リハビリがてらに投稿。まぁ、ボチボチやっていきます。
前回のあらすじ
<アンネローゼかわいい!
アンネローゼかわいい!>
<かわいい!
かわいい!>
ツンデレーゼ「いじめか!」
かわいい!>
<かわいい!
「ご主人様、それは?」
「転移術の陣だ」
アジト内にて、男は明かりもつけず、指先で何かを床に描いていた。男がなぞった部分は、まるで筆かペンで描いたかのように黒く染まっていた。
「珍しい言語で陣に組み込んでいるのですね。二種類の言語を使った複合陣ですか?しかし、何故態々手書きで?」
シェンフーが疑問に思ったのは態々彼が陣を描かずとも転移できるのにどうしてそれを描いているのかが分からなかったからだ。
「ちょっとした下準備だ」
「はぁ、左様でございますか」
男がそこで言葉を止めたということは、どうやら事情を話すつもりはないらしい。それならそれでいい。己が忠誠を貫くまでだ。それ以上の追及をシェンフーはしなかった。
「ご主人様。準備できたわ」
未だ疑問の尽きぬシェンフーの後ろからティアが現れる。それと同時に、男もまた陣の作成が終了した。よし、と呟き、男は立ち上がる。
「『草』」
男の呼び掛けと共に、周囲に何人もの揺らめく人影が現れた。
「全員そろったか。善い、楽にしろ。知っての通り、これから俺達は井河アサギとその妹井河さくらの救出へ向かう。数人は俺の傍に着け、それ以外の全員持ち場に着いたら待機していろ」
――御意――
命令は下った。『草』たちはすぐさま姿を消していった。
「シェンフーとティアは俺についてこい。久方ぶりの戦争だ」
シェンフーは仮面を被り直し、ティアは拳を鳴らし、男は歯を剥き出しにして笑う。誰も知らぬところ、深い深い闇の世界で戦いの火ぶたが切って落とされようとしている。
◆◆◆
「………」
その一方―――
「こんばんは先輩」
―――篠原まりが無言で見上げる先に居るのは、彼女と同じく対魔忍スーツを着た前園桃子が居た。
切り出した桃子の表情は複雑だ。機嫌を窺うように笑みが浮かんでいるが、上手く笑えているかどうかは本人は分からない。
「桃子ちゃん………」
篠原まりからは何も言い出せない。ただ、彼女の中に僅かな安心の気持ちが宿った。複雑に歪んで、どういった顔をすればいいかわからない桃子の姿に、昔と変わらぬ面影を見出したからだ。
「………」
桃子は一度深呼吸をして、逸る気持ちを抑えた。
「先輩、少しだけ、お話しませんか?」
確認するように恐る恐ると言った感じだ。それでも、ゆっくりと歩み寄ろうとするその意思には、確かな芯が籠っている。
「………うん」
篠原まりの心に今や彼女が裏切ったとかどうかは問題視していなかった。だが、理由が知りたかった。ならば、自分も応えなければ。
黄金の男たちとは別に、二人の対魔忍は静かに、誰にも知られることなく収束への一歩を迎えようとしていた。
◆◆◆
夜闇の帳が東京キングダムを包み、欲望の光が都市を照らす。弱者が沙汰され強者が甘い汁を吸う弱肉強食の小さく、血と肉が躍る世界。不正を働く重鎮。道楽で来た普通の刺激では物足りない欲望を肥え太らせた金持ちたちが入り乱れる小さな海上都市の地下で、魔の祭典が始まろうとしていた。
「お待ちしておりました。どうぞ、お乗りください」
「ホッホ。それじゃあ、頼むよ」
その祭典へ参加するために、ホテルに泊まっていたとある老人が居た。煌びやかな服装で己の見た目を飾り付け、金持ちであることをこれでもかと表現している。顔は老いでしわがれてうながらも、闇よりも深い黒いぎらぎらとした欲望の炎を宿らせている。
そんな老人を待っていたのは若い男性。老人が事前に会場への送迎のための運転手だった。老人が車に乗り込むのを確認し、男も運転席へと座ると運転を始める。
「………」
「………」
両者に会話は無い。高層ビルと街灯が立ち並ぶ一直線の道路。男性にとって何のことは無い。いつもと変わらぬ仕事としてやってきたこと。対し、老人は今向かう祭典の会場に着いてから行ってからのことを夢想し、気の良さそうな老人の顔の裏で下卑た笑みを浮かべていた。
何を隠そう、この老人が向かうはカオス・アリーナ。この時の為に大金をはたいて特等席を手に入れたのだ。それは此度のアリーナに出場する人間を娼婦として個室で相手してもらうことが出来る権利。老いて尚衰えぬその欲望を今か今かと滾らせる老人は
ザンッッ!!
