「……客、来ねえな」
「だねー」
開店から15分ほど経ったが未だに客は入らない。
普段は大して緊張もしない夜斗だったが、初めての仕事ということもあって少しだけ緊張していた。
なのに誰も来ない現状に、少しだけあった緊張もどこかに消えてしまった。
「他の店は入っているよな?」
まだ10時ということもあって昼飯時ではないが、それでも他の海の家にはちらほらと客が入っていく姿が見えた。
おそらくは軽い食事か、もしくはお酒目当てだろう。
「やっぱりさあ」
イスに座った渚がうちわで扇ぎながら雨奈とサヤを見る。
「水着じゃないのがマズいんじゃない? やっぱ脱ごうよ、夏だしさ」
「夏だしさ……じゃない! 他のとこ水着じゃないんだから関係ないでしょ!」
「でもでもー」
「そんなに暇なら呼び込みしてきなよ、オーナー代行!」
渚はうーんと唸っていたが、大きくため息をつきながら立ち上がる。
「仕方ない、やるか」
嫌だよめんどくさいとか言い出すと思ったが、意外にもやる気のようだ。
「えっ、やるんだ」
「いや売上ないと困るしさ。俺、アパレルの仕事してたことあるから呼び込み得意なんだよね」
「聞いてないけど」
「んじゃ、二人も行くよー」
「は、あたしと雨奈も?」
「当たり前じゃん。華がないと華が。夜斗くんは仕込みお願いねー!」
三人が店前に出て呼び込みを始める。
渚は得意というだけあって自信満々に声を──女性にだけかけるがナンパ野郎と勘違いされて華麗に無視されていた。
サヤは気怠そうにしながらも仕方なくといった感じで呼び込みをするが、声をかけた人は足を止めて話を聞いてくれていた。
雨奈は……小さい子供に人気のようだ。
夜斗も残っていた仕込みの続きに取り掛かろうとした。
だが、
「ヨルっち、二名様!」
「え」
少し目線を下げていた間に、サヤが呼び込みに成功したらしく二人組の女性がやって来た。
仕込み途中の食材をザルに戻し接客を始める。
「い、いらっしゃいませ」
本当に夜斗は緊張しないタイプだ。
ただ第一声を噛むと、一気に緊張が大きくなる。
そんな夜斗を見て、ギャルっぽい見た目の二人組の女性が「おー」と口を開ける。
「イケメン君だ! 何ここ、従業員の質めっちゃ良くない?」
「え、ああ、どうも」
「しかもクール系とかやばっ! なになに、二人ともバイト?」
注文は……?
という視線に気付かいてもらえず、お姉さんはサヤに話しかける。
「そうですよー、今は夏休みなんで」
「夏休み? ってことは、もしかして高校生?」
「高一ですー」
「うっそ、高一のクオリティじゃないでしょ」
「ありがとうございまーす。で、注文なににします?」
「じゃあ、焼きそばとイカ焼き……あとビール二つ!」
「はーい、少々お待ちくださーい」
どうしてこのやる気のない接客で呼び込み成功したのか。
そんなことを思いながら、夜斗は初めての注文に集中する。
他に客もいないということもあってすぐ側のテーブルに着いた二人組は、ビールを持って来てくれたサヤに話を振る。
「ねえねえ、バイトって言ってたけどみんなバイトなの?」
「いえ、あの外にいるのがオーナー……みたいな感じですね」
「なるほど、確かに三人に比べたらちょっと歳いってるかもか。じゃあ、あの子も学生?」
「そうですよー、ここ三人が同級生で同じクラスです」
「えっ、ってことは三人で同じバイトしよってなったんだ」
意外と会話が成り立っているが、相変わらず語尾を伸ばした話し方のサヤ。
とはいえ、サヤがいてくれるお陰で夜斗も料理に集中できる。
頭に叩き込んだ手順だけでは曖昧でメモをチラ見しながらの料理だが、意外にも手際は悪くない。
「じゃあじゃあ、もしかしてどっちかの彼氏とか?」
ん、と気になる会話が聞こえてきたが聞いてないフリをした。
「……え。ああ、いや、そういうわけじゃないですよー」
「えー、うそだあ! そういう関係とかじゃないの?」
「違います違います、あたしも雨奈も、そういうのじゃありません」
「あれれー、なんかムキになってなーい? あっ、もしかしてこの夏の海で彼と……?」
「しません、なりません、何もしません!」
「「噓だあ!」」
「むー!」
以外にも声だけ聞くと動揺した様子のサヤに、その反応の変化を面白がる二人組。
この光景をよく、スナックの常連相手にも見かける。
サヤはこういう話題に弱く、反応するから、からかっている方は楽しいのだろう。
それからも会話の内容は恋バナという方向へと進み、夜斗が料理を完成させるまで続いた。
「お待たせしました」
「おー、サヤちゃんの彼ピ、ありがと!」
なぜかおかしな呼ばれ方をした。
サヤは夜斗を睨み何か言いたげだが、その口を開けることはしなかった。
「いただきます……おっ、美味しい! サヤちゃん、彼ピ料理上手だね!
「……彼氏じゃないです」
「いやー、料理できる男は優良物件だよ!」
「そうそう、家庭的な男は貴重。いい男見つけたねえ!」
「だ、か、ら!」
サヤが二人に言い返すが、二人組は聞く耳をもたずただ笑っているだけだった。