前回のあらすじ
主人公「どうした?まだ従順な僕が一人減っただけだぞ?掛かってこい?貴様も魔法使いであろう?使い魔を出せ!魔獣を召喚しろ!罠を張れ!策を練ろ!Hurry! Hurry!Hurry! Hurry!Hurry!Hurry! お楽しみはこれからだ!Hurry!Huahhhhhhhry!!」
これはひどい
「………………」
モジモジと恥ずかしげに身じろぎしながら上目遣いにこちらを見上げる少女、顔はほんのりと赤く染まっており、組まれている手の指は落ち着かなそうにピロピロと動いている。
「むぅ………」
一方、アンネローゼ。いまだ魔力は戻らず少女の姿のままだが、まるで恋する乙女のように男を見上げている姿を見て、イライラ気味に唸った。
「………」
そんな彼女の感情を悟り、一瞥するも、再び視線は少女へと戻った。
「ぁ………えへへぇ………」
視線が合っただけで少女は嬉しそうに頬を緩めて笑う。
「………」
何処をどう見ても恋する女のそれ。まったくもって見間違いではない。一目惚れとはいえ、そう簡単にこうなるものなのだろうか。
だが、これを利用すれば―――
ズクン、と魔族の本性が疼いた。男心を擽るあざとさ。身体の前で組んだ腕によってグニグニと形を変える豊満な胸。そんな大人顔負けの男好きする肉体を持つが故に、少女のような純真がアンバランスさを際立たせ、背徳にも似たイケナイ魅力がある。
「………ぬぅ゛」
アンネローゼの唸り声が露骨なものへと変わる。ドスが利いていて不機嫌さを押し隠そうともしない。
「………」
対し黄金の男、理性と獣性どちらを優先すべきかの選択を迫られていた。
「魔法使いに操られていたようだが、大丈夫だったか?」
「はい!大丈夫ですぅ~」
「ぅ、うむ、そうか」
男は理性を取った。だが、幸せいっぱいな笑顔を見せられて再び獣性に天秤が傾く。アンネローゼが居なければ今すぐにでも襲ってしまいそうになる。いっそのこと二人同時に襲うという手も―――
「ふん!」
ゲシッ!
少女の見えない位置からアンネローゼのローキックが男に当たる。幸い、それで理性が戻った。
「その、ここはいったいどこなのでしょうか~?なんだか私の使ってる術とすごい似通ってますぅ」
キョロキョロとあたりを見渡す少女に、アンネローゼが肯定した。
「それはそうじゃろうな。この世界はおぬしが作ったのじゃからな」
「へえ~~そうなんですか~………………………………………………………ふえええええええええええええええええ!?そうなんですか~~~~~!?」
「おそいっ!?」
アンネローゼの指摘に驚く少女。ずいぶんとマイペースな少女のようだ。あの時の戦闘で見せた少女とはまるで別人に思えてしまう。
「そんな~~………私………知らない間に夢遊病者になってるなんて~~」
「考えるところはそこか!?どんな思考回路をしておるのじゃおぬしは!?」
オロオロと慌てる彼女に堪らずアンネローゼがツッコミを入れた。男に隠れて居て良く見えなかったが、自分と男、二人以外にもう一人いることが分かったのか、少女が男の背後へと視線を移す。
「?………あ、かわいい!あなたもここに迷ってきちゃったんですね?」
「今更気づいたのか!?ぁ、こら!頭を撫でるでない!」
アンネローゼを見付けた少女が抱き上げた。見た目、ただの子供でしかないアンネローゼは少女から見れば庇護の対象でしかなかった。
「大丈夫ですよぉ!お姉さんと一緒にいれば危険はありませんから!お姉さんが護ってあげます!」
「ぬああああ!離れんかーーーッ!!」
ぎゅーっと抱きしめられ、暴れるアンネローゼを見ながら男はマイペースな少女、篠原まりと情報の交換を行うことから始めることにする。
「そのままで構わん。お互い名前を名乗ることから始めよう。俺の名はツクモ。お前は?」
まずはやはり自己紹介からだろう。ここでは以前使っていた偽名を名乗ることとする。