この日を以てその生の幕を引くこととなる。
「ガッ!?」
「ッ!?」
突然の運転手からの首を絞められた鶏のような叫びにも似た呻き声。それは老人の居る後部座席の隣から突き出た黄金の剣が男性の胸部を貫いていた。
「こ゛………オ゛ぉ゛………く゛ぇ゛え゛」
何の前触れもなく、最初からそこに在ったかのようにソレは現れた。運転手は一体何が起きたのかもわからずその場で息を引き取った。
「な、なんじゃ!?い、一体何がどうなって!?」
「邪魔をするぞご老人」
「ひ、ひぃぃ!?」
現れた剣の根元から手、腕、肩、顔の順でずるぅう、と男が現れた。何が何だか訳が分からない。突然の事態、理解不能!理解不能!頭の中で訳が分からないという文字が所狭しと並んでいく。
「ぁ………ぁぁ!?」
だが、そんな思考も男の存在感に打ち消された。その黒の道士服は闇そのものであるかのように禍々しく、されどその髪と瞳は神々しく、相反する要素を持った存在が、自分と変わらぬ人の形をしている。老人は条件反射のように男の存在を否定した。
コレが人の形を取って居るなど信じられない。あり得るはずがない。
「き、きさまは………一体……わ、私を一体―――」
誰だと思っている。
それ以上の言葉が紡げない。息をすることさえできない。堰を切ったかのように溢れ出る汗を止められない。ガチガチと歯が鳴り、極寒の地に身を置かれたかのように寒気が止まらない。
「………」
「く………げ……が………きぎぎ」
男はただ自分を見ているだけだ。なのに、なぜこんなにも身体が動かなくなるのだろうか。
「ご………ぼぼ」
口から泡が噴き出る。胃液が肺に入って息も出来ない。
「げ」
やがて老人は、男の淡く光る黄金の瞳を視界に収めながら意識を闇に落とすのであった。
「シェンフー」
「はっ」
いつの間にか運転手はシェンフーへと変わっていた。男は引き抜いた剣を仕舞い、崩れ落ちようとする老人の頭を掴んだ。
「ティア」
「ええ」
助手席にはティア。己の調子を確かめるようにゴキッと拳を鳴らす。
「予定通りアリーナへと向かう」
「「御意」」
速度を上げて目的地へと向かう三人。そんな彼らに追随するかのように、人型の蜃気楼が大勢で進行を開始する。
グルルルルル
カロロロロロ
異変を察知したのは獣の如き本能を持ち、何時捨てられたかも分からぬ腐った死肉を喰らう魔獣たち。縄張りに入ってきた侵入者に雄々しく襲い掛かろうとした瞬間には、その首は斬り落とされていた。
「………」
手に持った忍者刀で魔獣の命を狩ったのは男の配下である『草』の一人。無感動な瞳で魔獣の亡骸を一瞥したが、すぐに行軍の一部となって進む。そして、蜘蛛の子を散らすかのように、散開するのであった。
◆◆◆
「………っ」
冷たい床の感触に井河アサギは目を醒ました。もはや見慣れた光景となった牢獄に、彼女は弱弱しく息を吐く。隣には寄り添うように自身の妹、さくらがまだ眠っている。
「………」
自身の身体を掻き抱く様に触れると、鋭い感覚が電流のように走った。
「っ」
今はこの身体が煩わしい。もはや普通の人間として生活することは難しい体にされた。裏切り者の朧によって。
「くそ………」
今すぐあの首をはねて殺しに行きたい。だが、恋人の沢木恭介は朧に人質に取られ、思うように動くことはできなかった。幾度となくオーク共に犯され、痛みすらも快感に変えられ、人の尊厳を影も形もなくされてしまった。そして、囚われたさくらもまた、肉体を改造され、健康的に発育したその胸はまるで風船のように膨らませられている。
「………」
今も眠るさくらの寝顔には疲労の色が濃い。肉体的にも、精神的にも、着々と摩耗はしていっていた。
