前回のあらすじ
男「いそ……山本~陰謀しようぜ~」
山本「待ってくれよ。なか……ツクモ~」
「あ、あれ?部屋間違えちゃった?」
「ほえ?」
視線を向けると、そこには妖狐の魔族が部屋の出入口に立っていた。彼女はあちゃ~、と後頭部に手を置いて気まずそうに立っている。
「え、えと、ごめんね?すぐに出ていくから」
「あの~待ってください。今暇ですかぁ?」
「え?えと、まぁ、そうだけど」
「じゃあぁ、少しだけで良いので、話し相手になってくれませんか~?」
「………どうして?」
「暇なんです~」
「………」
篠原まりは思いついた。この際、このモヤモヤを紛らわすために話し相手になってもらおうと。
天華は思った。何か面倒くさそうな人と会っちゃったなぁ………と。
(まぁ………いっか)
自分が暇していたことは事実だ。暇つぶしと称して誰かと話をするのは決して吝かではなかった。元から世間話は好きだ。悪いことなどない。
「えっと、じゃあ、私は天華。よろしくね。天華で良いわ」
「テンゲさん、ですか?私は篠原まりっていいますぅ。苗字でも名前でも好きに呼んでください~」
まずは自己紹介からだ。お互い名も知らないというのにただ話すだけというのは流石に失礼というものだ。
「じゃあまりって呼ぶね?まりは何を話したいの?」
「はい~。実は知り合いだった子が敵の陣営に行ってしまったのですがどうすればいいのか悩んでいるんです~」
(いきなり最初からヘヴィすぎる!?)
出そうになった声を必死に抑えて顔を引きつらせるだけに留める。彼女自身中華連邦に所属していた時は知らず知らずのうちに敵側になっちゃって何度も騙され、裏切られながら追われた苦い記憶を持っているため、ある意味で彼女も聞いていていい気持ちはしなかった。
「えっと………さ、それって、え~っと、桃子?のこと?」
「知ってるんですか?そうなんです~。今まであんなに魔族のこと憎んでたのに、どうしてあんな風になってるんだろうって。私、わからなくって………」
「う~ん………私はここに来たばかりだし、桃子ともあまり話したこともないから何とも言えないけれど、お兄さん………ここの主だけど、洗脳の類は絶対やってないと思うよ?」
「はいぃ~、それはわかってるんですけどぉ~、何があって自分の意志でここにいることを決めたのか、理由が知りたいんですぅ~」
「ははぁ………なるほどね。それで本人に聞きたくてもあんなにニコニコ笑ってるから気まずくて聞けないからヤキモキしてるんだ」
「そ、そんなことは………ありますけどぉ………」
「でも反面、後輩があまりにも幸せそうだし、敵対する理由はなくなって安心したし、心の裏ではあのままでも良いんじゃないかと思っていると」
「へあう!?いやいや。私は………っというか、どうしてそんなに私の考えていることが分かったんですか~?!」
「ふふ~ん、まぁ、私の得意技ってやつかしらね」
「あうぅ………」
自分から誘ったとはいえ、相談する相手を間違えてしまったようですぅ~・・・。と、うつむく彼女に天華はやれやれと内心で思いながら続ける。
「桃子のことを言うなら、まりはどうなのよ?」
「へ?」
天華の言いたいことが分からず、首をかしげる篠原まり。
「私、魔族なんだけど………。こうやって話してて、その心の隙間に付け込まれる、とか思わなかったの?」
「……………………」
しばしの沈黙、後にあ~、とか、あは~、とか誤魔化すような笑いを零した後、深刻な表情で抱えていた枕に顔をうずめた。
「そうでした~。なんだか、私まで変になってますぅ~」
第一にだ。山本司令との通信の内容を聞いているから敵対しないことは知っているが、此処の魔族が陰で何らかのアクション、対魔忍側に対し不利益になるようなことをしてこない、という保証などないのだ。
「へうぅ~………」
まさしく意気消沈。
「なんだかんだで魔族だから一応警戒はしてるけど、まりって私たちに敵対心はないのよね」
「?」
落ち込んだ篠原まりがわずかに顔をあげて、片目だけで隣の天華を見上げる。
「だってそうじゃない?あなた気づいてないかもしれないけど、いざとなったら戦闘しようとする意思がないもの」
「なんでそんなことがわかるんですかぁ~?」
「まぁ、これも得意技ね。じゃあさ、お兄さんを思い浮かべてみなよ」