「あ、私は篠原まりって言いますぅ。苗字でも名前でも好きなように呼んでください」
「わかった。ならば「篠原」と呼ぼう。俺はツクモと呼んで構わん」
「はい!ツクモさん!」
嫌な顔など一つせずむしろ更に嬉しそうに眩い笑顔を篠原まりは見せる。穢れを知らぬ無垢な少女のようなあどけなさ。まるで懐いた子犬のようだ。と思っていると、一瞬、その金色の髪の色に合わせた耳とブンブンと揺れる尻尾を幻視した。
「妾はアンネローゼじゃ」
「よろしくね。アンネローゼちゃん」
「ちゃん付けするでない!」
未だ子ども扱いされていることに怒りだすアンネローゼだが、事情を知らない人間から見れば、背伸びをしている子供にしか見えないのだろう。終始微笑ましそうに篠原まりは見つめていた。
男は篠原まりが予想を遥かに上回った好意的な態度に最初は押されたが、むしろ好都合だと考えた。苦も無く手に入れられそうだが、なにか物足りない。
(いっそのこと、魔族としての本性を見せた方が良いか?敵対してもらった方が屈服のし甲斐があるがというもの………)
恋情を利用して得るか、強引に手に入れるか、それとも――――――?
「む」
男はそこで一旦思考を切り替える。
「?………あ、魔獣が来ます!」
どうやら篠原まりも気づいたようだ。すでに肉眼で確認できるほどに魔獣たちの大群が攻撃を仕掛けてきていた。鬼気迫るというべきか、猛スピードで一直線に来る魔獣共たちはどれも血に飢えて目が血走っている。
「躾のなっていない犬どもだ。篠原、アンネローゼを抱えて下がっていろ」
「え?あ、はい!ってそうじゃなくて!だめですよぉ!私、対魔忍なんですから、ツクモさんには任せられません!」
「己が使命を果たそうとするのは殊勝な心がけだが、なに、安心しろ。この俺に不可能はない」
「はいぃ?」
首をかしげる篠原まりに構わず、男は魔獣たちのもとへ歩を進めるのだった。
◆◆◆
「くそっ!くそっ!くそっ!おのれ化け物どもが!」
苛立った魔法使いが地団太を踏んだ。魔法使いにとって、魔の血を持った魔法使いは殺害すべき対象だ。その筆頭はアンネローゼ、そして、その祖母であるノイ・イーズレーン。完全なる純粋な人間の魔法使いだけで構成された魔術師連合の再構築こそがその魔法使いの悲願だった。
その計画の第一段階としてアンネローゼを弱体化への布石を打つこと。これは比較的容易にことを運べた。己に有利なフィールドを作り出す力を持った対魔忍を利用しての領域作成と、アンネローゼのみが持つ魔力の搾取を可能とする陣の作成。
それらはもくろみ通り成功、引き込むことができた。あとは弱体化するまで召喚した魔獣の大群をけしかけ、物量で押す。そこで欲が出てしまったのだろう。あのまま魔獣の数にモノを言わせてアンネローゼを押しつぶしていれば自分が勝っていたというのに………。
最後は自らの手で殺したいという欲が、ほんのちょっぴりのプライドが、魔法使いの計画を大いに狂わせた。
「あの男………!あの男さえいなければ今頃あの汚らわしい半魔を殺せたというものを……!」
突如現れた黄金の男、もう少しでとどめをさせたその時に、奴は現れた。アンネローゼとの会話からして個人的な友好を結んでいることがうかがえた。ならば殺すまで。
最初はそう思っていたが、その判断が大間違いだった。単純に、あの男はアンネローゼ以上の化け物だった。
「くそっ!化け物が!」
操った対魔忍の最大の一撃に対し、横薙ぎの剣圧だけで全てを吹き飛ばした。今思い出すだけでも身体が総毛立つ。こうして化け物!とここにはいない黄金の虚像を前に罵倒でもしていなければ、己が精神を保てられなくなりそうになる。
「まだだ、まだ終わってたまるものか………!!」
ガリガリと親指の爪を噛みながら魔法使いは持ってきた魔術具をざっと並べ、今できうる限りの魔術を施していく。それでも、一向にその身に刻まれた焦燥は消えることはない。