「恭介………」
縋る様に呟かれた言葉が重くのしかかる。まだ生きているなら助けられることを信じて、反撃の機会をアサギは窺っていた。だが、状況は好転するどころか、どんどん悪い方向に向かって言っていることに、微量ながら、焦りを隠しきれずにいる。
朧は、自分と妹のさくらを競わせようとし、人間の心理を突いた手を使って陥れようとしてくる。自分はまだ耐えられる自身があるが、さくらは違う。妹の為に何もできないことが悔しい。
「はぁい、アサギ。随分調子良さそうじゃない」
「っ!………朧……!」
噂をすれば何とやらとはよくいったものだ。一番会いたくない敵に出会い、思わず表情が嫌悪に変わる。
「さぁ、時間だよ。お前たち二人には、お得意様を相手にしてもらうからね。」
獲物を痛めつける狩人のような鋭い瞳。見慣れた対魔忍服を身に纏い、複数のオークを引き連れた朧が、下卑た笑みを浮かべて二人を見つめていた。
手枷と大事な部分を露出させたボンテージを着せられ、そうして連れてこられたのは豪華な一室だ。
「表社会において大変権威のあるお方だ。万が一手を抜こうものなら、二人ともまた―――」
「分かっている」
扉が重厚な音を立てて開かれる。
そこで待っていたのは一人の老人、その左右には筋骨隆々、屈強な見た目をしたボディーガードらしき黒スーツの男二人。彼女たちは、この後に待ち受けることを想像し、身体が強張った。
「お待たせいたしました。こちらが今回お相手いただく対魔忍の姉妹です」
「ほっほ、これはまた上玉じゃのぅ」
白髪でしわくちゃの老人が笑む。ねっとりと蛇のような視線が全身を這いまわる感覚がして寒気がした。
「それはもう、今回喜んでいただくようとっておきを用意いたしました」
「それでは早速味わわせてやるとするかのぅ。どっちがどっちを抱く?」
そういって左右の男二人を一瞥する。
「………本当によろしいので?」
「あら?今日は貴方は参加しないのですか?」
怪訝な表情になる朧に老人は笑む。
「ホッホ、今日は普段守ってくれてるこの二人にお礼がしたくての。これほどチャーミングな子たちは皆で分け合わないといけませんからな」
「ふふふ、お優しいですわね」
なにが優しいものか。こちらにとっては災難以外の何物でもない。
「さぁ、まずは二人で好きなように犯しなさい。………そうですな。私はそれを肴に酒とつまみでもいただきましょう。なにせ、時間はたっぷりあるのですからな」
「うふふ、かしこまりましたわ」
ボディガード二人がアサギとさくらを抱き上げ、ベッドへと放り込む。
「くぅ!」
「っ!」
アサギは己を見下ろすボディーガード達を気丈に睨み上げる。殺気を込められたそれも、ボディガード達は意にも介さない。
「お前はどっちにする?」
「なら俺はこっちの巨乳をやらせてもらうぜ。デカいのは好きなのさ」
「なら、俺はこっちだな。へへ」
下卑た笑みを浮かべる二人がアサギたちに圧し掛かる。僅かな怯えが混じった表情は、男たちにとっては官能のスパイスでしかない。処女を化け物に犯され、畜生にも劣る経験をしたさくらにとっては、その精神も摩耗しきっていて、抵抗らしい抵抗も出来なかった。
「ふふふ………さぁ、お客様をたっぷり喜ばせるんだよ」
「へへ、じゃあ、遠慮なくやろうぜ。―――――――――・・・。」
「え?」
いよいよもってその魔手が彼女たちの手に伸びようとしたとき、アサギ、そしてさくらの表情が怪訝に包まれた。
「?」
そのときであった。
「??どうかしましたかな?」
「―――あ、いいえ、なんでもありませんわ」
後ろからの声に朧は愛想笑いを浮かべる。
なんだ?
