倉敷、放課後になっても結局来なかったね」
「揃って休みかあ。今まで遅刻はあっても休みはなかったのに」
「もしかして、二人で遊んでんじゃない?」
──放課後。
ホームルームが終わるなり、優枝に話しているわけではないが周りの生徒たちが噂話を始めた。
西門サヤやその取り巻きが休むことが多いこのクラスでは、元からクラス全員が揃うことは少なかった。
誰かが休んだとして、そのことを話す者は誰もいなかった。
ただ今回だけは、夜斗と雨奈が揃って休んだことに数名が勘繰りをしていた。
「二人三脚のペアになって意気投合して、まさか……?」
「ありえそう。それに前、倉敷が先輩に言い寄られてるときに助けたって噂あったじゃん?」
「ああ、あったあった。もしかして、そのときから二人ってできてたの?」
そこまでを耳に入れて、優枝は立ち上がる。
「あれ、優枝ちゃんもう帰るの?」
「うん、ちょっと用事があるから」
本当はもう少し教室に残ってやりたいことがあったが、こんな状況で作業してもはかどらない。
優枝はクラスメイトに別れを告げ、一人帰宅する。
実家とは違う彼の家へと相変わらず帰って行く優枝。
学校では優等生の優枝が、毎日クラスメイトの不良の家で寝泊りしていると知られたら、どんな噂が広まるのだろうか。
雨奈の時以上の人が、この噂に興味を示すかもしれない。
誰にもバレたくはない。
そう思っているのに心の何処かでは、バレたら”二人の関係”はどう変化するのだろうかと興味があった。
父親に知られて連れ戻されて終わるのか、それとも優枝がクラスメイトに軽蔑されて孤立するのか。
もしも孤立したら、夜斗はどうするのだろうか。
気を使って、これからは学校でも側にいてくれたりするのだろうか。
優等生と不良の恋。
漫画では定番のシチュエーション。
そういう未来も、もしかするとあるのかもしれない。
「まあ、ありえない未来だけど」
里崎優枝は、来栖夜斗のことが好きなわけではない。
間違っても、そんな未来は訪れない。はずだ。
「……」
周囲を警戒して家に帰ると、学校をサボった男は気持ち良さそうに寝ていた。
何処で誰と何をしていたのか。
そんなの、部屋に広がった空気を吸っただけでわかった。
「匂い消してから帰ってきなさいよ」
普段は香水なんて付けない夜斗から、甘ったるい女の香水の匂いがした。
この香水を付けている人物を優枝は知っている。
『倉敷の香水ってさ、めっちゃ甘ったるい匂いするよね』
『わかる。小学生の時に流行ったねりけしみたいな匂いする』
『いや、あれよりはまだマシでしょ』
刺激的でもなく不快感もないから優枝もいい匂いだと思っていたが、今はただただ臭いとしか思わない。
前にこの匂いを付けて帰ってきたことで優枝が不機嫌になったことを、どうやら彼は気付いていないらしい。
父親と何かあったと勘違いしている。
鈍感なのか、それともそういう思考を持ち合わせていないのか。
おそらく後者だろう。浮気する旦那の方が、まだバレないように頭を使う。
きっとバレるバレないとか、そういうことを気にしていないのだろう。
──私のことなんて、どうせなんも意識してないんでしょ。他に女がいることがバレても、なんの問題もないって。
ということだろう。
二人は付き合っているわけでも結婚しているわけでもないのだから、罪悪感なんてなくて当たり前。当然と言えば当然だ。
だが。
何の意識もしていないのは、腹が立つ。
優枝は寝ている夜斗に向かって、無言でファブリーズをかける。
一回、二回、三回。優しさから、顔にはかけないであげた。
微かに甘ったるい匂いが残っていたが、幾分か緩和された気がする。
「ふん」
満足すると、優枝は着替えて趣味に没頭しようとした。
作業しやすいようにと夜斗が買ってくれた座椅子に座り、ゴムで髪を縛る。
だが、
「ん……」
「え、ちょっと」
後ろで寝ていた夜斗に引っ張られた。
振り返ると、彼は眠ったまま、寝ながら優枝を求めた。
「……」
上半身を引っ張られるから、仕方なく優枝はベッドで横になる。
すると、唸っていた彼の様子は落ち着いたようにみえた。抱き枕が欲しかったのかと、優枝はため息をつく。
──さっきまで、私より胸の大きい抱き枕とよろしくやってたくせに。
そう思うと、せっかく機嫌が収まってきたのにまた腹が立った。
夜斗の鼻を指で摘まむ。苦しそうな声を発する彼を見てクスクスと笑う。
横になりながら、優枝は夜斗を見つめる。
普段の目を開けている彼と目が合うのは少し照れくさいから、こうしてじっくり顔を見るのは初めてかもしれない。
何よりベッドで横になりながらだと、いつもアレをしていることが多い。
顔はお世辞抜きにいい。
身長も高くて、筋肉もそこそこ付いている。
見た目だけだと、モデルなんじゃないかというぐらいだ。
女の一人や二人いても不思議ではない。
「まあ、結局は私のとこに帰ってくるから許してあげる」
まるで夫が、浮気相手のとこに遊びに行っても結局は妻のもとに帰ってくるから許すみたいな言い方だ。
それに気付いて、優枝は目を閉じながら「バカみたい」と笑った。
彼の大きな手を掴むと、指を絡める。
里崎優枝は、来栖夜斗のことが好きなわけではない……と思っている。
こうして約束抜きに一緒に寝るのを嫌がらず、他の女がいることにやきもちを妬いたりしている時点で、意識しないようにしているだけなのは彼女自身も理解していた。