当然だ。あの黄金の男と相対すればいやというほどわかるだろう。否、相対しなければわからないのだ。己が考えうる最悪など、あの男は容易に上を行くだろう。足りない、何もかもが足りなさすぎる。
「こんなことがあってたまるか。私は魔術師連合を正常なる形へと戻すために戦わなければならないのだ!こんなところで死んでたまるか!」
焦燥と怒りが綯い交ぜになった頭で、魔法使いは策を考える。いまだ有り余る魔力を使って無限といってもいい数の魔獣を生み出し、男の元へ向かわせる。が、
「っ!?ばかな!?」
目標と交戦する前に魔獣たちは逃げていく。
「本能だけしか生きぬ下等な魔獣どもがなぜ逃げる!?」
魔法使いの考えは正しい。元来魔獣たちはテリトリーに入ってきた存在に対して問答無用で襲う。それはたとえ各上の存在であろうとだ。今となっては躾け、従順な下僕にすることができるまでになったが、それは魔獣たちの生態を研究した科学者、魔法使いたちが居たからだ。
だが、この世界はそんな研究などなされていない純正な魔獣たちだ。そんな化け物どもが、どういうわけか戦いもせず背を向けて逃げる。
ゆえに魔法使いは戸惑った。ゆえに黄金の男の底を測りきれなかった。
「あれだけの大群を前にして戦わずして退けるなど………!奴はなんだ?まさか………噂に聞くあの魔神だとでもいうのか!?魔を統べ、魔を支配する、あの魔神!?」
考えれば考えるほどに悪い方向に考えてしまう。急かされるように魔法使いは罠を張っていく。
「逃げる算段を組まなければ!くそっ!どうしてこうなってしまった!こんなはずではなかったというのにぃ!」
着々と男は近づいてくる。もはやアンネローゼの事なぞ考えていられなかった。そんな余裕などなかった!魔法使いは己が無知さを呪う!どれだけ呪っても呪い足りない!
「道化のように無様にあがくな魔法使い。童のように駄々を捏ねる年でもなかろう?」
「ひぃ!?」
あるはずのない声に引き攣った悲鳴を上げる。そんなばかな!?ここまで2キロは離れていたのだぞ!?どうやってここまで!?
ありえない。何故?となだれのように押し寄せる疑問。恐怖で心臓が痛いほど鼓動を鳴らしている。ジワリジワリと全身から噴き出す汗の量が尋常ではない。
ただ後ろを振り返ればいいというだけなのに、全身がさび付いてしまったようにギシギシと軋む音が幻聴のように鳴り響く。
そして、とうとう、魔法使いは振り返ってしまった。
「貴様、何でも魔術師連合をあるべき姿に戻すとか言っていたな。そこまで自信満々に己が正当性を謳ったのだ。よもや、勝てぬからと言って逃げるわけではあるまいな?」
そこには魔法陣を足場に自信を見下ろす、黄金の男と、己が僕だった対魔忍、そして彼女に抱えられたアンネローゼであった。
◆◆◆
「まぁ、所詮は魔獣。少しは骨があると思ってほんの少し強めに威圧したが、こんなものか」
何故男が魔法使いのもとへ瞬間移動できたのか、時は少し遡る。襲い来る魔獣たちを眼光だけで退けた男だったが、なんとも拍子抜けだといわんばかりに、ため息を吐いた。
「ほわぁ~~~…………」
いったいどうしてそうなったのか、詳しいところはわかっていないが、とりあえずなんか凄い!と篠原まりは瞳を輝かせて尊敬の目で男を見つめていた。
「お主、あの男がどういう男か知っておるのか?っというかわからんのか?」
「ふぇ?なにがですかぁ?」
「………いや、もうよい。お主本当に対魔忍か?」
「はい、そうですよ!これでも私、成績トップなんですから!」
そういって自慢げに胸を張る篠原まり。彼女の豊満な胸がアンネローゼの頭に乗っかるが、彼女は特に気にしていない。
「解せぬ」
だったら今でもビンビンに感じる男の威圧感に何故気づかんのか。まったくもって理解できない。あの戦闘で見せた太刀捌きといい、ほとんど印を組まずに見せた術の練度といい、実は二重人格だったとしてもまったく驚かない自信がある。恋は盲目と言うが………。いくら何でも盲目すぎではないだろうか?