「………」
僅かな違和感に彼女の脳裏に僅かな疑問符が浮かぶ。
シャンッという鈴の音が聴こえた。
「え?」
世界が
傾い
て
ゴトンッ
◆◆◆
「やれやれ、流石にブラック直属の部下でしょうか。私の幻術に気付く直前まで行くとは思いませんでした」
何が起こったのか分からない。と言った表情でその首を床に転がる朧を見て溜息を吐くボディーガードの一人。その手には一対の日本刀が握られている。
組み敷かれていた感触はいつの間にかなく、何時移動したのかもわからぬ早業で朧の背後を、この男は取っていた。
「遊び過ぎよ」
そういってさくらの上に圧し掛かっていたボディーガードが立ち上がり、身だしなみを整える。
「良いではありませんか。私のような力のある魔族の特権です」
「あ、そう」
なんだこれは?あの一瞬で何があった?あまりにも早すぎる展開の変化にアサギとさくらの頭が追いつかなかった。自分たちが入ってきた扉が開かれる。
「………」
扉を潜って出てきたのは、先ほどの老人だ。だが、その両手には乱暴な力で引きちぎられたような痕跡を残したオークの頭部。
「お、お前達、一体………?」
なだれ込む疑問の中で、前提としてあったソレを彼らに投げかける。
「井河アサギと井河さくらだな?」
「ッ!」
老人の口から聞こえた声は見た目不相応に若い声。その声に薄ら寒いものを覚えた。静かにも虚偽を許さぬ隠された迫力に、震える唇から気丈にも絞り出せたのは
「だ、誰なんだ。お前は………!?」
先ほどと同じく疑問を投げかけるだけだった。
ゾブッ!ザリリリィィィィィッ!
老人の額から剣が突き出た。そこから下へ下へと、まるでケーキのように切り裂かれていく。
「!?」
「やはり、潜入なぞ柄ではないな」
血しぶきをまき散らし、そこから割り開かれて出てきたのは、血など一切付いていない長身の男。
「どうせなら真正面から叩き潰した方が良い」
言うなれば黄金。言うなれば黒。得体のしれない何かが殻を破って卵から出てきたとしか形容できない。
「~~~っ!?」
声は出ない、咽喉の声帯は震えず、ただ吐息のみが抜け出た。最強の対魔忍井河アサギがその眼を通してみた男の人間離れした姿は、彼女がこれまで戦ってきた魔族なぞ話にもならない。
あまりにも―――
あまりにも次元が違った。
「そう怯えるな。取って喰いはせん」
唇の端を吊り上げて愉悦の笑みを浮かべるこの男は、神が自らふるいにかけて選び抜いたパーツから、一つ一つ丁寧に組み上げ、芸術品にも思える人型という枠の中で荘厳を極めた形を成しているが。その実、そんな綺麗なものではない。
実力を十二分に備えた彼女だからこそ見えた世界≪モノ≫は―――
その皮の裏
神々しさと禍々しさを備えた。
矛盾だらけの
『 何 か で 出 来 た 怪 物 』
◆◆◆
「き……さまら、一体何者なんだ。どうやってここに?」
「シェンフー説明してやれ」
「かしこまりました」
黄金の男の言葉に仮面の女が此方を見た。感情を伺わせない無機質なソレの裏にどんな表情が浮かんでいるのかは見当がつかない。それ故に、その無機質さが異様な威圧感をアサギたちに与えた。
「……初めまして、井河アサギ様、井河さくら様。私の名前はシェンフー。ご主人様にお仕えする魔族でございます。我々はあなた方の敵ではありません」
一呼吸置き、シェンフーは続ける。
「当然信じなくても結構。貴方の意見は聞くつもりはありませんので、悪しからず。我々はブラックと敵対している勢力です。ああ、貴方がたが知らないのも当然のこと。それにはいろいろ理由があるのですが事情により、省略させていただきます。我々の目的はただ一つ、ブラック抹殺。以上です。理解しましたか?」
「ま、魔族が何故ブラックを?」
「案外ブラックのことを気に入らない勢力は魔界でも数える程度しかありませんが、我々もその一つだとお思いください。我が主はブラックが気に入らない。だから敵対しているのです」
淡々とアサギの質問に答えるシェンフーの口調は丁寧そのものだが、相手を突き放すような抜身の刃を思わせた。
「っ………誰か来たわ」
扉付近で警戒をしていたティアが声を押し殺しながら男に伝える。ティアの視線の先には気色の悪い笑みを零しながらこちらに近づくオークが二匹。
「『草』」
特に動揺した風もなく、黄金の男の呟きと共に背後に現れたのは二つの人型。
「 消 せ 」
“御意”
男の呟くような命令を忠実に聞き入れ、一瞬で二人の『草』が近づいてきたオークを流れるような作業で首を斬り落とした。