言われるままに天華の言う“お兄さん”。自信を気絶させてお持ち帰りした男の姿を篠原まりは思い浮かべる。
淡く光る金髪、全てを呑み込むような黄金の瞳、黒の道士服に包まれている人体の黄金比を兼ね備えたその肉体。まさしく女を魅了して止まない美丈夫。しかし、人の形を為し、存在していることは、常人から見れば違和感の塊でしかない。
彼女はそんな男が自分に朗らかな笑みを向けてくる姿が思い浮かばれ。
「ッ!」
ブンブン!と頭を振ってその想像を振り払った。
「?」
なにごと?と天華は首を傾げているが本人は気づかない。
「思い浮かべた?」
「はい」
「どう思った?」
「………」
「言いたくない?」
「はい………」
「………そっか、じゃあ、お兄さんがまりにひどいことをするっていうイメージはできる?」
「………」
不思議と思わなかった。ほんとうに、本当に不思議だった。理解できないからこそ不思議だった。少し強引な人間だというのはわかる。だが………いや、だからこその不思議。
男が自分を傷つけるとしようとする姿が思い浮かばなかった。むしろ、今自分が窮地に陥った時、男ならば助けてくれるはずだという、何の根拠もない荒唐無稽な信頼が胸の内にあったことに気づく。
「なんなんでしょうね………これ」
ぐにぃ、と形を変える豊満な胸を押し分けて胸に手を当てて思い出す。今思えば、彼が魔族だと知っても嫌悪や敵意と言ったものはなかった。あるのは悲しみだけ。これだけで十分に自身がこれまでの経験から考えて異常であることを示しているが、それを取り除きたいという感情すら浮かばない。
では―――?
そんな自分はいったい何がしたいのだ?
その直後であった。
ズズゥンッッ!!
「ひゃっ!?」
「うわわわっ!?」
世界が、揺れた。
◆◆◆
時は篠原まりが自室へ戻る時まで少々遡る。
「先輩………」
部屋を後にする篠原まりを見送った桃子の呟きが寂しげに放たれる。一瞬だけ見えていたその横顔はまだ篠原まりにも出会わず、同輩にすら恵まれず、孤独に立たされたかつての自分を想起させた。
「………」
それだけであれば、もっと積極的に引き留めようとした。もっといろいろな話をして、自分が元気であることを伝えたかった。男のモノになってから初めての会話では、篠原まりが見せた表情は、昔の後輩に対する温かみのあるソレだったが、時間が経つにつれそれは無くなった。
そして次に出たのは、任務に向き合う対魔忍としてのソレ。その顔が自分に向けられた。
“覚悟しておきなさい。桃子はもうご主人様のモノよ”
彼女の脳裏にティアの言葉が過った。敵対することへの覚悟。嗚呼、このことだったのだと、彼女はそう伝えたかったのだと、桃子は本当の意味で理解した。
でも、それでもだ。できるならば、昔のように仲良くありたい。
「………」
そんなちょっとした願いは果たして叶うのだろうか。
「…………………ふぅむ」
男は何も言わない。彼とて空気を読むことくらいはできる。二人の問題に土足で踏み荒らすほど分を弁えないわけではない。
「シェンフー」
「はい」
意識を切り替えて男は次の行動へ移ることにする。
「もう一人分朝食を用意してくれ。アンネローゼをそろそろ起こす」
「むぅ………御意」
しぶしぶ了承するシェンフー。彼女のその瞳にある批判的な視線は、絶対に約束を守ってくださいね。と言外に言っていた。
知っていたが、改めてコレは相当根深い。アンネローゼが関わると決まって彼女は子供のように不満気な雰囲気を醸し出す。もっとも、男個人としては楽しめるので殺し合いに発展しない限り別に良いと思うことにする。
「………」
未だ悩んでいる桃子の姿に一瞥をくれるが、ただそれだけ。男は再び歩を進めることにする。
「一声かけてやったらどう?うら若き乙女の悩みを聞いてやるのも務めじゃない?」
リビングのドアを開き、廊下へと出ると、何時の間に回り込んだのやら。男は目線だけを後ろへ向ける。そこには壁を背にして腕を組むティアの姿があった。彼女の視線はシェンフーからもらったお茶を飲んでいる桃子へ注がれている。
「………珍しいな。お前が口出しするなぞ………それほどに桃子を気に入ったのか?」
「ええ、あの子危なっかしすぎるもの」
頷くティア。