「のう、ツクモ。お主あの魔法使いの場所を分かっておるのか?」
「当然だ。だが少々遠い」
「どれくらいあるんですか?」
「ざっと2キロと言ったところだ。何か知らんが、必死にトラップを張っているらしい」
「なんというか、小物じゃのう。まぁ、お主に目をつけられた所だけは同情する」
「まぁ、仕方あるまい。だが、小物は小物らしく道化として踊っているのだ。それを笑わなかったら無礼であろう?」
「あ、あはは………なんだか、ツクモさんって王様みたいですね」
ククク、と獰猛な笑みを浮かべる男に、篠原まりが苦笑を零した。
「王というか暴君というか………のう?」
「う~ん………ガキ大将?」
「ぶふっ!?」
そう告げたまりにアンネローゼが噴き出した。ぽやっとした彼女らしい比喩表現にさすがの男も頬を引き攣らせた。
「ほ、ほほぅ?なかなか面白いことを言うではないか篠原まり~~~?」
まりのもとへ歩み、アンネローゼを抱えているのを良いことに男がまりの両頬を引っ張る。
「ふみゃ、ふむ、ふみぃ!?ご、ごめんなひゃあああい!」
たってたってよっこよっこま~るかいてちょん。
彼女の柔らかいほっぺを堪能しつつささやかなお仕置きをする。これが見ず知らずの者であったら躊躇いもなく手打ちにするところだが、当の本人はほんのり赤くなったほっぺを擦りながらあうぅ、と唸っている。
アンネローゼは隙を着いて既に脱出していた。
「しかしツクモよ。どうやって距離を詰めるのじゃ?篠原まりの能力が奪われた所為で、この地形は彼奴の思うが儘。距離を詰めても一瞬で逃げられてしまうぞ?」
「当然それも心得ている。だから歩いてゆっくりと距離を詰めていたのだ」
「ふむ?」
それで?と続きを促すアンネローゼ。
「あの道化のことだ。必ずトラップを張って時間を稼ぐだろう。あわよくば逃げる算段もな。それを逆手に取る。トラップを設置する以上、術者との繋がりは決して切れてはならない。自立して発動が出来るほどアレは魔法使いとして完成はされていないからな」
そういって男はトンと爪先で地面を蹴る。すると、少し先に魔力爆発が発生した。魔法使いが張ったトラップだった。
「あれか?」
「そうだ、あれだ。アレから繋がる魔力のラインを利用する。篠原」
「は、はい!?」
いきなり呼ばれたことに僅かに驚愕しながらも、トテトテと男の下に走り寄る。
「これからあの罠を使って魔法使いの下に転移する。俺にしっかり捕まっておけ」
「はい!」
ギュッ!