「………」
男の視線がアサギとさくらを一瞥する。まるで空気そのものが重い海水になったかのような重圧。全身を絡みつく覇気が蛇に睨まれた蛙のように身体を動かすことを許してくれない。
「………なん……だ」
アサギは肉体的にも精神的にも摩耗しきっても気丈に男を睨み上げると、男は口を開いた。
「単刀直入に言おう。俺は貴様をここから逃がす」
「!?」
ぇ……、と僅かに戸惑うような声を零すさくらと、目を見開くアサギ。
「申し訳ありませんが、時間が押しているので、貴女方を安全なところへと転移させていただきます」
「あ……ま、待ってくれ……!」
本人の意思など関係ないという風に話を進めていく二人にアサギはすぐに待ったを掛けるが、二人は歯牙にもかけない。
「話をしている暇はない。このまま転移する。シェンフー、すぐに用意しろ」
「はっ」
「待て!私にはまだやるべきことがある!私が逃げれば、恭介の命が無いんだ!」
「キョウスケ?」
はて、一体誰だったか。瞬き一つの思考。そこから疑問に対する答えへと導くのにはそうそう時間はかからなかった。
「貴様の恋人か」
せっせと二人の周りに転移の陣を書くシェンフーを尻目に男の出した答えに、アサギがほんのり顔を赤くさせた。初々しい反応は場所が場所なだけにあまりにも不釣り合いだ。
「して?そのキョウスケとやらがどうした?」
「っ………それは………」
「………助けたいのか?」
一瞬彼女の眼が泳いだ。皆まで言わずともその表情で分かる。今すぐにでも助けに行きたいのだ。朧は首を落とされ死に、自分を縛るものはもはや弄繰り回された身体のみ。
「そうだ。助けたいのだ………」
だが、十分だ。
「私が助けなければならないんだ」
それが自分の恋人、沢木恭介に対する責任だからだ。
「貴方、そんな身体で何が出来ると思っているのですか?そもそも、ノマドに捉えられた人間が何時までも無事でいられるとでも思っているのですか?」
転移の陣を書き終えたシェンフーが使命感に燃えるアサギに対して諌めるように言う。そもそも、その恋人の恭介とやらの安全がここで保障されているとは彼女には到底思えなかったからだ。
「善い、シェンフー」
「!?ご主人様………」
しかし、黄金の男がそれ以上の言葉を止めた。彼はアサギとの視線を合わせるために膝をつくと、指先で軽く彼女の身体を複数突いた。
「!?……かっ!?……ぁ!?」
「お姉ちゃん!?」
痛みさえ数千倍の快感となって全身を襲う。優しく触れられるだけで暴風のような絶頂の嵐に蹲るアサギにさくらが寄り添う。
「貴様はこの通り足手まといだ。それでもお前はキョウスケを助けるというのか?」
男は事実を突きつける。それに対するアサギの返答は、対魔忍としての闘志を漲らせたまっすぐな瞳だった。
「私はどうなっても良い。だが、恭介は絶対に助ける。そのためだったら、何でもしてやる!」
「ほう?なんでもする、か。そう軽々しく口にしていいのか?仮にも俺は魔族だ。何をされるかわかったものではないと思うが?」
「ふっ、貴様にそれが出来るだけの度胸があるなら………やってみるがいい」
男の威圧感は半端なものではない。だが、アサギにも対魔忍としてのプライドがある。この短時間で、その気迫は回復、男に対して啖呵を切れるほどにまで持ち直していた。当然、シェンフーはその物言いに怒った。
「っ!貴様!ご主人様に対して何という口を「善い、許す」ご、ご主人様ぁ~」
いくらなんでも寛容すぎますよ~!というシェンフーの訴えに分かった分かった。と男は苦笑で返しながら、アサギに向き直る。
「興が乗ったぞ井河アサギ」
そういって彼女の肩に優しく触れる。
「っ!」
当然、来たる絶頂の感覚に彼女は身構える。
「………え?」
その感覚は何時までも来ず、思わず呆けた。
「効力は一時間だ」
そういうと男は立ち上がり、袖口から綺麗に折りたたまれた道士服を投げ渡す。
「すぐに着替えろ。井河さくらお前もだ」
「ぇ?う、うん」
「その道士服は防護服にもなっている。対刃、防弾、緩衝あらゆる身体的ダメージを抑えることが出来る。10tトラックに撥ねられても問題ない。袖口に手を差し込んでみよ」
「………?これは?」
男が用意した道士服は元から袖口は広く、それなりに大きなものでも入れられることは目に見えている。アサギは言われるままに手を差し込んで探る様に腕を動かすと、道士服の生地の感触が指先を擦らなかった。