「せっかく手に入れたのだ。使い捨てにはせぬ。老婆になるまで面倒を見てやると言ったのだ。それはこれまでもやってきたこと」
そしてこれからも・・・。
「知ってるわ。貴方はそういう人だもの」
「その割には随分不満そうだが」
そうかしら?と肩を竦めるティアに、男はやれやれ、と小さく溜息を吐く。
「捻くれた女よ。あの愚直さに『妹』の姿を重ねたか?」
「愚直?そうなのかしら?」
「家族を失った。今までのあ奴は対魔忍しか残っておらなんだ」
桃子にとって、心休まる場所は五車学園に居た篠原まりと同輩たちくらいしかない。だが、それは同時に彼女の心を追いつめた場所でもあった。その場所から逃げたいと思う反面、大切にしたかった。ソレらがなくなれば、彼女はいよいよもって孤独になる。必死にもなろう。愚直にもなろう。
「似てると思わんか?お前の妹に?」
「………ええ、多分当たってるわ」
男と並行して歩きはじめるティア。お互い歩調を合わせながら会話は続く。
「妹は………あの子はいつも真面目だったわ。どれだけ虐げられようとも、強くなるために私と一緒に生きて、最後は幸せになれると言っていた………」
ティアのでも、という言葉で再び歩調は止まる。
「………」
対して男は黙して彼女の次の言葉を待った。
「あの子は死んだ。私に喰われて」
「……………」
「私に文字通り全てを託して、あの子は死んだ」
「………」
「その後に、貴方に出会い、今私はここで生きている」
淡々と告げられる彼女の独白は、見えない血を吐いているかのように男は見えた。
「時々思うのよ。私………」
男の下に歩み寄ったティアの手が男の頬に添えられる。
「なんでもっと早く来てくれなかったんだろうって」
優しく包み込むように撫でる手つきは慈しみに満ちている。
「そうすれば、あの子だって貴方に助けてもらえたはずだったのに」
その手は下へ下へと移る。男の首元に―――
「怒りが湧いてくるわ。アイツらに………不甲斐無い私に………そして何より、この理不尽な世の中に………」
その爪が咽喉に突き立てられる。ギリギリと音が出るほどに力が込められているというのに、男の表情も、瞳にも動揺は一切見られない。
「どうしてなの?」
「…………………」
彼女の問いかけ。
「何故だと?簡単だ」
“間が悪かっただけだ”
これまで幾度となくその問いかけに答えて来たソレは、残酷でありながら、その内に潜む囁かな優しさがあった。そう、『何』が悪かったとか、これが無ければ大丈夫などと、その結果どうなるかなど実際起こらなければ誰も知る由が無いもの。そんなものは人間が作り上げた空想の逃げ道、「たられば」の話だ。
「でも皆が皆、貴方のように強いヒトではないわ」
この二人の図は、かつて彼女と彼が初めて会った時を彷彿とさせる。豪雨降りしきる森の中、妹の形すら残っていない骨となった遺骸を抱いて泣き叫ぶティアと、それを見下ろす黄金の男の構図が、彼女の中でフラッシュバックした。
「………申し訳ありませんでした。ご主人様。この無礼への罰は如何様にも………」
男の咽喉から手を放すと、跪き、深々と頭を下げるティアの頭に、男は目線を合わせ、手を置いた。
「是非もなし。貴様のその理不尽に対する怒りは、何者にも邪魔はできまい………善い。その度に俺はお前を許そう」
「……………いくらなんでも寛大すぎると思うけど?」
「これで今の今まで生きてこれたのだ。ならば変える必要もあるまい?もっとも、毒殺されようが、後ろから刺されようが、その憎悪も怒りも嫉妬も、全て丸呑みにしてくれよう」
いつも男は自分の所有物の怒りをその身に受けて来た。憎悪も、悲しみも、苦しみも、怒りも、喜びも、楽しみも、全てだ。その貪欲な心のままに、上品に、ひとつ残らず、余すことなく、綺麗に喰いつくしてきた。
それ故に、ティアに巣食う呪いすらも虜にし、喰らった。
それがこの俺、■■■なのだからな。と笑う男にティアは疲れたように笑みを零す。
「ここまで着いてきたのだ。付き合えティア」
「ええ、分かったわ」
再び二人は歩み出す。もう部屋は目の前であった。
「ああ、そうだティア。一つ言い忘れていた」
「なに?」
そして扉を開けると目前には―――
「防御しておけ」
剣が迫っていた。
弩雄雄雄雄雄雄ッッ!!