「…………篠原」
「っ!なんですか!?」
「捕まれとは言ったが、正面から抱き付くのはどうかと思うぞ?」
「…………………ひゃわぁ!?すいません!」
「なんか心配になってきたのぉ」
「えっと、それでは改めて、失礼します」
「うむ」
再び篠原まりは男の肩に手を添え、捕まる。少し、ほんの少しだけ、篠原まりの表情に陰りが出来た。
「やっぱり………」
「なんだ?」
「ぁ、いいえ!なんでもないです~!」
その呟きについて、男はあえて言及はしなかった。
「それでは、飛ぶぞ?」
◆◆◆
紆余曲折ありながらも、それらを経て、瞬き一つせず転移を彼らは完了させ、現在へと至るのである。
「クハハ、酷い顔だ。まるで悪鬼に追われたみたいではないか」
魔法使いを見下ろす男が哄笑する。
「お主に追われれば誰だって同じじゃ」
「うわぁぁぁ………ツクモさん凄いです!ツクモさん魔法使いだったんですね!」
「似たようなものだ。あれだけわかりやすい罠を張っていたのだ。そこから魔力のラインを辿れば容易に転移できる」
「ば、ばばかな!ここには半径200mで転移を阻害する結界を張っていたのだぞ!?何故こんな近くまで転移が!?」
「戯けが」
―――俺に不可能は無い―――
「~~~~~~ッッッ!?」
そんな、傲慢を形にしたセリフで、可能にしてしまったのか!?この男は!?規格外!イレギュラー!異状!理解不能!理解不能!
「さて、そろそろ幕引きとしよう。お前とて驚愕の連続で疲れただろう?貴様の道化っぷりはそれなりに楽しめたが、ただそれだけだ。疾く消え失せろ【文字通りな】」
「!?」
ただの言葉、されど“言霊”。男の有無を言わさぬオーラが乗った声は、確実に魔法使いを追いつめていく。
「ツクモ、分かっておるな?」
「ああ、皆まで言うな。………さぁ魔法使い、その魔力、アンネローゼに帰してもらうぞ?」
「~~~~ッ!まだだぁ!まだ終わっていない!」
魔法使い背後に巨大な魔方陣が形成され、一瞬山が飛び出したかに思われたそれは、長い首野太い手足、一対の巨大な翼を持った頑強な鱗という鎧に覆われた生物。
「ドラゴンじゃと!?あ奴、何故あれほどの強力な幻想種を召喚できたのじゃ!?」
ドラゴン。魔族と言う人ならざる、常識から逸脱した存在の中でも必ず上位、最強種として名高い存在として声が上がるバケモノの一つ。
最強たるゆえん、それは小手先の能力など必要としない単純な肉体のスペックとそれに比肩する精神力。故に最強、故にであったが最後、死ぬことを運命づけられてしまうほどに、強い。
「最後の悪あがきにしては中々興じさせてくれる」
男の右腕に魔力が集まる。清も濁も存在しない純粋な“エネルギー”。集約し、圧縮し、更に集約し、圧縮し
「最初に言っておくぞドラゴン」
集約、圧縮、集約、圧縮、集約、圧縮。5度に渡る魔力の収束によって、男の手が淡く光を帯びてゆく。格闘技を修める拳法家のように構えた。
左足を摺り足で前に、右足を後ろに、右腕を腰だめに、左腕はさながら狙いをつけるライフルのスコープのように突き出される。
「死に物狂いで耐えろ」
―――ッ!ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!