「その中には別の空間が広がっている。必要な武器が入っている。クナイ、忍者刀、手裏剣、全て揃っている。欲しい武器を思い浮かべればすぐに出てくる」
「………なるほどね」
手に取ったソレはアサギは慣れ親しんだ忍者刀であり、刃がライトの光を反射して光り輝いた。
「なんだか」
さくらが呟く。両手に握られた二つの小太刀を見ながら何かを確信したかのように頷くと続けた。
「四次元ポ」
「さくら、それ以上いけないわ」それ以上はいけない。怒られてしまう。
「まぁ、どう比喩しようが構わぬ。お前たちはそれで男を救いに行くが良かろう」
「………礼を言った方が良いかしら?」
「礼は恋人を救出してからにするがよかろう」
それでも決して遅くは無い。寧ろ、良い損になることの方が十分ありえる。
“沢木恭介がノマドに捉えられて、何時までも無事でいられる保証など、何一つとして無いのだから。”
「救いたいのならば、勝手に救えばよい。俺は好きに暴れる。その方がそちらにとっても都合が良かろう?」
「………ねぇ」
不意にさくらが口を開いた。
「?」
「どうして、そこまでしてくれるの?」
「ふむ?」
ブラックに敵対するから敵である自分たちを助ける。一見して理に適っているように思えるが、この男もまた魔族。自分たちは対魔忍。人間の勢力の中でも最強の一角を担う自分達を助けることへの利点が見えない。
恩を売るため?仮にそうだとしてその恩に報いる義理はこっちには無い。何度も言うが自分達は対魔忍だ。敵から塩を送られたからと言って送り返す道理などありはしない。
故にさくらは疑問に思った。男のやって居ることは、まるで仲間を助けようとするソレではないか。と
「なに、気にするな。言ったであろう?興が乗っただけだ。ただの酔狂だ。貴様が気にする必要などありはせぬ」
「………」
「さくら、早く行きましょう」
「うん」
新たな敵勢力、底の見えない勢力のトップ。この思わぬ邂逅が自分達対魔忍にどう関わるのか、この時のさくらにも、アサギにも、分かる筈がなかった。
忍者刀を握りしめ、部屋を後にする。そんな彼女たちを見送った後、男はシェンフーとティアを一瞥する。
「シェンフー」
「『草』から報告が来ました。第3班第4班がノマド構成員と戦闘を開始した模様です。それから、別勢力が戦線に加わった模様。現状、正体は不明」
「少々遅かったな。………ティア」
「運び屋から使い魔が来たわ。準備が出来たそうよ」
「そいつは重畳」
男の手には掌に収まる程度のスイッチがある。それを特に躊躇うこともなく、男はそれを押した。直後、世界が揺れた。
「せっかくだ。開戦の狼煙は派手に行こう」
後に、東京キングダム全土を震え上がらせた、二大勢力による第一次大戦と呼ばれる小さな戦争が幕を開けたのだった。
○月×日
久しぶりに筆を取った。男の遺伝子情報を入手し、あれから一心不乱に研究を進めた結果、驚くべき結果が出た。
今回この日記に書くのはこれまでの研究の結果をまとめたものだ、
1.男の遺伝子は、とてつもない生命力を秘めていて、他の生命体と比べて、細胞への定期的な栄養補給の必要がなく、植物の光合成のように自ら栄養を造り出している。更に言うと、切り離された身体の一部は細胞分裂こそ行わないが、依然として生命体としての活動を行っている。
2.男の染色体を調べた結果、男の染色体は大きいものが一対のみとなっていた。それはつまり、無駄な塩基配列が一切ないということ。生物と言う枠組みに入る以上、己が生きる環境に適応し、より強い肉体を得るために様々な進化を遂げることは当然の結果だ。その道しるべの一つが染色体だ。だが、男にはその進化の記録がない。
3.男の遺伝子情報を更に細かく分析してみた。いや、もはや過去のデータは意味をなさないのかもしれない。遺伝子を採取して分析を行ってから約半日が経ってから、遺伝子情報が変異した。塩基配列はヒトに似通っているが違う。いや、人に似通った無駄のない塩基配列へと変わったと言った方が良いのだろう。
4.あれから一日、再び遺伝子情報が変異した。なぜこうまでして変異を続けるのだろうか。それらの遺伝子情報には無駄が無いということが共通している。生命体と言う枠組みにおいて、奴は完全な存在と言えば良いだろうか。だが、あまりにも完璧すぎる。まるで――――――――――――
いや、結論を出すにはまだ早い。もっと理解を深めなくてはならない。実験を続けなければ。