「きゃあ!?」
悲鳴を上げながら吹き荒れる突風に顔を腕で庇うティア、それも一瞬のことであり、そこには、ナギナタを手に迫り来た剣、金剛夜叉を受け止める男の後姿があった。
「おはようアンネローゼ。良い朝だな」
「……………」
風に揺れる前髪がアンネローゼの表情を隠し、その全容は見えない。俯きがちな彼女の顔がふわりと上げられる。
「クックック、良い夢は見れたか?」
「~~~~~~~ッッ………」
そこには顔を羞恥で真っ赤に紅潮させてぷるぷると震えるアンネローゼが居た。対し男は彼女の予想通りの反応に、ニヤニヤと愉悦の笑みを浮かべるだけであった。
「最高のハジメテを体験させたつもりだが、なにか不満だったか?」
「…………ろ」
「うん?なんだ?聞こえんぞ?もう少し大きく話せ」
したり顔で耳に手を当てる男に、アンネローゼが吠えた。
「い、いいいっぱつなぐらせろおおおおおおおお!!」
「おっと」
ビュンッ!と振るわれた拳を危なげなく避ける男。
「危ないではないかアンネローゼ。命の恩人に対してそれは無いんじゃあないか?」
「うるさいうるさいうるさい!今すぐ喋れなくしてやるわ!序でにそのスカした顔を見れない顔にしてやる!」
「はっはっはそういうな。あれだけ熱い夜を過ごしたのだ。今朝だって貴様ノリノリで寝ている俺を貪っていたであろう。なに恥ずかしいことではない。初めての女の快楽だ。覚えたての猿のように夢中になってしまうのは無理はない」
「それを言うなあああああああああ!」
「フゥーハハハハハァ!」
逃げ回りつつ哄笑する男と、ほとんど涙目になっているアンネローゼ。会話の内容からして彼女にとって相当気に入らないことだったことが窺えた。事前に知っているような口振りからして、男はこうなることは予測済みであった。
「まぁ待て待てアンネローゼ。腹が減ってきたであろう?シェンフーが朝食を作っている」
金剛夜叉を白羽取りでアンネローゼの行動を制限しながら男が言う。未だ怒りが収まらぬのか、ローキックでゲシゲシと執拗に男の足を蹴っているが、ビクともせず、まるで応えた様子は無い。
ぐぬぬぅ、と唸るアンネローゼだが、一通り暴れたおかげでそれなりに溜飲を下げたのか、フンッ!と鼻を鳴らして金剛夜叉を仕舞う。その頬は未だ赤く、まるで子供の照れ隠しだな。男は内心で笑う。
男の年から考えればアンネローゼも十分子供なので何とも言えないが、それは無視しておく。
◆閑話休題◆
場所は戻ってリビングへ。あーでもない。こーでもない。と心中で悩み続ける桃子を尻目に、ムスッとした表情で黙々と朝食を食べるアンネローゼ。
「………」
「………っ」
対面に居る男と視線が交わる。頬杖をついてこっちを見ている男の表情は相も変わらず冷静そのもの。
「なによ?」
「なに、怒りは晴れたかと思ってな」
「全然よ。全ッッッッ然怒りなんて晴れてないんだから」
「クク、そうか」
屈辱だ。男のその態度にではない。子供のような反応しか返せぬ自分にだ。そんな見透かすような視線を持つ彼にぶす~、と返すことしかできない自分に更に腹が立った。
「まぁ、そう怒るな。貴様にまた依頼がしたいのだ」
「………なによ?」
男が取り出したのは四つに折りたたまれた小さな紙。それをアンネローゼに手渡す。
「これは?」
「夜、また来い。詳細はこれに書いてある。報酬は言い値の二倍でも三倍でも払おう」
「………ふぅーん」
「ここでは読むな。ミチコとノイの三人の時これを読め」
「………分かったわ。ご飯、ご馳走様」
「む、もう行くのか?」
立ち上がるアンネローゼ。扉のドアノブに手を掛けた彼女が肩越しに男を見る。
「ええ、いい加減ミチコの相手してあげないとあの子も拗ねるわ」
「まぁ、確かにな」
二日もほったらかしにされるのは色々不味いだろう。
「それから………一言言っておくけど」
「む?」
腰に手を当てて力強く人差し指を突きつけアンネローゼは言った。
「これで勝ったなんて思わないことね!」
バタムッ!
「…………………………………………ドアはそっと閉めていけ」
乱暴に扉を閉め、そそくさとその場を去る彼女に男は一言、そう言うのであった。
矢継ぎ早に来るイベントで寝不足になりそう・・・。