言葉を解せるほどの知能を持っていたのか、あるいは雰囲気で悟ったか。男が上で自分が下だと暗示するようなその物言いに、ドラゴンの怒りの混じった咆哮が放たれる。
突風が吹き荒れた。常人であれば立っているのでさえやっとな程だ。でありながら、男はただ佇み、見据え、向かってくるのを待つ。
ドラゴンが駆ける。大口を開け、その鋭い大剣のような牙を男に突き立てんがために。
「………」
男の眼が細まる。握られた拳に力がこもる。引き絞る。弓を引く様に。
「ふぅーーーー……」
息を吐く。内心で武闘家の真似事をする己を嘲笑うが、既にドラゴンはもう目の前だ。語ることもなし。己の身を弓矢として見立てるならば既に弦は限界まで引き絞られている。あとは
「ッ!!」
解き放つだけ
―――弩雄雄雄ッッ!!―――
暴風
魔法使いの悲鳴も、ドラゴンの咆哮も、篠原まりの叫びもアンネローゼの声も、男の拳が全て掻き消した。キィーン、という耳鳴り、明滅する視界、いったいどれほどのエネルギーが籠められればこんな状況になるのだろうか。
「うぅ………」
収まった暴風の中、最初に声を上げたのは篠原まりだった。ぼやけた視界の中に、その暴風の中心地であった男の背中を見る。
「ツクモ………さん?」
彼から放たれているおどろおどろしい気配に、しばし篠原まりは呆ける。既に男は構えを解いていた。はぁ、と男の溜息が出ると、身体の悪いものを同時に吐きだすようにその禍々しい気配も霧散していった。
「怪我は無いか?」
男はまりの下で跪き、視線を合わせる。戸惑いながらもまりは首肯した。
「えと、大丈夫です。あの、さっきのは……一体?」
「見た通りだ」
それ以上のことを男は語らなかった。しかし、篠原まりに男が魔族だということを気取らせるには十分だった。
「くぅおらぁぁぁぁ貴様ぁぁぁ!」
「む、アンネローゼ。無事であったか」
「無事であったか。ではないわ!危うく頭を打ちそうになったではないか!」
「許せ。ドラゴンと殴り合いなど、久しぶりに心が躍ったのだ。もっとも―――」
そういって男は振り返る。そこには、上半身を失って倒れ伏すドラゴンらしき亡骸。
「亜竜《デミ・ドラゴン》だったようだがな」
「いや、お主の反応はおかしい。そもそも殴り合いをしようとする考えが可笑しいじゃろう?」
「なにを言う?この俺が素手で闘うのだ。これくらいはできねば。ブラックとて丸一日は殴り合いが出来たぞ」
「ここにはまともな奴はおらんのか………!」
ぬおおぉぉ……!と頭を抱えるアンネローゼに男はふぅ、と溜息を吐く。
「面白おかしく振る舞うのは良いが、いい加減終わらせんといかんな」
男の視線が魔法使いへと注がれる。
「っ!」
ビクリ、と肩を震わせる魔法使いに男が歩を進める。
「いい加減変わり映えもしない単純な世界にも飽いた。脱出させてもらうぞ」
男の手が魔法使いの手が頭部へと伸びる。極限まで追いつめ、その後は華のようにその命を摘み取る。男の心を満たしたのは魔族としての魂が命を刈り取るという充足感。敵対した以上、容赦などありはしなかった。
だが―――
「アホがっ!かかったな!」
魔法使いは一味違った。バンッ!と地面を叩くと同時に、男の足元に魔法陣が構築されていく。煌煌と禍々しく光る魔法陣に男は僅かに目を見開いた。
「む、これは………ノイの………?」
「死の魔法で冥界へ行くが良い!」
魔法陣から出てきた無数の手。餌を得るために群がる蜂のように男の身体に死後の世界へと誘う手が襲い掛かる。
「ツクモさん!」
篠原まりの心配するような声に、魔法陣に少しずつ引きずり込まれながらも男は一喝した。
「狼狽えるな篠原。アンネローゼを護って居ろ」
「でも!ツクモさんが!」
「案ずるな。すぐに戻る。たかが死後の世界、行って帰るだけだ」
「馬鹿がぁ!自らの慢心で果てろ!永久に冥界を彷徨っているがいい!」
血走った目で泡を飛ばす魔法使いを見て、男が目を細める。
「追いつめられていたとはいえ、こうまで余裕がなくなるとかえって哀れよなぁ、魔法使い。今の貴様では道化の役すら期待できん」
「ほざくな化け物!今すぐ死ねぇ!」
「まったく」
他人事のように呟く男。既に胸元まで魔法陣に飲み込まれているというのに、その余裕な態度に揺らぎはなかった。 そうして、最後に残ったのは、役目を終えて輝きを失った魔法陣のみ、黄金の男は捕まれた手に引かれるがままに死後の世界へと連れていかれた。
「はは、ははははははは!」
魔法使いが勝ち誇ったように哄笑する。
そう、死後の世界だ。死者のみが行ける世界、そこに生者が彷徨えば、たちまち死者の亡霊たちの大群に飲み込まれていくだろう。それも千や二千ではない。少なく見積もって軍団規模。しかも死ぬことなど決してあり得ない不死の軍団だ。勝てるという選択肢などありえないのだ。
故に魔法使いは己の勝利を確信したのである。
「殺した!殺してやったぞ!馬鹿め!この傲慢で下等な化け物が!人間の力を思い知ったか!はははははははは!」
『ああ、堪能した』
それも、相手が黄金の男でなければの話だ。
「は?」
ズバッ!………ァァン………!
役目を終えた魔法陣に光を放つ切れ込みが幾つも入った。
「馬鹿な………」
その切れ込みから、指が突き出て、亀裂を掴み
「馬鹿な馬鹿な馬鹿なあああああああ!!」
それは一気に割り開かれた。そこには変わらずその手に黄金の剣を携えた黄金の男。
「どこまでも小物な奴よ」
「何故だぁぁあ!何故貴様のような魔族にいいいいいい!」
頭を掻き毟り、ヒステリックに叫ぶ魔法使い。男はただ、溜息を返すだけだった。
「………アンネローゼとっとと済ませろ」
「ぉ?う、うむ」
踵を返した男の言葉に、アンネローゼは言われるままに魔法使いの元へ歩いていく。
「何故だ。何故こんなことに………」
何故、何故、と項垂れて壊れたレコードのように呟く魔法使い。もはや戦闘の意思は無いことは明白だった。
「そんなに解らないか魔法使い?」
僅かに魔法使いのフードが持ち上がり、男を見た。
「あまりにも哀れすぎるのでな。慈悲だ。教えてやる。なに、簡単なことだ。間が悪かっただけだ」
「っ!?」
もはや言葉すら出ない。間が悪かった?ただ運がなかっただけで、自分はこれだけの仕打ちを受けたというのか?
「は………」
なんたる理不尽、なんたる傲慢、なんたる、なんたる、なんたる!
「はは………」
『間』の悪さだろうか。
「あははははははははは!」
「む」
狂ったように泣き笑う魔法使い。男の隣にいたアンネローゼがジト目で彼を見つめた。
「ツクモ、お主、泣きっ面に蜂って知っておるか?」
「泣く子にとどめを刺すという言葉なら知ってるが?」
「なお性質が悪いわ!お主悪魔か!?」
「当然だ。魔族なのだからな。それよりも、早く取り返した方が良いぞ?」
「何故じゃ?」
「アレはどうやら、やけになったらしい」
「ほっ!?」
振り向くアンネローゼ。その視線の先には、とても人前では見せられないすごい形相で魔法陣を構築している魔法使い。
「もう、もう何もかもどうでも良い!ここで死ぬくらいならば、貴様らを道連れにしてくれる!」
世界全体が鳴動する。普通ならば立ってられないくらいの大きな揺れが発生し、空に亀裂が走っていく。誰がどう見ても、危険な状況だというのが分かった。
「いやはや、まったくもって、小物の王道を往くやつよ。後がなければ道連れか」
空を見上げながら、こうなると逆に感心する。と男は肩を竦めるが、アンネローゼはこうはいかない。
「どうするつもりじゃ!?あやつ、妾の魔力まで使っておるぞ!?このままでは元に戻れんではないか!」
「うむ、興が乗ってしまったとはいえ、追いつめすぎたか」
「他人事だと思ってからにこの男ぉぉおお!」
「ど、どうするんですかぁ!?なんだか空が凄いですぅ~!?」
「まぁ、問題なかろう。このまま近くに居ればよい」
あくまで己のペースは崩さない男だが、こうしている間にも魔法使いの周囲には光が集まってきていた。自身の命そのものを代償にした魔力爆発。その威力は少なくともこうして近くに居たらただでは済まないことは確実だ。
男は剣を地面に突き刺すと。三人を包むように光の壁が形成された。
「しっかり捕まって居ろ。離れるでないぞ?」
「は、はいぃ!」
「うぅむ、魔力が………」
「魔力は後でどうにかしてやる。今は生き残ることだけを考えておけ。そら、来るぞ」
―――轟ッ!!―――
魔法使いの魔力爆発が発生したのは、その直後であった。耳をつんざく轟音、全身を激しく揺すられる衝撃、歯を食いしばって必死に耐えつつも、アンネローゼは、篠原まりは、手だけは離すまいと男にしがみつき続ける。
「………」
光に包まれながら、篠原まりは一連のことを思い出していた。男と魔法使いとの会話であった、魔族という単語。化け物と呼ばれながら、男はそれを否定しなかった。アンネローゼとの会話においても、男は自身を魔族と言った。そして、ドラゴンを屠ったときに見せた魔族としての本性。
(ツクモさんが………魔族………)
こうして触れていれば否が応にもわかってしまう、魔族特有の気配。禍々しい魔力の塊の感知。対魔忍にとって、魔族とは敵。人を惑わせ、人を堕落させる存在。
(初恋が魔族だなんて、なんだか本の話観たいですねぇ~………)
失態、と己を叱責すればいいのだろうか、一種の気の迷いだったと思えばいいのか。見上げるとそこには風に揺られる男の金髪。何物にも侵すことを許さぬそれ一つで完成された芸術品。見ているだけで魅了されてしまう。
(でも………それでも………私は、対魔忍として、ツクモさんを殺さなきゃ)
武器は手に持ってる。このまま後ろから刺せば、簡単に男は倒れるだろう。この男から放たれていた威圧感、魔族本来の魔力。どれもこれも己が知っている魔族とはまったくの次元が違う。
(最上級………もしかしたらあのブラックにだって匹敵する。だったら、危険な芽は摘まないといけないんです)
篠原まりはそう己に言い聞かせるように、その小太刀握りしめ、未だ光に包まれた中で男へ刃を向ける。
「ごめんなさい」
ゾブッ!
まりの言葉にどのような意味合いが込められていたかは、本人だけにしか知らない。だが、その刃は、確かに男の身体へと突き立てられた。
○月×日
ぬぁあああああ!私のドローンがぁああああああ!徹夜で作ったのにぃぃぃいいい!
・
・
・
・
・
取り乱してしまった。大丈夫だ。問題ない。ドローンはもう一機あるのだ。異界とはいえ、十分情報は得られた。たかがパンチでドラゴンを消し飛ばしたのは驚きだったが、あの程度のサイズだったらそこから導き出される筋力も計算が容易だ。ふふふ、そこから更に仮説と臨床を重ねていけば、ある程度男の純粋なスペックも測れるだろう。これからが楽しみだ。
もう片方のドローンもいろいろ情報を集めてきた。まず男の住んでいた家、いや、部屋と言うべきか、窓の隙間から外側を見たが、部屋の内装と家のサイズが全然合っていなかった。寧ろ内部の広さは倍近いものとなって居る。それも男の力の片鱗なのだろうが、あれだけ、しかも1次元先を隔てた距離でも精度は変わらず空間歪曲と拡張を保っていられるのは驚愕の一言だ。そして、それを容易に行える男の頭脳も私や弟と同じく天才の呼び名にふさわしい優秀さだ。敵対していなければ心行くまで語り合いたいところだが、それは後のお預けとしよう。
もう一つ驚いたのは、私の他に侵入者が居たことだ。侵入者である私が侵入者と言うのもおかしな話だが、どうやら任務で潜入したらしい。なるほど、空間の転移が出来る彼女ならばそれも容易だろう。
装備からして相当の長丁場を想定しているらしい。異世界での暮らしにもめげずに任務をこなそうとする姿勢は脱帽ものだ。
今日はここまでとする。これからが楽しみだ。
Q:ドラゴンを倒したアレなに?
A:なんちゃってマッキーパンチ